第37話 Special military operation meen・・・
旧市街、その一角。古色ゆかしいその街並みは、多くの一般人が住まう住宅地だった。集合住宅と聞けば、分かりみが良いか。
勿論、フルシチョフカみたいなアパートタイプでは無い。それどころか、ちょっとした観光地として巡れるくらいには風情ある街並みだ。
「キャアア!」
そんな、悲劇とは無縁に思える風景の中に、絹を裂くような悲鳴が響き渡る。そして、それは1人からのみでは無く。
「嫌だ、死にたくないよ!」
「助けて、誰か!」
「か、母さん!」
悲鳴を上げ、逃げ惑う人々の口から発せられるのは誰だってそう思う、願いと言うにはささやか過ぎる、願い。しかし、そんな願いすら、背後から地響きを立てて迫る鋼鉄の脚に文字通り轢き潰された。
軍事行動。
それは間違い無い。何故なら彼らは軍人で、軍の命令に従い、軍の兵器を操っているのだから。
特別行動。
それは間違い無い。何故なら彼らは軍人だから、彼らがその筒先を向けるのは国家の敵、国民の敵、国土の敵だから。
「ふう、もういねえな?」
そう、ならば今、共和国自由軍所属、オルムツ兵長が行った行為は正しく『特別軍事行動』の呼称に相応しい。軍人が軍の命令に従い、『他称』反乱分子予備軍である国民を、その手にかけたのだから。
「しっかし・・・手間かけさせやがって」
もっとも、それを実行した彼の面倒臭そうな口振りからは、それが軍人として恥ずべき行いであるという感触は伺えない。
『どうしたオルムツ、不服そうだな?』
そして、そのオルムツの独り言を聞いて通信を入れてきた同輩のカミテル兵長の言葉にも、咎める調子は見受けられなかった。ただ、『どこに文句があるのか分からない』、そんな調子だ。
「たりめえだろカミテル、こんなデカブツで旧市街地の掃除なんて。上層部のアホ共は、『人型』ってのを『人』と同じだと思ってんじゃねえのか?」
『そこまでバカじゃねえだろ、バカじゃ』
「だけどよお・・・あ!・・・クソが!」
モニター上を流れる景色に、忌々し気とばかりに大きく舌を打つ。
『何だ、どうした?』
「どうしたもこうしたもねえ。行き過ぎちまったんだよ、チクショウ」
心底面倒くさそうに、オルムツはギアを後退に入れ替える。ガラガラとけたたましい金属音を立て、彼の鋼騎はそのままバックしていく。
異人の侵略へのカウンターパートとして人型の鋼騎を開発した帝国や、そこからの放出品を運用している外縁王国とは違い、クロノス王国で戦時中より運用されている鋼騎は4つ足型の所謂ゴキブリ鋼騎が主。戦後は帝国との協調の意味もあってか人型鋼騎の運用を進めてはいたが、いまだに2足歩行用戦闘プログラムの習熟には至っていない。
そのため、戦闘機動においては脚部のクローラーで移動するローテクノロジーのタイプが大勢を占めていた。
それを『戦前、戦中を通して独立を保ち続けた騎士団国家の武威』と見るか、『戦後の軍事的流行りに乗り遅れた旧習墨守の懐古主義』と見るかは・・・それを評する者の立ち位置によって変わることだろう。玉虫色の表現をするなら『功罪相半ばする』とでも言っておこうか。
閑話休題。
だが、オルムツが口にするように運用面での不都合があるのも、また事実。
半ば車両のような機動は戦術ドクトリンの準用や国境付近の広大な平地においては問題無いのだが、こういった都市部で運用した場合は小回りの利かなさが盛大に足を引っ張っていた。
「ああクソ!逃げ込んだ反乱予備軍なんて、どうやって見つけりゃいいんだよ?」
そう言った意味で見れば、彼のボヤキは理解は出来る。もっとも、その糞のような性根までを理解しようとは思わないが。
『落ち着けよ。俺たちは殺し屋じゃない、ただこの辺りを綺麗にしにきただけなんだ。ある程度の制約は仕方ないってもん―』
「清掃係でもねえぞ、俺は!ああ、もう・・・面倒だ!」
苛立ちを怒りに変え、癇癪を爆発させるかのようにオルムツは叫ぶと、左腕に装備した小判型の防循を荒々しく集合住宅へと叩き付けた。流石に鋼騎の腕一振りで倒壊するほど脆くはなかったが、それでも外壁にはヒビが走り、一部はガラガラと崩れ落ちる。
『おいバカ、何してやがる!?』
その行動にはカミテルも度肝を抜かれたか、慌てて通信で止めに入る。
「何ってか?奴らの巣穴に一撃くれてやったんだよ」
対照的に、オルムツの言葉には悪びれる様子は一切ない。自分の行いのどこが悪いのか、と言わんばかりの口振りだ。
『だからってよ・・・それとも、解体屋に転職する気か?』
「俺は『自由の戦士(フリーダムファイター)』を辞める気はねえぜ。・・・それによ」
べろり、と舌なめずりをするオルムツ騎のモニターの先には、我先にと集合住宅から飛び出して来る人たちの姿。
「ヘヘ、突けば巣穴から出てくる、ってなあ!」
下品な笑い声と共に、トリガーをスイッチ。鋼騎の頭部から機銃弾が斉射される。
鋼騎相手には牽制くらいにしかならない豆鉄砲だが、2門の砲口から高速で撒き散らされる9.62ミリの弾丸は常人を紅い染みに変えるには十分過ぎた。
『なあるほど!オルムツお前、頭良いな』
「たりめえよ。何せこんなでっかい脳みそが付いてんだからな!」
コツコツと、自らの額を自慢げに人差し指で小突く。脳の大きさと知能の高度さは比例しないのだが、そんな小難しい理屈はこの際の彼らにはどうでもよかった。
『しっかしよ・・・景気よく始末できるのは良いが、コイツら本当に反乱分子か?』
ふと、カミテルがそんな遅すぎる疑問を口に出す。が、その疑問をオルムツは「はっ」と鼻で嗤って一蹴する。
「たりめえだろ!反乱分子じゃなきゃ、どうして俺たちから逃げんだよ?」
『そういうもんか。なら、こっちに寄って来たら?』
「寄って来るってこたあ、こっちを攻撃する気だ。つまり・・・よく訓練された反乱分子だ!」
筋が通っているようでまるで通っていないオルムツの屁理屈だが、彼自身、理屈を通す気は全くない。彼にとって大事なのは自分が気持ちよく振舞えること、相手が自分い逆らえない状況を楽しめること、そして、そんな自分の我欲を通せる身分であることだけだ。
「それより、お前もやってみろよ。チマチマと潰して回るのがバカらしくなるぜ・・・お!?」
『今度は何だよ』
「今、遅れて逃げ出して来た奴だがな・・・女だ」
へへ、と思わず唇の周りを舐め回す。
オルムツが目撃した、遅れて集合住宅から飛び出した人影は地味なズボン姿であったが、その髪型と走り方から間違い無く妙齢の女性だと彼は確信していた。こういった部分への勘働きについては、人後に落ちないものという自信がある。
『・・・またか。いい加減にしとけよ』
呆れ半分の混ぜっ返しに一切堪えることも応えることもせず、オルムツは鋼騎をぐっと屈ませてコックピットのハッチを開放する。勿論、その前に周囲の安全を確認した上で。
「生き残りがいた。ちょっくら・・・『尋問』してくらあ」
『楽しむのもそこそこにしとけよ。誤魔化すんだって限度があんだからな』
「失敬なことを言うな。反乱分子に知ってる情報を吐いてもらうだけ・・・こりゃあ、真っ当な治安維持活動の一環だよ」
だが、それを本気でそう言っていないことは、本人の浮かべる野卑な表情が雄弁に語っていた。
「行って、話を聞いてくるだけだ・・・いつも通り10分で済ます」
『分かったよ、チクショウ。その代わり、今晩奢れよ』
そして、その慣れた口振りから彼らのこういった振舞いが、少なくとも今日初めてで無いことが伺える。
「分かってんよ。それより、俺のやり方でそっちも片付けとけよ」
『ハイハイ、分かったよ』
相棒の通信を聞き流しつつ、オルムツは操縦桿の脇にある直方体の制御キーを排出されるのももどかしく半ば強引に引き抜くと、口笛を吹きつつ鋼騎から飛び降りた。念のため、腰に下げた拳銃のチャンパーを確認するのも忘れずに。
「とっとと。さってっと・・・逃げたのは、あっちか。へへへへへ」
お楽しみはこれからだ。にやりと脂ぎった眼に逃げた女性のあれやこれやを幻視しつつ、リーカは女性が逃げ込んだ路地へと走り込んだ。
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・はっ・・・」
息せき切って、女は走る。靴を汚す赤黒い染みも、跳ね返りズボンの裾を汚す同じ色の液体も厭わずに、ただただ、走る。
その時。
「あっ!?」
チィン、と彼女の足元で、何かが弾く。
「へへへ・・・おい、待ちな」
振り返れば、彼女が走り込んだ路地の入口、日の光を遮るように立つ1人の男の姿が見えた。
「くっ!?」
無視して走り出そうとした彼女の足元に、再び2度3度と同じ音が響く。
「待て、って言ってんだろうが!」
怒声を上げ、手に持つ短銃を見せびらかすように掲げる、男。その筒先からは仄かな煙が立ち昇って見えた。
「次は当てんぞ、ああ!」
「あ・・・」
糸が切れたように、その場に女性はへたり込む。その弱々しい姿に男は満足したように笑みを浮かべ、短銃を構えながら彼女へと近づいて行く。
「良い子だぜ・・・へへ、良い目に遭わせてやるよ」
粗野で脂ぎった顔に、腰を抜かせたまま怯えたように女性が後ずさるのを見て、更に男―オルムツ―は愉快そうに表情を歪める。
ザリ、ザリ、と砂利を踏みしめながら近づくオルムツに、女性は「あ、あの!」と震える声をかける。
「ど、どうして、こんな!」
「ああ?」
「こんな酷いことを!?」
「酷い、だあ?」
煩わしそうに、オルムツは首をコキコキと鳴らす。
「テメエらは反乱分子予備軍だろう?なら、殺されたって文句が言える立場かよ」
「は、反乱!?あの人たちは、そんな・・・」
「ああ?とぼけんなよ。この辺りの連中は皆、旧クロノス騎士団の親類縁者か、その生き残りだろうが」
「そ、それが?」
「国王見捨てて逃げ出した騎士団の残党が今、色々騒ぎを起こしてやがる。そんなら・・・ここの連中もその一党、だろ?精々、責任くらいはとってもらわねえとな!」
更に1発、オルムツの短銃から放たれた銃弾は女性の頬を掠めて地面へと突き刺さる。頬からツウと流れる血に「キャア」と悲鳴を上げた女性の怯える顔に、増々嗜虐の色を濃くしたオルムツの口舌はその血を潤滑油として回り出す。
「加えて・・・仮に合力してねえとしても、ここいらの連中は新政府サマの支持基盤じゃねえからな。『死んじまっても構わねえ』んだとよ」
「そ、そんな!」
「仕方ねえさ。『プレジデンテ』とやらに言わせりゃ、多くの支持を得たお偉いさんが、それ以外を好き勝手に出来るのが『民主主義』らしいぜ?文句があるなら、次の選挙に行くこった」
もっとも、その次の選挙とやらがいつ実施されるのか。そもそも本当に実施されるのかは大分、怪しい。それを何となく察しつつそんなことを嘯くオルムツというこの男、自らの嗜虐心以外にも『クロノス騎士団』という存在に含むところがあるようだ。
「それに・・・ん?」
「な、何?」
「アンタ・・・どっかで見たような?おい、名前何てえの?」
「え?」
「名前!名前だよ!」
脅すようにオルムツが空に向かって銃弾を2発、撃つ。その剣幕と銃声に怯えるように、女性は「ひい!」と肩を竦めると、
「り、リーカ・グリュセ・・・です」
と、聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声で告げた。しかし、それをしっかりと聞き受けたオルムツは「へえ!」と目を大きく見開いた。
「やっぱり!どっかで見たことあるツラだと思った!あのヨウン隊長の縁者かよ!」
「え?・・・ち、父を知って?」
「父ィ?じゃあ、アンタあの堅物の娘かよ!こりゃ参った、運命ってのはあるもんだなあ!」
愉快そうにパンパンと柏手を打つと、オルムツは一転して鬼のようになった渋面をリーカに向ける。
「な・る・ほ・ど。道理で・・・カンに障ると思ったぜ。教えてやるよ、メスガキ」
そう言って、彼は弾切れになった短銃を仕舞うと腰から小刀を抜いた。
「俺はな、アンタの親父の元部下だよ」
「父の!でも・・・なら、どうして」
「どうしてってか?簡単だよ、ヨウンのクソ野郎は俺をクビにしやがったんだ。ちょっとばかし、金をせびっただけだってのに」
「馘?」
「ああ。まあ、結果的にはラッキーだったがな。クビにしてくれたお陰で俺は新政府側に付くことが出来て、こうしてゴミを散々いたぶれるんだ。ただ・・・」
ギラリ、とオルムツの瞳に、色欲以外の剣呑な光が輝く。
「あのクソッタレを、この手で殺してやれなかったことだけが気がかりだった。だが・・・今日、ようやくその時がきた」
そう言って、ベロリと小刀を舐めるオルムツの、何と醜悪な顔つきだろう。ギラギラと眼だけが輝き、三日月のように吊り上がった口の両端からはシュウシュウと蛇のような吐息が漏れる。
その恐ろしさにか、リーカは顔を背けてガバと地面に伏せるが、その仕草がオルムツの嗜虐を増々濃いものにした。
「へへ・・・よく似た娘なら、代わりに丁度いい。一撃で殺してなんかやるもんか、一寸刻み、五分刻み、じわじわとなぶり殺しにしてやる」
勿論、その前にたっぷりと肉感を楽しませてもらうのは当然だ。顔を伏せているのを幸いに、オルムツは小刀を仕舞うと両手の指をまるで扼殺するかのようにワキワキと動かしながら近づいて行く。
「へへへ、キスしてやるぞ、もうちょいだ」
あとちょっと。もう5歩も歩けば手が届く距離。辛抱堪らんとオルムツが一気に跳び込もうとした、その時だ。
「あの!」
「あ?」
今まで震えるだけだったリーカが、いきなり声を上げた。それに思わずオルムツも面打たれたか、ピタリと立ち止まる。
「最後に・・・いいですか?」
「最期ぉ?ああ・・・良いぜ」
「貴方たちがプレジデンテに寝返ったから、騎士団は・・・」
「違うぜ、そりゃいくらなんでも濡れ衣だ。第一、俺たちはあの事変の前にクビになってたんだからなあ」
「な、なら!?」
「俺も聞いた話だがな。プレジデンテ・・・じゃねえか、今の『首席補佐官』とか『国防長官』って言ったか。あの連中が貧乏人共を囃し立てて王宮に押し寄せさせたんだとさ。・・・お優しい騎士団の皆様方は、国民を撃てねえからってな」
泣けるねえ、とまるでそう思っているとは思えない口調でオルムツは嘯く。
「だから、別に俺たちが後ろから撃ったから騎士団が崩れた訳じゃねえ。・・・これで、満足か?」
その問いに、リーカのフルフルと震える頭が軽く上下した。
「よし、もういいな」
「ええ・・・もう、訊きたいことはありません」
よおし、とオルムツは爆発しそうな劣情を何とか押し留めながら両手を伸ばす。リーカの伸びやかな四肢はほっそりとしており、彼の好むところの肉感的なタイプでは無い。しかしその程度の減点は、あのヨウン・グリュセの愛娘をいたぶれるということで余分にお釣りが出るくらいだ。
「へ?」
と、肉食獣のように組み伏せ、肉体を貪ろうとするオルムツは、いきなり素っ頓狂な声を上げた。
何故か。それは今の今まで怯える小鹿のように震えるばかりだったリーカがスッと彼に向き直り、彼の目を真っ直ぐに見据え返してきたからだ。その顔にも、目にも、体にも、怯えの「お」の字も見られなくなっていた。
「お、おい・・・」
その、あまりの変わりように、オルムツの方が怖気づいて半歩後ずさる。対して、リーカは雌豹の如き素早さで上着の内ポケットから何かを取り出し、
「じゃあ・・・くたばりな」
パアン、と通算7回目の乾いた音が、路地裏に響いた。
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