第26話 Encounering the enemy

「ふん、圧倒的ではないか、我が方も」

 コックピットのモニターに表示される戦闘推移を眺めつつ、カクトンはそう嘯いた。

「それとも、相手が弱すぎるのか。どちらにせよ、このままだと・・・ひょっとするかな、同志ソウシ」

『同志カクトン、楽観視はそれくらいに。それに、どんな腹積もりが奸臣共にあろうと、軍としては自領の騒乱へ対し、籠閑の徒で甘んじる気はないでしょう。直に援軍が来るでしょうから、『このまま』を待つわけには・・・』

「分かっている。で、その援軍の見込みは?」

『は。こちらを』

 ヒュン、とモニター上の地図がリンハイム近辺から、広域の地図へと切り替わる。

『この公会堂付近の警備所、つまりココとココはこちらの事前砲撃にて沈黙しました。従って、公会堂からの援軍要請に最も早く応えられるのはココ、ザルツリーツ基地の第7機動砲兵大隊かと』

 説明に従って、地図上にマーキングが表示されていく。これが戦時中にあれば、とカクトンの胸に暗い悔恨の影が差した。

『また、ゲルプルグ基地には機動戦闘団が2個配備されていますが、ゲルプルグ基地はベーレンへの道中です。従って、この部隊については皇帝の動向が計画通りならば皇帝警護に使用されるはずですから、特に考慮に入れる必要はないでしょう。・・・あの、同志カクトン、聞いていますか?』

「ん?ああ、すまん。それで同志ソウシ、その第7機動砲兵大隊とやらは、現着までどれくらいかかる見込みだ?」

『ザルツリーツ基地はここから約100㎞。加えて、当該大隊は装輪式の自走砲がメーン戦力ですから・・・山間の幹道を抜けてくることを加味すれば、3時間程度は猶予があるでしょう』

『それはそれは。帝国軍ともあろうものが、何とも間抜けな不手際ですな、同志カクトン』

「まあ、その部隊も本来は越境してくる敵軍への備えだろうからな。まさか帝国の野郎共もこんな帝国の内部をピンポイントに襲われるなどとは、流石に想定しておるまい」

 だが、と言いかけたカクトンは、慌てて口を閉ざす。

 この通信は他のメンバーへも流れているのだ。彼ら親衛隊(ヴァルディア)は現在リンハイム公会堂へ攻め寄せている数合わせ連中とは違う真の同志だが、それだけに無思慮に煽るのは良くないと考えたからだ。

『つまり、時間的猶予はあと2時間を切っています。公会堂の占拠や残存戦力の駆逐を考慮しますと、我々に時間的余裕はありません』

 そんな彼の心持を見透かしたかのように、長年の連れ合いはあえて自分から懸念を晒し出す。

「あまり同志の危機感を煽るな、同志ソウシ。今の俺たちに出来るのは、同志キュウィルの成功を待つことだけなのだからな」

『は。申し訳ありません』

 そして、さもその懸念をソウシ自身の危惧に矮小化して仲間の士気を保つようなやり方は、兵士であれた頃のカクトンの眼にはさぞ不細工に映ることだろう。

 その時、砲撃部隊の指揮官から連絡が入った。

「どうした?」

『で、伝令!森林地帯を抜け、こちらに接近する反応あり!ご指示を』

「反応だと?さっきの奴か」

 さっきの奴とは、馬鹿正直に自身の居場所を曝け出しながらノコノコ出撃してきた鋼騎のことだ。

『わ、分かりません!よく見えなくて、反応があることくらいしか。騎者の連中もそのように・・・』

 チィ、とカクトンは大きく舌を打つ。

『・・・同志カクトン』

「分かっている!兎に角、敵が何だろうと、さっきみたいにぶちかましてやればいい。出来るな!?」

『は、はい!』

 まったく、とドッカリとシートにもたれかかったカクトンに、プライベート通信のサインが灯る。確認するまでも無い、ソウシからだ。

「・・・なんだ?」

『カクトン。部下を委縮させてどうするんです?』

「分かっていると、言ったろう?」

 そう嘯いて、カクトンはコックピットにぶら下げているアミュレットを指で弾く。

『分かっていても、出してしまったものは戻りません。それに、彼ら素人を砲撃騎の騎者と選び任せたのは、貴方なんですから』

 まるでこちらの心の中を見透かしたかのようなソウシの言は、カクトンの心に突き刺さる。

(本当に、コイツは・・・ったく)

 勿論、彼の考えが分かり易いというのもあるのだろう。が、やはりこのソウシという男、もっと違う方面で活躍出来得る才がある。

「分かった。フォローはしておく。・・・ん?丁度そいつらから連絡だ、切るぞ」

 スウ、と冷静を保てるよう小さく深呼吸して、カクトンは通信を繋いだ。

「俺だ。どうなっ―」

 た?とカクトンが発するのを待てないかのように、指揮官は急ぎ口を開いた。

『だ、駄目です!当たりません!』

「何い?それは―」

『兎に角、映像を回します!』

 再び、こちらが言いかけた言葉に被せるように報告を飛ばして来る。それに少しムッとしないでもなかったが、彼に回された映像はそれを吹き飛ばすほどのインパクトだった。

 そこでは、紺色の鋼騎が木々の間を縫うようにしてこちらへと接近して来ていた。轟々とスラスターを吹かすその姿は先程の鋼騎と同様、自己の存在を大いにアピールしているようなものだったが、こちらが放つ砲弾は皆、その鋼騎の後ろへと着弾するばかり。

「無様な、よく狙わんか!」

 だから、カクトンの口からまず発されたのは、砲撃騎の騎者への叱咤だ。

『狙うなんて、出来ませんよ!』

「はあ!?」

『で、ですから同志カクトン。私の指揮下にある鋼騎に備わっているのは目標点を設定して、そこに砲撃を撃ち込む機能だけなんです!高速で動き回る鋼騎への対処なんて、そんなの!』

 最後の方は、最早悲鳴に等しい。

「その目標点の設定を、敵の移動先を見越して設定させれば良いだけだろう!」

『そんなの、彼らには出来ませんよ!』

 やらせろ、と言いかけて口を噤む。この男も真の同志ではないが、無能とは言えない男だったはずだ。それが「出来ない」と言うということは、本当に出来ないのだろう。

「高を括ったのが、裏目に出たか・・・」

『はい!?』

「何でも無い。それより、狙えないのなら無駄に撃たせるな。近接防御用の部隊は」

『じゅ、準備完了しております。あとは、射程内に入り次第』

「良し。だが、そいつらでも対処出来なければ、全部隊を退がらせよ」

 了解、とい返事が返ってきたことに一先ずは安堵したカクトンは、回線を先ほどの親衛隊のものに戻し、今の情報を共有した。

「・・・とのことだ、諸君」

『・・・成程。敵は単騎とは言え、真正面から堂々と吶喊してきた以上、何か成算あってに違いありませんね、同志カクトン』

「同志ソウシの言う通りだ。その為、同志諸君らも若しもに備えて、乗騎の戦闘準備を整えていて欲しい」

『・・・失礼ですが、同志カクトン。あの砲撃隊には自走式の機銃座も含めた、相応の近接防御用の部隊を配備していたはずです。流石に杞憂では?』

「同志マークスンの指摘も尤もだがな。ものには万が一、ということもある。そうなった時に準備不足で対処出来ませんは格好がつかんだろう?」

『それは・・・そうかも・・・』

「そういうことだ。では、他に意見は・・・・・・無いようだな。それでは同志諸君、宜しく頼む」

 そう、強引に議論を終わらせた格好のカクトンだったが、正直な話、突破されるのはまず間違い無いと踏んでいた。

 何せ、近接防御とは名ばかり。その実は対人用の機関銃が殆どで、対軽装甲用の機関砲すら僅かしか装備していない、正しく張子の虎だ。

『カクトン、申し訳ありません』

 そして、それを知っているのは彼と、こうしてプライベート通信を送って来たソウシだけだ。

『大型目標なら砲撃で潰せるだろうと判断して、鋼騎へ対処出来るような機関砲装備の殆どをあちらへ回したのですが・・・裏目に出ました』

「そう踏んで、高を括って、配備を許可したなら俺も同じだ。気に病むな」

『・・・はい』

「と、言っても病まないはずは無いな、お前の気性上。まあ、被害は止むを得んとして・・・俺たちの魔導鋼騎の性能実証と思えばいい」

『ですか?』

 ああ、とカクトンは半分は自分へと言い聞かせるように、強く頷いた。

「なにしろ、俺たちの魔導鋼騎は全てが横流し品だ。稼働試験は行ったが、実戦はまだだったからな。特に、俺の魔導鋼騎なんてのは・・・」

『その魔導鋼騎『インゼクト』は・・・亜種製、ですものね』

 加えて、試作騎の未完成品ときたものだ、試用の場はいくらあってもいい。亜種製ということは忌々しい亜種共の手を借りるようなものだが、そこを斟酌する気はカクトンにはない。

 彼の目標は、帝国ただ1つだ。

「だがな・・・」

『何か?』

「この『インゼクト』って名前は、どうもな」

『帝国共通語で、『虫』という意味だそうですが・・・気に入りませんか?』

 確かに、手足が合計6本のこの魔導鋼騎のネーミングとしては相応しいのかもしれない、が。

「安直が過ぎるな、流石に」

『成程、貴方らしい。では・・・『チェティリュカー』というのはどうでしょう?』

「クニの言葉で、『4つ腕』か。安直は変わらんが・・・ん、気に入った。今日からコイツは『チェティリュカー』だ。そして・・・」

『?』

「調子は戻ったようだな、ソウシ」

『・・・ええ。有り難う御座います、カクトン』

 そう言って、モニターへ映るソウシの顔は掻き消えた。そして、代わりに映るのは反射する、自身無さげな自分の顔だ。

「まったく・・・だからリーダーなんてまっぴらなんだ」

 だが、辞めることは出来ない。ソウシたち仲間の為にも、失われた皆の為にも、そして何より自分の心の為にも、絶対に。

「皆・・・見ていてくれ、俺は・・・」

 鋼騎の戦闘準備を進めながら、カクトンは目に入ったアミュレットへと囁きかける。

「俺たちは必ず・・・魂の対価を」


「騎兵隊のお出ましだ!・・・違うか」

 エフリードのコックピットの中で、ユーマは自分の独り言に自分で首を傾げた。

 前に坂崎の家で見た映画の中での台詞なのだが、この場面では相応しく無いような気がする。あと、どこか別の場所で誰かが言っている気も。 

「まあいい・・・っ、か!」

 危ない、今着弾したのはエフリードのほんの背後だった。爆風に煽られて、ガタガタと騎体が揺さぶられる。

「損傷は無し、なら・・・突き進む!」

 ぶれた姿勢を脚部スラスターで保ちつつ、メインスラスターを吹かして急加速。グンと速度を増したエフリードのメインカメラが捉える木々の列が高速で後ろへと流れてゆく。

「見えた!」

 稜線の向こうに断続的に灯る仄かな光は、発砲炎に違いない。その時、その稜線の手前からもチカチカとした光が走った。

「護衛か!?」

 正解とばかりに、咄嗟に展開したバリアの表面にはバチバチと、機銃弾が命中して弾ける音が響く。

「衝撃測定・・・豆鉄砲ばかりか。よし、行けるぞ!」

 脅威とならなければ、迂回はしない。一直線に稜線を飛び越える。不運にもその軌跡上にいた銃座兵は灼熱の噴流によってこんがりローストされていくが、それについてユーマは見ないことにした。

 なにせ、今からもっと酷いことをするのだ。

「ビンゴ!」

 そこには、肩口に大砲を据え付けた鋼騎モドキを含む、砲熕兵器が雑多に鎮座していた。それを操作する砲兵や指揮官らしき兵士たちはぼんやりと、滞空するエフリードを見上げている。

「おっと」

 見上げられるのは気分が良いが、うかうかとはしていられない。スピーカーを外部発信に切り替えて、ユーマは兵士たちへと呼びかける。

「死にたくなければ退さがれ!突っ込むぞ!」

 その呼びかけに対して、彼らの2/3ほどは持ち場を捨ててバラバラと、取るものも取り敢えず脱兎のように逃げだした。

 だが、残りの1/3ほどは尚も自分の持ち場にしがみつき、エフリードへと攻撃を敢行する。バリアに弾かれるばかりの、無意味な攻撃を。

「馬鹿野郎が。・・・警告はしたからな!」

 キッと彼らを睨めつけてユーマは、覚悟を決めた。

 陣地の中央部、指揮台らしきものが据え付けられた、最も開けている地点。そこにいた鋼騎モドキの1騎に狙いを定めて、バリアを展開したまま突っ込んだ。

『ああ!』

『うわああ!』

 衝突の直前に音響センサーが拾ったその悲鳴は、果たして誰のものか。

 ガアンという破壊音にも似た轟音を轟かせて、エフリードはその鋼騎モドキへほぼ直上からぶつかった。ただでさえ華奢な鳥足はその衝撃にあっさりと白旗を上げ、逃げ場の無くなった衝突のエネルギーは箱状の胴体部を押し潰す。リベットが弾け、千々に乱れた配線からはスパークがあちこちに走り、それが弾薬へと引火、大爆発を巻き起こした。

 更に、爆発から発した熱風と飛び散る火の粉がそこいらへ野積みとなっていた弾薬に引火し誘爆を引き起こし、付近は爆炎に包まれる。炎が、熱波が、様々な破片が、一帯にいる全ての生命を奪ってゆく。

 見た者は語ることだろう。それはまるで地獄へ送る葬送の業火のようで、その中央に立つエフリードはさながら悪鬼か悪魔のようだったと。

 もっとも、それを見て生き延びれた者がいたのであれば、だが。

「・・・これだから・・・これだから、テロリストは気に食わないんだ」

 ただ独り、それを間近で見ていたユーマはそう、苦々し気に吐き出した。

「次!」

 だが、ユーマに奪った命について考える時間はまだ、許されない。燃え盛る大地から逃れるように、ユーマは再びエフリードを跳躍させる。そして、見渡せばいまだに逃げようとしない鋼騎が2騎、センサーに浮かび上がった。

「まだ、抵抗する気か!」

 グン、とユーマはその鋼騎へと突撃する。が、その騎者は他の者たちより性根が座っていたらしい。猛進するエフリードから逃げることはせず、それどころかその砲を向け迎撃を行ったのだ。

「な!?」

 確かに自ら接近してくる目標なら、それを撃つのに細かい工夫は必要無い。ただ、砲をそっちに向けて引き金を引けばいいだけなのだから、行うは易い。ただ、さっきまでの様子から仕掛けてくるとは思わなかったユーマは1コンマ、反応が遅れてしまった。

「くっ!」

 間一髪。その砲撃を身を捩らせて躱すと、ユーマはそのままの勢いでその鋼鉄モドキを膝で蹴りつけた。気概はあれど腕は足りない素人騎者がその衝撃をまともに受けきれるはずも無く、鋼騎モドキはどうと歪に凹む胴体を露に仰向けに倒れた。

 更に、着地と同時に脚部スラスターを活用してもう1騎へと肉薄する。流石の大砲担ぎも目前に迫られては為す術は無い。辛うじて半歩、後ろへ退がるのが限界で、鋼騎モドキはそのまま腹部をエフリードのシールドに切り裂かれて、絶命した。

 勿論、中の騎者ごと。

「・・・すまん」

 ユーマがそう謝ったのは、騎者の命を奪ったからではない。それは、最期まで抵抗を諦めなかった戦士を侮っていたことへの謝罪だった。

「しかし・・・こうも簡単に蹂躙出来てしまうとは。ここも外れか?」

 セリエアの言う通り、キョウズイたちのところへ加勢する方が良いのかもしれない。そんな風に考えながら、ユーマが何となく落ちていた残骸を掴み上げた、その時だ。

「反応!?」

 そう、口を吐いて出る前に、ユーマの腕と足は動き出してた。襲来した砲弾は間一髪、エフリードが手放した残骸を直撃する。そして、咄嗟に展開し射点の方へと向けたシールドには、甲高い発射音の後に鉄杭のようなものが突き刺さる。

「コイルガンか!なら・・・こちらドゥンゲイル1、南部森林地帯に魔導鋼騎発見!」

 ここまで派手にドンパチやっていて、今更通信だけを隠し立てする必要は無い。ユーマはオープン回線でそう怒鳴った。

『こちらHQ、本当か!?』

「本当だ。少なくとも、コイルガンを装備出来るような兵器を俺は魔導鋼騎くらいしか知らん!数は複数」

 コイルガンはその名の通り、電力で弾丸を発射するレールガンの一種だ。魔導砲ほどではないが莫大な電力を必要とするそれを装備するには、小出力でも魔導炉がなければ話にならない。

『こちらHQ。ドゥンゲイル1、それは敵の主力と見えるか?』

「多分な」

 更に数発、こちらの回避を見越したように放たれる射撃は、射手が少なからず実戦を踏んでいることを伺わせる。

『ならば、援軍を向かわせる。それまで何とか耐えてくれ』

 有り難う、と言いかけて、ユーマの脳は「違う」と叫んだ。

「いや、HQ。申し出は有り難いが、そいつらは温存しておいてくれ」

『業突く張りもいい加減にしないか、ドゥンゲイル1!安心しろ、戦果はキチンと計上してやる!』

 オープン回線で綴られるその言葉に、恐らく謀りは無いのだろう。少なくともこの管制官は、ユーマを友軍として本気で心配しているに違いない。

 だが、だからこそ。ユーマは己の戦術眼と勘に則って、その申し出を断った。

「魔導鋼騎がいるからこそ、敵の配置はなんとも素人臭い。敵が馬鹿じゃないのなら、何か裏があるかもしれない。ここは俺に任せて、援軍に回せるような戦力はそれに備えておいて欲しい」

『・・・ドゥンゲイル1、だが・・・やれるのか?』

「問題無い。それに最悪、俺1騎なら何かあっても飛んで帰れるしな」

 少しの逡巡の後、管制官は痰が絡んだような空咳きをする。

『分かった、ドゥンゲイル1。貴官の進言を取り入れよう。だが、戦況が厳しいようならいつでも言え!』

「承った」

 やはり、戦友は良いものだ。それを噛み締めながらユーマは、回線をオフにした。

「さて・・・任されたからには果たさないとな。やるぞ、エフリード!」

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