第36話 A bad feeling about this

「おおっと!」

 いきなり店から飛び出して来た珍妙な格好の男たちを、公用車のドライバーは大きくハンドルを捻って躱した。

「おい、危ないじゃないか!」

 助手席でこれからの行程を確認していたトマス・ランバランは急な慣性で飛び散った書類を拾い集めながら、乱暴な運転をしたドライバーへ苦言を呈する。

「すみません、急に飛び出してきたもので」

 しかし、そう言ってドライバーが謝る先は助手席に座るトマスにではなく、

「申し訳ありませんでした、シルズベイン卿」

 後部座席でふんぞり返る男性にだった。

「・・・ふん」

 不機嫌そうに鼻を鳴らすその男性はしかし、その振舞いが許される身の上だ。

 外務卿、シルズベイン=グリザナウド。始まりの13家は報恩4家の1席、グリザナウド伯爵家の現当主である。

 『始まりの13家』、それは帝国の統一に功績のあった貴族たちの総称である。その内、太祖ガンコード=ヴィルトゥスフェスと共に艱難辛苦を乗り越えた9家を『統功9家』、滅ぼされたロートファルケン王朝に反旗を翻し鞍替えした4家を『報恩4家』と、それぞれ呼称した。尚、トーリスのノイシュタイン侯爵家やアルファルドのウォーダン藩地伯家、イストのガンブル公爵家は統功9家である。

 国家設立時からの名門貴族と聞けば、戯曲などでは腐臭のするような鼻持ちならない連中と相場が決まっていよう。だが、彼らについてはそうとも限らない。

 何せ、勲1等であろう統功9家ですら3家が一度ならず断絶しており、その内1家は未だに再興すらされていない始末。あのノイシュタイン侯爵家ですら家禄の没収、家格を公爵からの降格処分を受けており、現在に尚書台に尚書や卿として席を持つのは僅か4家である。帝国はこと有力貴族に対しては厳格な成果主義を強いており、それが今日まで至る隆盛をもたらしたと声高に主張している。なあなあの、外縁王国とは違うのだ、と。

 そんな中で家格を保つどころか爵位を子爵から伯爵へと上昇させたシルズベインが、ただ偉そぶるだけの無能なはずは無い。

「轢いてはおらぬな」

「は、それは」

「なら良い」

 事実、表情硬く言葉数は少ないのは兎も角として、彼の口からは無意味に相手を弄る言葉は出てこない。それが例え『意味がない』という合理的精神に依るものだとしても、逆を言えば『不機嫌な精神状態でも合理的に振舞える』ということの証左ではある。

「・・・に、しても」

「何か?」

「何という寂しい街並みだ」

 禿げ上がり側頭部を残すのみとなった頭髪とは裏腹にフサフサと絵筆のように生え揃った口髭を撫でながら、シルズベインはそう呟く。

 別に彼としても外遊居士で無し、街頭を埋め尽くす観衆に迎えられたいという訳では無い。ただ、ここまで寂れ果てた国家と丁重な国交を結ぶ価値があるのか。自派閥の領袖であるイスト=ガンブルの命ではあるものの、彼自身の考えとしてはこんな国を多勢力に獲られてしまって何が問題なのか、分からないでいた。

 もっとも、合理性居士である以上に有力貴族の当主である彼だから、それを軽々に表に出すことはしなかったが。

「それに」

「は?」

 シルズベインの表情が渋い原因の、もう1つが、彼らの乗る公用車の前を歩く鋼鉄の巨人、紺色の魔導鋼騎にあった。

「確か・・・エフリード、と言いましたか」

「名前なぞはどうでもいい」

 はあ・・・、と息を漏らすトマスだったが、不機嫌そうなシルズベインにそれ以上追及することは出来ず、書類に目を戻すことにした。

「それでは外務卿、これからのスケジュールについてですが・・・」

「うむ」

「これから新政府の首脳陣と会談、及び友好関係の再確認。その後は晩餐会へ参加していただき、談話の発表。明日以降については今日の感触によって・・・ということで、宜しいでしょうか?」

「・・・そんなところだろうな。貴様らは?」

「は。私どもは外務卿が会談を行っておられる間に向こうの実務者と協議を行う予定です。最低でも、前王国との間で締結してた安全保障に関する盟約についてはそれに類するものを締結できるよう、道筋を立てておかねばと・・・」

「分かった、もうよい」

 そう話を途中で遮ったシルズベインは、後部座席との間にある間仕切りを下ろすよう手でサインする。

「分かりました、到着間際になればお知らせします」

「うむ」

「では・・・ごゆるりと」

 その言葉を合図にドライバーがハンドル脇のボタンを押すと、天井からシャッターのような間仕切りがカシャカシャと下りてきて、シルズベインと2人を切り離す。

「・・・まったく。まさか、あの娘子に頼らねばらなぬとはな。よりにもよって」

 その呟きは、間仕切りの下りる音と車の走る音に紛れていった。


「クシュン、クシュン」

 エフリードのコックピット中、不意に感じた悪寒と鼻腔を擽られたような感触に、セリエアは思わずクシャミをした。

「風邪か、セリエア?」

「え?いや、何か鼻がムズムズして」

 反射的に鼻を擦るが、特に変な感覚はしない。空気循環系の以上やコックピット内に何かが飛散したのならユーマが無反応な訳は無いし・・・。

「ん・・・なんだろ?」

「2回なら・・・謗られたか」

「何だい、それ?」

「古い言い伝えだ。1回は褒められ、2回は謗られ、3回は想われ」

「4回は?」

「風邪だから早く寝ろ」

 へえ、とどこか感心したような声を漏らすと、セリエアはサブシートへともたれかかる。勿論、ユーマに言われた通りに寝る気ではない。その証拠に、目は増設されたモニターに向いたままだ。

 またも儀仗兵の真似事をする羽目になったユーマとエフリードだが、前回のパレードとは異なり今回は護衛も兼ねているから真似事だけではおれない。が、センサー関係が一番秀でているエフリードとはいえ本格的な哨戒騎ではない。

 その為、各種探知センサー類を急場しのぎで増設し、その監視をセリエアが乗り込んで行うことになったのだ。本来ならここまでの警戒活動は必要ないのだが、無人鋼騎の暴走沙汰やあの不良軍人を見れば過分とは言えまい。

「でも・・・さ」

「どうした?」

「普通、こういった場合には、さ。向こうから警備なんかが多少なり、さ」

「付かんだろう。それに・・・預けられん、あんなのを見せられるとな」

「まあ・・・ね」

「どうした」

「え、なにが?」

「落ち着きが無い。今のも、会話の為の会話だろう」

 バレたか、とセリエアは心の中で舌を出す。察して欲しい所に対しては朴念仁のクセに、どうしてこういったところについては鋭いのだろう。

「よく、気が付くね、ホント」

「・・・?声の抑揚が違うからな、誰でも分かる。あの外務卿とやらのせいか?」

 一瞬、息が詰まったかのように胸が痛む。今ばかりはコックピットの構造上、ユーマと相対していないことに感謝した。

「どう・・・してだい?」

「あの男の視線と、目の止まりようからだな。初対面を相手にやる仕草じゃない」

 本当、よく気が付く。

「ボクにあんな・・・偉い人と、関わりがあるとでも?」

「トーリスと旧知だった奴が言っても、説得力が無いぞ」

「う・・・」

「まあ、この話はここまでにしておこう。警戒中にやる話じゃ無い」

 じゃあ、初めから突っ込むなよ。本来ならそう言って然るべきだったんだろうが。

「・・・アリガト」

 何故か、いや、理由は謎では無いか、セリエアの口から出たのは感謝の言葉だった。

「気にするな。それに・・・それを言うなら、俺こそ侯爵家嫡男に皇女殿下、次いで伯爵様だ。身の丈に合わないお偉方とはこれ以上、お知り合いにはなりたくはないな」

「本当にね。・・・ッ、ユーマ、正面左方!」

「分かった」

 熱源センサーの反応に、神経は自然と仕事モードに立ち戻る。セリエアのかけ声に応えたユーマの体も、自然と強張るように力が入ったのが分かる。

「場所は?」

「反応位置は500メートル先、次の四つ辻の所だね。見えるかい?」

「いや、建物が援護物になって見えんな。敵か?」

「一寸待ってね・・・ん、これは王国軍騎のIFFだね。本物かな?」

「どうだかな」

 ユーマの口振りからも可能性は半々と見ているようだ。それに、本物だとしても信用がおけるとは限らない。

「兎も角、報告だ。セリエア・・・」

「分かっているさ」

 彼がそう命じるより早く、セリエアは通信機に干渉する一部のセンサーを切る。

「うん。オッケーだよ、ユーマ」

「良し。こちらエフリード、警戒域イエロー」

『こちら、ヘヴィストリングス。どうしたんだい、少年?』

 警戒度『中』を示すサインに、車列の最後方で警戒にあたるリィエラから瞬時に通信が入る。尚、ヘヴィストリングスとは彼女の魔導鋼騎の名前だ。

「不明騎の反応、数1、IFFは王国軍騎のものだが・・・」

『本物かい?』

「どうだか。トマスさん、交信の許可を」

『先行して様子を見て貰うのは・・・危険か。良いだろう、許可する』

 テキパキと手順を進めるトマスとユーマを尻目に、セリエアも自分のやるべきことに手を出し、目を動かす。

「動体センサーからは反応無し、動いてないのかな?振動センサーはこっちが止まらないと意味がないから・・・あ!動き出したよ、ユーマ」

「ああ、こっちでも見えた」

 その言葉にセリエアもサブモニターから正面モニターへ視線を移すと、建物の陰から身を出してこちらに手を振る鋼騎の姿が映し出されていた。

「敵意は・・・なさそうだけど」

「油断は出来ん。ああやってフレンドリーに振舞っておいて・・・」

「いきなり、ドカン?ちょっと見え見え過ぎないかな?」

「それを『巧い手』と考える低能もいる。警戒は任せた、セリエア」

 うん、と短く答えると、セリエアは視線をサブモニターへと戻す。どんな変事も見逃さないと気合を入れ直すセリエアの前では、ユーマが3時間ぶり2騎目となったアンノウンへと通信を試みていた。

「こちら、帝国外務局使節団護衛部隊だ。そこの鋼騎、所属を伝えよ」


(・・・さて)

 どうなるか。そう思ってシートに体重を預けようとしたユーマは、

『こちらクロノス共和国軍、グレゴール・シャーレマン少尉だ。そちらは?』

 思ったよりずっと早く返ってきたコールバックに、慌てて姿勢を整えた。

「ユーマ・・・キミさあ」

「五月蠅い。・・・失礼、こちら帝国軍特別独立戦闘団マンティクス所属、ユーマ・コーナゴ准尉だ」

『マンティクス・・・ああ、傭兵か。随分と仰々しい物言いだな』

 確かに特別だの独立だの仰々しいが、これが制式名称なのだから仕方が無い。他国人に・・・ユーマは他国人どころの騒ぎでは無いが、兎も角、あげつらわれる筋合いは無い。

 もっとも、正式を言うのならユーマは飽く迄准尉『相当官』なのだが。

「こういう場合は形式が大事だと、浅学の身としては考えたのだが・・・違ったかな?」

『違いはしないが・・・いや、こんな話をしている暇はない、本題へ移ろう』

 まったくだ。ユーマは胸中でそう呟いた。

『単刀直入に言おう。我々共和国軍は現在、旧市街地において特殊軍事行動の最中にある。貴殿らはこの道を直進して『国民の館』へ向かう心算だろうが、作戦の性質上、その行動は秘匿されねばならない。故に、ルートを変更してもらいたいのだが』

「へえ・・・」

 形の上はお伺いだが、ユーマはその言葉からは命令の意を強く感じた。そして、それはどうやら間違いでは無かったようだ。

『割り込み失礼。こちら外務局トマス・ランバランだ。事前の協議内容と異なるルートの選定は警備上問題がある。まして、ここから迂回路をとるとなれば街中を大きく回ることになる。こちらとしては承服しかねる』

『ならば、こちらの行動が終わるまでここで待機頂こう。多分に機密保持に関するのでな、譲れん部分があるのだ』

「シャーレマン中尉、進入禁止なのは、具体的にはどのエリアだ?」

『マップを転送する。赤で囲われたエリアだ』

「ふうん、どれどれ・・・」

 意外なことに、データの転送及びそのデータ精度自体は正確で、且つ素早いものだった。念のためエフリードのデータベースとも照合してみたが、地図に粗い部分は殆ど無い。

(本気・・・と言う訳か)

 つまり、相手は先程の不良軍人とは違い、本気で自分たちを締め出そうとしていることが伺えた。少なくとも、ただの小銭稼ぎでここまで正確な地図を事前に用意はしておかないだろう。

『コーナゴ准尉、それをこちらにも回せるか?』

「やってみる。・・・どうだ?」

『ん・・・きた。ふうむ、これは・・・』

 しかし、それと自分たちをこのエリアから遠ざけようとすることの正当性とは、また別の問題であろう。何せその軍事行動を行っているらしい旧市街から、ユーマたちが行こうとしている直進路はホンの僅かに重なっているだけ。

 にも拘らず、こうまで強硬に侵入を防ごうとするのは。

(・・・よほど、見られたく無いものがあるようだな)

 そう、語るに落ちているようなものだ。

 ならば、見たくなるのが人の性。相手の本音を見破った優越感も相まって、ユーマはニマリと意地悪そうに微笑んだ。

「・・・さて」

 どんな理屈を捻り出して、この中尉を言い負かして突破してやろうか。そう決まっていた方針はしかし、「・・・ユーマ」と彼にだけ聞こえるように耳打ちされた言葉で、あっさり撤回された。

「了解した、中尉。ルートを変更させてもらう」

『おお、そうしてくれるか!』

 明らかに安堵したような声音のグレゴール。どうやら腹芸には向かないタイプのようだ。それとは対照的に『准尉!?』とトマスの焦った声が聞こえてくるが、無視だ無視。

「ただ・・・先程言わせて頂いたように、こちらも警備上の懸念点を払拭しなければならない。そこで・・・そこの次の四つ辻までは行かせて貰えないだろうか?」

『ここの・・・次?』

「ああ。次の四つ辻からなら、街中をそれほど通ることなく政庁まで辿り着くことが出来る。勿論直進路よりは警戒の必要はあるが、ここから迂回するよりはマシだ。・・・どうか?」

 加えて、そこはまだ侵入禁止エリアの範囲外。彼の言う理屈なら、この提案は拒めないはずだった。

『待て・・・少し待て』

 だが、往生際悪くグレゴールは待ったをかける。

「ああ。それとも・・・こちらがそこまで行った後、約束を違えて直進するのを危惧しているのなら、一緒に来てもらっても良いが?」

『いやそういう・・・んん、仕方ないか。良いぞ』

「配慮、感謝する」

 そう形だけ礼をこなしてグレゴールとの通信を切ると案の定、怒声に近いトマスの声がユーマの耳朶を打った。

『貴様、何を勝手に!』

「しかし、そちらが言うようにグルッと迂回することも、あそこで悠長に待つことも出来んだろう。折衷案としては、問題無いと思うが?」

『それはそうだが・・・』

「それとも待つのか?あそこでノンビリと」

 グレゴールの待つ四つ辻は、もう指呼の間だ。

『いや、それは・・・』

『そこまでにしようさ。少年も、トマスさんで遊ぶんじゃないよ』

 失敬な、遊んでいる心算は外務卿の頭髪ほども無い。

『・・・で、本題だ。さっき少年が言ったルートだと、前後方より右翼からを警戒した方が良さそうだ。少年のエフリードを右方、アタシのヘヴィストリングスを前方警戒に回したいんだが、それで良いかい?』

「そうですね。魔導兵装も加味すれば、その方が良いでしょう。ではあの四つ辻からはそのフォーメーションで・・・」

『ああ、その代わり、センサー関係の連動はお願いするよ』

「それは・・・はい、問題無いようです。それと・・・」

『分かった、それで良い』

 サクサクと決まっていく善後策に、流石のトマスも諦めたようだ。

『ただ、准尉。くれぐれも・・・』

「分かっている。万難は排する気概で挑むし、最悪エフリードが盾になるさ」

『なら、良い。・・・ハア』

 最後に大きな溜息を残してトマスは通信を切り、それに少し遅れてリィエラも『じゃあね』と言い残して通信を切った。

「さて」

 そして、ユーマは通信の回線が間違い無く切れていることを重ねて確認した後、チラと背後のセリエアを見る。

「セリエア、どうだ?」

「うん。動体センサーから見るにあの中尉が言ってたエリア、そこら辺りでは間違い無く鋼騎が機動しているね」

「魔導鋼騎かは?」

「そこまでは。振動センサーでも見てみたけど、ハッキリしたことは分からなかったよ。やっぱり、止まらないとダメだね」

 しかし、その分かる範囲でのデータでも、市街で運用する鋼騎の数としてはいささか過剰に思える。集中して運用したなら、生半なトーチカくらいなら余裕で奪取出来るくらいの戦力だ。

 それが旧市街、悪く言えばダウンタウンと思しき場所に投入されている、ときた。

「特別、軍事、行動・・・ねえ。きな臭いな」

「だね。そして、ボクたちを真っ直ぐ進ませないのも・・・」

「それを見せないため、か」

 政庁である国民の館は都市の中心、その高台にある。そこ至ろうと真っ直ぐ道を進めば成程、好む好まざるにかかわらず『そこ』で『何が』行われているかを窺い知ることにはなるだろう。

「それにしても、よりにもよって『国民の館』ねえ」

「知ってるのかい?」

「ここのは知らん。が・・・そう呼ばれていた建物は知ってる」

 あれは確か、欧州の旧東側国家だったか。

「へえ。有名なんだ」

「そこまでは、な。むしろ、その主の方が有名かもしれん」

「どんな人?」

「・・・・・・クーデター起こされて銃殺された、一種の独裁者だ」

 わお、とセリエアが何とも言えない声を漏らす。ユーマもその気持ちは良く分かる。

「だからまあ、よくも名付けたもんだと思ってな」

「ワザと・・・じゃ、無いよね?」

「流石にな。それに・・・いや、それでも無いだろう、それは」

 この世界の人間はそんなことを知る由も無いし、仮に渡り人がいたとしても、そんな悪名高い名前を付けるはずが無い。

「だが、不良軍人にきな臭い軍事行動・・・何もないはずは、無いだろうな」

「せめて、ボクたちが帰るまでは大人しくしておいて欲しいものだけど、ね」

「まあな」

 他国の使者が来訪していることを奇貨とするか、それとも邪魔者ととるかはその人次第。ユーマたちが管理できる事項ではない。

「キョウズイも、来てもらった方が良かったか・・・」

「でも、グランダの警備も必要だよ?・・・この調子だと、ね」

「まあな。何にせよ、向こうに着いたら連絡を入れたい。情報の共有はしておいた方が良いだろうからな」

「だね。・・・あ、見えてきたよ、ユーマ」

「ん。成程、立派だ」

 その建物『国民の館』は、恐らく元は王の宮殿だったのだろう。街並みと揃えるかのような古色めかしい建築様式に、大人しくも華美な尖塔などが遠目からでも分かる。彼の有名なノイシュバンシュタイン城やヴェルサイユ宮殿と並べるのは流石に憚られるが、それでも歴史あるクロノス王国の威風堂々を示す建築物には違いない。

「立派、だが・・・」

「どうしたんだい?」

「いや、気にしすぎだろう。何でもない」

 だがその宮殿、正確に言えばそれを包む気配のようなもの、そのせいだろうか。それか、この地に足を踏み入れて以降ひっきりなしにやってくる不穏な香り、そのせいか。

「・・・伏魔殿(パンデモニウム)」

 ポツリと、そんな単語が零れ出た。

 

 




 

 

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