第31話 A holiday's evening what nothing to do
ユーマは無趣味な人間である。加えて、あれこれ手を出そうというやる気のある人間でもない。
元の世界にいた頃は勉学や機械工作部の活動などのうち込まざるモノがあった。
この世界に来て当初は生き残る為に必死であったし、落ち着いてからも依頼にエフリードの調整と、矢継ぎ早に仕事が持ち込まれている内はそれどころではなかった。
が、そういった外から与えられる状況がなくなってしまえば。
「・・・あふ」
途端にやることがなくなり、暇の虫が頭をもたげだすのは困ったものだ。
『・・・先日行われた、皇女殿下臨席による園遊会は多少の騒動に見舞われたものの、本日無事に全行程を終了されました。この件について、エクタシア皇女殿下は・・・』
「暇だ」
変わらぬジャージ姿でソファにだらりと体重を預けてテレヴィジョンを眺めながら、ユーマはそう呟いた。
「・・・だねえ」
そして、普段ならそんな不真面目を咎めることの多いセリエアもまた、ソファに寝転がって同意するように呟く。もぞもぞと寝返りをうつせいで、綺麗な赤銅色の髪がぐしゃぐしゃと台無しだ。
リンハイム公会堂襲撃事件から約半月、それから現在に至るまで彼らへの依頼は0件なのだ。と言っても、馘首されたのではない。事実、先の園遊会の一件のようなピンポイントの出動要請は何件かあり、今までのようにヘクサルフェンで出向くような依頼はこないだけだ。
そう、簡単に言ってしまえば今のユーマたちは休暇を取らされている、という訳である。
「いくら何でも、そうそう君たちばかりに頼ってはいられませんよ。それに、傭兵とは言っても君たちはマンティクスの構成員で、マンティクスにも服務規程くらいはあるんですから」
だから、君たちには休む義務がある、とトーリスは言っていたが。
「んー、ムニュムニュ・・・」
ソファで溶けるように寝っ転がるセリエアの、この状況は良いのかねえ。
ただ、この3人の中で一番時間を持て余しているのは間違いなくこのセリエアだった。ユーマとキョウズイはまだ鈍らないための自主トレやシミュレーター訓練といったするべきことがあるが、エンジニアである彼女にはそれがない。図面引きや鋼騎の調整もやり尽くしたとあれば、この状態もまあ、理解は出来る。
ただ、いつもの作業着を脱いだダボダボのシャツでそれをやられるのは、隣にいる初心な青少年にはたいへん目の毒なのだが。
「ふあ~あ。・・・ユーマ、ご飯」
「俺はご飯じゃ無いぞ」
「お腹減ったんだよう・・・ねえ、ユーマ」
「もう少し待て、俺だって・・・」
「暇だって、言ったじゃないか」
「だからと言って、なあ」
そうやって、まるで専業主婦の昼下がりのような気怠い時間を過ごしている彼らだが、これも大事なんだろうとユーマは半ば諦観していた。
なにせ、彼らにとっては新帝都に到着してマンティクスに配属され、休みなしに働かされてようやく与えられた休みなのだ。このグダグダ感も恐らくは命を削る戦場から解放された反動であり、これがあるから次に戦場へ出る際に緊張感を保てるのだろう、多分。
(・・・ま、分からんが)
ただ、確かなことが1つある。それは、持て余している暇に適当な理由を付けてダラダラと過ごすこの時間が、彼は嫌いではないということだ。
ちなみに、彼らがこうして過ごしているのは相も変らぬヘクサルフェンの中だ。尚、セリエアは格好いい名前を付けるのを諦めた。
「ヘク・・・ヘクシャルガっていうのは、どう?」
「ダサいな」
「右に同じ」
正確に言えば、全ての案が却下されたのだが・・・まあ、それはどうでもいい。
彼らがマンティクスへと所属した際に与えられた服務規程とやらには福利厚生の一環として住居が与えれるとなっていたのだが、蓋をあけてみればコレだ。
「・・・これ、詐欺じゃないのか?」
「いいえ。居住機能のある輸送艇を貸し与えているのですから、住居と呼んで差し支えないかと。それに、近隣の基地へ駐機させて水と電気の世話と、むしろ手厚いくらいですよ、ユーマ君」
初めに『コレが家です』と言われた時にトーリスはそんな風に嘯いていたが、『転勤アリ、社員寮完備』という求人内容で『キャンピングカーを用意しました』は普通に詐欺な気がするのだが。
「ねえ~、ユーマ~」
「菓子でも食ってろ」
「むう、仕方ないなあ・・・ねえ、キョウ君。それ取って」
「へい・・・姐御、これでやすか?」
「それじゃなくてさ、それさ」
「これで?」
「そうそう、それそれ」
指示語で話すな、と突っ込む人間のいない恐ろしさよ。
そのキョウズイは流石にそこまでだらけている訳では無いが、それでもぼんやりと過ごしているのに違いは無い。ソファ代わりにヘクサルフェンの操縦席に座り、コンソールの上にドリンクと菓子を載せたトレイを置く寛ぎスタイルからもそれは明らかだ。
そう、ユーマたちが寛いでいるのもヘクサルフェンのコントロールルーム。殺風景な部屋も会議用の机に各々の私物を置いてモニターへテレヴィジョンを映せばあら不思議、たちまち自宅の居間へと早変わり。・・・言ってて悲しくなるが。
『・・・今年の白麦の収穫量は例年を上回ったと、イスト農務卿からの発表がありました。農務卿からは、機械技術の普及が更に進めばより効率的な農作業が実現できるだろうと、帝国の明るい未来を予見させられる発言が・・・』
(・・・しっかし、なあ)
このテレヴィジョンというのも、元の世界のソレそっくりだ。もっともまだそれほど普及はしていないのか、ユーマたちみたいに個別に保有するモニター以外は昔日の街頭テレビみたいに『街に1台』程度であるし、その番組も帝国の広報が流れるだけではあるが、まあテレビはテレビだ。そもそも、どこの文明でも『映像を各端末へ流せる技術』が実用化されれば、決まってこういった様式になるのかもしれない。
『では、次のニュースです。帝立動植物園にて飼育されていた鳶熊の赤ちゃんが、生後8ヵ月を迎えました』
「ふうん」
時計を見れば、もう直ぐ夕方の放送が終わる時間だ。やはりこの世界でも、ニュース番組の最後はホンワカしたニュースを取り扱って終わるものらしい。画面の中では熊と言うよりは狸のような動物の赤ちゃんが、ケージの中を転げまわったり乳を与えられたり。モフモフ、フワフワで有体に言ってとても愛らしい。
『この赤ちゃんたちは来週から、帝立動植物園にて飼育展示がされる予定となっており、その他にも様々な動物たちが・・・』
「・・・・・・良いなあ」
呆とテレヴィジョンを見ていたユーマの耳に、そんな呟きが聞こえた。
チラとそちらを見れば、さっきまで寝転がっていたセリエアが起き上がり、じっと画面を見つめていた。その瞳には気のせいだろうか、羨望の色が伺える。
「行くか?」
「・・・・・・・・・え?」
「だから、行くか?」
あそこ、と画面を指させば、セリエア両眼はたちまちに驚きで真ん丸に広がった。
「え、ええ!?良いのかい!?」
「良いだろ、別に」
別にユーマたちは、この基地に居続けなくてはならない訳じゃ無いのだ。ただ他に行く所が思い付かないので管を巻いていただけで、外出も行く先をマンティクス本部へ知らせておけば、それで良いらしい。
「ああ、でも不意に依頼が来たら・・・」
「でやしたら、あっしが残っておきやしょう」
「良いのかい?」
ええ、とキョウズイは快く頷いた。
「あっしは動物に興味はありやせんし。それに・・・」
「それに、何だ?」
「それに、馬に蹴られる趣味はありやせんで」
クエスチョンマークを浮かべて首を傾げ合ったユーマとセリエアだったが、兎に角キョウズイは留守番を買って出てくれるのは確からしい。
「じゃあ・・・行ってくるよ?」
「へい。精々、お土産を期待して待ってやすよ」
「土産ねえ・・・ペナントとイニシャルのキーホルダーで良いか?」
「・・・・・・本当、頼みやすよ、姐御」
何故かセリエアへ念を押すキョウズイの意図は気になるが、尋ねてもあいまいに微笑むだけなのでユーマは気にしないことにした。
『・・・以上、帝立動植物園からのリポートでした。動植物園へのアクセスについては・・・』
「おっと」
そんなことより、放送してくれるアクセスを聞き逃してはいけない。見れば、セリエアもいつになく真剣に画面を見ていた。
しかし、急に画面が乱れたかと思うと、映像が動植物園からスタジオらしき場所へと変わった。
『ニュースの途中ですが、緊急速報です!』
「あ!ちょっとそんな!」
ガバァ、とセリエアがモニターへと縋り付く。
『先ほど、クロノス王国で政変が起こったと外務局から発表がありました。繰り返します、クロノス王国で政変が起こったとの発表です』
未練がましくモニターへ縋り付いたままのセリエアとは異なり、ユーマとキョウズイは表情をキッと鋭く戻した。
「これは・・・キョウズイ」
「ええ。これは穏やかじゃありやせんね、旦那」
「だな」
こんな時間に、それも速報とあれば円満な政体変化ではあるまいと予想がつく。
「最低でも王宮クーデター、最悪なら・・・」
「いつぞやみたいな反乱軍、か」
『詳しい情報は・・・ええ!?・・・・・・失礼しました。外務局から追加の情報です。今上帝陛下と縁戚関係のあった国王スワニスタス2世は退位され、後継は定めずとのことです!また、王太子殿下らの動向は今のところ不明との事です。繰り返します、国王スワニスタス2世が・・・』
「太子が立てられていて、後継者がいない?」
「これは・・・いよいよ、きな臭い話になってきやしたね」
「そんなのは良いよ、別に!」
そんなことより!とセリエアはさっきからの情報をオウム返しに読み返し続けるリポーターをツンツンとその細い人差し指で突く。
「それより!その動植物園は!?ボクとユーマのデー・・・」
「デー?」
「・・・ゴホン。出かける場所は!?」
「落ち着け。ちょっと調べれば直ぐに分かるだろうが」
帝立の動植物園なのだ。基地のスタッフに訊けば分かるだろうし、地図にも載っているだろう。しかし、そうユーマが説いても怒りの虫が収まらないのかセリエアはブスリと頬を膨らませたままで、よっぽどその鳶熊とやらが見たかったらしい。
「まったく、しょうがない奴だ」
「いえいえ、まったくで」
しかし、そう同意した風な口を利くキョウズイだったが、肩を竦めるその視線は何故だろうか、ユーマの方を向いている。
「・・・何故、俺を見る?」
「しょうがない奴を見てるだけでやすが・・・・・・おっと」
ジリリと着信音がなったことを奇貨として、キョウズイはユーマからの追求の手から逃れてコンソールへと向かう。
「はい、こちらドゥンゲイル隊のヘクサル・・・へえ、ちょっとお待ちを。姐御!」
「・・・何だい?」
「お電話で」
「誰から?」
「出りゃ分かりやす」
不承不承、という顔で受話器を受け取ったセリエアと入れ替わるように、キョウズイはユーマの隣へと腰掛けた。
「トーリス大佐か?」
「おや、どうしてそれが?」
「アレを見れば分かる」
ユーマがツイツイと親指で指した先では、セリエアが言葉を荒げて何かを主張していた。小声だから内容は分からないが、彼女があそこまで明け透けな態度をとれるのは自分を除けばトーリスくらいのものだ。
「こんな時間に、トーリス大佐。とくれば・・・」
「仕事、でやしょうね」
「それも、厄介な、な。やれやれ、休暇は終わりか。・・・しょうがないな」
よいしょっと、ユーマは億劫そうに立ち上がり廊下への扉へと向かった。
「おや、どちらへ?」
「台所だ。予定していた夕飯はキャンセルだろうからな、材料を保管してくる」
少なくとも、凝った料理を作っている余裕はあるまい。
「残念でやすねえ。旦那の母国の料理、楽しみにしてたんでやすが」
「次の機会があるさ。じゃあ・・・話がこじれそうなら助け舟を出してやれよ、大佐に」
そうキョウズイへ言い含めておいて台所へと向かうユーマの後ろでは、だんだんと声が大きくなるセリエアの文句とキャスターのレポートが合わさり、なんともカオスな音楽を奏でている。
「まあ、暇が無くなるならいいことか」
人の心を知る術の無いユーマは、そんな風に呟いた。
『どうも、お久しぶりです皆さん』
数十分後、モニターへレポーターに代わって映し出されたのは彼らの上司にして既知、トーリス=ノイシュタインその人だった。
「こちらこそ、大佐。・・・大佐、で良いんだよな?」
『ええ。残念ながら、私の昇進はしばらく先に延びそうです。色々ありましてね』
「それと大佐、あのハースホンファー大尉とやらはどうしたんだ?」
確か、あの人が俺たちの窓口になったはずだったが。
『今回は、少々特例ですから』
「特例?」
『ええ。流石に帝国軍としても、休暇を命じた隊員に火急の任務を申し付ける時にはそれなりの人間から命じるべき、と考ますよ』
「・・・じゃあ、命じなきゃいいのに」
ブスリ、と頬杖をついたままの姿勢でセリエアは吐き出した。
『それはそれ、これはこれ、です。ですがセリエア嬢の意見も尤もです、申し訳ありませんでした』
「気にしなくていい、俺たちも名目上は即応待機だったからな。ただ・・・」
『ただ?』
「だからこそ、その内容が気になるな。また、この間の園遊会みたいに暗殺予告でも届いたか?」
もっとも、その可能性は薄いとユーマは踏んでいた。皇族の絡む大規模イベントの情報は無いし、そもそもその程度の招集なら以前のようにクラリシェが連絡を寄越すはずだ。
『いえいえ。流石にそう何度も暗殺の危機を迎えるほど、内務局も独活の大木ではありませんよ』
「どうだか。まあいい、じゃあさっきニュースでやっていたクロノス王国とやらの・・・」
『ご存じなら話は早い。実はその件について帝国は外交使節を派遣することを決定しまして、君たちにはその護衛を頼みたいのです』
「護衛?」
だとしたら、ユーマたちには荷が重い。騎者としてのトレーニングを行っているお陰で同年代よりは力はあるだろうが、それでもシークレットサービスの真似事は出来る気はしない。
「残念ですがね、トーリスの大将。あっしらにゃソレは無理が過ぎやす。見て下せえ、この細腕」
『言い方が悪かったですね。依頼したいのはキョウズイ君の考えているような生身の護衛では無く、鋼騎での護衛です』
「それほどの危険性がある派遣なのか、大佐?」
『その辺りの説明は、後ほど新帝都で行いたいと思います。セリエア嬢、ヘクサルフェンの発進は・・・』
「問題無いよ。でも、トーリス大佐・・・」
『何です?』
「ヘクサルフェンでそっちに出向くってことはその仕事、結構長期間になるのかな?」
『それは相手方次第になりますが、そう思ってくれる方が良いでしょうね』
はああ、とセリエアはガックリと肩を落とす。やりたいと思っていた予定が潰される辛さとやるせなさはユーマにも分かるので、そっと慰めるように背中を撫でた。
「うう、ゆーまあ・・・」
「気を落とすな。結果的に暇が潰れるんだから良いとしよう」
そう、慰めた心算だったのだが。
「ユーマ!?」
何故だろうか、セリエアはいきり立って彼の襟首を掴み締め上げる。
「そ・れ・は・ど・う・い・う・こ・と・か・な?」
「ちょ!せ、セリエア、ちょ、息!」
咄嗟の出来事と喉の詰まる息苦しさに、ユーマはバタバタと両手を虚空に漂わせた。
「取り敢えず大将、あっしらは今から新帝都へ向かやあ良いんでやすね?」
『ええ。通行許可とその基地への連絡はこちらで行っておきます』
「ありがてえ。それはどれくらいで完了を?」
『そうですね・・・あと30分も頂ければ』
その回答に、キョウズイは黙って頷く。隣ではユーマの襟首を掴んだままのセリエアがその首を更にグワングワン揺さぶっているが、それは見ないふりをして。
「では大将、その間に準備を済ませて・・・そうでやすねえ、到着は2時間後くらいになりやしょうか。それで?」
『ええ、良いでしょう。それではお待ちしています』
その言葉を最後にプツンと沈黙したモニターをしばらくキョウズイは呆と眺めていたが、やがて膝を軽く叩くと立ち上がって扉へと歩き出す。
「姐御」
「ん、何だい?」
彼の呼びかけでセリエアの手がとまったことで、ユーマはホッと小さく安堵の息を漏らした。
「出発の準備をしてきやすんで、姐御はそのまま続けておいて下せえ」
「おい!」
しかし、その安堵は続かなかった。ユーマから強張った顔を向けられたキョウズイは露骨に顔を逸らす。
「良いのかい、ありがとう。じゃあ・・・」
対照的に、セリエアはキョウズイに対して礼を述べると、そのままの笑顔でユーマへと向き直る。
「ボクはこの朴念仁と『お話し』してるから、宜しく頼んだよ」
「へい」
ヒラヒラと手を振りながら、キョウズイはコントロールルームを後にする。
(まあ・・・姐御も自分の想いに踏み込んだ話は出来はすまい)
結局、そこそこの段階で真っ赤な顔のセリエアがユーマを引っ叩いて終わるだろう。そう思って廊下を歩く彼の背後でパアンと乾いた音が響いたことに「早かったな」と苦笑しつつ、キョウズイは仕事へと考えを巡らせた。
「さて・・・今度はいったい、何が待っているんでやしょうねえ」
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