幕間小話 Berlen tea-party
「・・・さて」
と、トーリスはいつもの癖で眼鏡を直そうとして、自身が後ろ手で椅子に縛り付けられていることに気付き、苦笑した。どうも、染みついた癖というのはたかが外部要因程度では拭えないものらしい。
「あら。笑顔をお浮かべとは、大層余裕ですわね」
「当然だ。これでもコイツは軍人の端くれだぞ?」
対して、銀髪を掻き上げる皇女殿下と当て擦りをする親友は、表情こそ笑えども目が笑っていない。
「はあ・・・分かりましたよ、降参です」
「降参?・・・何を言ってるんだ、コイツは?」
「ですわね。可笑しな人」
ハハハハハ、と仲良く笑い合う2人だが、やはり目が笑っていない。
「よく考えなさいな、フェイル。私たちは幼馴染同士、仲良くお茶会をしているだけですわ。そこに・・・どうして『降参』なんてキィワードが出てきますの?」
「あれがお茶会への招待とは、思いもよりませんでしたよ」
ギッと椅子を軋ませ体を動かすと、上腹部に鈍い痛みが走る。鳩尾に一撃喰らわせて気を失わせて運び込むのは招待と言うより、むしろ拉致と呼ぶべきでは。そう、トーリスは軽く訝しんだ。
「目が働くまでは、とうとう年貢の納め時かと」
「だろうな。にしてもフェイルドート、担いで思ったがお前、もう少し鍛えた方が良いぞ。軍人の端くれならな」
そう嘯く親友、アルファルド・グランツァル=ウォーダンはしかし、そう言いつつも彼の後ろに回ると縛り付けられていた腕を開放した。
「まあ、油断大敵を教えるのはこれくらいで良いだろう。なあ、サリィ?」
「貴方にそう呼ばれる筋合いはありませんことよ」
デリカシーの欠ける発言に、アルファルドはピシャリと鼻柱を打たれた。
「・・・なら、エクタシアと」
「宜しい。しかしフェイル、彼の言うことも道理ですわ。これに懲りたら、危ない橋を軽々に渡るのは止すことですわね」
「これは手厳しい」
ようやく解放された手首を擦りつつ、トーリスは曖昧に微笑んだ。
「ですが、止めませんよ。私には果たすべき野望があるので」
そう断言し、自分用に注がれた紅茶を口にする。それはとっくに冷め切っていた。
「・・・それを果たすために、まずは生き残れと言っているのだが?」
しょうがない奴だ、とアルファルドは大きく肩を竦める。
「ええ。ですから・・・頼りにしていますよ、グランツ」
ニッと笑いかけるトーリスと、それに苦笑で応えるアルファルド。幼き頃から肝胆相照らす、断金の友の麗しいやり取りである。
それを、「この人は『そう』呼びますのね」と、半眼で睨めるエクタシアの心中は・・・まあ、誰でも分かるか。
「・・・コホン。ではフェイル、白状なさい」
「貴女への想い、ですか?」
「ち、違いますわ!」
予期せぬカウンターパンチに、エクタシアは「また縛りますわよ!」と紅くなった顔を扇子で隠しながら左手で細引きを懐から取り出した。
「これは失敬。それに、『それ』ならば別に白状する必要もありませんでしたね」
「ですから・・・・・・・・・もう」
「ああ、その辺りにしてくれないかな。中てられそうだ」
そう2人へ注意を入れるアルファルドは、まるで濃縮した甘藷を数ℓ単位で飲み込まされたような顔をしていた。
「・・・と、冗談はこれくらいにしておいて。グランツが言いたいのはクロ・・・」
「スタップ。皆まで言うな」
何せ、公的にはその件についてアルファルドは、隣に座るエクタシアに「関わるな」と釘を刺された形になっているのだ。
「失礼。では・・・旅行に行かれている師父から面白い話がありまして」
「あら、あの人。私は最近お会いしていませんが、お元気で?」
「ええ。まあ」
「歯切れの悪いこと。若しやお怪我でも?」
「いえいえ、体は変わらず頑強そのものですよ。エクタシアに軽々と会えるお方ではありませんから、貴女が気になされていたこと、師父には私から伝えておきましょう」
「宜しくお願いしますわ。・・・で?」
本題に入り、芝居を止めたエクタシアの両眼はスイと細められる。
「何でも、現地の通貨が使えないと愚痴をこぼしてられましたね。幸いにも帝国の通貨が使えるそうで不便はないそうですが、「旅の風情が無い」と酷くご立腹で」
「・・・へえ」
「成程」
言葉短く頷いたアルファルドが、次の言葉をしゃくる顎で促す。
「それに、開いている店もあまりないと。繁盛していると私から聞いて思い立った旅行なのに、どうやって責任取ってくれるのかと言われまして。・・・困りましたよ」
はは、と苦笑を浮かべながらの台詞は確かに、外から聞く分だけでは単なる仲間内への失敗談にしか聞こえない。
「それはそれは。ちなみに、連絡はそれだけで?」
「ええ。どうも面白くなさそうなので、急いで離れると言っていました」
「『急いで』『離れる』ねえ・・・。まあ、あの人は昔から勘働きの良い人だったからな。そう感じたのなら、それが正しいんだろう」
「ですね、グランツ。そう言えば・・・貴方の知り合いも、確かそっちの方へお出かけでは?」
「ああ?ああ・・・そう、そうだな。知り合いと言うよりむしろ商売敵だが」
「心配では?」
「フッ、まさか」
そう噴き出して、アルファルドはやれやれと大袈裟なジェスチャーを見せる。
「それに・・・あの人たちなら問題無いとお前が言っていたと、エクタシアが言っていたぞ?」
「あら?そんなこと、言いましたかしら?」
「こんなこと言ってやがる。だがな・・・」
「だが?」
「いや、なに。俺もそっちに行ってみたいと思ってたんだがな。その様子だと、どうやら物見雄山には宜しくなさそうだな」
「ですね。若し、本当に、行くのだとすれば、それはグランツが音頭を執って皆を連れて行く。それくらいの心根でやらねばいけないでしょう」
トーリスは一言、一言を噛み締めるように、言い含めるように、念を押すように言葉を紡ぐ。そして、それに従ってアルファルドもどこか芝居がかった台詞回しを始めた。
「そう言うがな。俺と一緒に来てくれるような人なんて、そうそう居ないだろう?」
「それこそ、よく仰る。貴方ほどの高位者なら、一言呼べばいくらでも来るんじゃないですか?」
「簡単に言う。俺が仮に名目を捻り出して呼びつけられる人数なんて・・・そうだな、いいところこれくらいだ」
そう言って、アルファルドは指を3本立てる。
「なら、私も手を貸しましょう。私が呼びつければ・・・これくらい、は」
そう言って、トーリスは指を5本、次いで3本立てた。合計8本。
「って、フェイル。得意満面は宜しいけれど、貴方とアルファルドのそれ、単位が違いましょう?」
「バレましたか」
「バレいでか。だが・・・本当に集められるなら、そんな有り難い話は無いがな」
「と、言うより・・・そういう話が出ると思いまして、既に文面は起草済みです。そちらからの依頼がありましたら、いつでも招集出来ますよ」
2人の会話に、どことなく不穏さが漂い出す。それを受けてエクタシアはそっと立ち上がるとドアの前に立ち、廊下へと聞き耳を立てだした。
「・・・準備の良い奴だ。それに、既に何人かを御一行様に預けておいてまだ、それだけの人員が出せるとは。お前の手札は底なしか?」
「従前の委員会が解散させられて、一本化しましたから。それに、今回はそれほどの『質』は不要でしょう?」
「あからさまな数合わせでは困るがな。それで、名目はえんし・・・コホン、遠足とでもしておくか?」
「フフフ、その言いかけた方で」
「嗤うな!・・・ふん、まあいい。ならば、直ぐにそうして貰いたい。文字に起こした文章は、確認してからでないと回せんからな、時間が無い」
「ですか。・・・随分と急きますね」
既に立ち上がり、身支度を整え出しているアルファルドへ、どこか呆れたようにトーリスは嘯いた。
「お前と違って、無駄に終わることを厭わないんだ、俺は。それに・・・さっきも言ったが、師父の勘働きだけは信用してるんでね」
皮肉気にそう言うと、最後に、机の上にあった手つかずのティーカップの1つをガバと仰ぐ。
「エクタシア、誰もいないな?」
「ええ。それと・・・」
「?」
「私は、何も聞いていませんこと、よ?」
そう言って小首を傾げるエクタシアに、初めは頭に疑問符を浮かべたアルファルドだったが、
「でしょうね。外の音を聞くのにご執心で、私たちの会話なんて馬耳東風もいいところだったでしょうし」
という、トーリスの言葉で合点がいった。
「成程な。お前さんは知らぬの宿六を決め込む訳か」
「ええ。私は知らない方が良いのです。色々とね・・・」
皇女様も大変だねえ、と揶揄うように呟きつつ、アルファルドはそっと何かを彼女へと手渡した。
「これは?」
「これは、じゃ無いだろう。これはお茶会。なら、手土産は付きものだろうが」
彼が手渡したのは、丁度クッキー缶くらいの大きさのボール箱だった。だが、その割に中身はずっしりと重い。
「あら、これはこれは・・・気を遣わせましたわね」
「何、これも礼節の1つさ。食いきれんのなら、このフェイルドートと分けてくれても構わん」
「おや?良いのですか」
「腐らすよりゃ、マシだろう。じゃあ、宜しく頼んだぞ」
それだけ言って、アルファルドはセカセカと部屋を後にした。
「さて・・・では、開けて―」
「いえ。これはフェイル、貴方へこのまま差し上げますわ」
分けようとするトーリスの言葉を遮って、エクタシアは箱をそのまま彼へと押し付けた。
「・・・エクタシア?」
「言ったでしょう。私は、知らない方が良いのです。それに・・・」
と、少し悪戯好きな小悪魔のような笑みを浮かべると、
「この箱の中身はきっと、私の好きなものじゃありませんから」
「・・・成程。グランツには、後で私から言っておきます。あげる相手の好みくらい、調べてから持ってこい、とね」
そして、意味に気付いたトーリスも、同じように笑みを浮かべた。
「しかし・・・らしくありませんわね」
「グランツですか?」
しかし、そのトーリスの言葉にエクタシアはフルフルと首を振ると、その細い指で彼の胸板をツンツンと突いた。
「貴方ですわ、フェイル」
「私?」
ええ、と今度は首肯しつつ、机の上のカップに口を付ける。
「危惧すべき予兆があるのに、対応を急くべきでないなどと。貴方、それほど呑気な人では無いでしょう?」
「そう言いますがね、エクタシア。論理的に考えて『彼ら』が領内、それも打破すべきモノの胎内にいる時分にコトは起こさないでしょう」
「あら?どうしてそう言い切れますの?」
「こちらの集めた情報によれば、ですが。彼の人は破滅願望のある人でも、怨讐に突き動かされる人でも無い、戦略的に動ける人のようですから」
彼女に言われるまでも無く、トーリスは自分の対応が普段より悠長であるという自覚はあった。だが、相手が動かないと察しているのであれば、郁子も無い。
「戦略的に成り代わる・・・いえ、この場合は再起、復古と呼ぶべきものでしょう。それを為そうと考えているのなら、わざわざ帝国との間に要らぬ火種を作ろうとはしないでしょう」
そして、それは共和政府にも言える。旧市街への軍事行動でさえ隠そうとした彼らが、好き好んで使者が滞在中に平定戦を仕掛けるとは思えない。
「そう・・・ですか」
しかし、それを聞いて尚、エクタシアの歯切れは悪い。感覚的に物事を察することに長ける2人が揃って訝しんでいる以上は何か見逃しているのかとトーリスは顎に手をを当てて考えてみるが、それでもヒットするものは無かった。
「しかし、まあ。グランツの言い分も尤もですし、立場上は彼が私の上役でもありますから、それに沿うように動きはしますよ」
だが、それでも自分の『論理的』を捨てて2人の直感に従おうと決めたのだから、何かしら彼も気にかかるものがあったのかもしれない。
「まあ・・・それで大山鳴動となっても、責任はアルファルドに押し付けられるのでしょう?その言い分ですと」
「ええ。それと・・・」
「それと?」
「そのカップ、私の記憶誤りでなければですが・・・私の飲みさしでは?」
その指摘に、エクタシアは口から盛大に紅茶を噴き出した。
トーリスの推察は、結論から言えば間違ってはいなかった。
共和政府は、『帝国の使者がいる間に化けの皮が剥がれるような行動は慎みたい』と考えていた。旧騎士団の側も、『帝国の使者に万一があってはならぬから行動は慎みたい』と考えていた。
攻める側と守る側、反逆する側と鎮圧する側の思惑が同じである以上、事態が動くくのはシルズベイン外務卿が帰朝してから。
そう判断するのに、そうなると予期することに、論理的にも状況的にも誤りは無かったのだし、彼らもそれを望んでいた。
ただ往々にして、世界は論理的に動かないというのも又、一つの真理なのである。
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