「秘密だよ?」が口癖の彼女

環月紅人

本編

「秘密だよ?」が口癖の彼女はどんな些細なことでも「絶対に守ってね」と僕に言いつけて二人で過ごす時間の何もかもを口外させてはくれなかった。その件について、僕が「どうして秘密なの?」と尋ねると「私のどんな姿を知るのも、世界には君だけになるでしょう?」と彼女は妖しく微笑んでいた。ふむ、確かにそういうものか。この家のなかでは僕と彼女の秘密が占領する。彼女は家のなかでどういうふうに過ごしどういうことを僕と会話しどういうものを食べているのかさえ、秘密だ。僕と彼女だけが知っていればいい。


 ある日、「お前恋人いんの?」とバイト先の先輩から話を振られた。「いますよ」と反射的に答えたが、しまった。それは秘密だったか、と思う。案の定先輩は僕の話に食いついて彼女のことを根掘り葉掘り聞き出そうとしてきた。「どういう子?」「秘密です」「どこで知り合ったん?」「秘密です」「一緒に生活してんの?」「秘密です」「秘密です」「秘密です」「秘密です……」僕の一辺倒な返事に苛立った様子の先輩は、ははぁーんと笑って次にこういうことを口にした。「さてはお前、本当は恋人なんかいないんだろ」僕はなにも言い返せなかった。「咄嗟に嘘を吐いちゃった?」「みっともないな、いい歳して」「そんなだから本物の彼女ができないんだよ」「どうせ全部妄想だろ?」違う、違う違う違う違う違う。僕は静かな怒りに打ち震えながらたった一言言い返す。「僕は見栄より彼女との約束を優先しますから」その日のバイトはあまりにも具合が悪くて早退した。


 帰り道は気分が悪かった。とてもむしゃくしゃした。道すがら、落ちている小石を蹴っ飛ばして八つ当たりをした。頭のなかには先輩の言葉がこびりつく。まるで彼女との生活の全てを否定されているみたいで苛々した。僕の彼女は存在するはずなのに。偶然こじ開けられた綻びのような隙間から、"現実"が僕の脳みそを漬ける。彼女が待っているはずの家に帰る。いつもみたいに××していて、××を作っていて、僕のことを「××××」と出迎えてくれる彼女がいるはずの家に戻る。チラシだらけのポストを素通りする。噛み合わせの悪い鍵をこじ開ける。部屋のなかの灯りを付ける。うん、そこには彼女がいる。


「おかえり。ただいま。早いね、どうしたの? それがさ、具合が悪くなっちゃって……。なにがあったの? バイト先の先輩が最悪なんだ、僕には彼女がいないって決めつけてくる。えー、おかしいねえ? うん、君はここにいるのにね。そうだよ、私は君を大好きな恋人で、君は私が大好きで仕方ないんだよね。うん、そう、僕は幸せ者だ。そう、よその言葉なんて関係ないよ、気にしないでいいよ、私と君が満足していたら。そうだね、秘密、の関係だもんね。うん、そう、私たちは秘密の関係」


 くすくすっと可憐に笑う彼女を見る。僕はほっとする。おっと、ここから先は秘密の聖域だ。

 僕と彼女以外、何人たりとも『真相』を知れない。

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「秘密だよ?」が口癖の彼女 環月紅人 @SoLuna0617

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