第30話 The end of obsession

「・・・どうもな」

 傍から聞けばなんてことの無い、ユーマの独り言。しかし、仮にそれを傍から聞いていた者がいたのなら、きっと仰天したことだろう。

 何故ならその時、エフリードの周囲には多数の魔導弾が着弾していたのだから。

 バリアで守られているとは言っても、その防御が万能で無いことはモニター上に警告音と共に表示される<Barrier:condition emergency>の表示が物語っている。そして、魔導弾を撃ち込まれているエフリードの後ろから、迫るもう1騎の魔導鋼騎。

 まさに、絶体絶命の状況に違いない。

「独りだと、思いつくのはこんな手ばかり。逃げるフリばかり上手くなってしまうな、これでは」

 しかし、そんな状況にもかかわらず。まるで後方の指令室にいるかのように独り言ちつつ、動揺もせず後方から接近する騎影を見ていた。

「まあ、だからこそこうして追って来てくれるのであれば・・・うん、良しとしようか」

 彼が自らのたてた策において懸念していたのはただ1つ、バリアが限界を迎える前に、接近する鋼騎が望む位置に到達してくれるかどうかだ。

 そこだけは賭けで、そして、彼は賭けに勝った。

「良し!」

 マップに示される光点が魔導弾砲を撃ってきている鋼騎と一直線に並ぶ、ホンの直前。ユーマは脚部スラスターと四肢を振るった慣性を最大限に利用して、エフリードの進行方向を270度強引に変える。

 そして、エフリードの正面が丁度重なる2騎へと向いた、その瞬間。今まで沈黙してた背部メインスラスターに火を噴かす。

「それ!」

 今までの足の遅さが嘘のように、暴風を纏ってエフリードは突き進む。

 その先にいる片腕の鋼騎は初めこそ立ち竦んでいたものの、直ぐに我に返ったのかその山刀をエフリードへと投げつけてきた。

「意趣返しか?」

 無論、そんなことはソウシの理由の1つにすら上がっていない。ただ、先のユーマと同じく相手の勢いを利用しつつ、且つ不意を突ける絶好手としてそれを行ったに過ぎない。

「まあいい、貰うぞ」

 ただ違うのは、それを向けられた相手、その技量と性根だ。ユーマはそれをまるでボールパスのように右手で掴み取った。それも刃を避けて刀身を摘むという、一言で言って『頭のおかしい』取り方で。

 常人ならなら勢いを緩めないのなら回避することを選ぶだろうし、掴み取るとすれば猛進の勢いを緩めるだろう。しかし、彼とエフリードの選んだ道はその両方、掴み取り且つ、スピードは緩めない。これまで幾度となく敵の射撃をバリアやシールドでカウンターしてきたユーマからすれば、投げ込まれた山刀にタイミングを合わせることは容易くは無いが不可能でも無い。

 とは言え、少しの過誤が死につながる戦場では無謀な選択であることは間違い無い。

「1手、楽になったか。いや・・・2手、だな」

 しかし、その無謀ともいえる選択は結果として彼らを救った。残った左手を突き出してエフリードを捕えよう、最低でも動きを止めようとしたソウシの試みは、彼がその行動に出る前にエフリードと接触したことで水泡に帰した。

「ホップ」

 それも、ただの接触では無い。互いの距離があと数十メートルとなった距離で、エフリードは跳んだのだ。そしてそのまま、山なりの軌道を描き跳び迫るエフリードは衝突する直前で騎体中のサブスラスターを総動員して、更に軌道を変える。

 それはまるで、中空で踊るような動きだった。

「なあ!?」

 そんな、驚嘆が聞こえるかのような棒立ちを嘲笑うかのように、エフリードはその右足を以て頭部を踏みつける。

「ステップ」

 前面にしか装甲化されていない頭部が数十トンもの重量に耐えきれるはずも無く、無残にもぐしゃりと踏み潰された。そして、ユーマはそのソウシ騎を踏み台にして、更に大きく跳躍する。

「ジャンプッと」

 対して、頭部を真上から踏み潰されたということは、その構成材が胴体へとめり込んだということ。その中でも首を支える大きなシャフトは不幸にも折れ曲がることなく胴体へと突き刺さり、内部構造を滅茶苦茶に破壊する。

「ソウシを踏み台に!?」

「そんな!?カクトンさ―」

 足下で巻き起こった魔導炉の大爆発に押されるかのように、エフリードは更に大きく跳躍する。そして、

『・・・ル1、ドゥンゲイル1、聞こえるかい!?』

「ん、通信?・・・ああ、魔導力によるジャミングから逃れられれば・・・」

『そんなことより!』

「ああ。・・・おっと!」

 小刻みにランダムな制動を行い、真下から迫りくる魔導弾を回避する。流石にこの距離で、この弾速の攻撃を避けることは難しいことでは無い。

「と、いう訳だ。手短に頼む」

『わ、分かったよ!ええとね、敵の狙いが分かったらしいんだ。それは・・・』

 慌ててか、多少脈絡を得ない部分はあったものの、手短に伝えられた敵の主眼とその顛末を聞いたユーマは意地悪く微笑んだ。

『・・・と、いうことらしいね。分かったかい?』

「ああ。精々、上手く使わせて貰うさ。それと、連絡はそれを行う余裕が出来てから、こっちから行う。それまでは・・・」

『うん、分かった。じゃあ・・・頑張って』

「勿論だ」

 そう、安心させるよう努めて優しい声音に戻し、ユーマは通信を切った。

「・・・さて」

 ここから先が正念場。中高度まで上昇していた騎体を、再び大地目がけて猛進させる。だが、その目標は敵魔導鋼騎・・・では、無い。

「予想が正しければ・・・そこだ!」

 半ばまで降りてきた段で、ユーマはさっき貰った山刀を地面、先ほどマップにうっすら表示されたライン目がけて放り投げる。それと同時にエフリードの向きを180度回転させ、バリアを展開。撃たれるであろう魔導弾へと備えた。

「来たか!」

 想定通り、エフリードの丁度真正面から魔導弾が光来し、バリアによって阻まれる。

 距離が今までよりも近かったこともあるのだろう。減衰していないエネルギー弾の威力はユーマの想定を大きく上回っており、直撃を受けたバリアは光弾を弾くと同時に掻き消えた。モニター上には高負荷による再展開不可を示すメッセージが表示される。

「くっ!?」

 そして、その衝撃力もユーマの想定以上だった。ただでさえ足を踏ん張れない空中でその攻撃をまともに正面から受け止めさせられたエフリードは、後ろへ大きくノックバックさせられる。エフリードはズズズと大地を削りながら着地し、敵騎と正対した。

「さて、と」

 転ばなかったことに安堵しつつ、ペロリとユーマは舌で口の端を舐め、そう呟く。

 彼の予想が当たっていなければ、バリアが再稼働出来るまでに第2、第3の光弾がエフリードへとお見舞いされるであろう。そして、それを防ぎ切る手札は、今のユーマには無い。

「・・・・・・・・・」

 だから、敵騎がいるはずのポイントを、ユーマは見つめる。一瞬の発射光すら見逃さぬように、瞬き1つせずに。

「・・・・・・・・・」

 1秒、5秒、10秒。そしてそれ以上経っても、光弾は発射されてこない。

「・・・ふ、はあ!」

 視線は逸らさぬままに、ユーマは大きく安堵の息を吐いた。解き放たれた緊張からか、体中からタラタラと一斉に汗が流れ出る。しかし、安堵してばかりもいられない。視線を敵騎へと向けたまま、ユーマは短波通信のボタンを押した。

「・・・さて、聞こえるか?」

 そう投げかけた数秒後、雑音混じりの男の声が届く。

『・・・聞こえる。何をした、貴様』

「電源と繋がっているコードを切った心算だった。が・・・どうやら当たりだったようだな」

『良く分かったな』

「勘だ。だが、奥に感知した熱源と繋がるような反応と、理論上ありえない魔導弾砲の連射くれば、予想はつく」

 チィと忌々しさに溢れた舌打ちが、通信機越しに響いた。もっとも、ユーマがそう感づけたのは類似の品をアニメで見ていたからで、要はカンニングしたようなものだから、あまり誇れたものでも無いが。

『・・・で、それを伝えて、貴様はどうしたい?』

「カクトンと言ったな。投降しろ、お前たちは負けたんだ」

『負け?いいや、まだ・・・』

「既に、公会堂を襲撃しようとしたお前たちの別動隊は壊滅した」

『な、何だとお!?』

 そのユーマの言葉に、それまで辛うじて取り繕われていた敵騎者の態度から、残されていた余裕が失われた。

『馬鹿な、キュウィル!そんなことが・・・あり得ん!!』

「事実だ。鋼騎で機動戦力を釣り出して、空白となった本丸を歩兵で奇襲というのは、策としては見事だったがな」

 だが、奇襲は飽く迄奇策の一種である。相手に見破られていれば、逆転する目は殆ど無い。

「この場に仲間は無く、他に公会堂を陥落させされる手も無い。もう一度言う、お前たちは負けたんだ」

 その言葉を噛み締めるかのような呻き声の他に聞こえる音は無く、コックピットを静寂が支配した。そして、その静寂がたっぷりと1分ほども続いただろうか。

「で・・・」

『・・・分かった』

 痺れを切らしたユーマの台詞を遮るように、カクトンが短く言葉を発した。

「何?」

『分かった、と言った。出て行くから待っていろ』

 その言葉通りに、ズンズンと足音を響かせて魔導鋼騎が月明かりの下に姿を現した。両腕と、肩口から生えたもう1対の腕を高らかに掲げた、まるで降参するようなポーズだ。

「投降、か?」

『・・・・・・それより、残る同志たちの身柄は?』

「安心しろ、とは言えんが・・・裁きの場くらいは、与えられるだろう」

 ユーマは察するのみだが、キョウズイのいる戦域の兵たちは恐らく満身創痍に近いはずだ。少なくとも、戦意の無い相手に対して追撃殲滅や現地での処刑を敢行出来る状態にはあるまい。

『捕虜としては扱われんのか?』

「それは、これからの心がけ次第だな」

 大人しく捕まってこちらの指示に従ってくれるのならそこまで酷い扱いにはならないだろうし、トーリスもそこまでサヂスティックな対応はすまい。

『そうか・・・』

「ああ。・・・おっと、そこで止まれ」

 会話しながらもズンズンと歩を進めてくるカクトンへ、慌ててユーマは制止を呼びかける。見たところ手に武装は無いようだが、相手は魔導鋼騎だ、油断は出来ない。

『ビビるなよ。武器は持っていないし、魔導弾砲はエネルギー不足で撃てんのだぞ?』

「それを決めるのは、俺だ」

 油断なく相手を見つめながら、ユーマはエフリードを敵騎へと近づかせる。バリアは未だ再稼働には至らないが、代わりにいつでもシールドを展開できるようにトリガーへ指はかけたまま、ゆっくりと近づく。

『そうか・・・・・・ちなみにだがな』

 そして、あと数歩を距離を進めれば接触できる距離になった時、不意にカクトンが語りかけてきた。

「何だ?」

『こういった経験は初めてか?』

「それがどうした?」

 意図の読めない発言に、ユーマは怪訝そうに眉を顰めて立ち止まる。

 普段の彼なら、敵が意味不明な行動をしてきた段階で対処行動に移っていただろう。しかし、敵は投降したと思ったことによる気の緩みと、捕えて他のテロリスト連中の抵抗を収めさせようという願望が、その手に操縦桿を動かすことを押し留めさせた。

 それを油断と呼ぶのは酷だろうが、確かにそれはユーマの油断だった。

『なあに、大したことじゃねえよ』

「・・・?」

『だがな・・・・・・・・先に騎者を降ろすもんだぜ、こういう時はなあ!』

 瞬間、それまで漫然と立っていた敵魔導鋼騎は途端に戦闘態勢に移ると、今までにない速さで目前から消えた。いや、それまでユーマはその魔導鋼騎の戦闘駆動を見ていないのだから、それを予期しなかったのはひとえにユーマの不明だ。

「糞、逃げるか!?」

 だが、だとしてもユーマも一廉の騎者だ。瞬時に気持ちを切り替えるとセンサーへと目をやる。

『ばあか、逃げやしねえよ』

 その目が恐るべき速さで接近する反応を捉えるのと、そんな嘲笑するような悪口雑言がお見舞いされるのと同時に、ユーマを大きな衝撃が襲った。


「かかったな、馬鹿が」

 その囁きは、刺々しさと毒々しさに満ち満ちていた。仮に言葉がカタチを作るなら、きっとそれは賢者ケイローンを射た毒矢の如き醜悪さとなるだろう。

 それを証明するかのように、口角を三日月状にキュッと歪めて嘲笑うカクトンの顔はキタキタと上気しており、相眼は爛々とした湿った光を放っている。

 それは主義者でもテロリストでもない。正に常軌を逸し、正気を無くした復讐者の顔だ。

「動くな、動くな。逃がしゃしねえよ」

 現在、紺色の敵騎の両腕は文字通りチェティリュカーの掌の中にある。サブアームの先にあるクロ―で捕らわれたその両腕はガキガキと何やら展開しようと試みているが、ガッシリと掴まれて果たせず惨めな駆動音を轟かせるばかり。

 ここで、魔導弾砲が撃てたなら勝負は終わっているのだが、生憎と搭載された魔導炉の出力ではそれに足りない。

「だが・・・十分だ」

 代わりに、くびきから解放されたチェティリュカーは恐るべき素早さと、背後から鷲掴みにしたまま離さないトルクを発揮していた。

「流石は魔導炉。亜種と帝国が生み出した混血児、正に悪魔の力か」

 それに、魔導弾砲で簡単に仕留めては甲斐が無い。カクトンは背腰部に隠し持っていた小ぶりの山刀を取り出し、ベロリと唇を舐め回した。無様に身じろぎを続ける、このソウシを殺した怨敵の背中。その哀れさに、カクトンの嗜虐のボルテージは更に上がり続ける。

「先ずは・・・そうだな」

 まずは腰部を切り裂いて抵抗出来なくして、コックピットの中でブルブルと震える騎者に突き立ててやろう。そう思い操縦桿を動かそうとしたカクトンに、接触回線にて通信が入る。

『・・・これが、最後だ』

「ああん?」

 それはやはり、このマンティクスの騎者からだった。

『投降しろ』

「ん、だとお!?」

『投降しろ、と言った。今ならまだ間に合う』

 ふざけたことを。今助けて欲しいのは自分のはずなのに、この騎者は飽く迄自分が上に立っている心算でいやがる。

「ふざけるな、俺たちの同志を、仲間を殺しておいて!」

 自分は死にたくないなんて、この騎者は何と傲慢なのだろう。湧き上がる憤怒に、カクトンの顔は赤黒く膨張していく。

「いいだろう、投降してやるよ。だが、それはお前を殺って、1人でも多くの帝国人を殺って、それからなら良いぜ!勿論、たんまりと爆弾もってな!」

『怨念返し・・・いや、最早お前自身が』

「そうよ、その通りよ!俺が、俺たちがキンツェフの怨念だ!」

 キンツェフの街、俺と、ソウシとキュウィルの故郷。そこを帝国は、亜種に占領されたからという名目で住民ごと吹き飛ばしたのだ。そこに住まい、偶々占拠された街から逃げ出せなかっただけの隣人、、親友、家族、同胞たちを跡形も無く。

「死んでいった同胞たちの無念を晴らす為に、俺たちは怨念となった!その無念の全てを、帝国人へと返してやるのだ!」

『そうか。・・・ならば、遠慮は要らんな』

 はあ?とカクトンが反駁する暇も無く、急にチェティリュカーが空へ舞い上がる。体重が何倍にもなったかのような重圧に、自然に「おおお」と喉から呻き声が漏れた。

「何だ、飛んだ!?」

 数十秒の思考停止的空白の後、カクトンはようやく現状を把握する。敵騎者は恐らく、チェティリュカーを振り解こうとしたのだろう、その常識外れの推力を使って直上へと飛び上がったのだ。

 だが、反射的にグッと操縦桿を握り締めたのが幸いした。彼が握り締めていたお陰でサブアームのクロ―も解かれることは無く、急上昇する敵騎に引き摺られる形でカクトンは空を飛んでいた。

「は、離さねえぞ・・・この野郎!」

 地に足が付かない浮遊感に、恐怖からか腰を抜かしそうになる。が、その恐怖に怯える心を復讐心で叱咤して、カクトンは操縦桿を握り続けた。

「コイツは、コイツだけは!」

 そうだ。コイツはソウシを殺した。ニジェール、ヘルメン、マークスンを殺した。その他の同志たちを、たらふく殺したのだ。

「百万回殺しても飽き足らん!」

 この手で、殺す。そう断じてカクトンは、自騎のスラスターを吹かして接近を試みた。敵騎ほどではないけれど、それでも魔導炉の大出力はチェティリュカーの鋼鉄の躯体を持ち上げるに十分だ。

 そして、あと数秒も吹かし続ければ山刀の攻撃範囲に敵騎を収められる、と思ったその時。

「おおおお!?」

 今度は急に、敵騎が下へと下がっていく。

 どうやら限界を迎えたのか。落ちていく敵騎へ引っ張られ、チェティリュカーのサブアームはギシギシと悲鳴を上げる。

「に、が、す、か!」

 敵は、必死に振り解こうともがいているのだ。そして、一度自由にさせればこの化物推力の鋼騎は、その加速力を使って逃げ去ることもチェティリュカーを翻弄することも自由自在となる。なってしまう。

「皆の仇だ、貴様は!ここで死ねえ!」

『だとしても、その妄執を通させる訳にはいかん』

「ウルセエ!」

 真っ逆さまになったチェティリュカーのモニターには、上下逆さまとなって相対する敵騎が大写しとなっていた。が、カクトンはそれに怯えるどころか、むしろ好機とニンマリと不敵に笑った。

「ミスったな、馬鹿が!」

 そう。チェティリュカーの位置取りが上になった以上、敵は上昇に転じても距離を離すことは出来ない。

「こ、こ、だ、あ!」

 ここしかない。自由落下に加えてスラスターを吹かし、一気に接近を試みる。ガタガタと振動しているのは自騎のコックピットなのだが、何故だかカクトンにはそれが、敵騎者が怯えているように見えた。

「トドメだ、死ねえい!」

 山刀を振り被り接近するチェティリュカー。そのモニターへ映し出される敵騎の胸元が、パカリと開いた。


 気持ちは理解する。

 警告音が鳴り響くコックピット内で、ユーマはそんなことを考えていた。声には出さないものの、敵騎者の抱える想いには感じ入るところはあった。

(・・・俺も)

 若し仮に、セリエアが無思慮に、無慈悲に、無分別に殺されたとしよう。ならばユーマは間違いなく、迷うことなくその殺したモノを殺しに行くことを考えるだろう。

 正気でいられるはずがない。

 胸を焦がす渇望に抗えるはずはない。

 喪失感を、それ以外で埋められるはずはない。

(・・・だが)

 だが、しかし、そうだとしても。同時にユーマは確信して言える、自分はそれを絶対に『行動に移す』ことはしない、と。それは法に触れるからとか、騎者としての心構えだとか、そんな安っぽい理由からでは無く、もっと本質的なもの。

(絶対に、アイツはそんなことを望まんだろうからな)

 だから。

 彼は胸を張って、敵が叫ぶ応報の願いを否定する。

「だとしても、その妄執を通させる訳にはいかん」

『ウルセエ!』

 急上昇と落下で振り解ければ良かったが、どうやら敵騎者の執念は想像以上のようで、その魔導鋼騎のサブアームはガッチリとエフリードの両腕に食い込んだままだ。

 シールドは使えず、バリアはまだ使えない。だから、ユーマの指は自然と次の手を選ぶ。セリエアの、彼の戦う理由がもたらした新兵器。胸部へ移したバリア発生機能を準用して、排熱で加熱した短いシャフト棒を斥力で打ち出す『鋼杭砲(スタイル・プロック)』だ。

 胴体に備え付けだし、ロクに銃身も無い、通常の戦闘距離なら演習場での不始末のように目晦ましにしかならない、気休めのような兵装だ。

(だが・・・状況次第だ)

 お互いが触れ合うような距離で、ましてや向こうから接近してきているのだ。外しようが無い。

「怨念なら、冥界に還れ!」

 その叫びとは裏腹に、ユーマは淡々とカクトンという男の妄執を打ち砕くべく、トリガーを引き絞る。発射された鋼鉄の心棒は、狙い過たず敵騎の胴体部へと直撃した。

「南無三!」

 そして、魔導炉への直撃によりパワーの弱まったサブアームを強引に振り解くと、ユーマはトドメとばかりに敵騎を真上へと蹴り上げる。


 その戦術的には全く意味の無い追撃は、果たしてユーマから己のifであったかもしれない存在への、最後の手向けだったのだろうか。チェティリュカーはその内に抱える騎者のどす黒い復仇の念とはまるで真逆な、華やかにも思える深紅の輝きとなって、爆散した。


「・・・・・・ふう」

 ズン、とひときわ大きな地響きを立てて、エフリードを着地させたユーマは少し考え込んだ後、セリエアへプライベート通信を送った。

「セリエア」

『うわ!キミ、名前・・・ああ、プライベート通信か。吃驚した』

「聞きたいんだがな、セリエア。仮に、お前が何の謂れも無い理由で殺されたとして・・・恨みを晴らして思うか?」

『なんだい、不吉な話を藪から棒に?』

「いいから」

『良く無いよ。うん・・・・・・そうだね、思わないと思うよ、ボクは』

「だろうな」

 そうだ。彼女は宇宙(そら)を目指す者だ。恨みを抱えて、地を這いずるような者では無い。

『だから、ユーマ』

「ん?」

『仮にそうなったとして、キミが何をどう感じるかは、キミの自由だ。けれど、それは飽く迄キミの悲しみ、キミの恨みだ。ボクを言い訳に使っちゃ困るよ』

 聞いていたかのような、見透かしたかのような台詞を、セリエアは紡ぐ。

『それにユーマ、それはキミも同じだろう?』

「まあな」

 当然、ユーマもそんなセリエアの清廉なる魂を、自分が殺された復讐の念如きで地に落としたいとは思わない。

『それよりユーマ、状況は・・・』

「セリエア」

『え?』

「ありがとう」

 それだけ早口で伝えると、ユーマは困惑でポカンとするセリエアを他所に、通信を切った。

「・・・宇宙を目指す、か」

 そっと、ユーマはエフリードのシートを撫でて、カメラを上へと向ける。そこには先ほど爆散した魔導鋼騎の残滓だろうか、チラチラと赤い光が月明かりに反射して見えた。

 そして、その奥に眩く光る月と星空の存在も。

「お前の目的が、そこを目指すことなら、エフリード。俺も、それに見合う存在でなければならんな」

 未来のことなんて分からない。ましてやユーマは渡り人、いつの日か彼女たちと別れて自分の世界へ帰る者だ。

 だが、それでも。この世界でセリエアと、エフリードと共にある内は、ありたいと思う内は、同じくありたい。


 ユーマは空を見上げながら、そう誓った。

 

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