第28話 Tactician fall down another's tactics

 ユーマとカクトンが舌鋒で火花を散らしていた、一方そのころ。

「・・・んん?」

 別の場所でも動きがあった。

「何だ、ありゃあ?」

 公会堂正門の守備をしていたワツトルは、怪訝そうに目を細めて声を漏らした。

「どうしたワツトル?」

「どうしたもこうしたもあるか、ジュールゥ。変なのが来たぞ」

 そこには、正門前広場へと入り込んで来た1台のトラックがあった。戦中に粗製乱造されたタイプで、ただでさえオンボロなのに加えて積載超過でもしているのか、ヨタヨタフラフラと危うげに見える。

「どこの馬鹿だ、こんな時に」

「戦闘に巻き込まれちまったのかな、不運な奴だ」

「そういうことじゃ無い」

 どこか他人事のように呟くジュールゥの脇腹を、ワツトルは銃のストックで軽く殴りつける。

「痛ってえ!」

「忘れるなよ、今は戦闘中なんだぞ」

 今も、彼らの後ろにある公会堂の裏からは、引っ切り無しに爆音が響いている。この場の警備任務をワツトルたち2人きりで任されているのも、それ以外の人員は全てそちら方面へと回されているからなのだ。

「平気だって。こっちにゃ来ないって指揮官殿も言ってただろ?」

「だとしても、だ。油断は禁物だぞ」

「へえ、じゃあどうする?見に行くか?」

「決まっているだろ、そうだ!」

 呑気な調子を崩さないジュールゥに軽く苛立ちながら、ワツトルは銃を担ぎ直して歩を進めた。

「話を聞いてくる。お前はここで援護だ」

「あいよ。ま、何もねえと思うがな、俺は。賭けてもいいぜ」

「五月蠅い!」


「おい!そこのトラック、止まれ!」

 肩にストラップで担いだ銃を落とさないよう気を付けながら、両手を振ってワツトルはトラックへと制止を呼びかける。しかし、そのトラックのドライバーは止まるどころか前に進ませようとした。

 急なアクセルに、エンジンがボロロンとくぐもった悲鳴を上げる。

「おい、馬鹿!動くなと言ってるだろう、止まれ!止まらんと撃つぞ!」

 そう宣告し、担いでいた銃を構える。

 もっとも、それはただの脅しで撃つ心算は無い。彼らに支給された旧式の先込式非螺旋腔銃(スムースド・マスケット)は1発しか装填できず、その装填にも時間がかかる面倒な代物だからだ。

 すると、脅しが奏功してか、たちまちにトラックはその場で急停止した。割れたフロントガラス越しに見えるドライバーと助手席の男たちは皆、慌てふためき両手を上げている。

「そうだ、そのままだ!」

 油断なく構えたまま、ワツトルは運転席側のドアへと近づく。ちらと後ろを見れば、流石のジュールゥもキチンと銃を構えている。あれで、真面目にやれる男なのだ。

「ひ、ひえ!お、お、お願えです、旦那。う、撃たないで!」

「それは、今からの行い次第だ。さあ、降りてこい!」

「へ、へえ」

 ワタワタとドアを開け、降りてくるドライバー。その奥に座ってた男も両手を上げたまま、ビビッてシートにベッタリと背を押し付けたままだ。

 ただ、ガラスが割れているからだろうが両名ともに大きな塵除け眼鏡をかけ、口元を布切れで覆っているのがなんとなく気にかかるが。

「で、お前ら、どうしてここに来た?ここはガスステーションじゃ、無いぞ」

「き、来たくて来たんじゃねえんです!あっちこっちでドンドンバンバン、生きた気がしねえもんで・・・」

「あの渦中を抜けて来たのか」

 こんなボロ車で生き残れるとは、運の良い奴だ。

「それで、目的地はどこだ?」

「ヴ、ヴィーンの町で。ブルーセウムから来やした。で・・・旦那、あっしらはこれからどうすれば・・・」

「これから?決まっているだろう。回れ右して、さっさと出て行け」

「出て行けえ!?」

 縋り付くようにドライバーの男はワツトルへ詰め寄ると、彼を見上げながら懇願してくる。

「そ、そんな殺生な!あんな所に出て行けだなんて・・・お、置いて下せえよ旦那!ご、後生ですから」

「煩い、こっちは非常事態なんだ。身許も分からん奴を置いておけるか!」

 思わず、ワツトルの声も荒くなる。

(まったく、どうしてこんなのに手間をかけさせられなきゃならないんだ!)

 その時、助手席の男がおずおずと、助け舟を出した。

「あ、あのう・・・なら、あっしらの身元が分かりゃ、それで良いんで?」

「ん?・・・まあ、取り敢えずはな」

「だったら・・・おい、相棒!俺たちの身分証と、依頼主の大旦那から預かった伝票を見せるんだ!」

「あ!そ、そうですぜ旦那!それにゃ、あっしたちが身元正しい運送屋だってのが分かりまさあ」

 そう言うが早いか、ドライバーは後ろを振り向いてゴソゴソと荷物入れの中を漁りだす。

「おい・・・それとこれとは」

「まあまあ、待ちなせえ旦那。それと、出て行くにしてもドンパチのせいで燃料を無駄にしちゃいましてねえ」

「それは後で主計課に言え。まずは身分証の照会からだ」

 こんな奴らに恵んでやるのは業腹だが、それで出て行ってくれるのならそれでも良いかと、ワツトルは諦め混じりに自分を納得させた。

「おい、まだか」

 イライラと踵を鳴らすワツトルとは対照的に、ドライバーは「あった!」と叫ぶと機嫌良く振り向いた。

「旦那、これがあっしの身分証で」

 そう言って、男が突き出してきたのは書類でもカードでも無い、真っ黒な筒で。

「・・・は?」

「どうぞ、よく見て下せえ」

 それが、古色ゆかしいフリントロックピストルだと理解する前に、彼の前でパカン、と乾いた音が響いた。


「・・・へへ。主計課さんは、反乱軍にも燃料を恵んでくれるのかね」

 守備兵の死体を見下ろしながら、キュウィルは揶揄うように嘯いた。

「馬鹿言ってる余裕は無いぜ、同志キュウィル」

「そう言うなよ同志レイノー、冗句は人生の潤滑油だぜ。もっとも・・・その通りか。よし手前ら、作戦準備にかかれ!」

 号令一下、キュウィルがトラックの荷台を叩くとコンテナの扉が中から開き、そこから武装した一団が音も無く姿を現した。着こむ服装はバラバラで、手に持つ武装も短機関銃や機関拳銃、騎兵銃と様々だが、共通しているのは黒一色で統一されていることと屋内向けの装備という点だ。

「同志キュウィル、全員整列完了しました」

 そして、その一団は一糸乱れずに整列し、キュウィルの次の命令を待っている。その雑多な装備には似つかわしくない技量と練度だ。

「よおし。では同志諸君、我々は正面玄関から侵入する。ただし・・・」

「静かに素早く、ですね」

 ニヤリとニヒルに笑う隊長格に、キュウィルも同じように笑い返す。そして、それを受けた一団は言葉通り静かに素早く、正面玄関へと向かって行く。

「さて・・・と」

 その間に、キュウィルはさっき撃ち殺した衛兵の死体を漁る。もう一人いた衛兵は彼と同時にレイノーが射殺しており、その死体は彼が漁りに行っている。

「煙草、ガムは要らないから・・・お!身分証と許可証だ、やったぜ。あとは・・・拳銃は無しで、武装はこの銃だけか。畜生、シケてやがる」

 だが、この際贅沢は言っていられない。身分証と許可証をポケットに捻じ込み、落ちていた非螺旋腔銃を肩に担いだところで、さっきの隊長格が声をかけてきた。

「・・・同志キュウィル、問題が」

「どうした?」

「ドアが開きません。どうやら鍵がかかっているようで」

「これか?」

 さっき衛兵から奪った許可証を見せるが、隊長格は黙って首を振る。

「鍵穴から推察するに、どうやら本物の鍵のようで」

「・・・爆薬を持ってくるべきだったか」

 隠密作戦の心算だったので、そういった装備は全て他の連中に回してしまったのだ。だが、今更言っても始まらない。

「そっちはどうだ?」

 憚りながら少し大きな声を出して、レイノーへと問いかける。もっとも、さっき派手にピストルを撃って問題無いのだから杞憂かもしれないが。

 しかし、結果は無残なもので、レイノーも黙って首を振るばかり。

「チッ、業突く張りの見栄坊連中が。仕方ねえ、通用口に回るぞ」

 その言葉に隊長格がサッと腕を上げると、扉の周りに布陣していた同志たちは一斉に彼の元へと集まって来る。

「同志、どうします?」

「正面から堂々と、は出来ないようだ。だから通用口から侵入する。場所は・・・ここだ」

 広げた地図から、それらしき入り口を探し当てる。

「見たところ、車で運んで来た荷物を公会堂内へ運び入れるための搬入口だろう。鍵はかかってるかもしれないが、あの正面玄関より強固とは考え難い。質問は?」

「・・・・・・」

「無いようだな。よし、行動開始だ」

 揃った動きで行動する武装集団。彼らこそがカクトンの立てた策の要であり主力だから、親衛隊の中で最も腕の立つ連中を集めたとソウシは語っていたが、どうやらその目に間違いは無かったようだ。

「あとは・・・時間だけ、か」

 今頃、両方面から攻めかけている同志たちは一旦後退して、敵を誘引してくれているはずだ。そして、その結果として戦力的な空白の出来た公会堂を歩兵で制圧し、中枢を抑られ頭を無くした前線戦力を各個撃破。これが、カクトンのプランだった。

 つまり、その策が成功するかどうかはひとえに、今からのキュウィルたちの迅速な行動にかかっていると言えよう。

「同志、行きますよ?」

「おっと、すまないな」

 つい、思考に足が止まっていたようだ。急ぎ同志たちへと追いつくと、彼らは既に搬入口付近まで近づいていた。さっきまで彼が運転していたようなトラックを乗り付けて積み下ろしの作業が出来るように、壁を掘り抜いたような造りの搬入口。

 今は時間外だからか、鉄製のシャッターが塞ぐように降りている。

「この中だな?」

「はい。今、シャッターを・・・」

 しかし、同志たちがそれに手をつける前に、ガラガラと派手な金属音を立ててシャッターが巻き上がっていく。

「・・・あ?」

 そして、それに彼らが驚く間もなく。そこからまるでヒョイと鴨居をくぐるかのようにして現れた、1つの影。

「人・・・か?」

 否、キュウィルがジャンプしても届かないほど大きな入り口をくぐれるような巨人は亜種にも存在しない。では、答えは。

「ぷ、ぷ、鋼騎だ!」

 それは、誰が叫んだのやら。

「慌てるな、同志たち!先ずは散開して―」

 だが、そう命じかけた隊長格の同志はその後を続けることは出来なかった。

 その鋼騎の胸元の一部がカタンと開き、そこから一対の筒がニョッキリと顔を出し、そこがピカッと桃色に光った、次の瞬間には。

「ああ?」

 キュウィルの前にいた同志たち、つまりキュウィル以外の全員はその場から消え失せており、一面に深紅の染みが残るばかり。

「・・・あ」

 その発光色と、ツンと鼻を刺す鉄の匂いに混じる生木を燻したような香り。間違いない、この鋼騎が使ったのはカクトンの『インゼクト』と同じ、魔導弾砲だ。

 そして、それを装備できるということはコイツは魔導鋼騎に違いなく、肩に煌めく記章はマンティクス所属を示すもの。腕利きの魔導騎者が前線にも出ず、こんなところで待機していたということは、だ。

「・・・畜生、全部バレてたってのか」

 キュウィルの呻きは、絞り出すかのように呟かれる。

「糞!」

 急いで通信機を取り出すと、矢も楯もたまらず「おい、カクトン!聞こえるか、おい!」と怒鳴り散らす。が、向こうからの返事は聞こえず、ただザアザアと無慈悲な雑音だけが彼の耳朶を打っていた。

「糞、糞、糞、糞、くそおおおおおおおお!」

 もう、逃げられはしない。ならせめて、一太刀は浴びせてやらねばキュウィルの気が済まない。彼を選んだソウシの期待に応えられない歯痒さ、彼が成功すると信じて今も指揮を執っているはずのカクトンへの無念さが綯い交ぜとなった視線を、キュウィルは目の前の鋼騎へと向けて銃を構える。

「このやろおおおおおおおお!」

 だがしかし、彼がその咆哮と共に構えた銃から弾が発射されるより早く、キュウィルもまた他の同志たちと同じように1つの血だまりへと変貌させられた。


『・・・・・・報告としては、以上だよ』

「そうですか。それでは」

 受話器を置き、「ふう」と小さく息を吐いたトーリスの背後から、「・・・で?」と声がかけられる。

「どうなりましたの?」

「解決しました。準備の賜物ですね」

「・・・そういうことでは、無くてですわね」

「分かっていますよ、エクタシア」

 そう言って、トーリスはクルリと椅子を真後ろへ向けて回転させる。そこには先ほどの声の主、エクタシア=ヴィルトゥスフェス皇女殿下が腕を組んで壁にもたれかかっていた。

「正面から攻めかかってきていた鋼騎戦力は囮、それに目を向けさせている隙に武装集団によって敵中枢を占拠。種が分かれば古典的な手ですが・・・」

「ええ。それを戦力が乏しい反乱軍が実行できたというのは、いささか場が整いすぎです」

「もっとも・・・貴方のことですから、トーリス。その理由も御存じなのでしょう?」

 ええ、と如才なく頷くトーリスに、エクタシアは困ったように溜息を漏らした。

「貴方が他人から信頼されないのはそういうところなのですが・・・まあ、良いですわ。で、それは?」

「とある貴族が、反乱軍にリークしたようです。『皇帝陛下は夜会には臨席せず、代行者がそれに参加する』と。つまり、その貴族にとってこの襲撃の主目標は・・・」

「私だった、と」

 とどのつまり、トーリスすらこの事件についてはただのオマケだったと言うことだ。

「それで、その貴族の名前も割れているのでしょう?」

「それは、まあ。ですが・・・」

「言いなさい」

 言い淀むトーリスの言い訳を「問答無用」と切り伏せるエクタシアの言動に、今度は彼が困ったような吐息を漏らす。

「・・・農務卿ら一派の元締めであり、次期皇帝の椅子にもっとも近い男の母親です」

「つまりは私の大叔母、メイシャ女大公と」

「ワザとぼやかした、私の苦労を無にしないで下さい」

「あら?20年以上も一緒にいて、まだ私の気性を御存じなくて?それに、敵は倒すものですわ」

 エクタシアはそう言って「ホホホ」と笑うが、目だけはキッと虚空を睨めつけていた。その先に、脂粉と真珠粉で塗された『誰か』の顔を想定しながら。

「まだ、『敵』ではありませんよ」

「それは、そうですわ。飽く迄、あの方の心持ち次第。ですが・・・」

「が?」

「きっと、そうなります」

「それは、勘ですか?」

「ええ。女の勘は当たるものですわ」

 やれやれ、と肩を竦めるトーリスをさておき、エクタシアは「話は終わった」とばかりに出口へと向かう。彼女がこの部屋にいたことは、他の誰にも知られてはならないのだ。

 特に、彼女を追い落とそうと企む一派に繋がる者には。

「それと」

「はい?」

「さっきの報告、それだけでは無かったのでしょう?」

 しかしその間際、ドアへとあと数歩で至る所でエクタシアは急に歩を止めて、そう問いかける。

「分かりますか?」

「勿論。特に、貴方が隠し事をする仕草については、ハッキリと」

 困りましたね、とトーリスは頬を掻く。

「彼女、リィエラ君から一言。『これは人を殺すには強力過ぎる。もうこれっきりにしてもらいたい』と」

「二言ですわね」

「・・・そういうことでは。しかし、彼女も理解していると思っていたんですが。人を殺す手段に良いも悪いも無い、と」

「それは、命ずる側の理屈ですわ」

「ですがエクタシア。それで直接人を撃つのと鋼騎ごと撃つこと、そこに論理的な違いはありませんよ?」

「だから?それで、相手の気持ちを慮らずに効率だけで押し付けて、名実ともに御父上の後継となる御心算?」

 『御父上』。その言葉に、トーリスは初めて表情を硬くした。

「それは・・・」

「違う、と言いたいのでしたら、せめて気は使ってやりなさい。『夢も無く情も理想も無い、あんな人間にはならない』と、あの時の言葉が嘘で無いのなら」

 壁に顔を、つまりエクタシアへ背を向けたまま、トーリスは「ふう」と大きく息を吐きだした。

「分かりました、降参ですよエクタシア。しかし・・・敵いませんね、貴女には」

「当然です。貴方が口で私に勝てる道理はありません」

 同じようにドアに顔を、つまりトーリスへ背を向けたまま、エクタシアはそう勝ち誇った。

「・・・ちなみに、トーリス」

「なんでしょう、エクタシア?」

「貴方の夢は、まだお変わりなくて?」

 その問いに、トーリスは自信をもって頷いた。

「勿論ですよ、エクタシア。私の夢は変わらず、貴女を再び『サリィ』と呼ぶこと、それだけです」

「それを聞いて、安心しましたわ。ではごきげんよう、フェイル」

 最後に紡がれたその諱を残り香に、エクタシアは部屋を去って行った。

 そして、残されたトーリスは独り机に向き直ると、山積となっている課題へとその矛先を向けた。

 これを片付けることが、彼の夢へと繋がっていると信じて。

 

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