第9話 羊は隠れ肉食系
翌朝──。
約束の時間より一時間も早くに目が覚めてしまった雪乃は、耳をそばだてていた。
テレビもつけず、玄関近くの廊下に座り、向かいの玄関の開閉する音に集中する。
十分ほど経った頃、鍵が開いて扉の開閉音が続いた。
大きくはないが足音もしたが、こちらの扉の前で少し立ち止まる気配を雪乃は感じた。
思わず息を殺していると、エレベーターが開くき、閉まる音が聞こえてきて、小さく息を吐き出し廊下の壁に頭を預けた。
どうするべきなのが分からない。
昨日のことを思えば、賢い女なら部屋に入ったりしないだろう。
でもそれは、相手に興味がないか嫌いな場合だ。
再会当時は、昔の名残が心を守ろうと拒絶していたが、過ごしてみれば何かお互いのすれ違いが生んだ問題だったように思う。
少しずつ話して、距離を縮めていけば──と雪乃は思っているが、朔は早急に距離を縮めたがっているのが伺える。
それでも、雪乃が知っている彼なら、本気で嫌がれば考え直してくれると信じていた。
もんもんと考えながら、心を決めて寝巻からましな服へと着替えに自室に戻った。
特に出かける用事がない日は、たいていスウェットのズボンに大きめなトレーナーを着て過ごしているのだが、さすがにスウェットのズボンはないだろうと思い、ストレートのジーンズを雪乃は選んだ。
他にどんな格好をすればいいのかわからない。
細くもない、背も低くもない自分が何を着ても様にはならないと諦めて、朔の家のカードキーとスマートフォンを手に家を出た。
まだ帰っていないであろう彼の家に入ることに、変な緊張を覚えながら足を踏み入れる。
どこに居るべきか分からず、そわそわと歩き周りながら窓に歩み寄ると、卓馬の部屋からは見えない方角の景色が見えるが、山や森が好きな雪乃にはこの景色を好む人の心が理解できない。
眼下に広がるのはコンクリートの道と下から生えるビル。
ある緑は道路脇の街路樹だけ。もちろん、足を伸ばして時間をかければ木々の生える公園はあるが、雪乃の心を満たすほどのものではない。
コンクリートだらけの景色を見ていたら、無性にコテージに帰りたくなってきた。
近くにコンビニやスーパーがないという不便さはあるが、それを受け入れてしまえる別の良さがたくさんある。
ホームシックに近い感覚に陥っていると、スマートフォンが着信を告げた。
「もしもし?」
『おはよう、雪。もう起きてたのか?』
「あ……卓馬、おはよう。うん、朔と朝食の約束をしてたから待ってるところ」
『へー、オレのいない間に随分と仲良くなったな。もう、大丈夫なのか?』
「……大丈夫なんだと思う。二人きりでも平気だし」
『そうか。雪がそれでいいならいいんじゃないか?』
電話の向こう側で、優しく微笑んでいるのが口調で分かる。
『ようやく吹雪も止んで、空港まで行けるようになって、明日の昼の便が取れたからそれで帰る。お前の両親も一緒だよ』
「ありがとう、卓馬が一緒だと思うと安心できるよ……ひゃっ!」
『どうした、雪?』
雪乃は慌てて電話を服に押し付けて、首を押さえながら振り返ろうとした。
けれど、後ろから腰に両腕が回されていて動けない。
話しに夢中になっていて気付かなかったが、朔が戻ってきて首の後ろに口づけたのだ。思わず変な声が出てしまい気まずい思いをしているというのに、ぎゅっと腕に力を込めて抱きしめると耳をやんわりと噛んだ。
「ちょっ!」
「んんー、ただいま」
耳にキスされることによって生じるリップ音は、朝聞くには相応しいものではなく、顔を真っ赤にする雪乃を尻目に、笑い声を上げながら腕の拘束をといた。
自由に腕が動かせるようになって電話を耳に当ててみるが、聞こえてくるのは電子音だけですでに通話は切られている。
「もー、切られちゃったじゃん」
「どうせ、明日の昼の便で帰ってくるって話でしょ? 俺の方にメールが届いてたよ」
「そうだけど……」
「汗流してくるから少し待ってて。朝食はテーブルに置いてあるから」
少し不機嫌そうに言葉を残して、バスルームへと入って行った。
仕方がなく、キッチンへと入って皿を取り出し紙袋の中身を並べ、やかんでお湯を沸かしはじめる。
マグカップはすぐに見つかったが、コーヒーや紅茶がどこかわからず、お湯が沸くのを待ってから卓馬の家に取りに行こうと玄関を目指すが、いつかを思い出す湿気が体を包んだ。
「どこ行くの、ヒナ」
手首を掴まれ引き戻されると、お湯で温まった体に背中がぶつかった。髪を乾かしていない髪から垂れる水が、雪乃の首筋に落ちて背中を流れ落ちていく。
「怒ってるの? さっき勝手に電話切ったこと……ごめん。あれは、卓馬と楽しそうに話してたから、イラついて」
さっきのことについて怒ってるつもりのない雪乃だったが、勘違いをしているのなら少し意地悪をしてやろうと無言で足を一歩進ませて腕を引くと、さらに掴む手に力を込められた。
「ヒナ……お願いだから行かないで」
声には悲壮感が漂っており、後ろを振り返って顔を見てみたい好奇心を抑えるのに雪乃は苦労した。
「二度としないから……ちょっと、ヒナ?」
我慢の限界がきて、片手で口を押さえながら肩を揺らしてしまうと、パッと手を離された。
「ごめんごめん。本気で焦ってるから面白くて」
「酷くない? こっちは必死なのに」
廊下の壁に手をついて笑うと、言葉とは裏腹に朔はガバッと抱き着いてきて雪乃の体を左右に振った。
それは、小さな頃に雪乃が朔にからかわれた時にやっていた行動と同じだ。
懐かしさと、朔の成長に可笑しくなって笑い声をあげると、朔も一緒になって笑い出した。
「じゃあ、どうして玄関の方に行こうとしてたの?」
「コーヒーとか紅茶がどこに入ってるか分からなかったから、卓馬の家から持ってこようかと思って」
「好きに棚を開けたらいいのに」
「いや、普通は他人の家の棚を漁るなんてしないでしょ」
「他人の家ね……おいで、こっちにあるよ」
抱きしめられていた腕は外れたが、今度は手を繋がれて引っ張られた。
今更ながら、目の前に広がる広い生身の背中に、上半身に何も身につけていないことに気がついて俯いた。これもまた、あの失態の日を思い出させるものだ。
手を引かれるままキッチンに戻ると、作業台の上にある扉を開いて木の箱を取り出すと、見える場所に置いてくれる。
「コーヒー、紅茶、ココア、緑茶なんかはここに入ってるよ」
「あ、うん。ありがと……覚えとく」
振り返られたが、子供時代に見た体つきとは違う鍛えられた体を直視することが出来ず、木箱に視線を固定したまま答えると、ふっと影が落ちた。
「ねえ、ヒナ。こっちを見て……言っておきたいことがあるんだ」
「言えばいいでしょ。ちゃんと聞いてるし」
「いやだ。ちゃんと顔を見て言いたい」
木箱を掴んだ朔は、自分の方へと引き寄せ、雪乃が顔を上げる以外の選択肢がないようにした。
「ヒナ? 俺を見て」
どうしようもなくなって、雪乃は真っ赤になった顔を上げると視線を顔に固定するように努力した。
「あっちで聞くから……とりあえず何か着てくれる」
「あ、ごめん」
一歩引いた朔は、慌てたように雪乃の横を通ってバスルームへと走って行った。へなへなと座り込みそうになるのを堪えてリビングに行ってから、力無くソファーに座った。
たいした時間もかからず戻ってきた朔は、雪乃が座る前の床に座りそっと手を取り見上げてくる。
見慣れてきた真剣な灰色の目で見つめられ、彼が言いたいことが真面目なものだと伺えた。
口を開くのを待っている間、冬だというのに喉がカラカラに渇いてきた。
「ねえ、ヒナ。俺はこれからヒナと、十年分の距離を縮めたい」
「ちょっと……それくらいのことで大袈裟過ぎない? 別に、わざわざ言葉にしなくたって、私たち友達でしょ?」
十年前、雪乃はたしかに朔に腹を立てていたが、留学が仕方のないことだったと知った今ではそんな気持ちも霧散した。
人間、十年もあれば色々と起こるものだ。
雪乃は過去に縛られる気も、責めようもないことでウジウジと文句を言う気もない。
消えない友情と想いがある以上、前みたい拒絶する理由はない。
ただ困ったのは、雪乃自身は朔に友達以上の感情を抱いてしまったということだ。
だが、朔が友達として付き合いたいと言うのならそれに合わせることは出来る。学生時代と違って、社会人にもなれば毎日顔を合わせる訳でも、同じ職場でもない。
卓馬の家に来ないようにして、自分のコテージで過ごすようにすれば、それこそ会うのは正月くらいで済む。
そんなことを考えていると、雪乃の耳に大きなため息が届いた。
「何を考えてるのか知らないけど、俺は学生時代のお友達……なんてポジションに戻りたい訳じゃないよ?」
「だ、だったら、何なの?」
「俺はヒナと付き合いたい。昨日も言ったけど、ヒナのすべてが欲しい。手を繋いで歩きたいし、キスだって数えられないくらいしたいし、ベッドで何もかも忘れるくらい溶け合いたい」
熱っぽい目で見つめられながら、鼓膜に言葉を注がれると、想像力豊かな雪乃の頭の中にはベッドでの淫らな行為が思い浮かんできてしまった。
彼の鍛え上げられた肉体が自分の肌の上で動き、細すぎない腰が足の間で律動していたら、どのくらい気持ちがいいのだろうか。
朔は早急に求めるタイプなのか、丹念に愛撫を与えるタイプなのか。
二度も上半身裸の姿を見てしまえば、誰だってそうだろう。
雪乃だって、健全な大人の女だ。
ましてや、本の中で絡み合う男女のセックスを綴っていたのだから、言ってしまえば仕方がない。
「試しに付き合うでもいい。それでダメだと言うなら、悲しいけど諦める。だから、チャンスをくれないかな?」
朔の弱気な発言に、雪乃は頬を緩めた。
すでに彼が好きだという気持ちがある雪乃だが、自分に自信がなく、付き合ってみたら違ったと思われたらどうしようかと不安に思っていただけに、少し気持ちが軽くなった。
「……いいよ」
言葉を口にするのが恥ずかしくて俯き呟くと、受け入れられると思っていなかったのか、朔が息をのむ音が聞こえてきた。
「もう一回言ってくれないか」
「…………」
「ねえ、お願いだから」
「いいよ! チャンスをあげます!!」
懇願にいたたまれなくなり、雪乃がそう叫び気味に言うと朔に腕を引っ張られ、顔が胸板に押し付けられた。
「ありがとう、ヒナ。絶対に後悔させないから」
「はいはい、分かったから……さっさとパン食べないと遅刻するんじゃないの?」
離された手で朔の背中をぽんぽんと叩き促すが、なかなか離れようとしない。
「私はお腹すいてるんだけど?」
「うん。今、コーヒー入れるから、待ってて」
ようやく腕の拘束を解いて立ち上がった朔は、昔とは違う微笑みを浮かべてからキッチンへと向かった。待っているのも落ち着かず、雪乃もキッチンへ入りすでにパンをのせておいた皿を掴んだ。
朔はもう一度お湯を沸かし直し、マグカップにコーヒーの粉を入れている。
「ヒナは、どんなコーヒーが好み? どっちか? それとも両方?」
「私はミルク一つと砂糖三杯のコーヒーか、カフェオレが好き」
「了解。覚えておくよ」
嬉しそうに雪乃が言った通りのコーヒーを作った朔は、ソファーの前にあるガラスのテーブルにカップを置いた。
代わりに雪乃は彼の分の皿を押しやった。
いつもの習慣でニュースのついているテレビに目を向けながらシナモンロールを頬張っていると、食べづらいほどの視線を横から感じた。
ちらりと目だけで見れば、隣に座っている朔が前のめりになって膝に頬杖をついて見ている。
「なんで見てんのよ。さっさとあんたも食べちゃいなさいよ」
大口を開けて頬張っている姿を間近で見られているという恥ずかしさに抗議すれば、目線を下に落として呆れたようなため息を吐かれてしまった。
「あのさあ、付き合い出すんだからさあ……テレビなんかじゃなくて、俺と会話をしながら食事しようよ」
「ああ、そういうこと。卓馬とはいつもこんな感じだから慣れちゃっ……んっ!」
「朝の二人きりの時間に、他の男の名前を口にしないで」
距離が離れていないだけに、朔の伸ばされた手が簡単に雪乃の口を塞いだ。
「心が狭いって自分でも思うけど、十年側にいた卓馬に嫉妬してるんだよ。俺も、一緒に大人になりたかった」
腕を下ろして眉をハの字にした朔は、自虐的に笑った。
「ごめん、変なこと言って」
雪乃と同じようにテレビに目を向けた彼は、膝に腕をつきながら平らげていく。
かける言葉が何も浮かばず、残りのシナモンロールをコーヒーで流し込みながら、画面を見つめた。
気まずい訳ではないが、卓馬の時とは違う何か話しをしなくちゃという思いが浮かんできたが、話し下手で興味のあることが偏り過ぎていてなかなか口を開くことができない。
話しのネタという小さなことに頭を悩ませていると、代わりに朔が話しを振ってくれた。
「そういえば、ヒナってどこに留学してたんだっけ」
「アメリカのアイダホ州だけど?」
「その頃の話を聞きたいな」
雪乃はシナモンロールの最後の固まりをゆっくりと咀嚼しながら考え、残り一口のコーヒーで流し込んだ。
それからゆっくりと整理しながら話して聞かせた。
高校の短期留学で訪れたホストファミリーのこと。
自然豊かな場所で、何を感じ考えたかということなんかをたどたどしく話す間、朔は急かすこともせず追体験するように聞いてくれた。
「そこの同い年のエミリーに進められて読んだのが、私の今の人生に影響を与えたの。吸血鬼のラブロマンスで、切なくて二人でわんわん泣いたな」
「ホームシックとかにはならなかったの?」
「不思議とホームシックにはならなかったの。それくらい温かい家族だった。あとエミリーのお兄さんで大学生のジェイクが、夏休みにイエローストーン国立公園に連れていってくれたり、オオカミの群れのつくりとか、行動について詳しく教えてくれたな」
そこから、すっかりオオカミの虜になってしまった雪乃の部屋には、海外でしか手に入らないオオカミグッズで溢れている。特にお気に入りなのは、オオカミの遠吠えをおさめたCDだ。
海外旅行が趣味の母親の友人に頼んで買ってきてもらうこともある。
「今では有名なオオカミの行動学者なんだよ? ほら」
スマートフォンに保存しているオオカミとジェイクと撮った写真を開いて、朔に画面を向けて差し出した。
話しを聞いてくれている時と同じように、温かく受け入れられると思っていたの雪乃は、スッと狭められた目にスマートフォンを上げていた手を下ろした。
「なに……どうしたの?」
「ほんと、ヒナの周りって男ばかり」
「その言い方……人を逆ハー女みたいに言わないでくれる。趣味が女の子たちとあわないから仕方ないでしょ。女の子たちといるより楽なんだもん」
「はあー、これからも俺はヤキモキしなくちゃいけないのか」
「あのねえ、だったら知りたがらなきゃいいのに」
「いや、気になるだろ。ヒナはイギリス時代の俺のこと、気にならないの?」
気になるか、気にならないかと言われれば、雪乃だって知りたい気持ちはある。しかし、聞いていまさらどうしようもないことで嫉妬するのが嫌だった。
「どうでもいい。どうせ、モテモテだったんでしょ? 男がする留学話なんて、そういう武勇伝じみた話になるに決まってんだから」
「はは、たしかにそうかも。でも、俺が行ったところはそういう雰囲気ではなかったし、落ち着いて学べたよ。歴史的建造物もあるし、幻想的だし、湖水地方は落ち着けて、ヒナに見せたいと思った」
「イギリスね……いまいち私の好きな動物のイメージがないんだよね。どちらかといえばピーターラビットって感じで、ほんわかしちゃって」
「じゃあ、どこが好き?」
「うーん……行ってみたいのは、オオカミがいるアラスカとカナダ、ノルウェーかな。大型のネコ科がいる場所もいいけど、暑いの苦手だし、そっちは動物園でいいやって思っちゃうんだよね」
「日本で行きたいのは?」
「北海道! 知床で野生動物を見たいし、旭山動物園の行動展示も見たいんだよね」
どれもこれも観光とは呼べないものかもしれないが、話をする雪乃の目はきらきらと輝いている。
「じゃあ、今度一緒に行こうよ」
「え?」
楽しい想像もそこまでだった。急に体に緊張が走る。
「海外でも北海道でもどちらでもいいけど、二人の思い出が欲しいな」
「いやあ~、私……動物を見だすと長いよ? 退屈でしょ?」
「平気だよ。ヒナが楽しそうなら、俺も楽しい。海外? 国内? どっちがいい?」
国内だったとしても、朔の言い方からして泊まりだということは分かる。
まだ交際一日も経っていないのに、デートを通り越して泊まりの旅行に誘うなんて破廉恥過ぎると、雪乃は心の中で罵った。
「ちょっと、朔? 私たち、さっき付き合いだしたばかりだよね? それも、お試しって形の」
「ああ、そうだね。だから?」
「だから? じゃなくて。普通の男女交際っていうのには順序があって、まずはお互いの距離を縮めるためにデートをするんじゃないの? それから手を繋いで、キスをして」
その先を言うのが恥ずかしくて押し黙ると、朔は体を寄せてきて耳元に唇を近づけて囁いた。
「セックスするんでしょ?」
吐息とともに吐き出された言葉に、ゾクリッとして距離を取ろうとすると、腰に腕を回されて体重をかけられた。
自然と雪乃はソファーに倒れこむことになり、覆いかぶさった朔が上から見下ろしてくる。
「でも、この間……書店デートとランチデートしたし、昨日はキスをしただろ? つまりは順調に進んでる」
「待った! 交際前をカウントするのは卑怯でしょ!!」
「なんで? そもそも、俺たちは初対面の相手でもないし、何も知らない間柄って訳でもない。それを足したら、一緒に旅行に行くための権利は得てると思うけど?」
妖しく瞳を煌めかせた朔は、片手を雪乃のTシャツの下に滑り込ませて素肌に触れた。
誰にも触られたことのないその場所に、大きな手が触る感触に震える。
「ひゃっ……」
「この段階に進んだっていいと思う」
抵抗も虚しく、さらに手が上を目指して動きはじめると──ガラステーブルに置かれた朔のスマートフォンが鳴った。
一瞬、朔は手を止めてスマートフォンの方を見たが、無視して雪乃にキスをしてくる。
息苦しくてうっすら開いた口に、朔の舌が入ってきて、くちゅくちゅと唾液を絡めるようなキスをしかけてくるが、スマートフォンは鳴り続いていた。
「んっ……はぁ、ちょっと……でんわっ」
「別に気にすることないよ。それより、俺に集中して」
どうにか朔の胸を両手で押して引きはがして、息絶え絶えで言ってはみるが、朔に出る気はないのかまた顔を近づけてくる。
けれど、気にするなと言われても、切れることなく鳴り続いている着信音に、何か緊急の内容じゃないかと気になって仕方がない。それに、キスを許したつもりのない雪乃は、両手で朔の唇を塞いだ。
「さっさと出なさいよ。仕事の電話かも知れないでしょうが」
「んーー」
真剣な目で訴えれば、諦めた目をして体を起こした。
「はー、ヒナは真面目だね」
ソファーから立ち上がった朔はスマートフォンを拾い上げ、画面に視線を落として舌打ちした。
「もしもし……まだ時間じゃないですよね? せっかくの時間を邪魔しないでくれませんか?」
雪乃はソファーに座り直して、Tシャツを下げるとぶつぶつ文句を言う朔にため息を吐いた。
(やっぱり仕事あるんじゃない。朝からなんつーことを)
たった今起こったことを思い返し、気まずくなった雪乃は立ち上がって卓馬の家に戻ろうとした。
話しているのを邪魔しないように、そっと出て行こうとしたが目ざとく気づいた朔が近づいてきて、耳からスマートフォンを外して頬に片手を当てて親指で唇をなぞってきた。
「明日は一日休みだから、デートしよう。時間を空けておいて。詳しいことはメールする」
「…………分かった」
自分がデートというキーワードを口にしただけに、頷くしかなく了承すれば、軽くキスが振ってきた。
それを別れの挨拶に、雪乃はやれやれという思いで部屋を出た。
向かいの扉にカードを近づけて鍵を開けながら、ここまでスキンシップが好きになったのは海外生活のせいなのだろうかと頭を悩ませた。
会う度にこんな風にされては、心臓がもたない。
今も、触れ合った唇と触れられた肌が熱かった。
電話が鳴ってよかった半面、本当はキスの先に少なからず興味がある。
そして、卓馬とは想像出来なかった行為も、朔とだと簡単に想像できる自分に雪乃は嫌気がさしてきた。
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