第24話

          一章


      マリちゃんちのおもてなし


        「キンコ~ン」


     「ハイハ〜イ!今いきま〜す!!」


 豪華なオシャレハウスのインターホンを押すとここ毎日聞き慣れた女の子の声がすぐに返ってきた。


 洒落た大きな玄関ドアが開き生き生きとした顔色の良い幽霊少女がヒョコっと顔を出す。


 「ようこそいらっしゃいました〜。太助さん弐狼さんお待ちしておりました。魔王様がソワソワしながらお待ちかねですよ~。さあさあどうぞ!!」


 「お父さんだよな?昨日は会話の余地が全く無かったからな。頭大丈夫だったのか?」


 「お父さんは時々あんな感じなので問題無いですよ?結婚前はお母さんに近づく〝悪い虫〟を追い払う為に大暴走しちゃって、お母さんに棘付きの金棒でお尻ペンペンされてたらしくてすっかり頑丈になったって言ってました。」


 パタパタとスリッパを鳴らして続けて桃香さんが何故かメイド姿で出て来た。スカートを両手でつまんで広げペコリと頭を下げると


 「いらっしゃ〜い御二人さん❤もうマリったら。お父さんは頭の中身以外は健康優良児だから気にしないでね?凄く優秀な人なんだけど感情が昂ぶると制御不能になるの。会社でも〝部長係〟の人がハリセン片手に会議の進行を見守ってるから。今は新人の女の子って聞いたわ。ここはわたしとマリがいるから安心して入って良いわよ。ガレージ開けるわね〜。ポチッとな。」


 桃香さんが玄関の壁の〝危険!安全確認!〟と書かれた赤いボタンを押すと、玄関横の壁がウィーンと上に開き車8台分程も有る広大なスペースが現れた。


 「うひょービルトインガレージかよ!ウチのマンションの地下ガレージも良いけど一軒家でこんなの初めてだぜ!」


 早速ガレージに侵入して子供の様に弐狼がはしゃぐ。マリがウズウズとして耐えきれなくなったのかポケットから謎の黄色い玉を取り出すと、弐狼に「ハイッ」と投げ素早く弐狼が飛びついてキャッチする。

そして何故か得意満面でマリの元へと駆け寄ると桃香さんがヒョイっと弐狼から玉を取り上げて


 「もう!マリったら!ココでボール遊びはダメって言ったでしょ?ハイッ没収!…何?この玉?不思議ね。

ピカピカ光って一体何で出来てるのかしら?う〜ん、…弐狼君!ハイッ!こんな感じで使うの?」


 気合が入ったストレートが弐狼めがけて突き刺さるがガブッと難無く玉にかぶり付きマリが「弐狼さんこっちです!」と叫ぶとマリの元へ戻る。


 どうやらあの玉は欲を刺激する様だ。やはり碌でもない物な気がしてならない。


 ガレージの奥に目をやるとお父さんのアウディの隣に銀色のカバーが掛けられた車高の低い車がひっそりと鎮座している。


 「なあ、アレって…」


 「ハイ、わたしのMR-Sちゃんです!お父さんは辛いから処分しようとしたらしいんですけど、お母さんがわたしはそのうち必ず帰って来るからって保管しててくれて…お母さんありがと。」


 「喜んでくれて嬉しいわ〜。でも結構壊れちゃってるわよ?新しいの買った方が良いかもね〜。」


 「どれどれ、ちょっと失礼」


 俺は車体カバーを捲ってみる。


 「オイ太助!オマエ捲り方がヤラシーぞ?マリ先生ー!太助君が女子の大事なモノを捲って見ようとしてま〜す!」


 マリがはっ、としてスカートの前を抑え上目遣いに俺を見つめて来る。


 「わたしの黒歴史だけど、た、太助さんなら…見て欲しいです…。」


 「このバカ狼!オマエは黙ってろよ!べ、別に疚しい気持ちでやってる訳じゃないし!そもそも無機物だろ!」


 「全く年頃の男の子ってピュアで想像力豊かね。こ〜ゆ〜のはぁ、一気に〜エィッ❤」


 「ああっお母さん!ダメぇ〜!」


 桃香さんが威勢良くバサァッと車体カバーを捲ると風圧でマリのスカートが捲れ可愛いお尻があらわになってしまった。


 「アワワ、あっ!弐狼さん!後ろでお座りしないで下さい!」


 「今日は薄いピンク色のフリル付き…か。うん、良く似合ってるぜマリちゃん!」


 「わ〜ん!今日も見られちゃったぁ〜!お母さんのバカぁ〜!」


 「何言ってるの?せっかく褒めてくれてるのに。モテたいならもっとアピールした方が良いのよ?こんな感じでね❤」


 桃香さんが俺達を見つめながらメイド服の裾をつまんで持ち上げ片手で胸を持ち上げる。なんか凄く慣れてるんですが。カメラ目線と言うか。目が❤になった弐狼が猛スピードで桃香さんに駆け寄り目の前にお座りして特等席を確保する。


 「お母さんはプロだから…わたしには無理だよぉ…」


 「プロ…?モデルさんですか?」


 「そうよ〜。色んな服着られてタダであちこち行けるから凄く楽しいの。マリにも勧めたんだけどこの子恥ずかしがり屋だからすぐに隠れちゃって撮影出来ないのよねぇ。勿体ないわ〜。」


 「た、太助さん、どうですか?」


 マリが顔をヒクヒクさせながら俺に向かってミニスカートの裾をちょっと摘んで片手で薄い胸を持ち上げる。カワイイんだが無理してる感が凄い。でもこの慣れて無い感じが刺さる人達も居るんだろうな。


 「ああ、とってもセクシーダヨ。イケナイ何かに目覚めそうだネ。」


 「何で棒読みなんですか?む〜っ!」


 マリが膨れながら抱きついて来る。またもや薄い胸をペタっと押し付けて自主申告のBサイズを主張する。


 珍しく大人しい弐狼をチラッと見ると桃香さんが後ろから抱きついて頭をナデナデしてやっていた。多分珍種のペットだと思ってるんだろう。スッカリ手懐けられてやがる。


 ちょっとひんやりスベスベしたマリを背負ったまま御開帳された水色のMR-Sを見ると、ガードレールを突き破って転落した痛々しいダメージが目に飛び込んで来た。続けて運転席に視線を移す。ここでマリが…。


 「あ、あの!あんまり気にしないで下さい。むしろ怖い思いさせて申し訳ないですから!ほ、ほらわたしは健在ですよ?ちょっと薄くなりましたけど。」


 マリが運転席に乗り込みエンジンを掛ける。キーを回すと一発で「ブォーン」とエンジンが目覚めた。

桃香さん分かってるな。ただ置いといた訳じゃなさそうだ。


 「それにしてもフロント周りはひでーな。タイヤもげちゃってんじゃん。バンパーボロボロだしライトも割れてボンネットも交換した方が早えーや」


 弐狼がしゃがんでダメージをつぶさに確認して行く。愛車こそ持たないがコイツは俺より沢山の車と接していて手慣れている。


 「中古パーツとか使えば修理費用抑える事出来そうだけどこうゆうケースだとついでにカスタムしちゃう人が多いんだよな。まあ、どうするかじっくり考えてみたら良いと思うよ。」


 申し訳無さそうにMR-Sをじっと見るマリに軽くアドバイスしてみる。


 「なあ、俺昔の映画で見たんだけどよ、死んだ人が車に取り憑いてどんだけぶっ壊れてもメキメキって復活するんだよ!あれなら修理代タダだしガソリンもいらねーみたいだぜ?よし!じゃあマリちゃんいってみようぜ!」


 「本当ですか?そんなにオトクならちょっとやってみても良いかも。え〜っと、こんな感じで〜、一体化ぁ〜!う〜ん、う〜ん!!」


 弐狼の怪しげな口車に乗せられたマリがリヤのエンジンフードに張り付いてマシンと一体化を試みる。アレって車そのものが主人公にイジワルする奴やガールフレンドに襲い掛かるメンヘラ女なんだが。


「マシンはわたしだぁ〜!わたしがマシンだぁ~!!」


 「頑張ってマリ!お母さんが応援してるわよ〜!」


 桃香さんがマリをグイグイ押し込もうとするが、やはり無機物との融合は至難の業の様だ。やがてマリが幽霊の様に青ざめだ顔でハアハアと


 「御免なさいやっぱりわたしじゃ無理です〜!

固くてとても入れません!なんて言うか波長が合わないんですよ。映画のひとは凄いです…」


 「まあフィクションだしな。ノリって言うか思い付きで勢い任せで作った様なB級映画だしムリだよ。」


 「もっと早く止めて下さいよぉ…思いっきり霊力消費しちゃいました。お腹が空いたので御飯にします…」

 

 「仮に上手く一体化出来ても修理に自力走行なんてめっちゃエネルギー使うだろ?おなか一杯食べてもすぐにガス欠で遭難するよな。それに無人で走ってたりしたら速攻で通報されて御門さんにしょっ引かれてお祓いされかねないぞ?」


 「ああっ!御札はイヤです!ごめんなさいもうしません!ほんの出来心なんですぅ〜!」


 マリが頭を抱えて涙目になる。どうやら御札はトラウマみたいだな。


 俺は自分のMR2をバックさせてだだっ広いマリハウスのガレージに駐車してトランクからデカい魚のぬいぐるみを取り出しマリに渡す。


 「ごめん、昨日なんかバタバタしてたから忘れてたわ。エンジンの近くだからちょっとホカホカだけど。」


 「わ〜い!生温かいデメニギスちゃんも味があって良いかも。わたし体温無いからエネルギー貰ってる感じがします。」


 「深海生物は熱が苦手だったっけ。マリが粗熱を取れば熱交換出来てちょうど良いな」


 大きなぬいぐるみから熱エネルギーを吸収して少し顔色が良くなったマリに桃香さんが


 「あら?その子どうしたの?今回のは随分大きくて抱き応えありそうね。」


 「飯澤ゴハンセンターのゲームコーナーのクレーンゲームの中にいたの。太助さんと弐狼さんが2Pでゲットしてくれたの。弐狼さんの〝ウルフアイ〟は一撃必殺で凄いんだよ!」


 マリが自分のお手絡の様に自慢気に報告する。


 「フッ、深海生物など所詮俺達の敵じゃね〜ぜ!」


 「まあ、弐狼が賢く無いせいで少々手こずっちまったけどな」


 「あら?そんな事無いと思うわよ?弐狼君お座り!」


 桃香さんが声をかけると素早くお座りポーズになる。


 「お手!おかわり!グルグル回って〜、伏せっ!」


 「うん、賢い賢い。近所のレトリバーちゃんも芸達者だけど弐狼君も仕込みがいが有りそうね。」


 伏せの状態からちゃっかりローアングルで桃香さんを眺めるが流石プロ、ギリギリ見えないポーズで弐狼を見下ろしニッコリウインクする。


 「フッ、レトリバーさんか…手強いけどコイツは負ける訳には行かねーな。桃花さん俺頑張るから!」


 「偉いわ。じゃあ飴ちゃんあげる。ハイッ!」


 桃香さんがポケットから飴玉を取り出すと包み紙を剥いて弐狼に投げ、キャッチした弐狼がマウントを取った様に俺を見てニヤニヤと笑う。チッ、そのうちレトリバーさんにボロ負けして遠吠えするが良いさ。

調子に乗って火の輪潜りに失敗して蓑踊りしてても助けてやんないからな。


 「お母さんの〝飴ちゃん〟が出ましたよ!アレを食べてしまったらHPが回復する代わりにチャームの状態になっちゃうんです。わたしでもたまにしか貰えないのに…流石です。でも負けませんよ!」


 「な〜に?マリと太助君も飴ちゃん欲しいの?しょうが無い子達ね〜。今日はトクベツよ。御飯前だから一個づつね。」


 メイド服のポケットから飴を取り出し渡してくれる。メイドさんから貰う飴かぁ。コレもある意味男の子のロマンだな。素敵なおもてなしだぜ。ムチの方が嬉しい中年男性もこの街には沢山居そうだけど。


 キレイな包み紙の飴玉はとても甘くてほんのりなにかのフルーツの味がした。こんなの食べたらもう言う事聞くしか無いじゃん。ドコで買ったんだろう?


 「ああ…コレです!ちっちゃい時派手にコケちゃってケガしてわんわん泣いちゃった時も、高校でイジワルなクラスメイトと仲良くなれなくて落ち込んだ時もこの謎の飴ちゃんであっと言う間にハッピーになれるんです!悩みとかどうでも良くなって、何をやってたのか忘れるくらいに!」


 マリが手を組みじ〜んと飴ちゃんを口の中でコロコロしていると、


 「お〜い!みんな何をやってるんだ?遅いじゃないか。わたしを除け者にしないでくれよ。」


 何故か頭に立派な角を生やしたマント姿のお父さんが恐る恐る様子を伺いにやってきた。あの角は叩くと生えて来るのだろうか?


 「そう言えばお父さんの事忘れてたわ。飴ちゃんのせいだから許してチョンマゲ❤てへっ!」


 飴ちゃんを食べてない桃香さんがちっとも反省する素振りを見せずにペロッと舌を出し、お父さんの口に飴ちゃんを押し込む。お父さんはほわ〜っとした表情になって


 「え〜っと、何しに来たんだっけ?まあ良いや。わたしはリビングで待ってるから」


 ラスボスなのに登場したと思ったらスゴスゴと配置にもどってしまった。う〜んなかなか会話出来ないなあ。割と気が合いそうな人なんだけど。


 「あ〜っ!お父さん!フライングしちゃダメだよ〜!ネタバレしちゃったじゃない!すみません太助さん弐狼さん、プログラムミスで深刻なバグが発生しちゃったみたいなんですけど忘れて下さい!」


 「忘れちゃ可哀想だろ。世の中には納期の都合とかで画面が真っ暗で音声しか無い状態で無理矢理発売させられちゃったゲームも有るらしいし、俺的には元気そうな姿を見れてほっとしたよ。」


「なあマリちゃん、なんでお父さん角生えてんの?」


 ボサボサの金髪を桃香さんに盛大にモフられながらおすわりポーズのまま弐狼が間抜けな顔でお父さんを見送る。オマエもうこのうちのペットだろ。


 「アレはこの前新入社員の歓迎会で使ったコスなのよ。お父さん妙に気に入っちゃってたからじゃあ太助君と弐狼君の歓迎会やりましょって着せてみたの。ちなみにわたしのは魔王の側近のバトルメイドよ?マリはただの高校の時の制服だけど。」


 制服と聞いてほほう、と弐狼がマリに駆け寄り、クンクンと匂いを掻きながら間近でつぶさにチェックする。


 「どっかで見た服だと思ったら、空海そらみ女子高かよ!俺、文化祭の時行ったけどみんなカワイイしタダで食い物投げてくれたり、親切な娘ばっかで最高だったぜ!でもなぜかナンパしたら逃げて行くんだよ。全くシャイな女の子達にも困ったもんだぜ!」


 オマエって奴は…。そんな事してたのか。校内で散々玉砕した挙げ句他校にまで迷惑掛けやがって!

本当に困った奴だな!


 マリが俺の前でクルリと一回転して


 「出来るだけ当時を再現して見たんですけど…どうですか?男の子との交流が無かったからあまり褒めて貰えなくて良く分からないんですけど」


 俺はマリの制服姿をぼんやり眺めて


 「ああ、凄く似合ってるよ。間近で見ると仕立ての良さが分かるな。高そうな服だなぁ…」


 「オマエさぁ〜!そうじゃね〜だろ!親戚のオジサンだってもっとマトモなコメントするだろ!この枯れた陰キャ野郎が!見ろよマリちゃんがフグみたいになってんぞ?」


 弐狼がもどかしそうにジダンダを踏み怒鳴る。


 膨れながらマリが更にじ〜っと見つめて来る。ああもう!分かったよ。


 「その、正直めっちゃカワイイぞ。あんまり近いとドキドキするからちょっと離れて…」


 「フフッ、やりました〜!正直になったご褒美です。チュッ❤」


 マリがいきなり腕に抱きついてほっぺたにチューをして来た。心臓の鼓動がいきなりレッドゾーンに跳ね上がる。陰キャにそう言う事は止めて欲しい。そしてマリは桃香さんにニヤリッと笑ってVサインをする。何故かニッコリ笑ってコクリと頷く桃香さん。なんだろうこの逃げられ無い感じ。


 「テメーこの!太助の癖に!俺の前で何人たりともいちゃつくんじゃねー!!って、はふぅ〜❤」


 「弐狼君はコレで我慢してね〜チュッ❤」


 桃香さんがほっぺたにチューをすると暴れ狼は目を❤にしてすっかり大人しくなった。弐狼妹には悪いがコイツが野生に戻って人間共に復讐出来る日が訪れる事は無いだろう。


 「じゃあそろそろ御飯の準備にしましょ。って言っても作るのは殆どマリだけどね〜。食材は一杯有るからお腹一杯食べて行ってね〜。ホッペが落ちても知らないゾ❤」


 ウインクしながらガレージの青いボタンを押そうとすると


 「あ〜っ!お母さんわたしに押させてよぉ〜!」


 とマリがボタンに飛びつく。なんか必殺技とか出そうなボタンだな。気持ちは良く分かるが。


 ウイ〜ンとガレージのシャッターが閉まり、ガレージの横の玄関脇のガラス扉に近づくと扉が自動で開く。成程、荷物を抱えてても手を使わなくて良いのは便利だな。


 自動の扉を潜ると俺と弐狼はやたらと広い玄関で吹き抜けの高い天井を見上げポカ〜ンと揃ってアホ面を晒すのだった。これがヒエラルキーと言うものか。


 …うらやましくなんかないやい。


 


 

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