第13話 全てを無にするような雪

 暖まったコテージの部屋で、温かいココアの入ったカップを両手で包み込むように持っていた雪乃は、窓の外を見ながらほっと息を吐いた。

 コテージに着いて二時間。

 帰りの途中で会った親世代の隣人から、今夜の大雪の忠告を受けた雪乃は、せっせと薪を玄関に運び、さらにガレージから雪かきスコップも移動させておいた。

 そんな訳で、たどり着いてから、今ようやく一息つくことが出来た。

 都会とは違い窓の外に広がるのは、敷地の一部である木々の茂る森だ。

 暖炉の中で爆ぜる薪の音を聞きながら、外を眺める時間は雪乃にとっては至福の時である。

 無心になれ、嫌なことも、騒音にも悩まされなくてすむ。

 ココアを飲み干しカップをシンクで洗ってから、暖炉前に敷くカーペットを出し玄関近くにある収納庫で他にも暖かそうなクッションと膝掛けも取り出す。

 記憶が正しければ、東京に行く前にカーペットを洗ってしまっておいたものだ。

 暖炉の前にカーペットを広げ、部屋が冬の装いに変わったことに気分が上昇してきた雪乃は、さらに冬物の服を出してしまおうかと部屋に入ろうとして──チャイムが鳴った。

 誰だろうと思った。

 宅配便は頼んでいないし、両親や卓馬が訪ねてくる予定もない。

 不信に思いながらテレビインターフォンのある場所まで近づき、画面に映っている相手を見て自分の目を疑った。

 カメラの向こう側には、朔がいる。

 まさか、ここまで追いかけてくるとは思いもしなかった。彼は、この場所を知らないのだから。

 一層のこと居留守を使おうかと思ったが、雪が降るであろう天気の中で待たせるのは気が咎めた。

 仕方がなく、雪乃は通話ボタンを押した。


「どうして、この場所が分かったの?」


「恵理子さんに聞きに行った。開けてくれないか? 話がしたい」


「私には特に話したいことはないんだけど」


「頼むよ、ヒナ。それに、恵理子さんが食材とかの補充を忘れてたって預かってきたんだ」


「補充されてない? 嘘……ちょっと待ってて!」


 画面から離れて冷蔵庫を開けてみれば、中は空っぽのままだった。あるといえば調味料だけだ。

 パントリーも覗いてみたが、長持ちするようなレトルトや非常食などはないままで、ほとんど空に近い。

 朔が言っていることがほんとであるのを確認した雪乃は、テレビインターフォンのところまで戻って大きなため息を吐いた。どうやら、彼を招き入れるしかないようだ。


「門は開けたままでいいから、玄関の前まで車で入って」


「分かった。ありがとう、ヒナ」


 終了ボタンを押して、玄関のところまで行くと、ほどなくして車の低いエンジン音が聞こえてきた。

 迎えるために扉を開ければ、朔はトランクから荷物を出しているところだった。

 肉や魚、乳製品が入っているでろう保冷バッグを肩に掛け、ペットボトルの入った段ボールを小脇に抱え、トランクを閉めると玄関を開けて佇む雪乃に向かってにっこりと微笑んだ。


「扉を開けておいてくれてありがとう」


「入って」


 彼の態度にどう返したら分からない雪乃は、そうぶっきらぼうに返すしかできなかった。

 扉を押さえている彼女の横を通って朔が入ると、扉を閉めて鍵を掛けて中へと案内する。

 

「ペットボトルをちょうだい。パントリーにしまってくるから」


「いや、生鮮食品を頼むよ。場所を教えてくれれば、俺が運んでおく」


「あ、ありがとう。パントリーはそこの扉よ」


 保冷バッグを受け取り、パントリーの場所を指差すと、朔はさっさと置きにいった。

 その背を見送り、保冷バッグに入っている肉と魚をチルド室に、季節の野菜を野菜室に、牛乳とバターをサイドポケットに入れ、最後に保冷剤を冷凍庫に入れて体を起こすと、後ろからぎゅっと抱きしめられた。

 

「ヒナ……心配した。俺、なにかした?」


 背中に感じる朔の熱に、胸の奥がずしりと重くなった。

 彼は本気で言っているのだろうか?

 何かをしたとするなら、雪乃に対してだけじゃない。

 あの美しい婚約者に対しても裏切りを働いている。

 

「離して……自分の立場を分かってる? 今、こうしている間にも悲しんでいる女の人がいるんじゃない?」


 雪乃はそんな言葉を言いたくなかった。そして、自分のせいで誰かが悲しんでいるなんてことも嫌だった。

 略奪愛も不倫も、雪乃がもっとも嫌悪しているものだ。


「そんな相手はいない。これまで、いたことすらないよ」  


「嘘っ! あなたの会社の受付の子が話しているのが聞こえたもの。あなたには綺麗で知的な婚約者がいるって」


 体に回された腕の中で振り返り、朔の胸を拳で叩いた。


「あの時、すごく親密そうだったじゃない」


「あの時って?」


 本気で分からないといったようにぽかんとしている彼に苛立つが沸いて来る。


「とぼけないでよ。会社で待ち合わせたとき、一緒に下りてきた女性よ。彼女が婚約者なんでしょ!」


 自分の気持ちをぶつけるように、拳で胸を何度も叩いた。

 けれど、自分の手が痛くなるだけで、昔と違って逞しくなった朔は何の痛みを感じていないかのようにびくともしない。

 そんな様子も、今の雪乃には腹が立ってしょうがない。


「……もしかして、玲奈のこと?」


「名前なんて知らないし」


 名前で親しげに呼ぶ時点で、かなり親密な関係であると匂わされた気がして、雪乃は面白くなくて朔の胸に額をぶつけた。


「なら、勘違いする前に俺に聞くべきだ。不確かな情報や他人の言葉を信じて悩む前に」


「不確か?」


 疑心暗鬼気味に顔を上げれば、優しい口づけが額に落とされた。


「そうだよ。玲奈は、兄さんの婚約者だ」


「兄さん?」


 ぱちっと木の爆ぜる音に混じって聞こえてきた聞き慣れないワードに、間違いかと首を傾げた。


「お兄さんなんていたの? てっきり一人っ子かと……」


 初耳だった。

 若い頃に何度も朔の家に出入りしていた雪乃だったが、一度だって使用人のおばさんと彼以外の姿を見たことがない。

 

「いるよ。三歳年上の兄さんがね。ただ、ちょっと存在感が薄いんだ」


 温かな腕の中で、じっくりと朔の顔を観察した。

 華やかな顔立ちは、彼の祖父や父、母親からのいいとこどりだ。そんな一族の中で存在感が薄いなんて言われても、まったくもって信じられない。


「塩顔っていうのかな。それプラス人前に立つのも苦手で、印象に残らないんだよ。だから、俺があの会社の顔みたいになちゃったんだ……困ったことにね。だから、間違って玲奈は俺の婚約者みたいな噂が回ったんだろうな」


 眉を寄せて困った顔をする朔には、嘘を言っているような様子はない。

 どうすればいいのか分からず俯いて、自分の足とその両側にある彼の靴に視線を落とした。

 

「ちゃんと、今度紹介する。だから、機嫌を直してくれないか?」


 俯いたままの雪乃の髪に軽い感触が伝わってきて、遅れてそれが朔の唇だと気づいた。

 彼は宥めすかそうとしているのだ。

 そんなことに気づくと共に顔を上げれば、ぎゅっと抱きしめられて、肩に顔を埋められた。

 勝手な勘違いで、朔を傷つけたのだろうかと真剣に焦っていると、髪に触れる吐息と振動に笑いの気配を捉えて、信じられない思いだった。


「ちょっと! 何が可笑しいのよ。人が真面目に」


「違うよ、ヒナ。可笑しいんじゃなくて、嬉しいんだよ。ニヤニヤが止まらなくて、顔を見られたくない」


「い、意味が分からないんだけど」


「だってさ……それって、嫉妬したってことだろ? つまりは、嫉妬するほど好きになってくれたってことじゃないか」


 雪乃の顔は一気に赤くなった。

 小さく爆発したさっきの発言は、本気で好きだからこそのもので間違いではない。しかし、それを改めて言われると、恥ずかしくて仕方がない。

 ようやく肩から顔を離した朔は、こつりっと雪乃の額に自らの額をこすりつけた。

 けれど、恥ずかしすぎて目の前にあるであろう、彼の瞳を見つめることができない。


「ねえ、ヒナ。こっちを見てよ」


 甘い声音と甘い吐息が唇を掠め、それでも目を上げない雪乃の唇にふんわりとキスが落ちる。

 誘うような、溶かすような、優しくゆっくりとした口づけは、次第に息を吸うために開かれた唇の間から舌を忍び込ませる濃密なものへと変わっていく。

 熱く湿った舌が絡みつき、どちらのものともつかない唾液が雪乃の唇の端から零れ落ちれば、朔は唇を離して舌先で辿っていく。

 

「はあっ……」


 急激に入ってきた新鮮な酸素に、雪乃は大きく胸を上下させて喘いだ。

 くらくらしてきた彼女は、一歩後ろに下がって近くの壁に背中を預けると力無く座りこむ。

 体が疼いて、胸の先端が期待に立ち上がりブラの中で生地に擦れてむずがゆい。あんなキスをされて、期待に体を震わせない女がいるのだろうか。


「ヒナ……もう我慢できない。抱きたい」


 シンプルな告白に、潤んだ瞳で朔を見上げれば、口元を手の甲で拭う朔が餓えを覗かせた目で見下ろしていた。

 どう返したらいいか分からない。

 ぼんやりと息が落ち着くのを待っていると、しゃがみ込んだ朔は、怖いほど真剣な顔で雪乃の腰と膝裏に腕を入れてそのまま立ち上がった。

 これまで、幾度も小説では書いてきたが、経験したことのないお姫様抱っこに動揺を隠せない。

 

「本気で嫌なら、引っ掻くでも殴るでもして。そうじゃなければ、俺はやめない。寝室はどこ?」


「あの……正面の扉」


 答えなければいいものを、雪乃は反射的に答えていた。本音を言えば、朔の考えも悪くないと思う自分がいる。

 再認識した通り、朔のことが好きだ。

 それどころか、子供の頃とは違い心底愛している。

 今までもそうだったように、これから先も彼以上に愛せる男性が現れないことも分かってしまった。

 朔に背を向けた途端、あと残り何十年と一人きりで過ごす人生が広がる。

 前までの雪乃なら、躊躇わずその人生を歩んでいただろう。けれど、共に過ごした数週間で、気持ちは育ちに育ち、心に穴を開けた状態のまま過ごせるかは怪しいものだ。

 きっと、前ほど幸せだと感じる瞬間は減るだろう。

 朔の腕の中で揺られながら、切羽詰まったような横顔に雪乃はそんなことを考えていた。

 前回、酔っていて何一つ覚えていないホテルでの出来事を、今度は素面で体験すると思うと酷く緊張してくる。

 器用に肘で寝室の扉を押し開けると、がちがちに力の入っている雪乃の体を柔らかなベッドに横たえ、足の間に体を割り込ませた。


「嫌なら最後のチャンスをあげる。ただし、その時は生半可な気持ちじゃなくて、ヒナのことを嫌いになるくらいとことん傷つけて」


 ベッドから見上げた彼の瞳は、真剣であり、どこか不安と哀しみがこもっていた。

 冗談で嫌だと言うだけでも、脆く崩れ落ちてしまいそうな危うさがある。

 雪乃だって好きなのだから、拒めるはずがない。

 むしろ、拒む理由がないのだ。


「……できない」


「え?」


「だって、私だって朔のことが好きなんだから……昔から、ずっと欲しかったんだからっ」


 思いきって口にした言葉は、ここま追い込まれなければ口にはできない雪乃の思いだった。

 恥ずかしくて枕の上で顔を横に向けて、煩い心臓の音と熱い頬の熱が治まるのを待とうと思っていたのに、ベッドのスプリングがギシッと音を立てると共に、顎を掴まれて顔を振り向かされる。

 何か言葉を発するよりも速く、開いたままの唇が重なり舌が口腔を蹂躙した。

 お互いの呼吸まで奪おうとする激しい口づけに、いつしか雪乃も積極的に応じはじめる。

 恥ずかしさも躊躇いも、朔の全てが欲しい、知りたいという欲求の前に溶けてなくなっていた。

 雪乃は両腕を首に回し、朔は彼女の膝の後ろを掴むと自らの腰に絡ませ、体を起こした。

 自然と胡座をかいた朔の足の上に座る形になったが、熱に浮されそんなことも気にならない。

 ようやく唇が離れ、銀糸が互いを繋いだ。

 

「脱がしていいか?」


 長いキスで色づいた唇を親指でなぞりながら問われ、雪乃はゆっくりと頷いた。

 それを合図に、朔の手が裾を掴んで上へと引き上げ、途中で黒いスポーツブラが覗き、自分の女らしくない下着に溶けて消えていた羞恥心が浮上してくる。


「め、目つぶってて、自分で脱ぐから」


 言い終わってから大胆なことを言ってしまったなと後悔した雪乃だったが、色気のない下着を朔に脱がされるくらいなら自分で脱いだ方がましだ。

 いつもの彼なら、そんな雪乃の思いを汲み取って目を閉じてくれると思っていたのに、今日の朔は違った。


「ダメ。俺の楽しみ取らないでくれる? これまで、どれくらいこの時を待ってたと思う?」


 抵抗も虚しくTシャツが脱がされ、ベッドの下に放り投げられた。

 すぐに腕を下ろして胸元を隠していたが、両手首を掴まれ開かされれば、シンプルで何の飾り気もないスポーツブラが晒される。

 注がれる視線に耐え切れなくて顔を背けたが、ブラから覗く胸の上部の膨らみに唇を押し付けられた。

 チュッと軽く触れるキスでも、初めて体験する行為にゾクリとしたものが走る。

 

「俺にとって、下着がどうとか関係ないんだよ。前にも言ったけど、重要なのは目の前にいるのが雪乃だってことなんだよ」


 今度はスポーツブラの裾を掴まれ、あっさりと脱がされTシャツに続いてベッドの下へと落とされた。

 胸は完全にさらけ出されている。大きくもない胸と、その先で期待に固く尖る乳首が──。


「可愛い……ヒナ」


「んっ……」


 うっとりと呟き、男らしくて雪乃よりも大きな手で、胸全体を包み込む。大きくなくて申し訳なく思っていた彼女だったが、目の前の様子から察するに朔は気にしていないようだった。

 胸の膨らみを手の平全体で揉まれ、その度に手の平に乳首が当たってもどかしいむずがゆさを覚えて下唇を噛んだ。


「ヒナ……物足りない?」


「そ、そんなことな……い」


 円を描くように揉みしだかれ、雪乃は背を反らして自然とねだるように手に胸を押し付けていた。


「綺麗だよ、ヒナ。どれほど夢見たことか」


 言葉で気を引いた朔は、見せ付けるように唇の隙間から舌を覗かせて乳首をねっとりと舐めた。

 経験したことのないざらりとした感触に、熱が足の間に集まる。

 舌で乳首を弾かれ、口からは自分が出したことのないほど鼻に抜けたような声が出た。


「気持ちがいいの?」


 そう問われ、こんなにも感じている自分が恥ずかしくて、雪乃は手で口を覆うと首を横に振った。

 

「じゃあ、こっちは?」


 首を傾げた朔は、パクリと乳首を口に含むと強く吸い、片手でほったらかされている胸の先端を親指と人差し指で挟んで転がす。

 

「は……っ……んん」


 大きく胸をくわえて、吸ってちゅぱっと口を離した朔は、唾液でテラテラと濡れて光る雪乃の胸の先端を満足そうに眺めると、両手で腰を掴んでジーンズ越しに股間で猛るモノを押し付けた。

 雪乃は熱く濡れはじめているその場所に、固くなっている感触を感じて、はっと息を飲む。

 

「分かる? ヒナのせいで、こんなになってる」


「やぁ……んっ……わたしの、せいじゃ」


「ヒナのせいだよ、いつだって。こうなるのは、ヒナにだけだから」


 胸の膨らみにきつく吸い付き、まるで所有の証だと言わんばかりに赤い印を刻んでいく。


「うそっ……だって、これまで彼女だっていたじゃない」


 泣きたいのをどうにか堪えて絞り出せば、胸元から顔を上げた朔が強い目を向けてきたかと思うと、体はベッドに沈んでいた。

 

「だったらさ。ヒナは、俺の気持ちを考えたことある? 留学先の写真を見せられた時とヒナが作家になったって恵理子さんに本を送ってもらった時の気持ちを」


 体を起こした朔は膝立ちでパーカーを脱ぐと、下に着ているTシャツの裾を掴んで勢いよく脱ぎ捨てた。


「本の中のセックス描写を読むたびに、ヒナはどれだけの男と付き合って、寝てきたんだろうと思ったら嫉妬で狂いそうだった」


 眉間にシワを寄せる朔に、雪乃は言いたかった。

 これまで交際した相手はいないし、ヴァージンだと。

 あの日、ホテルでのことが本当なら、初めての相手は朔なんだと叫びたかったが、今さら何も言えなかった。

 愛想を尽かされる。そう覚悟してると、突然──朔は微笑んだ。


「でも、もういいんだ。忘れてあげる」


「な、なんで?」


 ころころと変わる朔の様子についていけず問い掛ければ、彼の手が柔らかな部屋着のズボンにかかった。


「ん? だって、ヒナ……ヴァージンでしょ?」


 さらりと言われた言葉に、雪乃は脱がされそうになっているズボンを押さえた。


「あの日、慌てるヒナの様子で分かったよ。俺が酔ったヒナを抱いたと思って焦ってたでしょ? セックスしたことがあったら、体の違和感で気づくはずだし。ところで、逆にどうして初めてなのに、抱かれてるなんて勘違いしたの? シーツ、汚れてなかったでしょ?」


「え、あの、だって……出血しない子もいるし、痛みも少ない子もいるって聞いたことあったから。それにあの日、腰がダルくて下半身にも違和感があったの」


 しどろもどろに言うと、朔は油断した雪乃のズボンを完全に脱がしてのしかかってきた。


「可愛いな、ヒナは」


「ちょっと、離れて」


「嫌だよ。離れたらできないだろ」


「なにを?」と問い掛ける間もなく、朔の片手が足の間に差し込まれ、布地の上から誰にも触らせたことのない割れ目を擦る。

 

「あっ! ま、まって……やぁ」


「ねえ……ヒナも分かってる? 下着が湿るほど濡れてるって」


「そん……なこと、ない」


 さわさわと上下に擦られるたび、濡れた感触がすることはわかっている。けれど、素直に認められない。

 

「じゃあさ、直接確かめさせてよ」


 制止の声を上げるよりも速く、ショーツの中に手を滑り込ませた朔は茂みを掻き分けて目的の場所に触れると、するりと指を蜜壺に入れた。

 初めての異物感に、中が押し返そうとする。


「すごく濡れてるけど、やっぱり狭いな」


 入口の浅い場所で、小刻みに動かされるとむずがゆさが湧いてくる。

 徐々に指が奥へと入ってきて、中を広げるような動きを加えられ、雪乃は手を伸ばして朔の裸の肩を掴んだ。

 静かな室内に次第に、いやらしい音が響きはじめる。

 

「ああっ!」


 中を軽く引っ掛かれ、足の先まで痺れたような感覚に声をあげれば、指の動きを止めて顔を覗き込んでくる。


「今のがヒナのイイ所みたいだね。すごい締め付けだったよ。そろそろ……」


 なにをされるのだろうかと思っていると、足の間の圧迫感が増した。

 少しづつ入れられ、中でバラバラに動かされ、指を増やされたのだと理解した。たった一本増やされただけで、こんなに窮屈だったら、彼のジーンズを押し上げているモノが入るわけがない。

 

「ヒナ……痛くない?」


「い、痛くはないけど……変な感じがする」


「大丈夫だよ。俺の指、美味しそうに飲み込んでるから。ああー、はやく入りたいよ」


 何度も中を押し広げるように指を動かされ、だんだんと中の違和感が消えていき、もっと奥に欲しくて物足りなさを感じはじめる。

 

「すごく蕩けてきた。どう? もっと違うものが欲しくならない?」


 ちゅぷっ、と指が抜かれ、その拍子に愛液がお尻のほうに垂れていく感触に雪乃は震えた。

 長く快感を与えられたせいで、腰から下の力が抜けてしまう。

 

「これじゃあ、もう穿いてる意味がないよね?」


 頭がぼうっとして、なにを言われているのか理解するのが遅れている間に、体を下にずらした彼に下着も脱がされていく。

 ようやく理解できたのは、両膝を掴まれ開かれたことによって濡れた秘所に外気が当たってひんやりとした時だった。


「やあっ! 恥ずかしい!」


 朔の目に晒された恥ずかしい部分を隠したくて足を閉じようとするも、膝に力が入っておらずあっさりと両膝を掴まれ開かれてしまう。

 そんな所を見ないで欲しいと泣いて懇願しても、朔はやめるどころか濡れるその場所に唇を近づけた。

 割れ目をぺろりと舐められ、感じたことのない痺れが体を襲った。


「やぁっ、やめて……そんなとこ、ろ、汚い……から、ひゃっ!」


「汚くないよ。汚いとするなら、それは俺の内面だ。ずっと、こうすることを想像してたんだから」


 世間一般的に見て容姿端麗と呼ばれるであろう男が、足の間で熱心に舐めしゃぶる光景に腹部の奥が震えた。

 時々、舐めきれない愛液を啜る音に、雪乃は耳を塞ぎたかった。

 体は雪乃の思いとは違いびくびくと震え、舐めしゃぶられている場所は、舌ではなくもっと違うものが欲しくて引くついている。


「はぁ……ヒナ、舐めても舐めてもどんどん溢れてくるよ。そんなに気持ちがいい?」


 足の間から顔を離し、ベッドから降りた朔は、濡れて光る唇を手の甲で拭うと、自身のジーンズのボタンを外してジッパーを下ろすと、下着ごと下ろして足から引き抜いた。

 ぼんやりとする眼差しで眺めていると、腹部につくんじゃないかってくらいそそり立つぺニスが現れ、その凶暴なまでの太さとぬらついた先端に、ごくりと喉を上下させた。


「そんなに見つめられると、それだけでイキそうだ」


 ベッドに上がってきた朔は、雪乃の足の間で膝立ちになると、一回ぺニスを握って扱いた。

 その光景は、なんともエロチックで、ゴポリと秘所からさらなる蜜が零れ出る気がしてくる。

 あんなものが、本当に入るのだろうか?

 そんな不安と、中に入ってきたらどんな感触なんだろうかという期待感で胸が高鳴った。

 

「あっ」


 体を倒してきた朔は、一声発すると固まってしまった。


「どうしたの?」


 からからに渇いた喉から絞り出せば、朔は罰の悪そうな顔をした。


「あー、コンドームが……」


 そこまでで気づいた雪乃は、わずかに体を起こすとサイドテーブルの引き出しを開けると、小さな箱を取り出して朔に手渡した。

 渡された本人は、きょとんとしている。


「え? なんで持って」


「前に資料として取り寄せたの」


 捨てようと思っていたのに、なんとなく取っておいたことが恥ずかしくて顔を背ければ、朔は雪乃の太ももを撫でた。


「恥ずかしがらないで、ヒナ。むしろ、あってよかったよ」


 箱を開ける音がして「どれがいい?」なんて言葉が聞こえてくる。

 資料用として雪乃は通販で、お試し用バラエティパックを買っていた。薄いものやローション付きなど七種類入っている。


「初めてのヒナとのセックスだから……よく感じたい」

 

 箱から一つだけ取り出すと、箱を枕元に投げてパッケージを破り自身のぺニスにコンドームを被せると、先端を蜜口に当て上下に擦り付けてくる。

 膜越しでも熱さと硬さが分かって、さっきまでの余裕がなくなり腰が引けてしまう。


「ヒナ、逃げないで。初めてだから大丈夫なんて言えないけど」


 腰を掴まれ元の位置に戻されると、熱く濡れた入口に先端が入り込む。

 

「後悔はさせないから」


「いぁっ!」


 腰を押し進められるたび、引き裂かれているんじゃないかっていう痛みが広がり、指とは比べものにならない圧迫感に、やめてと叫びたくなってくる。


「もう……、はい……った?」


「痛いよな、ごめん。でも、まだ半分だよ。今日はここまでにしようか?」


 冗談じゃないと思った。この痛みをまた最初から繰り返そうなんて思えない。


「大丈夫……だから、続けてっ」


「ヒナ、俺の背中に手を回して。痛かったらいくらでも引っ掻いていいから」


 言われたとおりに腕を回すとさらに腰を進められ、体を前に倒した彼の慰めるような口づけが落とされる。ねっとりと舌を絡み合わせ、意識がキスにいっているとやんわりと胸が揉まれ、今だ固く尖った先端を摘まれば少し体から力が抜けてある一定の場所までぺニスが入り込んだ。


「これで最後だから」


 その意味を問おうとした瞬間、朔はぐっとぺニスを押し込んだ。

 何かが弾けたような感覚と痛みに、背中に触れていた指に力が入って、朔の息をのむのが耳に届いた。


「んあっ、いっ……た」


「ああ、痛いよな。ごめんな、ヒナ。でも嬉しいよ」

 

 一つ息を漏らした彼が、体を起こして繋がった部分に視線を落とし、片手で雪乃の腹部を撫でた。


「はぁっ……」


「分かる、ヒナ? ここに俺が入ってる」


 嬉しそうに言われて、つま先がマットレスの上できゅっと丸まった。

 余計に中で脈打つ彼の存在を意識させられ、ズキズキとする痛みの中に別の感覚が湧いてくる。


「やばいな……夢みたいだ」


 額に汗を浮かべながら、頬を上気させながら心底嬉しそうにしている顔を見てしまえば、痛みを忘れるほどの幸福感が胸を締め付けた。

 そのきゅんとした心が、繋がり合っている所にまで影響を及ぼす。


「ひ、ヒナ……今のはヤバいな」


 彼の存在をリアルに感じ、意識した訳じゃないのに締め付けていたらしい。

 その効果は、朔にだけではなく、雪乃にも及ぼすものがあった。


「お願い……動い、て」


 もっと強い刺激が欲しくて、自然と彼の腰を挟む膝で擦っていた。

 

「はっ……ヒナ、わかったよ」


 息を吐き出すと、ゆっくりと腰を引き、もう一度入れるという浅い動きを繰り返される。ぞわぞわと痛みの中から違う感覚が首筋をわななかせた。

 次第に滑らかになってきた抽挿に、朔の腰使いが変わり始める。

 抜けるぎりぎりまで引き、一気に最奥へと突き入れるという動きに変わり、括れが中を擦る快感に喘ぎ声が止まらない。

 空気を含み、結合部からは卑猥な水音がしはじめていても、恥ずかしいというよりは、あまりの気持ち良さに自然と腰が揺れるのを止められない。


「ヒナ……っ」


 切羽詰まった声を漏らした朔が、強く腰を打ち付けてくると、さっきまでとはまた違った奥に当たって苦しくなってくる。

 

「や、んっ……はあ、あんっ、朔……もう」


 よくわからない感覚が襲ってきて、雪乃は朔に手を伸ばしてしがみつきたかったが、体を引かれてしまう。

 体を起こした朔は、彼女の腰を掴むと小刻みに激しい抽挿をはじめ、最後のスパートをかけた。

 背をのけ反らせ、枕の上で髪が乱れるのも構わず頭をこすりつければ、雪乃の中は朔から絞り出そうとするようにうごめき、中の摩擦が強くなり──。

 コンドーム越しでも、熱く勢いのいいものが吐き出されるのが分かる。

 緩く腰を揺すられ、最後の一滴まで吐きだそうとする動きに、雪乃はシーツの上で足を突っ張らせた。


「はっ、ヒナ……最高だ」


 だらりと力を抜いた雪乃に、顔を屈ませた朔がキスを落とす。

 欲求を伝えるものではなく、労うような甘いキスに熱い吐息を漏らすことで答えると、ずるりっとぺニスが出ていく感触に敏感にそこが反応する。


「んっ」


「そんな甘い声出さないでよ。初めてなのに、もう一度シタくなる」


 喉は痛いし、腰から下は軟体動物になったみたいになってしまい、恥ずかしくても足がうまく閉じられない。

 横になったまま、コンドームを外してティッシュで自身を拭う姿に、浅ましくも体は反応してしまう。


「だめだよ。今日は休んだほうがいい。今、拭いてあげるから」


 ぽんぽんと頭を撫でられると、ほっと安心感を覚えてしまい心地のよい疲れに睡魔が襲ってきて、雪乃は素直に身を任せた。





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