第38話 Eat my rage

「裏切り者め・・・ザマア見ろ」

 額に穴を開けて横たわる死体を冷たく見下ろして、リーカはそう吐き捨てた。

 清楚な顔立ちを癖の無いアッシュグレイの髪色に包んだ、深窓の令嬢のような容姿から出る言葉遣いとしては不釣り合いなくらい乱暴な物言いだ。だが、腰に手を当ててズカズカ歩くスタイルから、その蓮っ葉な物言いの方がどうやら彼女の地なのだろう。

 しかしながら。言葉遣いは兎も角としてリーカの性格は父譲りの正義感溢れる人品をしており、少なくとも物言わぬ骸相手へ罵倒するような下劣さは持ち合わせていない。だが、それを曲げて尚彼女としては、父を悪しざまに罵った裏切り者に一言、言わずにはおれなかったのだ。

「・・・おっと、そんな場合じゃねえな」

 だが、それだけに囚われるばかりではいけないことも分かっている。頭をサッと切り替えると、彼女は倒した死体を蹴りつけて死亡を確認してからガサゴソと持ち物を漁り出す。

「短銃・・・は、弾切れ。小刀・・・は、いらねえ。から・・・あーと、使えるモンは、鋼騎のキーくらいしかねえな」

 人品が糞な上、役に立つものも持っていないのか。リーカは「フン」と不満げに鼻を鳴らす。

 その時、彼女の胸ポケットがブルブルと震えだした。そこから彼女は小型の通信機を取り出すと、素早く操作して耳にあてがった。

「もしもし?」

『無事か、リーカ?』

「ティック?ああ、私は無事だ。だが・・・」

『分かった、言わなくていい。それより戦況は?』

 リーカが言い淀んだことで察したか、電話口のティックは話題を変える。

「騎者を1名、始末した。キーもあるし、暗証番号は・・・ハッ!」

『どうした?』

「コイツ、番号をキーの側面に手書きしてやがる!危機意識の無い奴だぜ」

 リーカは今日、初めて笑みを浮かべた。

「兎に角、コイツの鋼騎は通りに置いたままだろうから、そいつを確認に向かう」

『分かった。こっちも生き残った皆を取りまとめて逃がしたら・・・スマン』

「謝るなよ。分かってるさ・・・目を反らしちゃいけねえことくらい」

 自分で話を逸らしておいて、そこに立ち戻ってしまった愚かさに思わず謝罪を述べる、ティックの真心。それは確かに暖かで優しいものだが、それに甘えてばかりはいられない。

「それに・・・全員が殺された訳じゃねえ。こっちの意見に従ってくれた数人はとび出ず助かって、私が囮になっている間に逃げ出したはずだ」

『そうか・・・良かった』

「私がもっと強く言えてりゃ・・・止め止め、繰り言は止め!取り敢えず、コイツの鋼騎には情報が入っているだろうから、それを確認する」

 じゃあ、と言って通信を切ると、リーカはさっき逃げ込んだ時とは比べ物にならないスピードで路地を走り抜け出した。そこには、彼女を追おうとオルムツが停めた時と同じ姿勢で、彼の鋼騎が鎮座していた。

 無論、そのクローラーに付いた染みも変わらずに。

「・・・・・・くっ!」

 それを見てしまったリーカは、痛ましそうに目を瞑る。そして、

「すまねえ」

 誰も聞く者のいない、彼女が悪い訳でもない。ただ自己満足に近い謝罪を口にすると、それら一切を振り切るようにコックピットに飛び込んだ。

「・・・さて、と」

 キーをソケットに差し込み、暗証番号を入力すると再びコックピット内に灯りが灯り出す。

「起動完了、システム立ち上げ完了、無線通信は応受オンリーに設定っと。・・・何のトラップも無し、か。ホント、間抜けだったな、アイツ」

 殺される、ましてや奪われるなんて想定すらしていないのから当たり前かもしれないが、鋼騎は何の問題も無く普通に起動した。本来ならそれへの備えとして暗証番号や音声認識型のパスワードロックがあるのだが・・・不真面目な軍人に乗られたのがこの鋼騎の、否、共和国自由軍の不運かもしれない。

「射撃武器は・・・頭の機銃だけ!?」

 しかし、順調なのはそこまでだった。騎体の状態は問題無いものの、この鋼騎は盾以外には手持ちの砲も切り結べるような武器も持っていなかったのだ。頭部の機関銃がメイン火力として通用しないことは言うまでもない。

「魔導砲なんて贅沢は言わねえけどよ・・・もうちょっとマトモな武器はねえのかよ」

 辛うじて鋼騎相手に戦えそうなのは、予備兵装として袖に格納されていたナイフ1本のみだが、それでも命を懸けるには心許なさ過ぎる。

 そして、それ以上の情報を漁ろうとした彼女に迷宮のようなボタンの群れが襲いかかる。不親切なシステムUIと合わせて、どこをどう触って良いのか判断に迷う。

「ん~と?・・・ええい、これだ!」

 結局、彼女のとった方法は思い切りよく当てずっぽう。それらしいコンソール上のボタンを「ええい、ままよ」と押した。

 すると案ずるより産むがやすしとはこのことか、幸運にもこの一帯のマップと展開している鋼騎の位置がサブモニター上に表示される。

「ビンゴ!って、ここは!?」

 だが、禍福は糾える縄の如し。その内の1騎がいるのは何ということか、ティックのいる集合住宅の前だ。

「糞、祟りやがる!」

 そうと分かれれば話は早い。彼女の頭の中からはそれ以外の事項は吹き飛ばされる。騎体の確認もそこそこにして、リーカは鋼騎を疾駆させた。

「確か・・・そこ!」

 そして、さっき彼女が逃げ込んだような路地へと鋼騎を滑り込ませる。一見すると鋼騎の通行は不可能なほど細い路地だったが、彼女の感覚では体を横にして平行移動させれば通り抜けは可能なはずで、そしてその第六感は正しかった。

 彼女の操る鋼騎は前後を壁スレスレに挟まれながらも、引っかかることも詰まることもなく通り抜ける。

「五月蠅い、大丈夫だ!」

 ガリガリと外壁を擦りつつ移動しているせいで、ビービーとけたたましい警告音がコックピット内に鳴り響く。切ってやろうかと一瞬考えたリーカだったが、それも危険かと思いとどまる。と、いうか第一、切り方なんて分からない。

 かと言って、機械式の警告システムは彼女がいくら『大丈夫』だと叫ぼうと、それを斟酌し止まってはくれない。

「大丈夫だって・・・言ってんだろうが!」

 苛立ちを吐き捨てながら、リーカの操る鋼騎は勢いよく路地から飛び出す。すると、その正面にはマップに反応のあった通り鋼騎が1騎、突っ立ていた。

『あん?オルムツか、どうしたそんなとこから?』

 鋼騎の通信機から届く、緊張感の無い声音。しかし、それよりも彼女の目を捕えて離さなかったのは、道路に落ち砕けた外壁の残骸と、そこから覗く紅い液体・・・。

「ぶっ・・・!」

 その瞬間、口を開ける前に彼女の理性は弾け飛んでいた。飛び出した勢いそのままに、相手の鋼騎との距離を一気に詰め、

「・・・倒す!」

 唖然と立つ敵騎、その顔面に渾身の右ストレートをお見舞いする。攻撃を受ける心構えすら無かった敵騎者はロクに受け身すら取らせられず、そのまま無様に仰向けに倒れ込んだ。ここまではまだ、IFFをそのままにしていたリーカの奇襲故、と弁護が出来なくも無い。

『おい、バカ!ふざけんのもたいがいに!』

 だが、この期に及んで未だにこちらを敵だと認識できないお粗末さは、流石に擁護出来ない。そんな間抜けを、リーカは「現実の厳しさを教えてやる」とばかりにその鋼鉄の足裏で踏みつける。

『ま、まさか!オルムツ・・・じゃ、無い?』

「そのまさか、さ!」

 パチン、と外部スピーカーのスイッチを入れる。

「さあ、死にたくなけりゃ逃げ出しな!」

『貴様、反乱分子め・・・』

「舌より頭を動かしな、二度は言わないよ!」

 脅しでは無い、とコックピットハッチの面前にナイフを突きつける。ナイフ、と言っても不良少年の持つようなちゃっちいものでは無く、チェーンソーのように小型の刃が回転し装甲を切り裂く代物だ。

「返事がないってのは、騎体と共に、かい?良い心がけだ、じゃあ・・・」

『ま、待って!い、今行く!直ぐ行くから、待って!』

 悲鳴のような、と言うより悲鳴そのものの台詞を吐きながら、敵の騎者はコックピットから這い出てくる。よほどビビッているのか、ハッチがまだ開ききらないにもかかわらず、その隙間から慌てて。

 そして、ちょっとこちらを見上げたかと思うとそのまま脱兎のように駆け出した騎者の背中めがけてリーカはトリガーを引き・・・。

「チッ!」

 かけて、その手を操縦桿から離し通信機をポケットから取る。

「・・・こちらリーカ。ティック、生きてっか?」

『こちらティック。死んじゃいない、が・・・どうした?』

「なんでもねえよ。それより―」

 と、その時。急に通信機に雑音が混じる。初めは「壊れたか?」などと呟きながら振ってみたりしたリーカだったが、

『・・・ザザ、るか。こちらゴールド、K隊、聞こえるか』

 通信機から聞こえてきた、作戦前に設定された自分の隊のコールサインが耳に入った瞬間、しゃんと背筋を伸ばして通信へと応える。

「こちらK-1、通信どうぞ」

『・・・K-1か、状況を報告せよ』

「は。担当のブロックに住まう一般人の避難について・・・失敗しました」

『・・・失敗?』

「はい。敵が建物を攻撃し、それにパニックになった大勢が建物外に飛び出してしまい・・・私の失態です」

 それに加え、彼女の到着が遅れたせいで殺されてしまった人たちも大勢いる。理由はあれど、言い訳は出来ない。

 叱咤を覚悟し、リーカは唇を真一文字に結んだ。

『そうか・・・それで、生き残りは?』

 しかし、通信機から返って来たのは、実務的な状況確認の続きだった。慌てて曳き結んだ唇を解くと、リーカは「ええと・・・」とコツコツ側頭部を叩きながら報告を頭の中でまとめる。

「私の言葉が届いたのが、ええと・・・6人!6人いまして、一緒にいたK-4に・・・と、言うよりゴールド、K-4は?」

『K-4からは連絡が来ている。無事に脱出したらしい』

「そ、そうですか」

 ホッと、胸を撫で下す。これで彼らもやられてしまっていたら、如何な彼女とて立ち直れない。

『そしてだK-1、他人に作業を任せてお前は何を?』

「え・・・と、囮になろうと飛び出して、そして・・・なんだかんだで、敵の鋼騎を奪取しました」

『なんだかんだ?』

「なんだかんだ、です」

 ハッキリ言って、そうとしか言いようがない。そもそも、リーカはまとめて上手く説明するのがとっても下手なのだ。

「それと、もう1騎、奪取しました。これはK-7、ティックに任せたいと考えておりますが」

 だから、まくし立てるように状況を報告する。

『・・・まあ、良いだろう。ん?・・・ちょっと待て。・・・・・・成程。K-1、その鋼騎、武装は?』

「ナイフのみです。K-7のは?」

『ちょっと待てよ、今乗り込んだトコ・・・ん、これも同じだ。あ!?・・・です』

『気を使わなくて良い。それより、ならば好都合だ。報告によると、K-5たちが制圧した拠点に鋼騎用の武装類が保管されているらしい』

「何でそんなものが?」

 コイツらの仕事は、この地区の『整理』だったろうに。武装の備えがあるのは何故、とリーカは思わず首を傾げる。

『どうやら、その一帯の整理が終わった後、無人となった都市での演習でもする心算だったのだろう。獲らぬ狸にもほどがあるが、こちらにとっても好都合だ』

 確かにその通りだが、リーカの心に灯ったのは言いようのない怒りだ。ギリ、と音が鳴るほどにリーカは歯を食いしばった。

「野郎・・・」

『腹立たしいのは分かる。それでK-1、K-7、敵の状況は分かるか?』

「は。第4地区に2騎、第6地区に1騎いま・・・あ、それぞれに移動を始めました。どうやら合流するようです」

 マップ上の光点、その3つがそれぞれのいる地区から真ん中にあるブロックへと移動している。

(・・・合流する前に叩けば)

 咄嗟にそう考えたリーカだったが、次のゴールドの言葉で我に返る。

『流石に拠点が落とされれば、察しもつくか。だが、敵がまとまってくれるのは被害を考えれば好材料とも言える。両名は武装を受領し次第、撃滅に向かえ!』

「『は!』」

 そうだ。いまだ避難の完了してない民草が大勢いるはずなのだ。その全てを会敵までに避難させることは至難の業だが、敵が合流する地区の民草だけなら不可能では無いはずだ。

『それと、これ以降の通信は鋼騎の通信機を使え。回線は122だ』

「1・2・2、と。これで?」

『いいはずだ。聞こえるか?』

 その声が手元の通信機と鋼騎の通信機からダブって聞こえたのを確認し、リーカは「OK」と答えて手元の方の電源を切った。それに少し遅れてティックからも同じ返事が返される。

『良し。では、一旦そちらへの通信は終わりにする。2人の間での通信は短波通信で行っても良いが、こちらから連絡を入れる場合もあるだろう。だから、この回線は繋ぎっぱなしにしておいてくれ。以上だ』

「了解っと・・・さて、ティック・・・」

『ああ、リーカ。行こう』

 用意は良いか?とこちらが問いかける前に、準備万端と返事を返すとは。

「小癪な」

『何だ?』

「何でもねえよ。行こうぜ」

 照れ隠しにか、リーカはガンとティック騎の肩を防循で軽く―と言うには些か強めに―叩くと、操縦桿を目的地に向けて倒す。その先にはここと同じく、灰色の煙が立ち昇っている。

「これ以上・・・殺させやしねえ」

 剣呑に輝く瞳に怒りを燃やしながら、リーカはペダルを大きく踏み込んだ。


「・・・ふう」

「大丈夫ですか、オルトース執金吾殿」

 リーカとの通信を終わらせたオルトース=フラナレクは、背後からかけられた心配そうな部下の声に「大丈夫」と手を振って答える。

「それと、今の私は『ゴールド』だ。執金吾は元、だよ」

「しかし・・・」

「ああ、伯爵呼びも止めてくれよ。陛下をお守り出来なくて、偉そぶって執金吾も伯爵閣下もないものだ」

 そう言うと、オルトースは自嘲気味にクツクツと喉で嗤う。しかし、直ぐにその嗤いは苦しそうな呻き声に変わった。

「閣下!?」

「・・・だから、止せ、と。それに、大丈夫だと言っただろう?」

「ご無理はなさらずに。生きておられることが、奇跡のようなものなのですから」

「・・・かもな」

 言われずとも分かる。そっとオルトースが自身の胸の辺りを触れば、ザラザラした包帯の感触の下に通常の人体では在り得ない凹凸の存在を知覚する。

 若しかすると、この身に宿る命の灯は次の瞬間にも掻き消えてしまうかもしれない。

「だが、だからこそ・・・やり遂げねばならんのだ。現状は?」

「は。旧市街に住まう同胞たちの救出は全体の20%ほどが完了しました。ですが・・・」

「分かっている。これ以上の成果は見込めん、か」

「ええ。認めたくはありませんが、まさかアイツらがここまでの強硬策を執るとは」

「だな。万が一を恐れて、反抗に無関係な者が住む旧市街には近寄らなかったのだが・・・裏目に出たか」

 心底後悔するように、オルトースは独り呟く。そして、それに対して周囲の部下たちは励ます言葉も否定する言葉も出し得ず、黙り込むばかり。

 しかし、

「何だ、何だ?皆して、火葬場みたいにしんみり黙りこくって!?」

 割れ鐘のような胴間声が、その空気を吹き飛ばした。

「何でも無いさ。それより、君こそこんな所にいていいのか。なあ、ロズナレフ騎士団長代理?」

「良いに決まってんだろ。大勢は決したなら、後は現場に任せりゃ良いんだよ」

 ガッハッハ、と豪快に腹を揺らして笑うバロール・ロズナレフ騎士団長代理だが、彼は見た目通りの粗忽漢では無い。義理を重んじ、兵を安んじ、用兵に秀でる。かつてはプジェロ前騎士団長の元でポマルツェと並びクロノス騎士団の双璧と謳われた男なのだ。

「まあ、こちらとしても、君の慌てる様子は見たくないしな。・・・それで?」

「各地の無人鋼騎を用いた蜂起については、凡そが想定通りに進んでいる。帝国との境に配置した奴らだけは蹴散らされちまったが・・・」

「そちらは良いだろう。こちらとしても、帝国まで敵に回す余力は無い。欲を言えば・・・使節団だったか?無理を通さずに退いてくれれば良かったんだが」

「そういったのは任せる。それで・・・良いんだな、旧市街に兵を入れて?」

 今までは無関係の住民への被害を恐れてかかわりを断っていた旧市街へ兵を入れる。流石にその意味するところは重大で、バロールの語気も真剣味を増す。

「ああ。今回、我々は住民を助けるためとは言え、敵軍を撃退することにした。なら、自重する必要は無いだろう。それに・・・彼らももう、あそこには住めまい」

 そう言ってサッと右腕を掲げると、部下の1人が一歩進み出て報告を行う。

「騎士団長代理、救助した住民については、我が方で保護を行う予定となっております。また、その内で壮年の志願者については我が方に参画させることも・・・」

「正気か、オルトース!?」

「私は正気だよ。彼らの意思は尊重すべきだ、違うかい?」

「違う、違わんの話ではない。それでは・・・」

「奴らと同じ、と」

 言おうとしたことに先手を打たれ、思わずバロールは鼻白む。

「それに、間違えても肉盾にする気は無いし、彼らの復讐心を利用する気も無い。信用してもらいたいな?」

「・・・・・・良いだろう。ただし!」

「それこそ今更さ。君が私の行いをクロノスの伝統に泥を塗るものだと感じたなら、いつでもこの首、獲っていい」

 しかし、それに対してバロールは「フン」と大きく鼻を鳴らすと、オルトースの背中を叩きかけて手を止めた。

「おっとっと」

「叩いても良いんだよ?」

「やらねえよ。病人を叩く趣味はねえ!」

 そう吐き捨てて、再び大きく鼻を鳴らす。死んだポマルツェに配慮して騎士団長『代理』を名乗り続けていることからも分かる通り、この見た目で繊細なところもあるのだ。

「・・・・・・なーんか、不埒なこと考えてねえか?」

「気のせいだろう。それより・・・」

「分かってる!ただ、入れる兵は厳密に選別させてもらうぞ。それと、奪った敵の物資についても、大部分は旧市街から搬出した方が良いだろうな。目立つ」

 だね、とオルトースもその意見に頷く。

「ただ、奪った鋼騎については念のため旧市街に潜伏させたい。場所は・・・ここなら地下にスペースがある。どうかな?」

 オルトースが指でさした地図の場所を見て、バロールは「・・・んん?」と少し考え込む。

「そこは・・・んー、大丈夫だろう。その右前に建つ集合住宅が、奴らに倒壊させられちまってるからな。瓦礫で入り口をカモフラージュすりゃ、まずバレんだろ」

「その辺りは任せるよ。なんにせよ、行動を起こすのは帝国の使節団が帰ってからだ。リェイル、通信機を」

「は、ただいま!」

 いそいそと部下が持って来た通信機を、オルトースはひったくるようにして奪いとる。そして、どこかと連絡を始めた彼をぼんやりと見ていたバロールだったが、

「おっと、こうしちゃいられねえ」

 自身の責務を思い出すと、パンと柏手を打って彼らの元から歩き去る。

「・・・・・・しっかし」

 仮普請の入り口を押し開ける直前、バロールはふと振り返る。そこに見えるのは、卓上に広げた地図や書類をとっかえひっかえしながら精力的に働くオルトースの姿。

 その我が身を削るような鬼気迫る様子に、彼は思わず独り言ちた。

「ただの執金吾だったお前さんが、ここまで責任を感じる必要は・・・ねえんだぜ」

 

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