第32話 The congress dances, but it does progress
帝国新帝都ベーレン、そこにある尚書台中央会議室に据え置かれた円卓には軍務局や農務局といった各部局の代表者が招集され、神妙な顔で向き合っていた。
音声通信や画像配信といった技術があるのなら、何も集まらなくても良いだろう。平民ならそう考えるかもしれないが、帝国には帝国の峻厳たる伝統がある。不自由だろうと非論理的だろうと帝都は帝都らしく、尚書会議は会議らしく、という訳だ。
しかし、それはそこに集う出席者たちがそれぞれに顔を合わせることを希求していること、とはイコールにはならない。事実、尚書や卿たちは数十分前から席に着いているにもかかわらず、各部局間は勿論同じ部局同士であっても会話は一切無く、会議室は重苦しい沈黙が支配していた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そんな中、ボーンと据え付けられた大時計が厳かに時を打つ。10時ジャスト、1秒の狂いも無い。
「・・・では」
沈黙の中で口火を切ることほど気の重いものはない。だが、時計が時間の到来を告げたので不承不承、エクタシア=ヴィルトゥスフェス行禄尚書事が代表して開催を告げた。
「第2134回、尚書会議を開催します。宜しくて?」
「「「は」」」
尚、2134回というのは帝国開闢以降からのカウントらしいが、正しいかどうかは最早誰も分からない。
閑話休題。
「では、早速初めていきましょうか。まず・・・」
「失礼。その前にエクタシア皇女殿下」
「ここでは行碌尚書事と呼びなさい、アルファルド軍務卿」
「・・・ではエクタシア行碌尚書事殿。シルズベイン外務卿らが出席しておらぬようですが、如何?」
「外務卿らは・・・」
「外務卿は現在、先日の件での外交派遣の打ち合わせを行っておるのだ、軍務卿」
エクタシアの言葉を奪うように横から口を挟んだのは、長い白髭を胸元まで蓄えた老年の男性だ。その前に置かれたプレートには『農務卿』の金文字が光る。
「私は初耳ですが・・・良くご存じですな、イスト農務卿」
「耳聡いことで高名な軍務卿の発言とは思えんな。クロノスの変事はテレヴィジョンとやらを見るだけの大衆すら知っておるぞ。もっとも、その耳目が留守にしておれば仕方ないがな」
「クロノス王国の件くらいは知っていますよ。私が初耳だと言っているのは、外務卿自ら音頭を執っていることについてなんですがね」
「それくらい、居らぬを見て察すればよかろう。それに・・・」
一瞬呼吸を置くとイストはエクタシアを、そして空席となっている上座をチラチラと鋭い視線で一瞥する。
「それを申すなら、相変わらず欠席されておる皇帝陛下について、先ず尋ねるべきであろう。どうかな、行碌尚書事殿?」
「・・・陛下は体調が優れないため欠席されます」
ほう、とイストはいささか白々しい驚きの声を上げた。
「確か、昨日の園遊会ではお元気な姿を見せておられたはずですが?」
「その園遊会での、お疲れが出たそうです。会議としては、摂政である私が出席しているのですから問題は無いでしょう?」
「成程。まあ、あのような騒ぎがあっては致し方ないでしょうな。内務局も、さぞやお忙しかったことだろう」
当て擦るような発言に、思わず内務卿と内務尚書が揃って眉を顰める。しかしエクタシアはそれを丸ごと無視して話を進めた。
「理解していただけて結構ですわ。では・・・他にありませんわね?」
「は。申し訳ありません、行碌尚書事殿。農務卿も、失礼を」
「うむ。こちらも」
流石にイストも限度は弁える。それだけ言うと始まる前のようにむっつりと黙りこくったまま頷いた。
「では、初めの議題を。アルファルド軍務卿」
「は。先月に公会堂が不穏分子に襲撃されたことについて、内務局と合同で行っていた調査についてまとまりましたので報告致します。各々方、手元の資料を」
一斉に、ガサガサと紙を捲る音が響く。
「襲撃者の多くは死亡しましたが、重傷ながら生存した者が何名かおりました。その者たちから話と物証とを検証した結果、此度の襲撃に用いた鋼騎の兵装以外の部分については農業用鋼騎のパーツを転用してしていたことが、ほぼ確実となりました」
「あら。信用はおけて?」
「と、仰せだが・・・ジョクソン内務卿、どうかな?」
「ご懸念については尤もなことです。ですが、拷問も含めた尋問の結果ですし、鋼騎の部品については複数のエンジニアの目で確認しております。まず、間違い無いかと」
「待ちたまえ内務卿。犯罪者への拷問は、帝国の法律で禁じられておるはずだぞ」
どこか焦った調子でイストはジョクソンへと噛みついた。
「内務卿、どうなのかしら?」
「はい、農務卿の仰る通りです。が、皇族を襲撃した大逆犯については例外にて。その真相究明の為には、如何なる手段を取ることも許されておりますので」
「その通り。不敬な犯罪者には皇帝陛下の慈悲も法の守りも不要、ということだな」
「不必要な発言は控えなさい。それで?」
「・・・コホン。それででありますが、軍務局としては不穏分子を利するような機械機器を市中へ頒布することは、厳に慎むべきと判断しております」
「内務局としても同意見です。治安を維持する我々に比肩しうる兵器を夜盗連中が持つことすら脅威であるのに、それを助長されてはかないません。よって、我ら内務卿と軍務卿との連名で、当会議において鋼騎の厳正管理を求める法の制定を提案いたします」
やはりか。そう、イストは表情を巌のように固くする。
「内容としましては・・・鋼騎の運用、特に管理が杜撰となっている農業用鋼騎の保有については免許制とし、パーツ製造や移送、購入に至るまでを厳密に国家が管理運営することとします」
「待ち給え、内務卿。農業用鋼騎の運用が杜撰とは、口が過ぎよう」
「しかし農務卿、5ページ目をご覧下さい。建設現場や運送業者で運用している鋼騎と比べ、明らかに農業用にと配布された鋼騎についての管理は適切ではありません」
ジョクソンが示したグラフでは、夜盗や犯罪者から没収した鋼騎の増加数と、農業用に頒布された鋼騎数の増加が丁度シンクロしていた。
「それに、犯罪者や夜盗への関与は脇に置くとしてもです。農業関係者のパーツ管理や整備補修への無頓着、それに伴う事故件数の増加は目に余まるものがあります」
「だな。聞き取りを行った限りで申し訳ないが、農家やレンタル業者の鋼騎への理解度も低すぎる傾向にある。野晒しで放っておいたりマニュアルを無視したり、機械技術を自ら運用したことが無い連中にばら撒いたことでの弊害だな」
それに追従するように、工務卿も口を開く。
「加えて、現場が必要だと上申すれば、その内実を精査することなく申し込んだ物品が与えられる。そんな監視の目が届かない流通システムも、管理不徹底を助長しているのではないですかな?」
そう、強い調子で指弾された農業政策、その実行主であるイストは臍を噛んだ。
言葉にはしないものの、アルファルドたちが問題の根幹をイストの政策上の誤り、先走りへ導こうとしているのは明白だ。
「しかしですな、ご両人。農業分野の後進性が帝国内の機械化的進歩、そこにおけるアキレス腱であったことを忘れてもらっては困ります。イスト農務卿はその是正を常々主張しておられた。それを軍事分野が優先とばかりに放置しておいてその言い草は、流石にひどいが過ぎましょうぞ」
「で、ある。問題の基底は技術配分の不平等にあった。それをもたらしたのは軍務卿らであろうに、正しきを為そうとした農務卿を非難するとは言語道断である。それに、仮に鋼騎本体はそうであっても、それを悪用するための兵装の管理責任はそちら側ではないか」
押し黙るイストに代わり、法務卿と商務卿が抗議の声を上げる。
(・・・どっちもどっちね)
目の前で繰り広げられる言い争いを、エクタシアは冷めた目で見ながらそう胸中で呟いた。アルファルドたちはイストの問題点を針小棒大にあげつらい、イストたちは問題の論点をすり替えて自分たちの首領を守る。そして、その中で一番大切な『問題の解決』という視点は泡沫となって消えてゆく。
(フェイル、貴方がこれを見れば・・・きっと嗤うことでしょう)
彼女がここにいない想い人に仮託して妄想する外では、議論が果てしなくヒートアップし続けていた。
「兵装の管理責任については重々理解している」
「理解なら誰でも出来ましょう。卿がその席に座っておられるのは、実際に実行する責任があるからではありませんかな?」
「それを言われるのであれば、臣民の武装解除を強制する法案を棄却せしめたのは貴殿、法務卿であったことをお忘れか!」
当然だ。この問題を取り上げたこと自体が政権内での派閥争いに端を発している以上、どちらも安易に折れることは出来ない。
「そこまでに」
そんな白熱した場に、エクタシアが水を差す。
「各々方の思いの吐露は結構ですが、不在とは言えここは陛下の御前となるべき場所です。慎みを持った討議をお願いしますわ」
「・・・・・・御意」
「・・・申し訳ありません、行碌尚書事殿」
そうイストとアルファルドが謝罪を述べ、その他を含めた全員が頭を下げた。
もっとも、下げただけだ。彼ら、特にイストたちはエクタシアが議事に介入することを好んではいない。精々お飾りとして音頭だけ取って欲しいというのが正直なところではないだろうか。
「結構。しかし提案された以上、法案の審議は必要です。アルファルド軍務卿、法案の起草は出来ていて?」
「は、こちらに」
彼が目で合図をすると、脇に控えていた軍務尚書が分厚い書類の束を取り出した。
「良いでしょう。では、軍務尚書と内務尚書は当該法案を法務尚書へ預け、法務尚書は法案が帝国の法として体裁を整えているかを改めて確認を」
「「「はは」」」
「そして、法としての誤りがなければ各卿へと配布して問題点を洗い出し、次回の会議で討議することとしましょう。勿論、誤りがあればその点を指摘した上で、法務尚書は返却すること。いいですわね?」
再び、全員が頭を下げたことでエクタシアは内心ホッと安堵の息を漏らした。こんなところで空中分解をしていられるほど、帝国の現状は甘くないのだ。
「では、次の議題を。外務尚書僕射、宜しくて?」
「は、はい。ええと、クロノス王国へおける対応について、外務局として示す見解についての・・・」
残念ながら、そこに座る僕射官はトーリスではない、年若い女性だ。いまだ若輩の彼女に卿と尚書の代理というのは身に余るのか、その報告もたどたどしい。
「外務局としては、現在の新政府をクロノス王国の後継国家として扱うことは吝かでは無い、という結論です。色々とありますが、ことを荒立てることは厳に慎みたいと考えておりまして」
「ふうん。しかしだな・・・その新政府とやらは、我らが皇帝陛下の縁戚となる王を追放したのだぞ?良いのか、そんな甘い対応で」
「ほう。では反乱分子として追討の兵をあげると?流石、軍務卿は血気が逸っておるな」
むう、とアルファルドはその意見に黙り込む。不用意な当て擦りにカウンターを食らったようなもので、これに関しては彼が悪い。
「それにですね、軍務卿。クロノス新政府としても、我々とは良い関係を築きたいらしいのです。今回の変事においても、こちらから接触を行う前に向こうから丁重なアクションがありましたから」
「何かあったら戦争だ、というのは向こうも理解していると?」
「と、思われます」
帝国と良好関係を築いていた国王を廃しておいて随分と虫の良い話だが、少なくとも先のツィラノクースクみたいな事態ではないということだ。
「良いでしょう。一先ずは外務局の方針を認めます。本格的な、帝国としての対応については帰朝した外務卿の報告次第と致しましょう」
「あ、ありがとうございます、殿下」
肩の荷が下りたのか、その外務尚書僕射は何度もペコペコと頭を下げた。
「軍務局としても異論はない。ですが碌尚書事殿・・・」
「何でしょう」
「それでも不測の事態には備えるべきです。クロノスとの国境沿いへ、正規軍を動員することの許可を」
「待て、軍務卿!それでは我が国が威圧をかけているようなものではないか!」
思わず、イストはダンと円卓を拳で打った。
「クロノスが如き小国にそこまでしては、それこそ帝国の鼎の軽重が問われかねん。儂は反対だ」
「言い方が悪かったようですな。私が危惧しているのは、その外交使節の要請自体が罠である可能性です」
「成程、つまり卿はこう言いたいのですね。『新政府は初めから当朝の高位者を捕える心算かもしれない』と」
は、とアルファルドは大きく頷いた。
「臣下の身で国王を廃するような輩ですから、どんな横暴な手に出るかは分かったものではありません。仮にそうなった場合、クロノスから最も近いデレスデン基地から部隊を発していては手遅れとなる可能性がありますので・・・どうか、ご認可を」
「却下します」
いつになくバッサリと意見が切り伏せられ、アルファルドは思わず目を丸くした。
「理由は2つあります。まずイスト農務卿の仰る通り、外交使節を派遣しているというのにこちらから攻め入るような動きをすることは、他の外縁王国に誤ったメッセージを送りかねません。これが1つ」
昔日のように『皇帝と臣下の国王』という立場では無く、今の両国の立ち位置は表向きは平等だ。そんな相手への『意に沿わなければ討伐する』というのは飽く迄匂わせるもので、あからさまに示すものではない。砲艦外交の時代では無いのだ。
「そして、もう1つは単純なことです」
「・・・それは?」
訝し気に問うてくるアルファルドへ、エクタシアはニコリともせず伝えた。
「使節の護衛、及び不測の事態への対応についてはアルファルド軍務卿、既に貴方のご友人が手を打っていますから」
アルファルドの『ご友人』。その単語に、会議場が大きく騒めいた。
「そ、それは行碌尚書事殿!」
一転して安堵に近い表情となったアルファルドから取って代わるかのように、イストが相好を険しくして詰問する。
「ええ、農務卿の考えている通りですわ。彼は軍務都尉であると同時に外務尚書僕射でもあるのですから、別に不思議は無いでしょう?」
「・・・ですが」
「それに、正規軍の動員は慎むべきと言ったのは農務卿、貴方でなくて?」
勿論、エクタシアとてイストの発言の意図がそこに無いことは十分に理解している。理解した上で、言質として活用したのだ。
「・・・確かに、儂はそう言いましたな」
「でしょう?」
「成程・・・・・・少数精鋭で独自行動のとれる傭兵なら不測の事態にも容易く対処出来るだろうし、大々的に正規軍を動かす訳では無いから余計な刺激を他国へ与えることは避けられる、か」
加えて、複雑な立場が幸いしてだが全てを外務局内で片付けられる為、部局間での貸し借りはほぼ発生しない。まったく、綺麗な顔で悪魔のような手を考えるものだ。
「では、これで宜しいですね?」
「・・・・・・御意」
「宜しい。では、次の議題へと参りましょう」
そう言ってエクタシアはニッコリと笑い、パンと柏手を打った。
単純な話、彼女も傍観の徒として扱われることは若干腹に据えかねていたのだ。
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