第25話 The cavalry is in coming!

「騎兵隊のお出ましでいっと!・・・へへへ」

 らしくない物言いに、思わずキョウズイの口からは照れ笑いが漏れる。

(・・・ま、無理もないやね)

 なにせ、彼にとってこんな気持ちの良い仕事は久しぶり、否、初めてかもしれないのだ。

 そう、こんな『友軍の危機に駆け付ける』などと言う、極めてまっとうな仕事は。

「おっと、いけねえ」

 勿論、浮かれてばかりもいられない。取り敢えず喫緊の脅威であった鋼騎モドキは仕留めたものの、敵はそればかりでは無いのだ。

「お仕事、お仕事っと!」

 着地と同時に魔導砲を2射、先ほどアサラの射撃にビビった2騎を連続で撃ち抜く。無駄弾は一切無い、恐ろしいほど正確な射撃だ。

「こちらドゥンゲイル2、敵騎3騎撃破も爆発ならず。魔導炉で無し、ヌージーゼル動力と見ゆ」

 その報告に、すっかりいつもの調子に戻ったセリエアから通信が入る。

『こちらドゥンゲイル0。いないはずは無いと思うけど・・・そっちは本命じゃないのかな?』

「さあて、そいつは。もっとも、質は兎も角として、数は凄まじいですがね」

『取り敢えず、油断・・・は、しないね、キミなら。何かあったら、都度都度に報告頼むよ』

「あいあい」

 そう言って、一旦通信を切る。流石は元離宮前、広がる広陵地は見晴らし抜群で、あちらこちらから攻め来る敵の様子が良く分かる。数を鑑みればこんなトーチカ陣地、包囲殲滅なり端から潰していくなり好きに料理できるはずだが、敵はただ前進あるのみだ。

「技量が足らないから・・・って訳でも無さそうだが」

 気に入らないと独り言ちつつも、相手の不首尾を見過ごすほどキョウズイは博愛主義者でも正々堂々派でもない。

「そい、そい」

 手短に、淡々と、近くにいる鋼騎を順繰りに撃ち抜いてゆく。そうして近場に寄せる敵影が無くなったのを確認し、最後の仕上げだ。

「そいっと!」

 傍らに棒立ちのままのガラム騎を、トーチカの方向へ蹴っ飛ばした。


『な!?』

 驚きと困惑の入り混じった感嘆を漏らすガラムだったが、それはアサラも同じ。いやむしろ、傍から見ている彼女の方が、与えられた視覚的インパクトは大きかった。

『ちょ、ちょっと!?』

 思わず、アサラは自分の前へと降り立った友軍・・・のはず、に機械の腕を伸ばす。と、

「え?」

 モニターの隅に<Call:No.39>のサインが灯る。慌てて通信回線を指定の39番へと繋げると、通信機からは思ったよりも若い男の声が届く。

『・・・ああ、聞こえやすかね。生徒(スチューデント)諸君』

「教官・・・ですか?」

『ええ。どうもしばらくぶりでやんすね。コールサイン:ドゥンゲイル2、キョウズイ准尉相当官で』

 数秒のタイムラグののちにモニターへ表示されたのは、声の調子と同じく若い男性の顔だ。どこか着飾った風体のその口が声と同じくして動いているので、どうやらその男が彼女たちを痛めつけた『マンティクスから来た教官』らしい。

「そ、それより!」

『それより軍曹殿、生きてやすね』

 こちらの困惑は放置して、キョウズイはガラムへと声をかける。

『ああ・・・手荒な扱いに、死ぬかと思ったがな』

『おやおや、老爺みたいな介護がご所望で?・・・ってのは冗談として。軍曹殿、鋼騎から脱出は?』

『・・・可能だ、ドゥンゲイル2。貴官が姿勢よく、仰向けになるよう蹴っ飛ばしてくれたお陰でな。ハッチは歪んで開かんが、イジェクションすれば何とかなるだろう』

『で、やしょう。あっしはこれでも器用な方でね』

『贅沢を言えば、蹴る前に言って欲しかったがな。危うく舌を噛むところだったぞ。で・・・トーチカへ行けばいいんだな?』

 その会話に、思わずアサラは息を飲む。あの気の触れたとしか思えない行動に、そんな意図があったとは。

『ご明察。ロック軍曹殿は負傷者の取りまとめと、離脱の準備を』

 しかし、その言葉に再びアサラの口からは驚嘆の息が零れた。

『良いのか?』

『でやしょ、ドゥンゲイル0?』

『うん』

 今度はモニターに画像こそ表示されなかったものの、キョウズイの問いに聞き馴染みの無い声が答える。

『キョ・・・ドゥンゲイル2の言う通り。負傷者を公会堂へ後送することだけは、許可が出たよ。もっとも・・・継戦能力の無い、本当の負傷者だけだけどね』

 言いかけやしたね?という茶化すような言葉に、『煩いよ』と返すこなれたやり取り。そんな彼らと比べて、緊張に震えるばかりに自分たち。その対応力の違いに嘆息が出る。

『そして、生徒諸君』

「は、、はい!」

 思わぬ自分たちへの声かけに、さっきまでのやり取りをどこか羨望の面持ちで聞いていたアサラは上擦った声で応える。そして、それに続くように『は、はい』と答えるクレイグとダン。その調子から、どうやら彼女と同じだったようだ。

『諸君らの現場指揮は、あっしが預かりやす。ただし・・・』

「ただし?」

『あっしらマンティクスは、この防衛指揮管轄からは外れていやすんでね』

『で、それが何だ!』

 クレイグが、噛みつくように反駁する。余裕が無さげなのは、恐らく援兵が来たアサラと違って、交戦の真っ最中だからだろう。

『で、やすからね。とどのつまり、守備隊側からあっしらへの指揮権が無いのと同様に、あっしらも生徒諸君へ指揮権は無いんでやすよ』

「つ、つまり」

『ええ。つまり、あっしのこれは命令で無し、ただのお願い。だから・・・嫌なら断ってくれても結構でやすよ?』

 はい?と思わずアサラは聞き返してしまった。これが教習場なら大目玉が落ちていたところだろう。

『だろうな、貴官にトパーズ分隊への指揮権は無い』

 そんなアサラたちに代わって、ガラムが返答を行う。

『・・・だが、戦場では不可能でない限り、友軍の『お願い』に応えぬのは不義理だ。ドゥンゲイル2、貴官は貴官が必要と感じる限り、ソレを行え。そんな権利があるかは分からんが、俺が許可する』

『ええ、十分で』

『ただな、ドゥンゲイル2・・・若し仮に、貴官が俺の教え子を見捨てたり、盾替わりに使った場合は・・・全力を以てお前を潰す。いいな』

 その声はシンとした深い殺気が隠さず込められており、ガラムの本気度が伺える。

『承りやしょう、軍曹殿』

 対して、軽薄にすら聞こえるキョウズイの快諾に、思わず「ムウ」と不満げな吐息が零れた。

『・・・頼んだ』

 だが、そんなキョウズイに対してガラムはそれだけ言って通信を切った。無論、状況が状況なのはアサラも良く分かるが、それでも一抹の寂しさとやるせなさが、彼女の胸に過る。

『さて・・・では、生徒諸君、いや、今はトパーズ分隊でやしたね』

『はっ。トパーズ110、ダン・デアフォン。トパーズ111、アサラ・コルムンド。そして私トパーズ112、クレイグ・キスバール。以上3名であります』

 再び、アサラの代わりにクレイグが冷静に報告を行う。感情的で些事に拘る彼女やうっかりやのダンと比べて、彼が一番軍人に向いているのかもしれない。

『ええ、短時間でやすが、どうぞ宜しく。ではやることを伝えやす』

 ゴクリ、と生唾を飲む音がサラウンドで聞こえる。果たしてこの腕利きの傭兵が、自分たちにどんな命令を下すのか。緊張するなと言う方が無茶だ。

『ツーマンセルで状況に対応。以上で』

 そして、その肩透かしにガックリした。

「ド、ドゥンゲイル2!それ以外には!?」

『ありやせん。と言うより、たった4騎じゃ、他にやりようがありやせんで』

「で、ですが!」

『はいはい。ではトパーズ110と112、あっしとトパーズ111がバディで』

 だが、無情にも彼女の戸惑いは捨て置かれ、決定事項として『お願い』の言葉が紡がれていく。

(・・・『お願い』って、なんだっけ?)

『ああ、あとトパーズ111にはこれを』

 そう言ってキョウズイ騎から渡されたのは、サブアームと思しき小型の機関砲だった。

「これは?」

『あっしの装備で。その辺に落ちてる敵からの拾得品を使っても良いんですが・・・それで何かあっちゃ、軍曹殿へ顔向け出来ねえんで』

 キョウズイとしては、その最後のフレーズで「安心しろ」と伝えた心算だった。が、生憎とそんな迂遠な方法で込められた意図を理解できるほど、今の彼女たちの精神状態は平静では無い。

『予備弾薬はあっしが持ってやすから、切れそうなら申し出を』

「わ、分かりました!」

『成程。だからドゥンゲイル2と111がペアを?』

『そういうこって。ではお三方・・・状況開始!』

 本当に大丈夫だろうか。そんな風に疑いつつ、アサラはキョウズイの横に着く。

 だが、彼女は知る由も無い。戦場で述べる「Yes」という言葉の持つ意味、そう返すことに必要な覚悟を。


「・・・頼んだ」

 そして、それを知るガラムは深く頭を下げると、一言、そう言い残してコックピットを出る。そして最後、吹き飛ばしたハッチから身を捩らせ出た彼は、鋼鉄の身を横たえる鋼騎の頭部をポンと軽く叩いた。

「ここまで、ありがとうな」

 それは、ガラムをここまで連れて来てくれた鋼騎への礼、そして離別の挨拶だ。

「ここからは・・・俺自身で行く」

 そう、今の彼が為すべき行いに、鋼騎は必要ない。

 行動を開始するトパーズ分隊とドゥンゲイル2の駆る鋼騎の駆動音が、背後で響く。それを背に受けて走り出したガラムであったが、トーチカへと潜り込む際に軽く振り返り、見上げる。

「俺も・・・」

 俺も、あそこにいたかった。騎者として、仲間と共に戦いたかった。だが、それは彼の役目ではない。彼の騎者としての人生はあの時、この目を失った時に終わったのだから。

 だから、彼は未練を振り切って、先に進む。扉代わりの蓋を持ち上げ、血と鉄の匂いが溢れるトーチカの中へと潜り込む。

「頼むぞ」

 鉄製の蓋がガシャンと音を立てて閉まるその間際、ガラムはもう一度、そう言葉を投げた。


『・・・てな訳で、あっしはヒヨッコ連中と仲良く遠足中でやす。羨ましいですかい、ドゥンゲイル1?」

「何の話だ?」

『いえいえ、一人ぼっちで拗ねて無いかと』

「はいはい」

 そんなことより、とコールサイン:ドゥンゲイル1、ユーマはキョウズイへと問いかける。

「そちらの敵情は?」

『ん~、平たく言って、平押しかと。でやすが、数だけは多いでやすね、っと!』

 そんな会話をしつつ、キョウズイの魔導砲は違いなく敵騎を撃ち抜いていった。街道上の怪物では無いが、ディマールが今日撃墜した鋼騎の数はモドキを合わせるとそろそろ10騎に届きそうである。

 そして、それが彼らのいるトーチカへだけでは無いことが、キョウズイの発した『平押し』という戦術用語から推察できる。つまり、敵は数に任せて公会堂へと攻め寄せて来ているということで、つまりは大ピンチ。

 普通なら、そう判断するところだが。

「そうか・・・ちなみにドゥンゲイル2、そちらに砲撃騎や中口径砲装備騎は?」

『ん、そういや見かけやせんね。少しはいたようですが、今相手してんのは皆、機関砲装備ばかりで』

「そうか」

 ユーマはフンと面白く無さそうに鼻を鳴らす。予想外の反応を見せるユーマに、『おや?』と今度はキョウズイが問いかけた。

『気に入りやせんか?』

「ああ、気に入らん。セ・・・ドゥンゲイル0、こちらの映像だ、見えるか?」

『言いかけたね、ユー・・・ドゥンゲイル1』

 どっちもどっちだ。

『ゴホン。ええっと、これかな・・・ああ、見れたよドゥンゲイル1。見れたけど・・・これは?』

 今、ユーマがセリエアに向けて回した映像は、エフリードのメインカメラが捉えたものだ。そこには、森林地帯の果てからひっきりなしに砲弾が飛び来る様子が映し出されていた。

『砲撃が来ていると・・・で?』

「だが、それ以外に攻め手は見えん。対して、そちらは攻め手は多いが砲撃支援は無しときた。敵の意図が分からん」

 このリンハイム公会堂はその立地上、敵が組織立って侵攻できるのは2ヵ所に限られる。つまりは、キョウズイが頑張っているなだらかな丘陵地帯と、今ユーマが物見を行っている森林地帯だ。もう1ヵ所、正門前広場も可能と言えば可能だが、そこの目と鼻の先には昨日まで彼らが滞在していた訓練校基地があり交通も盛んだった。従って、その方面から攻め寄せようと思っても、今夜まで大部隊を潜ませておくのは現実的に無理だっただろう。

「だから、敵が攻めて来るならどちらかが陽動で、どちらかが本命だと思ったんだ・・・んだがな」

『実際にドゥンゲイル2がいる方に鋼騎が大勢攻めて来てるんだから、そっちが本命なんじゃない?』

「と、指揮官殿は仰せだが・・・どうだ、ドゥンゲイル2」

『こちらドゥンゲイル2。若しこっちが本命なら、敵将はとんだ知恵足らずでやすね。こんだけ鋼騎集めて、やるのがこんな攻め方じゃ』

 確かに、その声には緊迫感はあるが、悲壮さは伺えない。

『で、ドゥンゲイル1。そっちは?』

「こっちは大砲だけはバンバン撃って来ているが、それだけだ。それに、砲弾の炸裂高度もやけに高い。あれじゃ、対地破砕も期待できんだろう」

 現在、敵の砲弾は既に破壊されつくした警備拠点に、ただ無為に降り注がれている。帝国軍としてもあそこに進出するのは憚られるが、逆に言えば、敵も自軍の砲撃を止ませなければ侵攻は心理的に厳しいものがあるだろう。

 つまり、どちらの方面も陽動のような攻勢にしか見えないということだ。

『成程ね。他に何か見えないかい?』

「他にか?そうだな・・・ん?」

 その時、エフリードのセンサーが捉えた物体は、彼の予想に反したものだった。

「ドゥンゲイル0、こちらの戦線に友軍は進出していないはずだな」

『うん。ええと・・・そうだね、そちらの方面は公会堂付近に集結して敵の侵攻に備えているだけのはずだけど?』

「だよな・・・ちょっと待ってくれ」

 しかし、彼のモニターに表示されているのは間違いなく、鋼騎の反応だった。方向から考えても、敵とは判断し辛い。

 念の為と、ユーマは通信機を司令部の回線へと切り替える。

「こちらドゥンゲイル1からHQ、確認したきことあり」

『こちらHQ。援軍はやれんぞ』

「ごあいさつだな、そんなんじゃない。森林地帯に進出する騎影を見ゆ、確認されたし」

『何だと?こちらでは、そんな報告は受けていない。何かの間違いではないか』

「だと、良いんだが。・・・ん、識別信号受信?これは・・・HQ、ガネット101からガネット104とIFFに表示された、分隊規模だ。分かるか?」

「ガネット分隊?ちょっと待て・・・」

 初めは訝しげだった管制官だったが、ユーマから『ガネット』という単語を聞いた途端に、その声に真剣みが増した。

『ドゥンゲイル1!』

 そして、数分ののちに寄せられた通信は、悲鳴のようなものに変わり果てていた。

『そのガネット分隊へ、通信は回せるか!?』

「通信だと?馬鹿を言えHQ、コードすら分からんのに・・・」

『なら、オープン回線でも良い!』

「良くない。いったいどうしたんだ?」

 忘れられているのかもしれないが、現在ユーマは斥候中だ。そんな状況で敵味方構わず呼びかけるオープン回線なぞ使ったら、彼が今いる位置も丸わかりになってしまう。

 砲弾が有り余っている様子の敵さんだ、さぞや、エフリードの潜んでいる小山に砲撃の雨あられを御馳走してくれることだろう。

『・・・ガネット101はフランツ=ヘルゴランド訓練生、つまりはヘルゴランド男爵家嫡孫だ。こんなところで殺させる訳には!』

「成程。だがもう遅い、諦めろ」

 管制官の気持ちも分かる。貴種の子息が戦場で果てるとしても、自分の管轄下で死んでしまうのは、確かに御免被る話だろう。だが、そんな彼の保身を敵が理解してやる義理は無い。

「発砲確認」

『な!』

 ただでさえ、そのフランツ君は堂々とIFF信号を発していたのだ。敵が受信機を使用していれば、その位置はピンポイントですら分かる。そして、敵砲兵に位置を丸裸にされた鋼騎と騎者の末路など、語る必要もあるまい。

「着弾。少しは避けたようだがな」

 だが、リミッターが解除されようと所詮は訓練騎。山なりにドカドカ撃ち込まれる砲撃を、足さばきだけで躱し尽くすのは困難を越えて、無理の領域だ。

『ああ・・・畜生』

 その絞り出したかのような悲鳴は、果たして何を想ってのものだろう。少なくとも、今モニター上で散華した若者に対してでないのは、間違いなさそうだが。

『それよりドゥンゲイル1、貴様!』

「俺たちはHQの指揮下には無い。そう、言ってあったはずだがな」

『何だと!そもそも貴様らマン―』

「通信終わる」

 愚痴や悪口雑言に付き合う気は無い。強引に通信を終了すると、ユーマは再び回線を39番へと繋ぎ直した。

「待たせたな。それよりトパーズ分隊、話せるか?」

『こちらトパーズ111、何でしょう?』

 意外にも彼を待たせることなく、そう返して来たのは年若い女性のようだった。

「確認だがな。訓練生番号101とは、どんな奴だった」

『101ならフランツですか?そうですね・・・いつも自信満々で鼻高々、騎士道が云々ってよく言う奴でしたけど』

 成程な、とユーマは胸中で深く納得した。大方、そのフランツ君は指揮官の命令に従わずに前進したのだろう。

 勇敢さも騎士道精神も大いに結構。されど、敵を知らずも己も知らなければ『匹夫の勇』にすらなれないことを、さぞや涅槃で噛み締めていることだろう。

「分かった、感謝する」

『ええ、はい。え?それってまさか・・・』

「そういうことだ。聞いたなドゥンゲイル0」

『うん。それで、どうしようかドゥンゲイル1。ドゥンゲイル2の援護に行くかい?』

 ふうむ、とユーマは顎に手を当てて少し考え込む。現状、こちらの敵は前進はせず、近づく敵を砲撃するだけの様子だ。無論、それ以外にも示威行為めいた砲撃は断続的に行ってはいるが、それ自体による脅威度は低い。

 現状への対応を考えるなら、セリエアの言う通りにするべきなんだろう、が。

「気に食わんな。ドゥンゲイル2、現状耐えられるか?」

『へい。まあ、現状維持なら問題ないでやしょ。攻め込みやすかい?』

 揶揄い混じりに、キョウズイはそう持ちかける。まあ、「耐えられるか」と訊くということはつまり、「そちらには行かない」と同義だ。

「戦場の鉄則は、『他人の嫌がることをやれ』だ。そして・・・どうやら敵さんは、あちらに行って欲しくなさそうなんでな」

 近づくなら撃つ、近づかないなら撃たない、どっちでも良いがそれが意図するところは明白だ。そして、その意図を解して行動してやる義理は、彼らには無い。

「なら、敵の狙いがどうであれ、そちらを突くのは悪く無いだろう」

 そう言って、ユーマはパンと右拳を左の掌に打ち合わせる。

『悪くない、は良いんだけどね。肝心要、防げるのかいアレ?』

「難しいだろうな」

 なにせ、その砲火は見た限りだが、先のヤムカッシュ要塞のそれとは段違いだった。

『なら、どうするのさ』

 だが、それに対してセリエアが強固に反駁する様子はない。

 何故なら、生きてセリエアの元へ帰ると『約束』したから。そして、ユーマがこんな戦場で自らその『約束』を反故にすることは無いと、信託しているから。

「なに、古典的な策さ」

 そして、ユーマの言も悲壮さなぞ一欠片も無い、いつも通りの響きで嘯く。

「よく言うだろ、『当たらなければ、どうということはない』って」



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