第26話

          一章


      マリちゃんちの侵略者インベーダー


      「エヘッ、来ちゃった❤」


   玄関から女の子の声が聞こえて来る。

 続けてセージさんの慌てふためく声が高い天井に反響する。


 「なぜお前がココにいる!?ここはわたしの安楽の地だ!お前の様な奴が居て良い場所じゃ無い!それに今日は娘の大事なお客さんとコレから晩餐会なんだ、

イカレたお前に引っ掻き回されては困るんだよ!

 ホラ、コレをやるからさっさと立ち去るんだ!

帰り道でステーキ丼でも食べて帰るが良い!」


 俺達はこっそりと廊下から来客の姿を確認しようと顔を出す。裾がピンと跳ねたショートカットに赤い蓋の塩の瓶そっくりの髪飾りに何か企んで居そうなイタズラっぽい表情の若い女の子。俺達よりちょっと年上かな?まるで弐狼の様な卑屈な笑いでセージさんからお小遣いをせびっている。


 「部長ひっど〜い!カワイイワタシがせっかく休日に寂しそうな上司を慰めに遠路遥々やって来たというのに!それに桃香さんからちゃ〜んと招待されてますからね!?「今日は娘の帰還祝いで面白い男の子達とパーティーやるから晩御飯食べに来てね」って朝来た時お誘い受けて、ワタシワクワクしながらオナカペコペコでやっとの思いでココまで辿り着いたんですよ?何か食べさせてくれないとココで引っ繰り返って泣いちゃいますよ!あ、コレはコレで頂いときますね?ありがと〜ございま〜す。ゴチ。早くガレージ開けて下さいよ。お巡りさんに見つかったら駐禁取られちゃう!」


 お姉さんは身振り手振りで大袈裟に空腹を訴えかけると素早くセージさんの手からお小遣いをピッと引ったくると再び外に出て行った。セージさんは何事も無かった様にカチャリと玄関ドアに鍵をかけて


 「やあ、君達。どうもイタズラだった様だ。全く困った子供も居たもんだ。さあ話の続きを…」


「キンコ〜ン」「キンコ〜ン」「キンコ〜ン」「キンコ〜ン」「キンコ〜ン」「キキキキキキキンこ〜ん!」


 「連射するなぁ〜っ!」全くあのクレイジー娘め!

お邪魔虫だと言うのが分からないのか!空気の読めない若い奴はコレだから!!」


 怒りがレッドゾーンに達したセージさんが魔王のツノとマントを装備して玄関から出て行く。あ〜あ外に出ちゃったよ…。


 「しょうが無いわね〜。いつもこうなのよ。前任の娘は上手くやってたのにね〜。そるとちゃんはまだ加減が出来ないからお父さんとケンカになっちゃうのよ。ヤレヤレだわ〜」


 桃香さんが聖剣ハリセンソードを携え後を追い、その後を魚のイラストが描かれたエプロン姿のマリがキッチンから出てハラハラしながら桃香さんに付いて行く。俺達もそ〜っと玄関ドアから覗くと、両手を広げ魔王セージが女の子に襲い掛かかり桃香さんが「さあ、本来の所有者に返還する時が来たわ。受け取るのよ!」と聖剣を投げ渡し、跳び上がったお姉さんが空中で片手でキャッチして「そるとダイナミック!」と叫びマリ以上に気合いが入った斬撃が魔王を貫いた。


 閑静な住宅街に「スパ〜ン」と良い音が響くと窓から様子を眺めていたご近所さんから一斉に拍手が沸き起こる。魔王セージはめっちゃ悔しそうな表情で悶絶していた。                  


「や〜や〜、ありがと〜ゴザイマ〜ス。この続きは未定となっておりま〜す。」


 ご近所さんから投げられたお捻りをテキパキ回収するお姉さん。ふと気が付くと弐狼がさり気なく混ざってお捻りを集めていた。


 「あ〜っ!コラ!何やってんのよ、この動物!コレはワタシの分よ!ドコの犬よ卑しいわね!!」


 「ガルルル!」と今にも飛び掛からんと低く構え唸る弐狼にお姉さんが子猫を守る母猫の様に目を見開き、「フシャーーー!!!」と立ち上がり猫パンチを弐狼の頬に叩き込む。そしてハリセンソードで弐狼の頭を「スパーン」とはたくと、「キャイン!」と弐狼が吹っ飛んで転げ回りキャンキャン鳴きながら桃香さんに駆け寄り涙目で


 「桃香さ〜ん!イジメっ娘がぁ〜!魔王様も一撃で沈んでこのままじゃ奴に食卓が食い荒らされてこの家の生態系が壊滅しちまうぜ!特定外来生物よそもんはさっさと駆除しね〜と!」


 オマエはいつからこの家の在来種になったんだよ。

百年以上前に絶滅してる癖に。しかし妹の方は要注意だけど、コイツは家族がシッカリしてるから大丈夫だろう。


 「そるとちゃん弐狼君は絶滅種だから優しくね?御飯は一杯作るから心配しなくて大丈夫よ〜。お父さんたらまたこんな所で寝込んじゃって。そるとちゃんの車に轢かれても知らないわよ?じゃあガレージ開けるわね〜。」


 再びシャッターが「ウイ〜ン」と格好良く開き、

お姉さんがマイカーに乗り込みエンジンをかけると、

「ブフォンッ」と日本車では真似の出来ない乾いた軽快なサウンドが四本出しのマフラーから吐き出され住宅街に響き渡る。アバルト695コンペティツォーネか。でも見慣れないカラーだ。真っ黒なボディにゴールドのホイール。ドア横には誇らし気にゴールドのアバルトのロゴが特別な存在をアピールしている。

バックで車庫に入ると更にエキゾーストノートが反響して車のサイズに似合わない迫力でイタリアンスポーツを主張する。あんまり他人ひとの事言えないが自己主張が強過ぎないか?昔クラスに居た答えが解らないのにハイハイって手を挙げる奴みたいな。外ではマリが何やらご近所さんと話し込んでいる。

 

 「お騒がせして本当に、本当にスミマセン!父には良〜っく言い聞かせますので!!」


 「アラアラいいのよ?退屈してたから。ヤッパリマリちゃんが居るとセージさんは面白くなるわね〜」


とか聞こえて来る。前からこんな感じなのか。ペコペコと頭を下げ、マリがトタトタとサンダルを鳴らして戻って来る。俺と弐狼は道路の真ん中で伸びたままの魔王セージを回収して玄関に引っ張り込むと、桃香さんがご近所さんに手を振りながらパタンとドアを閉めた。マリが青いボタンを押してガレージのシャッターを閉めるとアバルトの中からお姉さんが姿を現わし大きく伸びをすると袖と裾が短いTシャツから健康的な脇とオヘソが丸見えになり、さっきシバかれたばかりの弐狼が目を三日月にして鼻の下を伸ばす。


 「う〜ん、今日は疲れたわ〜!最近のビーチって本当ゴミが多くてやんなっちゃう!せっかくサーフィンしててもゴミが視界に入ると興醒めなのよ!分かる!?」


 そう言えばサーファーの人達がビーチ周辺のゴミ拾いやってるよな。中々感心な娘さんじゃないか。ウンウンと思わず首肯する。


 「あら?結局サーフィン出来なかったの?」


 桃香さんが尋ねると


 「いやいや、サーフィンする前に邪魔なナンパ野郎ごみ駆除おそうじしてたんですよ。サーフショップの店長さんが凄くて立ち向かう馬鹿はラリアットで吹っ飛ばし、逃げる阿呆はライダーキックで追撃して一匹残らず殲滅してました。わたしはビギナーなんでたった5匹しか狩れ無かったんですけどこの聖剣が有れば二桁は余裕です!なんでアイツラ次々湧いて来るんですかね?ナンパ禁止ってでっかく書いてるのに!」


 前言撤回。ちょっと感動しかけたのに。マリが「はぁ〜っ」と大きく溜息をつくと


 「ひるがおちゃん、またパワーアップしてるよ…。そろそろサーフィンのトロフィーよりチャンピオンベルトが似合う女子の称号を獲得するのも時間の問題かも…。」


 やっぱり心当たりがあるのか。でも俺には無関係の世界の出来事だし、スルーして置こう。お姉さんはアバルトのトランクからアレコレ取り出し、リュックサックに詰め込み自動ドアから玄関に入ると俺の顔を見てにやぁ〜っと笑い


 「ちょっとソコのイケメン君!ワタシをねぎらってくれない?身体中凝っちゃってさー、全身くまなく揉んで欲しいのよ〜。まあ、揉んだあとは正式にお付き合いして貰うんだけどねっ❤」


「いえ、お断りしま…」「ダメです!マッサージがお望みならわたしがお風呂上がりに頭のてっぺんから足の爪先まで念入りに踏みまくってあげますよ!これでもグリグリ検定合格者ですから!さあ、さっさとその体液と海水まみれのけがれた身体を煩悩ごと洗い流して来て下さい!わたしの目が黒いうちは太助さんには触れさせませんからね!?」


 ワキワキと指を動かし、獲物を見付けた毒蛇の様な視線にゾワッとして即座にお断りするも、マリが食い気味にシュバッと俺の前に立ち塞がりお姉さんの背中をグイグイ押してバスルームに隔離してしまった。


 「お母さん!何ですか、あの宇宙人は!年が近い陽気な女の子が追加で「やったねマリちゃん!お友達が増えるわよ!?」って言うから!も〜!御飯の好みも分からないし…弐狼さんはお肉で、太助さんは…?

メインは何が良いですか?」


 「俺は好き嫌いあんまり無いけどセージさんと同じ肉じゃがが食べたい気分だな。あと、サカナ料理も有ると嬉しいな。」


 フムフムと顎に手を当てメニューを熟考するマリに桃香さんが


 「そるとちゃんはシーフードが好きって言ってたわよ?マリの料理でハートをガッチリつかんじゃえばきっと仲良しになれるわ。マリには実績が豊富にあるからね❤」


 「シーフードかぁ…。サーファーは海の生き物だから分かるけど、あのヒト甲殻類っぽいからエビやカニだと共食い?になりそうだし…。いっそ海藻とか…?あ、でも味を覚えちゃって海で養殖してるのを食害したら困るなぁ。う〜んゴカイとかオキアミは料理した事無いし…」


 ソレは魚の餌だろ。ブツブツと呟きながらマリはキッチンに戻って行った。奥のバスルームからは「UFO!」とノリノリでお姉さんの歌声が聞こえてくる。流石リア充、他人様ひとさまの家でもエンジョイしまくってるな。


 「そるとちゃんゴキゲンね~。うちを気に入ってくれて嬉しいわ〜。ちょっと行動が派手でアレだけど悪い娘じゃ無いのよ。仲良くしてあげてね?さ〜てメンバーが揃ったから本腰入れてお料理するわよ〜!太助君、弐狼君お父さんお願いね〜」


 「やるぞー」と拳を上げて桃香さんもキッチンへ消えて行く。


 「な〜太助〜、あの娘と仲良く出来るか〜?俺、早速イジメられちまったしよ〜、せっかく集めたお捻り全部取られちまったし俺のガマグチまで…!クソッ!ちょっとイイ身体してるのが余計にムカツクぜ!」


 「ワオ〜ン!」と遠吠えする弐狼に


 「まあ俺もあの娘はちょっと引っ掛かると言うか、気になるトコ有るんだよなぁ。カンだけどな。ガマグチは後で説得して取り返してやるから泣くなよ。

ホラ、セージさんまたリビングに戻すぞ。」


 俺と弐狼で両肩を抱えて魔王セージを引き起こすと、「うう〜ん、松戸塩梅まつどそると!貴様は必ずこのわたしが退治してくれるわ!この物体Xめ…」ギリギリと歯ぎしりをしながら器用に寝言を漏らす。

苦労してそうだなあ。今時は新人の方がストレスフリーなのかも。あのお姉さんが先輩なのだけはお断りだが。リビングの大きなソファーにセージさんを寝かせ、玉座のマッサージチェアを拝借しておまかせコースのスイッチを入れる。流石最新型、絶妙な揉み加減だ。弐狼はプロジェクターを興味深気にいじくり回している。隣のダイニングキッチンからイイ匂いが漂い始め、期待に腹の虫がグゥ〜と鳴く。幸せな雰囲気にウトウトしかけていると


 「ちょっとぉー!一体どう言うコトよ!納得いかないんですけど〜!!ヤロー共何考えてんの!」


 オシャレなモダンハウスの平和が困ったちゃんの

よく分からない抗議で切り裂かれた。全く騒がしいリア充だ。俺と弐狼は顔を見合わせ騒ぎの元凶を確かめようと廊下に向かった。


   まさかあんな光景を見る事になろうとは。




 


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