第29話 He detect enemy's real colors

「良い思い切りだ」

 弾切れらしい機関砲を景気よく投げ捨て山刀を振り被り吶喊してきた鋼騎に対し、ユーマはそう評した。勿論、評するだけではない。

「よ、とと!」

 思ったより勢いの乗った一撃を、辛うじてバックステップで躱す。鋼鉄の足が大地を削り、土煙が闇夜に舞い踊る。

「そこ!」

 回避により崩れた姿勢を無理やりスラスターで立て直し、敵騎へカウンターを叩き込もうと試みる。が、そのユーマの思い切りは飛び来る光弾によって挫かれた。

「ッ!・・・猪口才な手を」

 1騎が近接武器で切り込んで、その隙をもう1騎が光弾でカバーする。教科書的な戦術だが、それだけに単騎で相手をせざるを得ないユーマには効果が抜群だった。

「素人と侮り過ぎたか」

 自身の見通しの甘さに、思わず苦笑が漏れて出る。大見得を切って会敵してより数十回、トドメを刺しきれず繰り返される攻防に、流石のユーマも焦りを禁じ得なくなってきた。

「しかし・・・どうも気にかかる」

 だが、それと同時にユーマの中には、言葉にするには難しい違和感が芽生えていた。今の攻撃もそうだが、仕掛けてくる割には敵の挙動からは『絶対倒す』という気概が薄く感じるのだ。1手押し込めばイニシアチブが取れるような状況でも、その1手で生じるリスクを忌避して逃げの手にでる場面が何度かあった。

「分からんな。・・・ドゥンゲイル0。敵騎について何か分かったか?」

『・・・ザザ、こ・・・らドゥンゲイ・・・』

「糞、ノイズが酷くなったな」

 加えて、敵の光弾による魔力残渣の影響か、通信障害まで引き起こされるというオマケ付きだ。鋼騎間の短波通信には影響しないので、不利益を被っているのは実質ユーマ独りだけ。

「なら・・・これでどうだ?」

 だが、それで手も足も出ないようでは魔導騎者の名が廃る。幸運なことにユーマは先のヤムカッシュ要塞戦で件(くだん)の通信障害は経験済みだ。通信を別の地点を経由するよう切り替えて、且つ波長の強度を強くする。戦闘中にやるようなことでは無いが、やらなくてはならないのだ。

 そして、その努力は実を結ぶ。

『・・・ル1、ドゥンゲイル1!聞こえるかい!?』

「ああ、なんとかな」

 さっきまで雑音混じりだったヘッドセットからの音声は一変し、息を呑むセリエアの吐息すら聞こえるほどだ。ユーマも思わず安堵の息を漏らす。

 しかし、通信機の向こうでセリエアは恐らくユーマが利用した回線を見咎めたのだろう、途端に声を荒げた。

『あ!ちょっとコレ、ドゥンゲイル1!キミ、どこの回線を使って!』

「そんなことよりドゥンゲイル0、知恵を借りたい」

 セリエアからの苦情を丸ごと無視して、ユーマは眼前の攻防のデータをセリエアへと送った。そこには、迫りくる光弾をシールドで弾く光景が映し出されているはずだ。

『まったくもう!ええと、これは、一寸待ってね・・・・・・シールドへのダメージ係数とその時に生じた対消滅反応から・・・ん、間違いないね。これは『魔導弾砲(マギエムニツィオンカノーネ)』だよ』

「なんだそりゃ?」

『分かり易く言えば、魔力をそのまま弾にして飛ばしてるんだ』

「成程、ビームみたいなもんか」

『梁(びーむ)?何のことだい?』

「何でも無い。おっと!」

 どうやら、敵もパターンを変えてきたようだ。その魔導弾砲とやらが連続して撃ち込まれてくる。その連打を、ユーマは回避とシールドでの切り払いを織り交ぜて凌ぎ切った。

「危ない、危ない。それでだドゥンゲイル0、その『魔導弾砲』についてなんだが・・・」

『そうだね。この前戦ったヤムカッシュ要塞での魔導砲もそうだけど、魔力で出来た、若しくは魔力を纏った攻撃をバリアやシールドで受けた場合、対消滅が起こる。あまり防御を過信しない方が賢明だね』

 言わずとも、求めている答えが阿吽の呼吸で返してくれるのは有り難い。・・・もっとも、その内容自体はまったく有り難くないが。

「1発2発なら兎も角、真正面から吶喊するのは危険だな。で、その魔導弾とやらに弾切れはあるのか?」

『そこについてはその敵のデータが無いから、ボクからは何とも言えないよ。ただ、魔力を弾にしている以上、無限という訳にはいかないはずだけど・・・』

「今のところ、その気配は無いな。景気よく撃ってきているぞ、っと!・・・糞、キリが無いな」

『ああ、ドゥンゲイル1。少し良いかな?』

 その時、聞き馴染みの無い男性の声が不意に飛び込んで来た。

「誰だ?」

『ここの副指揮官をやらされている者だ。それでだな、ドゥンゲイル0の言う魔導弾砲自体は戦争後期から連合が実戦投入してきた兵器で、戦後は帝国でも研究が進んでいる代物なんだ』

「・・・それで?」

 指令室にいる司令官とは異なり戦っているユーマに、大人しく相手の教示を聞く余裕は無く、自然と物言いもキツくなる。

『それでだな。その、帝国で実用試験中の魔導弾砲は対人用でも数十発、対装甲用なら数発撃つだけでエネルギーは空っぽになる。魔導炉の性能に余程のブレイクスルーでも来ない限り、連合製でも同じだろうな』

「話が長い、結論を言え!」

 その苛立ちのせいでは無いが、つい冷静さを欠いた機動をしてしまい、敵騎の山刀にエフリードの肩装甲が切り裂かれる。この時ばかりは敵の消極性に救われたかたちだ。

『おっと、すまん。つまりだな・・・貴官が戦闘中の魔導鋼騎だが、理論上、それほどの連射は不可能なはずだと、それが言いたかった。小官の本職は技術畑でな、その辺りの情報は信用してくれていい』

「・・・成程、情報感謝する」

 しかし、実際に敵騎が撃って来た弾数は既に十発を越えている。

「して・・・ドゥンゲイル0、どう見る?」

『そうだね。どこかにボクたちが知らないファクターが絡んでいるのは間違い無いだろうけど・・・』

「・・・それが何か、か」

 少なくとも敵がテロリストな以上、帝国軍以上の性能を持つ兵器を運用出来るとは考え辛い。

(・・・なら、何かを見逃している、のか?)

 ふと、1つの考えがユーマの頭を過る。それは以前に坂崎の家で見たアニメの主役ロボットのエネルギー供給方法だ。

「ドゥンゲイル0、この辺りの熱源データをマップに表示できるか?」

『マップに?ええと・・・これでどうかな?』

 マップに表示された熱源は4つ。エフリードと敵の2騎、それと森の奥にある根拠地らしき地点だ。

『やっぱり、特段変わったものはないね。・・・困ったな』

「いや、十分だ」

 ユーマの眼が捉えたのは1点。魔導鋼騎の反応に隠れてだが、その地図上には森の奥と魔導鋼騎との間にうっすら、1本の筋が見えた。

『成程、こりゃあ・・・』

「そうだな、ドゥンゲイル2。恐らくはお前の思う通りだろう」

『・・・ボクには分からないケド・・・ま、いいか。後で説明してもらうよ、ユーマ』

「任せろ。だが・・・機を待っている余裕は無い、な」

 敵は切り込んではくるものの、変わらず一か八かの勝負にでる気配が無い。魔導弾砲を撃ち援護に徹するもう1騎の挙動も、ユーマの想像通りなら不自然は無い。

「こうも消極的な攻めに徹されては、仕掛けようが無いな」

 少なくともエフリードを仕留めなくてはこれ以上の進軍も撤退も不可能なのだから、本来ならリスクを忌避している場合では無いはずだ。なら、そこには何らかの理由があるはずだった。

『こちらの敵さんも、後退はしやしたが撤退はしていやせん。むしろ誘い出すのが狙いかと』

「なら、時間は奴らの味方か。・・・仕方ない」

 スウ、とユーマは息を吸い込むと、敵の配置をもう一度確かめる。

『何をする気だい、ドゥンゲイル1?』

「敵を誘う」

『・・・・・・成程。止めても無駄だと思うから、言っておくよ。無理はしないで』

「安心しろ。この程度を無理とは言わん」

 今まで経験した戦闘を思い返せば、今から行うチャレンジはむしろ安全な方だ。

『分かった、信じるよ』

「ああ」

 ではな、とユーマは通信を切る。無理やり繋いだ通信だから、というのも理由の1つだが理由としてはもう1つ、試してみたいことがあるからだ。

「さて・・・では、征くぞエフリード!」

 叫び、ぺダルを踏み込むユーマの意思と比例するように、エフリードのカメラアイが眩しく瞬いた。


「・・・中々粘るな」

 コードに溢れるチェティリュカーのコックピット内で、舌打ちしつつカクトンは呟いた。

「苦戦をすれば、直ぐに救援を呼ぶと思ったが。それなりに気位は高いらしい」

 それとも「傭兵への援兵は無い」とでも言われたか。いずれにせよ、敵は変わらずマンティクスの鋼騎1騎のみ。

『カクトン、そろそろ』

「分かっている!が・・・どうするか」

 腕時計に表示されている時間は、とっくにキュウィルたちの行動開始時間を過ぎている。それまでに敵軍を少しでも引き摺り出したかったが、そうは問屋が許さなかったようだ。

「已むを得ん、ソウシ」

『はい、カクトン。時間稼ぎは終わりですね』

「そうだ。同志たちが行動を開始している以上、コイツ1人にかかずらっている訳にはいかん」

『ではカクトン、援護を』

「うむ。魂の対価を、奴にも」

『成程、そういうことか』

 敵騎を倒そうという意気を削ぐかのように、若い男の声が通信機から飛び込んでくる。

「だ、誰だ貴様は!?」

『誰とは失敬だな。さっきまで話していただろうに』

「まさか、マンティクスの!ど、どうやって俺たちへ通信を!?」

『どうもこうも・・・俺もまさか、回線を115に繋ぎっぱなしとは思わなかったぞ』

 その言葉に、ハッとカクトンは通信回線の表示へ目をやる。

 迂闊だった。敵が回線を切断して通信を終わらせたこととソウシとの通話は短波通信を介して行っていたため、チェティリュカーの通信回線はそのままになっていたのだ。

「ま、まさか!」

『そうだな、よく聞かせてもらった。まあ、時間稼ぎが主眼だったのなら、俺の感じていた違和感も納得だ。ありがとうよ』

「聞いたな、コイツ!」

 カクトンは自身の不手際を棚に上げ、そう怒鳴りつけた。

『まあ、そっちがその心算ならそれでいい。こっちもこちらの心算で動かせてもらうだけだからな』

 そう言い残し、通信機は再び沈黙する。カクトンは苛立ち紛れに通信回線のダイヤルを殴りつけた。

『カクトン!』

「分かっている!生かして帰すな!」

 今はアイツ1人が知っているだけだが、それを敵本隊へ知られてしまえば彼らの、そしてそれ以上に散っていった同志たちの無念が救われない。

「この地点は魔導弾砲の影響で長距離通信は使用出来ない。逃さず、確実に仕留めるぞ!」

『ええ。他回線を迂回しての連絡は可能でしょうが・・・』

「そうだ!そんなことを、戦闘の片手間に行えるはずがない。奴は間違いなく、戦域外への離脱を図るはずだ」

 すると、そのカクトンの予想通り、敵騎は丁度チェティリュカーから距離を保ちながら移動を始めた。同心円状に回り込むようなその軌道の先には見計らったかのように盛り上がった地形が存在しており、そこに達することが出来れば魔導弾砲の射線から身を隠しつつ、一目散に公会堂へと逃げ帰れるだろう。

「・・・だが」

 しかし、その軌道を見てカクトンは口角を歪めて笑う。そして、それはソウシも同じ考えだったようで、通信機からは喜色の混じった声が聞こえた。

『カクトン、敵は・・・』

「そうだ、ソウシ。敵は地形の読みは及第点だが、こちらとの位置取りを考えるべきだったな」

 そう、確かにそのポイントまで到達出来れば逃げられただろう。だが、飽く迄そのポイントに達することが出来れば、だ。

「そおれ」

 敵騎の軌道を先読みして、カクトンは肩口から伸びるサブアームの掌から、魔導弾を撃ち放つ。狙う場所が分かれば暗夜のめくら撃ちでも存外当たるものだ。仄かに発光したことから、敵はバリアで防いだようだがカクトンの主眼は端から撃墜では無い。

『カクトン、敵の足が!』

「想定通りだ!一気に行け、ソウシ!」

『了解です!』

 彼の狙いは、敵騎の足止め。勿論直撃して撃墜出来れば万々歳だったが、さっきまでの戦闘結果から勘案してそれは諦めていた。だが、いくらバリアやシールドで防げようとも、生じる衝撃までは防げはしまい。

 更に、直撃しなくとも周囲へ着弾した魔導弾砲の衝撃波や土埃は、嫌がらせや足止めには十分だ。事実、モニターへ表示される敵の反応から見る移動距離は目に見えて鈍化している。

「よおし、そのまま泡食ってろ」

 そうして敵がワタワタしているところにソウシが間に合えば、敵の出方を完璧に潰すことが出来る。殺る気で攻めかかるソウシを、そのメンタルでどこまで凌げるだろうか。

『カクトン、見えました!』

「よおし、やれ!」

 そして、敵騎を追うソウシの位置が丁度、チェティリュカーと一直線上に並んだ、その瞬間だった。

「な!」

 敵騎の熱反応がいきなり増加したかと思うと、その軌道が逃げるようなものから一転、一直線にソウシへと突っ込んで来た。慌ててカクトンは援護をしようと試みたが、丁度ソウシ騎が影となり彼の射線を塞いでしまっている。

「まさか、そんな!?」

 高揚していた戦意が水をかけられたようにサアと冷められていくのを、カクトンは感じた。

 全ては敵の掌の上。そんな焦燥に駆られたカクトンは反射的にチェティリュカーの歩を進める。すると、

『・・・ザザ・・・って、待って下さいカクトン。私が一瞬でも押さえるので、そこを!』

 雑音の中、ソウシの悲痛な声が届く。

「ま、待てソウシ!」

『いえ、待ちません!ここで命を惜しんでは皆に、そして何よりキュウィルへ顔向け出来ませんから!』

 悲痛な、それでいて確固たる声にカクトンは二の句が継げなかった。確かにそうだ。別方面から陽動を兼ねた無謀な突撃を行ってくれた連中に、肉弾攻撃を敢行するキュウィルら決死隊、先に散っていった親衛隊同志たちを想えば、ソウシだけが命を惜しむことは許されない。

「糞!」

 遮二無二歩を進めたチェティリュカーの視界には、いつの間にか敵騎を阻まんと立ち塞がるソウシ騎の背中が暗視センサー越しにハッキリと見えていた。

「ソウシ!」

 そのソウシ騎へ、カクトンは悲しみに歪んだ顔で照準を合わせる。友軍、そして無二の友人へ狙いを定めることが、こんなにも辛いことだとは。

『・・・ああ、来る!後は頼みます、カクトンさん!』

 最期を覚悟してか、昔に戻ったようにカクトンを呼ぶソウシの声に、「逃げろ!」と叫びたくなる喉を必死に抑える。

 友を撃つと同時に、敵を討つ。しかし、そんな悲痛なカクトンの覚悟を嘲笑うかのように、敵はその上を越えてきた。

「な、ソウシを!?」

 そう、敵騎はソウシを文字通り、土足で踏み躙ってきたのだ。

 

 


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