第4話 気づき

たどり着いた幼なじみの家の前に立ち、何となく深呼吸をする。チャイムをならすと、出てきたのはあやちゃんだった。


「いらっしゃい、ひさしぶりじゃない!最近会えなくて寂しかったのよ」


「ひさしぶりあやちゃん、ごめんね、大学入ってバタバタしちゃってさ。」


久々の再会なのに、気さくに受け入れてくれることが本当にありがたい。0歳のころからの付き合いは健在というわけだ。


「おー、来たな、そんでゆあ、何作るつもりなの」


「豚バラ大根、それに合う副菜、あとサラダ。」


「うちの今日の昼食が完成するラインナップだな、まあいいや、こっち」


上から目線の巧にも今日は腹が立たない。こいつの料理の腕前を知っているからだろう。本当においしいし、センスがある。こういう人が料理人になれるんだろうな。


「材料、まあ足りなくなったらうちにもあるから、とりあえずメインから作るか。大体の作り方はわかるんだろ?変なことしてたら止めるからとりあえずやってみな」


「はーい」


巧先生のお料理教室は、普通に楽しかった。味付けのアドバイスとか、手際のいい作り方とか、ためになることばかり。もともとといえば、こういう作業は好きなほうなのだ。ただ、自分のためだけに作るとなると悲しくなるからやらなくなっただけ。


今日作るご飯はおそらくこのまま、あやちゃんと巧のおなかに収まることになる。だからそう考えるとやる気も出てくるし、そもそもあおいさんに作るという大きな目標もある。ふふ、今からあおいさんの驚く顔が目に浮かんでわくわくする。そう、ぼんやりしていたのが間違いだった。


「…い、おいっ、ゆああぶねえ!」


巧の声にはっと我に返ると、お味噌汁を作るのに沸かしていたお湯が吹きこぼれ、ちょうど私の手にかかろうとしたところだった。普通の人ならとっさに手を引っ込められたのだろうが、何を隠そう、運動神経、反射神経の壊滅的な私にそんなことはできなかった。


「っつい!」


「ばっかお前何してんだ。いつもいつもぼけっとしてるけど、火を扱ってるときににぼんやりすんな」


「なんてひどい、もっと優しい言葉をかけて」


「お前はしっかりしてるようで全然そんなことないことはよくわかってんだ。ほら、手見せろ。今よけられてなかったろ。」


そういって私の手を取り、思ったよりひどいな、とぶつぶついいつつ、手を冷やしてくれる。その姿はまるで子供の世話を焼くパパのようで、思わず笑いがこぼれた。


「なに火傷して笑ってんだ、気持ちわるいな」


「いや、なんかいいパパになりそうだなって」


「そうかよ」


なんだか複雑そうな顔をする巧に首をひねる。はて、ほめたつもりだったのだが何か不服だったのだろうか。そんなひと悶着を経て、ようやっと完成した、先輩に充てた料理もとい今日のご飯。まあなかなかよくできたと思う。あやちゃんを呼び出し、一緒に昼食にするとこにした。


「おいしい!ゆあちゃん、やっぱりうちの子になってよ。」


「おい、変なこと言うなよ」


「あやちゃんの娘になるのは大歓迎なんだけどね、ちょっと巧がそこまで私の面倒見たくないでしょ、いまさら 」


ひらひらと手を振り、巧もうなずいていると思い、半笑いで横を見やり、そのまま私は固まることになった。一瞬、ほんの一瞬だったが、なにかあきらめたような、悲しいような、哀愁あふれる表情。そのあまりの儚さは、瞬きをする間に嘘のように消え去っていて、見間違いを疑った。


でも、それはどう考えても見間違えなんかじゃなくて。だからこそ、何も言えなかった。それと同時に、すこしだけ、ほんの少しだけ浮かんでしまった考え。気のせいだと消し去るには、私は巧のことを知りすぎていた。思い過ごしなんかじゃない。ずっと隣にいたのだ。逆になぜ今まで気づかなかったのだろう。こいつは、私のことが、だけど…


「ごめんね…」


「ん、なんかいった?」


「え、なんも、耳悪くなったんじゃないの、老化」


「同い年だろうが」


こぼれてしまったごめんは、言わないことにした。巧がいつからか、私に隠してきたであろう気持ちは、きっと私たちの関係をこのまま居心地のよいものにしておくためだから。私のことを気遣ってだと思うから。そのやさしさに、今は甘えることにしようと思う。


最低かもしれない。けど、私にも今は、私なりに大好きだと思える人が見つかったから。きっと、それが巧にも、蒼唯さんにも誠実な対応だ。だから、少しだけ傷んだ胸を見て見ぬふりして、私は帰路についた。


そう、私には悩む時間なんて残されていなかった。明日には蒼唯さんのところに向かわなければならない。自分のことにいっぱいいっぱいな私に、心底嫌気がさした。

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