第3話 違和感

そう、思っていた時期が私にもありました。ライバル宣言を早々に取り消さなくてはならない。なぜならハマってしまったから、私が。分かりやすく言おう、アイドルに沼った。それはもうずぶずぶだ。おすすめしてもらった曲、聴いてみたところ、なかなかいいなと思ってしまい、二曲目三曲目、さらにはおすすめ動画、そして見つけてしまった死ぬほど好みのメンバー。何この子守りたい愛おしい尊い。勝てるわけねぇだろこんな天使に勝たねぇといけないのかその天使に!?


吹き狂う嵐のように私の感情は荒れていた。もういい、開き乗って恋も推し活も頑張ってやるしかないだろう。大学に入るまで、推しも好きもよくわかっていなかった奴の言葉とは思えない。ミイラ取りがミイラになるどころの騒ぎでは無い。それもこれも、先輩のあの表情に出会ってしまったのが運の尽きだとあきらめよう。


意気込んだのはいいものの、私のバイトの都合や、イベント日程との兼ね合いもあり、私が先輩とともに推しに会いに行くのは十月になった。


生まれてしまった一か月の猶予。その間にまあある程度自分磨きをして、次あった時にはちょっとくらい女子として意識してもらおうなんて考えて、けなげにも夜な夜なストレッチを繰り返していた。


その日もいつも通り、お風呂上りに柔軟をしながら推しの曲を聴いていると、けたたましくスマホの通知音が鳴りひびいた。推しの邪魔すんじゃねえ誰だ、心で毒づきつつ、音楽を奏で続けるスマホを拾い上げ、思わず変な声が出そうになった。


「そういえば、いつご飯作りに来る?」


味もそっけもないラインと、それとはギャップのありすぎるとんでもない内容。まさか、思ったより記憶の残るタイプの酔っ払いなのか。あの日の会話が脳裏にちらつく。というか、あれ冗談だと思わなかったのか。


「え、ほんとに行っていいんですか」


「俺は特しかないから。優愛の気が向くならいつでも」


なるほど、たしかにご飯を作ってもらえるという状況は、一人暮らしで食生活壊滅の向こうからしたらラッキーなわけで、その状況の違和感に関してはあんまり深く考えてはいないのだろう。


後輩の女の子を家に呼び出すって、それ、変な目的に勘違いされてもしょうがないんですよ?もう少し仲良くなれたら宣言してやろうと思う。でもとにかく、いいだろうやってやる。おいしいご飯でまずは胃袋をつかむところから始めるんだ。


特段料理上手というわけではないが、大学に入学してから一応毎日自分のお弁当は作り続けているのだ。人にふるまえるぐらいの料理は作れるだろう、頑張れば。


「わたしも料理するのは好きなのでいいですよ、いつ行けばいいんですか」


「今週バイトないのは明後日だけだけど、もし空いてれば」


…急すぎないだろうか。練習する時間もありやしない。困ったことに明後日は私も暇をしている。スケジュール帳を開きながら頭を抱えてみるけど、内心うれしさでいっぱいだった。


「私も大丈夫です。食べたいものとかありますか?」


「なんか好きなの作ってくれればいいよ」


頼んできた割に雑な人だなあと、あきれつつも口の端が持ち上がってしまうのは許してほしい。一か月後までは頑張ろうと思っていたところに、降ってわいた二人きりの時間だ。向こうに何の意図もなさそうなのだけが癪だけど、それも全部ひっくりかえせるぐらいのご機嫌だった。


さて、何を作るのがいいだろうか。なんとなく、あおいさんには和食が似合いそうな気がする。でも肉じゃがとか言い出すと狙いすぎな気もして、あれこれと考えを巡らせる。じゃがいも、人参、玉ねぎ、大根…そうだ、豚バラ大根なんかいいんじゃないか。というか私が食べたい。お弁当にも入れられるしいいレパートリーが増えそうじゃないか。


自分の機嫌がだいぶ良くなっていることを自覚しつつ、早く眠ることにした。翌朝、ある人物に電話をかけるという予定がたった今決まったから。


翌朝、たっぷりの睡眠のかいあってすっきりと目覚めた私は、予定遂行のためにスマホを手に取った。そのまま見飽きた名前に電話を掛ける。しばらくのコール音のあと、ようやく聞きなれた声が聞こえてきた。


「おはよ…てかこんな朝っぱらからなんだよ、なんか予定でもあったっけか」


「おはぁ、急にごめんなんだけど、私と料理しない?」


「料理…、料理?楽しそう。って違う、別にいいけど、お前はまず過程を説明しろよ、いつも唐突なんだよ」


寝起きなのだろう、若干ぼけていそうな頭と声。そんななかでも私の幼馴染は、あきれ声を返してきた。


「過程っていわれてもなあ。まあわかりやすくいうと、先輩を振り向かせる料理作りに協力してください、シェフの卵!ってこと」


そう、私が電話を掛けたのは幼馴染の木村巧。調理師専門学校に通うこいつの手助けがあれば、なんとかなるだろうという魂胆なわけだ。


「振り向かせるって、えっ、好きなやつでもできたの?」


どことなくさっきと変わった声色に、そこまで驚くことだろうかと首をひねる。まあいままで恋愛っ気が全くなかったのを一番知っているのは巧だから、仕方がないのかもしれない。


「そうですぅ、ってか喜んでよ、恋愛なんてたいしてしてこなかった心配な幼馴染にやっと好きな人ができたんだから」


私の話していることは至極理不尽だ。朝っぱらから電話を掛けた挙句、一方的にお願いをしているのだから。よくこんなに適当なやつのお願いを、いつもなんだかんだ聞いてくれるものだ。私だったら適当にあしらってしまう気がする。


「そうかよ、まあよかったんじゃないの、てかほかに頼む奴いないのかよ」


でもその日はなんだか様子が違くて、いつもみたいにすんなり受け入れてはくれなかった。さすがに甘えすぎたか。でもこちらも引けるわけもないし、巧以上に適任の人なんているとは思えない。


「いやもちろんいるけど、巧の料理がおいしいじゃん。」


結果的に、おだてるのが丸いという結論に至った。


「しょうがないから教えてやる」


作戦成功。まんざらでもない声色が返ってきた。ちょっとほめるとこれだ。だから憎めない。


「ちょっと今から買い物して行くわ。あやちゃんにもよろしく言っといて。」


「お前は俺の母親と無駄に仲いいの何なんだよ、そんで今からくんのかよ…片付けするからゆっくり買い物してこい」


家族ぐるみの付き合いもある巧とは、実質家族みたいなものだ。だからこれだけ適当も言えるし、お互い雑に扱っても揺るがない信頼がある。久しぶりにあやちゃん、つまり巧のお母さんに会えるのも楽しみだ。さらに上機嫌になりつつ買い物をすませ、のんびりと巧の家に向かうことにした。

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