第25話

          一章


      マリちゃんちで魔王討伐


 「フハハハハ!待ちかねたぞ!良くぞ此処まで辿り着いたものだ、勇者諸君!まさか我が娘がこの様な形で帰って来ようとはな。先ずは礼を言って置こう。大変有難う。あ、コレわたしの名刺です。」


 リビングに入るなり魔王が玉座から立ち上がり、両手を広げ棒読みのセリフで盛大に出迎え懐から名刺を取り出し差し出して来た。あのマッサージチェア最高級の奴だ。あとで試させて貰えないかな。


 「ああ、コレはどうも御丁寧に。頂戴致します。魔王、たちばな 誠二せいじ様…で宜しいでしょうか?」


 待ちに待った魔王様ことマリのお父さんから名刺を頂き両手で受け取ると、禍々しい赤黒い紙に片仮名で

「タチバナ セージ」と金色で書かれ浮かび上がっている。金かかってるな。


 「ああ、すまない。それはこの前新人歓迎会で使ったやつだった。こっちが本物だよ。」


 改めて名刺を受け取ると、「空海そらみ物産商品企画部 統括部長 橘誠二」


 とあった。有名企業のお偉いさんじゃないですか。


 一学生として偉い人達ってどんなプライベートを過ごしているのか気になってはいたが、中々にはっちゃけてるな。桃香さんとマリにせがまれてるんだろうけど。御門さんに誘われて街を守るカッコイイ警察官にも憧れたけど会社員になって出世を目指すのも良いかもなぁ。最近のオフィスってめっちゃオシャレなんだよな。


 「わたしの事はセージさんと親しみを込めて呼んでくれると嬉しい。くれぐれもオッサンは止めてくれ。泣きたくなるからね。最近の新入社員ときたらわたしの頭を平気でパンパンと…あ、いや何でもない。」


 「承知いたしました。セージ部長。申し遅れました。自分は善丸よしまる太助たすけ、この動物はペットの様な親友で守山もりやま弐狼じろうです。今後とも宜しくお付き合いお願い致します。」


 弐狼はキリッとして「ワンッ!」と元気よく応えた。


 「部長はやめてくれ!せっかくの連休なんだ!マリも帰って来てわたしは現実を忘れて暫く過ごすと決めたんだ!今のわたしは魔王セージだ!さあかかって来るが良い勇者達よ。…あの、流石に戦力差が有り過ぎ無いか?わたしは魔王だけど一対四は流石に…その、」


 「しょうが無いお父さんね〜。じゃあわたし魔王軍に入っちゃいま〜す!ゴメンね〜❤」


 くっ、いきなり最大戦力が喪失してしまった!

桃香さんがペロッと舌を出して魔王に寝返った。でも元々魔王の側近キャラだから間違ってはないんだが…。最終決戦直前で裏切り者が出るのもシチュエーション的には盛り上がるポイントでは有る。

マリは口角を上げフッ、と笑い


 「やはりそう来ましたか。怪しいとは思ってましたが戦う運命は避けられないみたいですね…。お母さん!勝負です!今日こそ決着を付けましょう!」


 「ウフフ、成長したわねマリ。このわたしに挑んで来るなんて。いいわ、それじゃあこの聖剣を受け取りなさい!魔王を倒せる唯一の武器…。空海物産謹製の

〝ハリセンソード〟よ。さあこれで互角ね。かかってらっしゃい、勇者マリ!」


 桃香さんが企画部備品と書かれた大きなハリセンを無造作にポイッとマリに投げる。


 「馬鹿な!何故その武器がココに有る?鍵付きのロッカーに厳重に封印して置いた筈なのに…!」


 特大ハリセンに魔王セージがおののき、気が利き過ぎる側近メイドさんが


 「そるとちゃんが遊びに行くついでに届けてくれたのよ?最近サーフショップに冷やかしに行って、気が付いたら色々買っちゃっててサーフィン始めたららしいのよ。「ナンパ野郎に纏わり付かれてうざいわ〜、超うざいわ〜」って嬉しそうに出かけて行ったわ。」


 「ひるがおちゃん…。また引っ張り込んでる…。

まるで海坊主だよ。相変わらず商人あきんどだなあ。また二つ名が増えるよ。ニックネームのデパートだよ…」


 マリがまたブツブツと考え込む様に呟いている。

何か心当たりが有るんだろうか?俺にはサーフィンなんてリア充の娯楽は縁が無いからなあ。セージさんが恨めしそうに聖剣?を睨み付けながら


 「松戸の奴余計な事を!会議中だけでは飽き足らず、優雅に過ごすプライベートにこんな物を送り込んで来るとはアイツはわたしに何か恨みでもあるのか!?」


 後退りしながら戦闘態勢に入る。


 「さあ、魔王!覚悟するんだよ!ちゃちゃっと片付けて御飯作らなきゃ!お父さんは肉じゃがで良かったよね?」


 魔王を威嚇しながら勇者マリが献立のオーダーを確認する。肉じゃがか、俺の分もお願いするかな。石炭唐揚げも楽しみだけど。


 「アラアラわたしを忘れて貰っちゃ困るわ〜。魔王に挑むならわたしを倒して行きなさいマリ!行くわよ〜、エイッ!!」


 桃香さんが手を背中に回し指の間に挟んだ割り箸をナイフの様に投げ付け、マリがハリセンでペシペシとはたき落とす。


 「こんなのお茶の子さいさい出涸らしだよ!」


 「やるわね!ならコレはどうかしら!?」


 桃香さんが再び背中に手を回し禍々しい真っ黒な鉄のフライパンを取り出すとニヤリと笑う。やがてハリセンとフライパンの激しい打ち合いに発展し、俺は成す術なく傍観する。


 「弐狼さん!太助さん!今のうちに魔王をお願いします!」


 「よし、任せとけ!食えッ!弐狼!食う事を許可するッ!」


 サモナーになった俺は弐狼を魔王にけしかける。


 「ほう、金色のフェンリルか。だがそんな攻撃はわたしには効かんよ!コレを食らいたまえ!」


 魔王は懐から財布を取り出し一万円札を弐狼の前にぶら下げる。弐狼はすかさずパクッと食い付き


 「ワオ〜ン」


 と一瞬で懐柔されてしまった。


 「わり〜な太助、マリちゃん!俺今月金欠なんだわ。さあ魔王様!何なりと御命令下さい!あの太助って野郎、前から気に入らなかったんでさぁ。陰キャの癖にモテやがって!」


 お座りポーズですっかり魔王の従者と化したフェンリルモドキが、積年の恨みを晴らさんと下卑た邪悪な笑みを俺に向けて来る。


 「この野郎!裏切り者め!って言いたいトコだがオマエには期待して無いから別に良いわ。処で魔王様、

あの聖剣の様な物を随分怖れておられる様ですが。」


 魔王セージはビクッとして


 「何の事だかサッパリ分からないな。あ、あんな物にこのわたしが敗北する訳が無いだろう?ああ、君もお小遣いが欲しいのか。」


 「いえ、先日父から貰ったばかりなので結構です。

ソコの金遣いの荒い身心共に狼男とは違うので。

あ、そろそろ向こうは決着付きそうですよ?」


 「いや〜ん!な〜にコレ?見えない何かに縛られて動けな〜い!お父さんゴメンナサ〜イ。あとヨロシク〜❤」


 「フフッ、どうですか?お母さん!身動き取れないでしょ?幽霊には色んなスキルがあるんだよ。金縛りと〜、ポルターガイストと〜、え〜っと、人魂?」


 ポンポンッとマリが人魂を出現させる。


 「ハッハッハ、マリはカワイイなぁ、さあかかって来なさい!お父さんが全部受け止めてあげよう!ああ、娘からの金縛り!中々体験出来るものじゃないな!」


 「行っくよ〜!魔王覚悟!ファイヤ~ボ〜ル!!」


 幽霊勇者マリが人魂を投げ付けると魔王セージは炎に包まれた。オイ!流石にコレやべーだろ!


 「ギャアアアーーー!!!あ、熱いぃー!こんな所でこのわたしがー!ま、マリにやられるなら本望か…

企画部のみんな、桃香さん、後を頼む…松戸まつど 塩梅そるとお前は許さん!絶対にだ!」


 「トドメだよ!美味しい料理に変わって行った生き物達の命…お腹一杯頂きます!マリちゃんハリセンスラッシュ!!」


 白い炎に包まれもがき苦しむ魔王の頭に渾身のトドメの一撃が振り下ろされた。実の父親なのに…あと食材と魔王は関係無いのでは?


 スパ~ンとめっちゃいい音がして魔王セージは青白い炎を纏ったまま再び動かなくなった。ただ、前回と違い全てやり切った男の顔で嬉しそうに気を失っていた。


 「なあ、それよりはやく消火しね〜とやばくね?

お父さん燃え続けてんぞ?燃え移ったら火事になるぜ!」


 弐狼が「ウルフハリケーン」と叫びながらフーフーと息を吹きかける。このバカ延焼するだろ!


 「大丈夫ですよ。ソレは炎でも熱く無いですから。

対象のエネルギーを吸収して燃え続けるんです。

暖を取るのには向かないけど、イルミネーション代わりに丁度良いんで夜は重宝してました。もう、お父さんは大袈裟だよ〜。」


 「さあ、魔王を倒した御祝いに解放された食材さん達でパーティーよ〜。処でマリ、そろそろ金縛り解除してくれない?久しぶりに一杯遊んだらわたしもおなかすいちゃったわ。太助君、弐狼君今夜はおまかせコースで良いかしら?」


 マリが「戻っておいで〜」と叫ぶとお父さんに纏わり付いていた炎が人魂に戻りマリに吸収され、桃香さんの金縛りが解けた。普段のんびりしてるマリも幽霊だけに戦闘力は高そうだ。この娘は本気で怒らせない様にしよう。


 俺と弐狼でグッタリしたお父さんをソファーに運んで横に寝かせる。エネルギーを吸い取られゲッソリした顔で震えながら


 「どうやらここまでの様だな…。太助君、弐狼君、

マリを頼む…。肉じゃが食べたかったなぁ…」


 俺はガクッと項垂れる魔王の肩をガッシリ掴み


 「セージさーん!魔王なんかになったばかりに…

短い間だったけど貴方の事は俺、忘れません…。」


 弐狼が魔王セージの側に佇み、キューンキューンと寂しそうに鼻を鳴らしながら


 「セージさん、あんたから貰ったお小遣いは大事に使わせて貰うぜ…妖精さんが俺を待ってるからな…」


 「買っちゃうんですか、妖精さん…。呪われても知りませんよ?妖精さんはイタズラ好きなんですからね!」


 じ〜っとジト目で弐狼を見つめながら、マリが氷が入ったグラスと麦茶のボトルをお盆に乗せて持って来た。グラスに麦茶を注ぐとお父さんの頭を起こし、麦茶を飲ませて


 「ほ〜らお父さん!エリクサーですよ〜。復活して下さ〜い!あ、太助さんと弐狼さんもどうぞ。HPが回復しますよ。」


 お父さんは麦茶をゴクゴクと飲み干すとカッと目を見開き


 「ハハハハハ!復活だよ!!う〜ん、マリの麦茶はやはり最高だ!香ばしくそれでいて清々しい!復活祝いだ!君達も存分に祝杯を挙げたまえ!」


 ほぼ逝きかけていたさっきまでの弱々しさはどこへやら、シャキーンと立ち上がり麦茶のグラスを高々と掲げる。


 「ハイど〜ぞ!喉乾いちゃったでしょ?よ〜く冷えてますよ〜。モチロンちゃんとヤカンで淹れてます!」

 

 俺達に麦茶を渡して魚の絵が描かれたマイグラスに麦茶を注ぐと


 「カンパ〜イ」


 とグラスを寄せて来た。騒いで乾いた喉に香ばしい麦茶の香りが心地よい。雑味が無く喉越しが良くて思わずグイグイ飲んでしまう。麦茶ひとつでも丁寧に淹れるとこんなに美味いんだな。そう言えば桃香さんが見当たらない。俺がキョロキョロしているとマリが


 「お母さんはキッチンで仕込み中です。今日は沢山作らないとイケナイので手伝ってくれてるんですよ。じゃあわたしも戻りますね〜」


 グイ~ッと麦茶を飲み干すと、再びキッチンに戻って行った。リビングとダイニングキッチンは分かれてるんだな。改めてリビングを眺めその広さに圧倒される。今気付いたけどテレビが無い。すると弐狼が


 「あーっ!これプロジェクターじゃん!映画とかコレで見ると最高なんだぜ?ポップコーンが欲しくなるぜ!」


 「大画面テレビも考えたんだけどね、一家団欒にはやっぱりこっちかなって。ここで桃香さんとマリに囲まれて過ごした日々は忘れないよ。ああ、またあの幸せが帰ってきたんだなぁ…」


 染み染みとセージさんが壁を見つめながら涙ぐむ。


 「それにしてもこのお宅、広いですね?一家三人だと持て余してそうですけど。」


 「ああ、うちはたまに外国からのお客さんが泊まりに来るからね。元気な子供達ははしゃぎ回るからこれくらいの広さは必要なんだよ。桃香さんのモデル仲間もオシャレな人達ばかりだからね。」


 「ところで、太助君、弐狼君。大体のいきさつは昨日の晩マリから聞いたよ。娘が迷惑をかけたみたいで済まない。随分良くしてくれたみたいだねぇ。男の子の事であんなにはしゃぐマリは初めて見たよ。ああ、

少々心配になるくらいにね。随分気に入っちゃってるみたいでねぇ。マリとはドコまで行ったんだネ?あの様子で何も無いなんて言わないよネェ?ん~~?さあ、ハッキリ答えたまえ!何があったんだ?ヤッパリいくトコまでイッたのか?まさか無責任えっちまで…!許さん!許さんぞ!全部吐き出したまえ!」


 「セージさ〜ん!コイツマリちゃんにおっぱい押し付けられてチューまでされてました〜。あとお泊りさせて明け方まで2Pして、お昼に起こしに来たマリちゃんを布団に引っ張り込んで抱き枕にしてオシリ揉みまくったそうですぜ?もう処刑待った無しでさぁ!」


 「ち、違うんです!わざとじゃ無くて不可抗力なんです!いやらしい気持ちは全然…!」


 「わざとじゃ無ければオシリを揉んでも良いのかね!?チューやその、2Pまで…!シッカリやりまくっとるやんけ〜!!キ、キキキキミィ゙ーーー!!!この責任どう取るツモリなのかネ!!そんなに尻が揉みたいなら代わりに父親のわたしが体を張ろうじゃないか!さあ、いくらでも揉みたまえ!覚悟は出来ている!」


 前屈みになりセージさんが俺に尻を向けて来る。


 「嫌ですよ!男のケツに興味は有りません!弐狼!オマエだってパンツ覗きまくってただろ!」


 「ぱ、パンツだと…!?わたしも見たこと無いのに…!君達は呪われたいのかね…!!」


 高価そうなメガネは曇り、感情に合わせてメガネのフレームが変形する。今だ魔王コスのまま俺の眼前に顔をくっつけて来る。あわやセージさんと初チューかと思われたギリギリの所で、


         「キンコ〜ン」


 と、チャイムが鳴った。


 「チッ、誰だ大事な時に…!君達!話はおあずけだ!おかしいな、宅配なんて頼んで無いのに。」


 奥のキッチンから桃香さんの声で


 「お父さ〜ん!おねが〜い!手が離せ無いの〜!」


 とお呼びがかかり、セージさんはよっこらしょ、と

玄関に向かう。俺と弐狼は


 「セージさん、角!あとマントも!」


 角とマントを外して魔王からノーマルお父さんに戻し、恐る恐る背中を見送る。


 「は〜い、どちら様でしょう、か……!?」

  

     「な、何ィーーー!!!」


 豪華な玄関ドアの前でノーマルお父さんに戻ったセージさんが予期せぬ来訪者に恐れ慄き固まっていた。


 元魔王をこんなに怯えさせるとは一体誰なんだ?


 




 


 


 


 


 

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