第5話
一章
マリちゃんとこんばんは
其の④
「切実で緊急…わかりました。ど、どうぞっ!あっ、でも出来れば優しくお願いします。」
未だエンジンフードの上の幽霊は良く通った可愛らしい声で答え、熱い眼差しを向けて来る。う〜ん、全くわかって無いな。
俺は幽霊少女を指差し降りて欲しいと地面に向けて、腕を組みちょっとふんぞり返る。
「ええっ!わたしを堕とす?絶対にだ!ですかっ!」
「違うっ!全然わかって無ぇ!ソコから降りてくれって事だよ!そもそも何でそんなトコ乗ってんだ?
いかん、余りに非常識な現実についブチ切れてしまった。
「ごっ、ごめんなさい!でもコレには海より深い
「ココら辺の海は遠浅なんだが」
「でもその先には世界でも有数の深い海溝が連なってて、珍しいお魚さん達がいっぱい居るんです。ちなみにわたしはデメニギスちゃん推しです。」
「悪いな、俺はリュウグウノツカイさん一択なんだ。」
俺は何とか話しを反らしつつ車から降ろす算段を講じてみるが、むしろ巧妙に変な方向に引っ張られて盛り上げられている。天然なんだか策士なのか。いずれにせよ幽霊の話など聞くものでは無い。同情などしようものならそのまま取り憑かれて、下手をすれば衰弱死コースが定番だからだ。
「リュウグウノツカイさんスゴイですよね。
あんなに長い体で海面まで上がって来るなんて。最近じゃ防波堤にも遊びに来てくれてサービスメガ盛りじゃないですか。うちのデメニギスちゃんは深海に引きこもり気味なんですけど悪い子じゃ無いんです。いつかきっと一緒に泳げるってわたし信じてます。」
デメニギスちゃんの生息域はもっと北の方になるんだが、そんな事よりどうすれはコイツを穏便に降ろす事が出来るのか。このまま放置して街中をパレードしようものなら、朝の特報奇想天外ニュース間違いなしだ。仮にも女の子相手に強行手段は良くない。交通違反より先に強制猥褻で捕まりたくは無いし、攻め方を変えてみるかと思った矢先に
「お〜い太助、オマエ誰と話してんの〜?な〜んてな。オオォィ!マジ美少女じゃ〜ん!ヘッヘッヘやったな相棒、コイツぁ上玉ダゼェ〜!」
犯罪者にしか見えないあまり嬉しくない救世主が湧いて出た。
「よし、弐狼!ちょっと説得して来い!上手く出来たらラーメン奢ってやる!」
「全部乗せ特製ラーメンな?まかせろよ親友!」
此処ぞとばかりに足元見やがって。仕方無い切り札とはこういう時に使うものだ。こんな時
しか使い処が無い奴なんだが。
「ね〜キミ、こんなトコでナニしてんの〜?こんな時間に、女の子一人なんてヤバくね?俺達とお茶しよ〜ぜぇ。それにしてもキミ、超マジカワイイよね〜。服のセンスも俺好みだよ〜。ミニスカワンピース似合ってる、も〜お兄さんお持ち帰りして食べちゃってイイ?」
いいわけねーだろケダモノ野郎。完全に怯えちまってるじゃねーかよ。
「よ、寄らないで下さい!わたし霞みたいな物ですからワンちゃんのゴハンには向いてないです!勝手に乗ってごめんなさい!謝りますから動物をけしかけるのは止めて下さい〜!」
「ヨクミロ、コイツニンゲン。カミツカナイ。オーケー?」
体制を崩し、涙目でワタワタする幽霊少女に簡潔に伝える。
「おっ、やっぱ白かよ。うっひょ~絶景、絶景〜!夜景よりこっちだな。超ラッキー!太助のお守りも悪くね〜な。マジ感謝、ゴチ。」
えっ、とスカートを見下ろし、丸見えの白パンツを隠すがもう遅い。
「あーっ!見ましたね!呪いますよ!祟りますよ!枕元に立っちゃいますよ!」
ガーッと威嚇し、攻撃モードに変化した幽霊に俺は真の切り札の御札を財布から取り出した。昔から怪異が多いこの街では常備が当然となっている。俺の御札は地元のソラミーマートで千円の使い捨てタイプだ。対象に投げつけたり貼り付けたりして暫く動きを止め、その隙に退避出来る。其れを見つけた幽霊少女は、
「ああっ、止めて下さい!ちょっと言ってみたかったんです、霊として!そんな物騒な物仕舞って下さい。めっちゃビリビリするんですよソレ!」
またもやパンツ丸見えでジタバタする幽霊に
俺はとうとう根負けし、
「分かったよ。話聞くから早く其処から降りてくれ…この車絶版車なんだよ、エンジンフードヘコんじまう…。」
「ご、ごめんなさ〜い!気が付かなくて!本当に悪気は無かったんです!このとーりです!お話し聞いて下さい!」
ペコペコとエンジンフードの上で土下座する幽霊をひょいと持ち上げて降ろしてやった。
真っ赤な顔でモジモジする姿はとても愛らしく、俺も何か居心地の悪い顔の火照りを感じて頬を掻いた。
幽霊ってやっぱ履いてるのか。
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