邪知暴虐な彼女には敵わない



「ええと……?」


「早くしなさい!」


 戸惑うことしかできない僕は首を傾げることしか出来なかったのだけど、ここでまた続きを話さなかった場合、またつねられると思った僕は急いで続きを喋る事にした。


「それで、まぁ……続きと言っても、もう話す事はありませんけど。翌日に彼女を乗せた引っ越しのトラックを見送って、それで僕は失恋をしました。そんな甘くてほろ苦い思い出が僕の初恋のお話ですね」


 そう言って話を終えた僕に、一条さんは何故か呆れた様子だった。しかしそれは一瞬の出来事で、すぐに普段の自信満々な様子へと戻ると腕組みしながら僕に言う。


「ふーん。なるほどねぇ……」


「えっと、あの……いかがだった、でしょうか?」


 一条さんの様子を窺いながら尋ねる僕。すると、彼女は真剣な様子で口を開いた。


「そうね……まあまあだったわよ。悪くは無いんじゃない? ただ、何でそんな話をチョイスしたのかは疑問だけれども」


「うっ……」


 一条さんの的確で鋭いツッコミが僕に突き刺さる。まぁ、確かに……かなりやけくそな心境だったから自分の初恋話をカミングアウトしたけれども、普通に考えたら正気の沙汰じゃなかったよな。


 よく考えれば分かる事なのに、何で僕はあんなことを……いや、これも全て一条さんのせいなんだ! そもそも彼女の僕に対する扱いがあまりにも酷いせいで正気じゃ無くなっちゃったからだよ!? 絶対そうだ。間違いない!!(責任転嫁)


 僕がそんな事を考えていると、彼女はじぃっとこちらを見つめてきている事に気が付いた。その視線を受けて、思わず首を傾げてしまう僕に対して今度は小さな溜め息を一つ吐き出すのだった。


「はぁ……」


 何故だろうか……何か呆れられている気がするのは気のせいか? ……いや、気の所為だよな? そんな僕の葛藤など知らぬとばかりに口を開いたのだ。


「そんな事より~有栖ちゃん、喉が渇いちゃったから~、自販機で買ってきてぇ~」


 いつものテンションのまま我儘を言う一条さんに僕は苦笑を浮かべることしか出来なかった。すると、彼女はムスッと頬を膨らますとジト目で睨んでくる。


「何よその顔ー……文句あるの?」


「いえ、別にありませんけど……」


 僕はそう言って彼女を宥めると、仕方なさそうに立ち上がった。それから部屋を出る際に彼女の方に視線を向けると、彼女はニヤニヤしながらこちらを見つめていた事に気が付いた。恐らく僕の反応を見て楽しんでいるに違いないと思う。


 相変わらず性格が酷いなと思うけれど、下僕の僕にはこの我儘姫には逆らえない訳でして、はい。


「えっと……とりあえず、自販機で飲み物を買ってくれば良いんですよね?」


「そうねー。ジュースでも何でもいいわよ~」


 僕の問い掛けに対して軽く返事をする一条さんを見た僕は彼女に気付かれない具合に溜め息を吐いた後、中庭を離れて彼女が望む物を買うべく自販機がある場所へ向かっていくのであった。



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