第3節

幕間小話 The revolution like democracy

 バタバタ、バタバタと乱雑な足音が王宮に響く。

 その足音の主はキョロキョロと辺りを小忙しく見遣りながら、ある1人の軍人を見つけると僅かに表情を緩め、足早に彼へと近づいて行く。

「騎士団長!」

「おお、執金吾(しつきんご ※非常事態への対応官)殿!どうだ?」

「分からん。が、収まる様子は無いな。むしろ、どんどん大きくなってきてるのは間違いない。最悪のケースを想定せねばならん」

「そうか・・・・・・。俺は取り合えず、王門で騎士団の指揮を執る」

「頼んだ。いくら暴動の徒としても、皆すべて陛下の民だ。陛下の牙たる騎士団にその手を汚させては、王へ顔向け出来ん」

「万全は尽くす。お前は・・・」

「任せろ。俺は動座の調整を」

「・・・頼む」

 軍服姿の男と貴族服の男、2人は真剣な顔で頷き合うと、再びバタバタと立ち去って行った。

 末法の世、古老ならばそう表現するかもしれない。

 静謐であるべき王宮に雑音が響き、礼節をかなぐり捨てた男たちは走り回り、そして、本来それら無礼を咎めるべき近臣たちは皆、青白い顔を俯かせて黙った切りだ。

「・・・なんとも」

 そんな光景を玉座の上から眺めつつ、彼らの主君にしてその座の主、国王スワニスタス・ヴォン=クロノスはさめざめと溜息を吐いた。

「なんとも、無様なことであるな」

 そう言って被りを振るうスワニスタスもまた、頬はげっそりとこけ、昨日まではピンと張っていた口髭は無残に萎れて胸元へと垂れてしまっていた。

「国王陛下」

 そんな中、先ほど軍服姿の男と情報交換をしていた貴族服の男が舞い戻り、深々と礼をした。

「まず、謝辞を。我らの非才なるがせいで王の宸襟を騒がせてしまい、面目次第もありません」

「よい、フラナレク伯。それよりも・・・」

「は。慈悲あるお言葉を愚昧なるオルトース=フラナレク如きに下さり、慚愧の念に堪えません」

 再度、オルトースは深々と頭を下げると、「では・・・」と言葉を続けた。

「まず、王宮へ寄せて来ている民たちについて。現在、ポマルツェ騎士団長を中心に説得が試みられております。更に、これ以上の混乱を起こさせぬべく、ロズナレフ副団長自ら別動隊を指揮し、扇動者の緊縛へと動いておる模様」

「扇動者・・・か。我が聡明なる民たちが容易くそのような手合いの口車乗ったとは、いささか信じ難いが・・・。そ奴は何者なのだ、いったい?」

「は。何でも帝国人が言う『渡り人』だとか。昨年でしたか、王に無礼な弁を働き追い出された手合いに」

 その言葉に、初めは「はて?」と首を傾げたスワニスタスであったが、やがて「・・・ああ!」とポンと手を打った。

「そう言えば、そんな奴もおったな。では、そ奴が?」

「は。下級貴族や青年将校らを扇動し、その扇動に乗った貴族らが民衆を扇動して、続々と王宮へと詰めかけさせております。無論、一時の騒ぎに過ぎぬでしょうが・・・」

 そこで一旦オルトースは言葉を切ると、痰が絡んだような空咳きをした。

 言いたくない。けれども、スワニスタスは目線で「続けろ」と命じた。

「が、万が一、王の身に間違いがあってはなりませぬ。ここは騒動が落ち着くまで、西方の離宮へとご動座頂く訳には・・・」

「「「フラナレク伯!」」」

 発言された内容に、それまで俯いた切りだった近臣の何人かが慌てて顔を上げ、非難するような調子でオルトースを呼び止めた。

「伯よ、それは!?」

「いくらなんでも、大袈裟では!?」

「いかに卿が執金吾とて、我らへの協議も無くそれは!?」

 静寂から一転、蜂の巣を突いたような大騒ぎとなった玉座の間を鎮めたのは、スワニスタスの発した「良い」の一言だった。

「へ、陛下!?」

「良い、フラナレク伯。しかし・・・それを欲するのならば、取り繕わずに申せ」

「は、はは」

 取り出したハンケチで額を拭うと、オルトースは居住まいを正して、

「では、申し上げます」

 と、腹蔵ない事実を述べ始める。

「まず、民たちの説得を行っているのは事実であります。しかし、民たちは皆高揚しており武器をも携行しておりますので、説得に今すぐに耳を貸すかは難しいところがあります」

「うむ」

「して、扇動者一味について。彼奴らの頭領は自らを『プレジデンテ』などと名乗り、国民議会とやらを勝手に召集し、そこで出した決議を民意と称して陛下のご退位を要求しております」

「う、うむ?済まぬ伯よ。ぷ、ぷれ・・・?」

「『プレジデンテ』なると。何でも、その『渡り人』が申すところの『民衆の王』なる意とか。正直、小生の如き古物には理解の及ばぬところでありますが」

 古物と称するものの、オルトースはいまだ30代半ば。政治の世界では若輩もいいところだ。

「しかし陛下、問題はそこではなく・・・」

「分かっておる。民は鎮め難く、扇動者どもは自らを『王権者』として振舞っておる故に捕縛も難しい。そういうことであるな」

「は」

 オルトースとしても、非常に心苦しい話だ。亜種連合との戦争も終わり、スワニスタス王の治世の中でクロノス王国はゆっくりとだが、良い方向へと向かっていたはずなのに。

「・・・孤(わたし)の不徳の致すところであるな」

「は?い、いえ陛下!?決して、決してそのようなことは!」

「良い。孤も取り繕ってはおれぬ。して・・・先の動座の件だがな、フラナレク伯。貴殿の思うがままに進めよ」

「は。では」

 礼もそこそこに踵を返し、立ち去ろうとしたオルトースが止まる。

「ん、どうしたフラナレク伯?」

 その、王からの呼びかけにも、オルトースは応えることが出来ない。何故なら、彼が見たのは玉座の間へと一直線に向かって来る一団の姿。その目が捉えたその連中が高らかと掲げる、先ほど別れた騎士団長の、首級。

 そして、その不審な態度に気付いた近臣たちもそちらの方へと目をやり、皆、その場へと崩れ落ちた。

「国王陛下・・・その」

「うむ。最早、是非も無い、な」

 辛うじて我が身を保ったオルトースとスワニスタスの元に、意気揚々とその集団が姿を現した。

「どうも、国王陛下。・・・お久しぶりですな」

 その先頭にいた変わった服装をした男が、ペコリと軽く頭を下げてそう言った。

「はて、誰であったかな?」

「ッ!」

 顔を強張らせたその男に代わり、騎士団長の首級を掲げていた軍服姿の男が口を開く。

「どうも、ごあいさつですな、陛下。私どものような下賤の連中なぞ、覚えてもおれぬということですかな?」

「貴様は知っておるぞ、確か・・・ヨーゼフ・ヴァルミア大尉だったな」

「おや?これは、これは・・・覚えていらしたとは」

「勿論だとも。何しろ、大した功績も無いのに騎士団を分派させて、それを指揮させろなどという進言をしてきた変わり者だからな。忘れろ、という方が難しいわい」

 そのスワニスタスの指弾に、今度はヨーゼフが黙りこくる。

「で・・・何の用かな、諸君?孤も、これで忙しい身なのだがな」

「お忙しい?それはいけませんな」

 黙り込む2人を掻き分けて、平服姿の男が顔を出す。

「王が忙しいとあるのは、ひとえにその臣下が使い物にならぬからでありましょう。つとに・・・こんな、王の危機に腰を抜かすばかりの役立たずでは、ね」

「何が、言いたい?」

「簡単な話ですよ。私どもは陛下を、そのような多忙から救って差し上げるのです」

 そう言って、男は仰々しく両手を広げる。

「陛下はその椅子を私どもの『プレジデンテ』に譲り、土を耕して余生を過ごされれば宜しい」

「貴様、不敬であるぞ!」

 反射的に男へ掴みかかろうとしたオルトースを、控えていた他の者たちが弾き飛ばす。そして忽ちに縛り上げられた彼を男は軽くつま先で蹴りつけると、転がる彼のその胸へと短銃を突き付けた。

「小賢しい収奪者め。父祖からの報いを受けさせてやろう」

「待て貴様、殺してはならぬ!」

「残念ですがね、陛下。私が従うのは『プレジデンテ』で、貴方では無いのです」

 パアン、と乾いた音が響き、王宮の床は赤い液体で汚された。

「これで良し。お前ら、片付けろ!」

 男がそう命じると、2人の粗末な服装をした男がオルトースの頭と足をそれぞれ持って、まるで荷物のように運び出す。そこには故人への一片の思いやりもなければ、殺されたことに対する憐憫も感じられなかった。

「さて、続けましょうか?」

「いや、もうよい。だが・・・貴殿らに1つ、問いたい」

「何でしょう?」

「孤を廃し、孤の忠臣を廃し、王宮へ土足で乗り込み。貴殿らはこの国をどうしたいのだ?」

「決まっているでしょう。王や、高級貴族といった代々受け継がれし高位者などでは無く、民草から選ばれし選良が国家を導くよう、世界を変えることです。それを・・・」

 再び、男は大きく手を広げる。


「それを、こう言うそうです。即ち『デモクラシー』と!」


 

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