大きな樹の下で

歌川ピロシキ

だから彼女は穴の上に樹を植えた

――ねえ、しってる? あのきのしたに、なにがうまっているのか……


 ざく……ざく……ざく……


 夜明け前、街を覆う白い靄の中で、土を掘る音だけが響いている。


「なにをうめてるの?」


「内緒」


「みてていい?」


「ダメだ。あっちに行け」


 好奇心をむき出しにしたあどけない声に、いらだちを隠さない野太い声が答える。


「ここは危ない。さっさと向こうに行け」


 それとも、お前も埋められたいのか?


 さっきとは別の粗野な声が問うと、あどけない声の持ち主は怯えたように沈黙した。ぱたぱたと軽い足音が遠ざかっていく。


 とさり


 唐突に足音が途切れ、何かが倒れたような音。

 白い靄の中、小さな影がむくりと起き上がる。


「なにこれ……?」


 足元にはいくつもの、巨大な芋虫のような何か。

 一抱え程の大きさのソレらは、白い布にくるまれて、ぴくりとも動かない。


「お前には関係ない。いいから行け!」


 荒々しい怒鳴り声に驚いたのか、小さな影は小さく飛び上がると、慌てたように走り去った。


 夜が明けて、白い靄が晴れたあと、街の外れには巨大な穴を埋めた痕が残っていた。埋め戻されたばかりの土には、無数の軍靴で踏み固めた形跡。


 やがて小さな影がやってきて、黒く湿ったままの土に苗木を植えた。


 それから二十年。

 

 小さな苗木はすくすくと育ち、大きな土竜豆の樹となった。

 春は無数の花を咲かせて街の人々の目を楽しませ、夏は青々とした葉を茂らせて街の人々に憩いの場を提供している。

 街は大きくなり、穴の周りにも家が立ち並び、かつてむき出しの地面だった穴の上もアスファルトで覆われたが、樹は大切にされ、周囲は小さな公園となっていた。


 そしてある日のこと。

 ちょっとしたニュースが全世界をかけめぐった。


『ザー……ハディーカ市郊外の公園で、落ち葉で焚火をした市民が体調を崩すケースが相次ぎ……ザザッ…調査の形跡、公園の……ザー……樹から多量の毒物が……ザザッ……その毒物は化学兵器の主成分とされ……ザザッ……地中からは子供と見られる白骨……ザー……』


 数十年の時を経て大地に根を張った土竜豆の樹は、人間たちが地中深くに埋めて隠したつもりのモノを探り当て、地上に吸い上げた。

 この騒動をきっかけに、かつて政府が行ったものの証拠がないとして闇に葬り去られていたとある虐殺事件の真相の、ごくごく一部が解明されたのは、また別の物語。


――ねえ、しってる? あのきのしたにはね、えらいひとのひみつがうまってるんだよ?

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大きな樹の下で 歌川ピロシキ @PiroshikiUtagawa

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