第39話 Return back to main-character's turns

『・・・本日、クロノス共和政府に帝国から外交の使者が来訪されました。この件に関し「旧王家との繋がりを絶った共和政府に対して善隣友好の使者を送られたということは、共和政府の正統性を帝国が認めたことの証左である」と、共和政府関係者はコメントをしています』

「・・・・・・」

『また、帝国以外にカルサ王国からも使節が来訪し、互いの友好関係を誓い合ったとのことです。このような臨機応変の外交は、旧習を墨守する旧王家では為せなかったのではないでしょうか。プレジデンテと、その閣僚の英知がもたらした成果と言えましょう。以上、放送はCFB、クロノス・フリーダム・ブロードキャストがお送りしました。次の放送は4時間後の予定を・・・』

「やれやれ」

 被りを振って大きく嘆息すると、ユーマはレディオのスイッチを切った。

「夜郎自大、牽強付会・・・政権放送だと言えばそれまでだが・・・」

 すると、暗い顔でブツブツと独り言を呟くユーマの上に、影が差した。

「浮かない顔だね、少年。・・・ほら」

「あ!・・・とと、有り難うございます、リィエラさん」

 見上げれば、放り渡される缶入りの飲料水。それをユーマはなんとか落とさずキャッチして礼を述べる。

「それにしても・・・また、相方を働かせておいて自分はサボりかい?」

「そんな、人聞きの悪い。これは、情報収集という立派なお仕事ですよ」

 へえ?とリィエラは揶揄うように相槌を打つと、意味ありげに笑って自分の後ろを振り返る。

「って、言ってるけど・・・どうなんだい?」

「そうだね。もう一回言って貰おうかな」

 ユーマが首を傾げるより早く、リィエラの背後からひょっこりと馴染みのある赤銅色の頭が顔を出す。

「なんだ、いたのかセリエア」

 そして、その顔はユーマが平然とそう言ったのに反応して、不服そうに頬を膨らませた。

「サボりを見つけられて、「なんだいたのか」は無いだろう?いたのか、は!」

「俺は、お前がいて困ることは無いからな」

 だいたい、そもそもの話としてユーマはセリエアが「作業を手伝わなくて良い」と言ったからレディオを聴いていたのだ。それを見つけられたからと言って、特段に慌てる必要などあるものか。

「ゑ!?」

 しかし、何故だかセリエアはユーマの言葉に酷く衝撃を受けたようで。大きく目を見開いたかと思うと、次の瞬間には頬を真っ赤に染めてこちらを睨めつけてきた。

「・・・どうした?」

「知らない!」

 プイと顔を逸らすセリエアの上ではこれまた何故だろうか、リィエラがどこか微笑ましいモノを見るような表情で肩を竦めていた。俺が何をしたっていうのだ。

「ま、良いや。そ・ん・な・こ・と・よ・り!」

 何が良いのか分からないユーマを尻目に、セリエアは彼とレディオの間へ強引に割り込むように座ると、レディオを軽く指で弾いた。

「で、当然、何かは分かったんだろうね、ユーマ?」

 サボってたんだから、と尚も言い募るセリエアに、ユーマは肩を竦めて返す。

「何も」

「何も!?」

「ああ。あの旧市街での特別軍事行動とやらについては、何もな」

 その言葉に、今まで緩められていたリィエラの眼差しがスゥ、と細められる。

「へえ・・・あれだけの鋼騎を動かしておいて、ねえ」

「ええ。一応、官報や広報の類も出来る限りで調べてみましたが、何も。セリエア、パッシブセンサーの結果に誤りは・・・」

「無いよ。あれだけ立ち惚けさせられてれば、データは取り放題だからね」

「やれやれ・・・ここの連中は、よっぽどアタシらに見られたくないものがあるみたいだね」

「でしょうね。なにせ、いみじくも他国の使節団をこの扱いですから」

 外務卿を無事に国民の館へ送り届け、ついでに儀仗兵の仕事もこなしたユーマたちは、そのまま施設の端にある格納庫へと押し込められていた。

 比喩表現では無い。言葉だけは丁寧に、しかし何を訊いても「規則です」としか言わない役人に誘導されてこの格納庫に着いた、次の瞬間には入り口のシャッターが閉められたのだ。そして、その役人に「許可が出るまではここに居ろ」と言われて早2時間になる。

「流石に人質・・・じゃ、ないよね?」

「監視はないから、それは無いと思いたいな。・・・もっとも、ここはやっこさんらの腹の中。どこからどう見られてるかなんて、分かったもんじゃないがな」

 試しにエフリードに鋼杭砲の発射体勢でもとらせてみれば分かるかもしれないが、一応は味方の施設内でそれをやっては悪戯の一言では済まないだろう。

「向こうからの連絡を待つしかない、か。流石に、ここで一晩過ごせとは言わないだろうしねえ」

「どう・・・でしょうね、リィエラさん」

 やりかねない、とユーマは肩を竦めて嘆息する。仮にそんな扱いをセリエアが受ける羽目になった場合は、シャッターだろうが何だろうがぶち破って脱柵する所存だ。

「しかしセリエア、話は変わるが」

「何だい?」

「整備作業、えらく早かったな。まあ、ここまでの行進くらいでそこまで整備が必要な状態にはならないだろうが・・・」

 その問いに、セリエアはどこか困ったような苦笑いを浮かべると、

「まあ、それもあるけど・・・それより、アレ、かな」

 チラチラと格納庫の丁度反対側へ目線を飛ばしながら、そう答えた。

 そこには、エフリードとおなじようにハンガーに固定された鋼騎の姿。しかしそれは、リィエラのヘヴィストリングスでもなければ、勿論グランダでお留守番中の他3名の鋼騎でもない。

「流石のボクでも、他国人の目がある中での作業は・・・ね」

「そういうものか」

「そういうもの。それに、あれは確か・・・」

「ああ、ノルフィで見た。カルサ王国、だったか?」

 その言葉に、セリエアとリィエラは静かに頷く。

 ノルフィ王国での仕事のデブリーフィングにてトーリスがそう言っていた、キョウズイを確保した際に接敵した鋼騎の一団のエンブレムと、今目の前にある鋼騎のエンブレムは同じものだ。もっとも、眼前の鋼騎のカラーリングが真っ赤なのに対して、あの時の鋼騎は暗夜に溶け込むような漆黒だったという違いはあるが。

「まあ、良くない噂しかない他国人の前で高等技術の塊をおっぴろげ、は・・・ムグ!」

 途中まで言いかけた口へ、セリエアの細い人差し指が「失礼!」と押し付けられる。

「それと、下品!」

「ムグ・・・ぷはあ!危ないだろ!」

 噛んだらどうする!といからせる肩を、リィエラが慰めるようにポンと叩く。

「・・・リィエラさん?」

「少年・・・・・・今のは、アンタが悪いよ」

 訂正。慰めではなく追い撃ちだった。思わず「はあ?」と反駁しかけたが、セリエアとリィエラが頷き合いガッシリと手を握り合わせていたため、それ以上の追求は諦めざるを得なかった。

「まったく。それと・・・」

「それと?」

「あのエンブレム、どこかで見覚えがあるんだが・・・何だったかな?」

 それは金色で描かれた、五角形の真ん中を円で抜いたようなエンブレムだ。

「見覚えって言えば、そりゃノルフィで見たけど・・・そう言うことじゃ無いよね?」

「ああ。もっと小さい頃・・・戦隊モノ?地図記号?・・・違うな」

 ガシガシと、脳髄の奥から知識を引き出そうとするかのように、ユーマは頭を乱暴に掻いた。

「ま、気持ちは分かるが落ち着きなよ、少年。しかし・・・」

 腕を組みながら、リィエラは怪訝そうに眉を顰める。

「他国の一団を事実上監禁したり、他国人を一絡げにしておいたり・・・やることが無茶苦茶だ」

 言うまでも無く、鋼騎は軍事機密の塊だ。アイドリング状態の熱反応から出力を逆算することや極端な話、解剖するまでも無くその外観をじっくり観察するだけでも、凡その性能や技術レベルを推し量ることは十分に可能なのだ。

 三面図すら軍事機密として扱われることを鑑みれば、この扱いは暴挙に等しい。

「かと言って、こんな所で魔導炉を落とすことなんて出来ないし。いちエンジニアとしても愉快じゃないね、まったく」

 特にセリエアからしてみれば、自分の愛し子を舐め回されているようなものだからその不快感も一入だろう。

「・・・とまあ、感情的にも好ましい扱われ方じゃない。連中・・・いったい何を考えて」

「さあ、て」

 ユーマはもう何度目か、大きく肩を竦めると被りを振った。

「案外・・・・・・何も考えていないのでは?」


「まったく。何も考えておらんのか、あ奴ら!」

 その怒声に、報告の為に立ち入ったトマスは「おや?」と眉をピクリと動かした。

「珍しいですね、外務卿。何か御座いましたか?」

 そのトマスの慮るような台詞は、おべんちゃらでは無い。どこかでも述べたが、このシルズベイン=グリザナウドという人物は無意味なことはしない男だ。故に、仮に何かについて怒るとしても、それはその行いによって相手に何らかの改善やアクションが期待できる場合に限られていた。

 そんな彼が、独り声を荒げているのだ。何があったか、それを訊くのはトマスとしては当然の行いだ。

「何か、ではない」

「は、はい!」

 ギロリ、と鋭い眼光を向けられて、トマスの背筋に冷たいものが走る。しかし、次いでビクリと背筋を強張らせた彼の様子に状況を察したか、シルズベインは「お主では無い」とその危惧を否定した。

「儂が腹を立てておるのは、あの連中にだ!」

「は、はあ。あの、とは・・・会談された、共和政府のピウスクファト首席補佐官とやらの・・・」

「名前など、どうでも良い!」

 ダン、と大きく拳を机へと打ち付ける。どうやら、とんでもないタイミングで忌々しい記憶がフラッシュバックしたらしい。トマスは自身の不幸を呪った。

「儂のことはどうでも良い。が、あの若造め!王国自体の礼節を守らぬのは、まだ良い。が、よりにもよってカルサとの共同会談を企図しておったとは!」

「はあ?」

 思わず口を吐いて出た言葉はまあまあ貴人相手には無礼な言いようだったが、幸いにもシルズベインはそれに気を留めずに愚痴を続けた。

「それも、言うに事欠いて『帝国とカルサ王国とも我らのように民衆の意を汲んだ政体となるべきでは?』などと!帝国の、帝室の、陛下よりも貴様らが上とでも言う気か!」

 ああ、とトマスは天を仰いだ。

 外務卿が晩餐会の予定を体調不良を名目に切り上げた。そう聞いた時に「良からぬことが起こったんだろうな」とは感づいていたが、まさかここまでとは。

 そもそも、彼らがこの国へ派遣されたのはこの国との関係を継続すること。歯に衣着せずに言えば、『クロノス共和政府をクロノス王国の後継国家として承認すること』なのだ。上から目線に映るかもしれないが、純粋な国力関係に加えて通貨の相互兌換を行っている関係上、むしろ共和政府の側が請う立場で、帝国側としてはトーリスですらもそう理解していた。

 それがどうか。自分たちの継承を認めて貰うどころか、あまつさえ『帝国こそ自分たちのように変わるべき』と言い出すとは。それも、今上帝陛下への恩義厚いことこの上ないシルズベイン外務卿へ。

「そ、それで?」

「流石に、それには乗れんから適当に誤魔化しておいたがな。お主も、儂が仲良しこよしの演出の為の晩餐会を断ったこと、これで理解出来ような」

「それは、はい。しかし・・・そんな態度に出るということはクロノス共和政府、自分たちの立ち位置によほどに自信が?」

「いや。確かにクロノスは帝国と連合、北方の外縁王国の仲立ちが出来る位置関係にはあるがな。そうではあるまい」

 本音を吐き出して落ちついてきたのか、シルズベインの言葉も平生のものへと戻っていく。

「それに・・・仮にそうであるならむしろ、あのような言い回しはせぬだろうよ。つまり、大いに不遜な話であるが・・・心中で見下しておるのだろう、帝国をな」

「な・・・信じられませんな。それは」

「儂も、自分の口から出た言葉で無くば一笑に付すだろう。だが、事実だ。帝室を我ら臣民が支える帝国の政体より、民草から選ばれた人物が権勢を握る政体の方が優れたると本気で考えておるのだろうよ」

 そこまで一息で話すと、シルズベインは肺腑の息を全て吐き出すかのような長息を吐いた。

「それは・・・むしろ、良く辛抱なされましたな、シルズベイン卿」

「ふん・・・儂の立場は飽く迄、陛下の名代だからな。儂の一存で陛下の、そして尚書台の描く筋書きを台無しには出来んよ」

 そう言ったきり「フンス」と鼻息荒く、ムッツリと黙り込んだシルズベインだったが、

(・・・しかし)

 と、シルズベインの暴風を何とか受け流せたトマスは、密かに心を弾ませていた。

 当然だが、トマスはシルズベインの部下ではあるが配下では無い。これまでも、外務局で顔を合わせたとしてこちらが傅いて道を譲るくらいでしかなかった。

 それが、どうだ。どういう選別かこのクロノス使節団の首席謁務官に任じらせ、今はこうして外務卿と親し気(※当社比)に会話をしている。それは、自分はシルズベイン外務卿、つまりはグリザナウド伯爵家当主に気に入られた、少なくとも悪しからず思われていると考えて良いのではなかろうか。

(これは・・・チャンスだ)

 トマスは平民の出であるから、当然引き立ててくれる貴族なんていない。自身の才覚でここまでの官吏キャリアを積み重ねてはきたが、これ以上は『それ(才覚)』だけでは厳しい。

 そんな中に巡り合った奇縁に、心躍らない訳は無い。この際は、出来るだけ気に入られよう。トマスの心にはそんなささやかな野望が芽生えていた。

「そもそも・・・あ奴らの政体、どこまで保つかな?」

 だから、シルズベインがニヤリと意味ありげな笑みを浮かべつつ呟いた台詞に、当然のように「それは?」と問いかけた。

「ん?」

 が、誤りだったかもしれない。シルズベインは明らかに不機嫌そうにトマスをジロと睥睨する。

「い、いえ・・・何か仰られたようでしたので。つい、先のように反応してしまいました、申し訳ございません」

 トマスは慌ててビクビクと恐縮しつつ、最低限の言い訳を述べる。

「ふむ・・・まあ、そうだな。お主にも関係が無い訳では無い、か」

 すると、彼が述べた言い訳の中の「先のように」という文言が功を奏したか、シルズベインは口髭を扱きつつそう独り言ちる。どうやら、彼の首の皮は1枚繋がったようだ。

「だが、それより・・・お主の報告を先に聞いておこうか」

「いえ。当方からの報告自体は事務的なものですから、不都合さえなければ外務卿のお話をお伺いしたいと思います」

 繋がった皮を切ってなるものか。トマスはその思いから「是非に」とシルズベインに話を請うた。それに、上がそのザマではいくら協議をまとめたと報告しようと、意味はあるまい。

「それに、当方に関することでもあるのなら、明日からの協議にも影響しうるでしょう。どうか」

「そうか。では・・・」

 と、シルズベインが再び髭を扱きつつ話し始めた、次の瞬間。ゴンゴン、と部屋の扉をノックする音が響いた。

「誰か!」

 話の腰を折られたトマスが少し不満の色を忍ばせて誰何すると、扉の向こうからは「国務長官の使いにて」との回答が返ってくる。

「国務長官?」

 それは確か、共和政府のナンバー3の内政官のはず。それがこんな時間に、それも体調不良と言って晩餐会を断った外務卿に如何な要件であろうか。

「・・・外務卿」

 どうします?とトマスはシルズベインへと目線で尋ねる。すると、彼が静かに頷いたのでそれを『了承』の意味と捉えたトマスは「入れ」と命じた。勿論、懐に潜ませた短銃のグリップに手をかけたまま。

「失礼します」

 すると、扉を勢いよく開いて件の使いの男が姿を見せる。派手な色の、簡素な役人服を着た顔色の悪い壮年男性だ。

 もう少しゆっくりと開けて姿を見せるのが防犯上、礼節上適切では無いかと2人は眉を顰めるが、それに男は気付いた風は無く、平気そうな顔を晒していた。

「これは、二等書記官もこちらにおられるとは。好都合です」

「こうつ・・・まあ、私のことはどうでもいい。それより、外務卿はお疲れなのだ。火急で無い要件ならば、明日にしてもらいたい」

 暗に「さっさと帰れ」と言った心算のトマスだったが、相手はこれにも気が付く様子は無く、いけしゃあしゃあと要件を述べ始める。

「それはいけません、私としては要件を伝えねば帰れませんから。して、国務長官より、お話をしたい者がいるとの仰せでして・・・」

「で、あるから。この通り外務卿はお疲れで―」

「ええ。それは聞きました」

 話の途中を遮るという無礼を働く使いの男であったが、次に口から出た言葉はそれを遥かに凌駕していた。

「国務長官がお話しを希望されているのはお連れの武官、ユーマ・コーナゴという男でして」

 

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