第2話 邂逅

なんだか意味ありげにいってしまったけど、それからのサークルでも、特段彼と仲良くなるということもなかった。いたって普通の先輩と後輩。ほかの人たちと何ら変わらないどころか、遠いぐらいの関係を築いていた。


それもそうだ、毎週金曜日の活動も、私は毎回顔を出していたけど、彼のことはいつも見かけるというわけではない。なんでも推し活で忙しいとか。だから、彼がサークルに来れば挨拶をするぐらいの関係。


そんなもんだ。ドライブの時は、イベントのテンションで絡んでしまっただけだったのだから。お互いに、自分から積極的に話すほうでもない私たちに、それ以上のかかわりが生まれなかったのは、ある種必然ともいえよう。それを残念に思う自分もいるけど、現実はドラマみたいにうまく進んでくれたりはしない。


そんな中だけど、けして劇的とは言えない変化は訪れた。もはや恒例ともなっていた飲み会だ。もちろん、私はまだ一年だ。飲まない。いや、実をいうと飲めるのだけど、みんなに浪人のことは言っていないから、表向きは飲めない。一応そこは健全なサークル、らしい。


ただ、のみの大好きなサークルであることもまた事実で、合宿なんかやった日にはコールが響き渡り、悲惨な翌朝を迎えることになる。その日の飲み会は、先輩方が少々調子に乗ってしまったらしかった。


数名の泥酔を抱え、自分が乗ってきた自転車に乗って帰れなくなった人まで発生。あきれる気持ちから、ただただ零れたため息は、そのまま夜更けの街に溶けてゆく。幸い私は歩き。時間もそう遅くなかったので、夜風に当たりながら、乗り手を失った自転車をのんびり押して帰ろうと思っていた。


そう、何の問題もなかったのだ、この時までは


「あーいいよ、それ俺が押して帰る。一年に押し付けられないでしょ」


耳なじみのいい、低めの、それでいて甘めの声に、息をのむ。後ろから投げかけられた言葉の主は、振り返るまでもなくあおいさんだった。


「いや、大丈夫ですよ。それにあおいさんも酔ってるじゃないですか」


驚きのあまりかわいげのない返答をしてしまった私を誰が責められよう。それに少なくとも、先輩はだいぶ酔っていた。とてもじゃないが、任せられない。


「そんな疑わなくて大丈夫だから。うん、じゃあ分かった、自転車、片方持ってよ」


「は?」


ついには上げた声が酷いことも、許してほしい。どう考えてもこの反応が正しいと思う。自転車の片方って、なんだよ。


混乱している私をよそに、さっとハンドルを片方とると、行くよといわんばかりの目線をこちらに向けて歩き出した。おいていかれるわけにもいかない私は、自転車に引きずられるようにそのあとに続く。幸い、誰もこちらの様子になど気づいていないようで、私たちはさっさと酒飲み烏合の衆から抜け出すことに成功した。


しかし、しばらく歩いたところで、同じように面倒ごとから早々に撤退してきた三年生に、自転車でさっそうと追いつかれた。


「…お前ら、なにしてんの?」


…至極まっとうな感想に返す言葉もない。私だって意図を聞きたい、この自転車の反対側を持つ男に。


「なにって、自転車と一年を送り届けてるんです。」


そう真顔で返すあおいさんの目が座っている。どっからどうみても酔っ払い。どちらかというと送っているのは私のほうですよ?納得いかないように私のほうに目をやる三年生。これは助けを期待してもいいのだろうか。


(酔っ払いの送迎です)

そう目配せすると、合点したようにうなずいた。


「優愛がいるなら大丈夫か、まあなんかあったら連絡して」


言い残し去っていく三年生を見送り、助けてはくれないんか、一年生だぞなんて、突っ込みを入れることができるわけもなくて。結局二人で帰路に就く。


九月の、まだ若干熱の残った生ぬるい風が、私たちの間を通り過ぎていった。それは、かかわりがないというには絡みがありすぎ、仲が良いというには生意気すぎる、私たちの間の温度感のようで少し切なくなった。


自転車を転がす間、結構いろいろな話をしたと思う。先輩が家で白米しか食べていないとか、お弁当屋でバイトしているとか、わたしが実家暮らしながらもお弁当を毎日作っているとか、そんなどうでもいい話。冷静に考えると食べ物の話ばかりしていた。でも、さすがに先輩の食生活が悪すぎて心配になり、今度つくりに行きましょうかーなんてからかったりしていたので、どんどん話が長くなってしまったのだ。


でも、そんなことはどうでもいいぐらいたくさん話したのは、あおいさんの推しの話だった。知名度の低めのアイドル。そのグループに通い詰めているらしく、その話になった時のテンションといったらなかった。


「今度シングルのリリースイベントがあってそれに行ってくるんだ」


そう話す彼は、大好きなおもちゃを目の前にした子供みたいな目をしていた。この人は、こんな顔もできたんだ。純粋に驚くとともに、かわいい、そう思ってしまった私は、きっともう手遅れだった。


ほしい。この人のこの笑顔が私に向けられる未来を、望む自分に気が付いてしまった。


「連れて行ってくださいよ、そこまで言われるとさすがに興味わきます。」


とっさに口をついて出た言葉は、この人と一緒にいる時間を作るための口実。


「いいよ、いこう、布教するわ」


目を輝かせる彼に、多少の罪悪感がちくちくと胸を刺すけど、もう踏みとどまるわけにはいかなかった。


「帰ったら見てみますから、おすすめ曲送ってください」


これだってもちろん、連絡させるための口実だ。重ね重ね申し訳ないとは思う。でも、私にとってこのアイドルは、超えなきゃいけない壁でもあるのだ。先輩の目を、少しでもこっちに向けさせなければ勝機はない。


私のライバルはアイドルか。普通の顔、普通の性格、なんならみんなのお母さんキャラ。流石に無謀な挑戦だと分かってはいるけど、これが恋の力、無謀さというやつなんだろう。酔った勢いもあり、比較的上機嫌に推しのことを話す彼に、笑顔で相槌をうちながら、心では苦笑した。なんだって利用してみせる。この人を、私の戦う土俵に連れてくるために。

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