第24話 Students are known the real battlefireld

 拮抗状態。

 その表現は、確かに正しい。元離宮故に守りに向いた造成をされていた立地、敵襲なぞ思ってもみなかった故に行き届いていた整備、土壇場で研修目的として放り込まれていた訓練生部隊の鋼騎という兵器の質的優位性。それらを以て、守備隊は防衛線を構築し、敵鋼騎の襲撃を、確かに防いではいた。

 だがしかし、それだけの優位があって、尚も状況が拮抗状態。もっと悪しざまに言えば「防げているだけ」の状態ということは、だ。

「何でだあ、何でこんな目にい!?」

「泣き言を言うな!対装甲猟兵の意地、見せてやれ!」

「一歩も退くでないぞ!帝国軍人ここに在り、だ!」

「砲兵、来てくれ!」

「あんな鋼騎の出来損ないぐらい、墜としてみせろ!」

 燃え盛る大地、へし折れて倒れる木々、あちらこちらに転がる残骸や生き物の死骸。そして、その中で交わされる怒鳴り声の種類は、羅列するだけで以上の通り。

 つまりは・・・まあ、そういうことだ。


「まったく、もう!」

 その戦場にトパーズ分隊として編成されて放り込まれたアサラ訓練生は、盛大に愚痴を吐き出す。

 遮二無二突っ込んで来る敵騎へ機関砲のバースト射撃を数回お見舞いし、もんどりうって倒れたそれを踏み越えやって来る新手の敵騎にも、同じものをプレゼント。デジャヴのように揃った形で、ぶっ倒れる敵騎たち。

「キリがない!」

 そんな攻撃を、いったい何度繰り返せばいいのだろう。強い言葉を吐き出すアサラだが、その顔色には流石に疲労の色が濃い。

(まったく、今日だけでエースに成れそうね!)

 もっとも、この敵勢力の半数以上をなす形ばかりのハリボテみたいな鋼騎を、功労部が戦果と認めてくれれば、だが。

『HQよりトパーズ分隊へ、状況を報せ』

「こちらトパーズ111。敵は多数、ウジャウジャやって来ています!」

『トパーズ111、情報は明確に。私見は控えよ』

 じゃあ、来て、見なさい。そんな文句を辛うじてアサラは飲み込んだ。

『こちらトパーズ112。敵勢力は我々の第1防衛ラインを喰い破った。他のポイントはどうなっているか?』

そんな彼女に代わり、次席指揮官役を務めるクレイグが報告を行う。と言っても、内容自体に差異は無いが。

『他の地点の情報は錯綜している。現場に下すには、許可が必要だ』

「じゃあ、さっさと貰いなさいよ!」

『・・・指揮官の暴言は謝罪する。するが、こちらもそろそろ限界が近い。後退の許可を』

 クレイグの言う通り、既に当初の防衛計画は崩壊していた。今は辛うじて確保されているトーチカを拠点にして、敵の攻勢から何とか耐え忍んでいる状況だ。

 しかし、そんな彼らにもたらされたのは、非情な一言だ。

『HQよりトパーズ分隊へ。現状、後退は許可できない』

「何故!」

 その声は誰何と言いより、むしろ悲鳴に近かった。

『敵からの圧力が強すぎる。そこが丸ごと抜ければ、第2防衛ラインも危うい』

「了解、通信終わる!」

 半ばヤケクソののように通信を終わらせたアサラの顔には、どうしようもない焦燥感が貼り付いていた。

「どうして・・・どうして、こうなるのよ」

 そんな自問に、答える自答は持ち合わせていない。いないからこそ呟くのだ。

『落ち着けよ、アサラ』

「ダン・・・分かって、いるわ、よ!」

 それより、とアサラは機関砲をダンの後方から接近していた敵騎へと、苛立ちと一緒にぶち撒ける。

「後ろがお留守よ、ダン!」

『す、すまねえ』

「謝罪は後!」

 どうにも弱気の虫が見え隠れするダンを叱咤しつつ、その言でアサラも自身を奮い立たせる。

『それにしても、レッドの奴はどこでナニしてんだよ。いつもデカい顔してやがるくせに、アイツがリーダーじゃねえのかよ、まったく』

「レッド・・・トパーズ109はやられたわよ」

 その言葉に、隣に陣取っていたダンの動きが止まった。それは一瞬だったが、それ以降のダン騎の動きには、明らかな動揺が見て取れた。

 無理も無い。ダンの生家であるデアフォン家はレッドの生家、クリムドルト家の家来筋の家系だそうで、その縁で彼とレッドは幼馴染の仲なのだ。

 いや、だった。

『おいアサラ、マジか!マジなのかよ!?』

「本当よ。始まって早々に吹き飛ばされてたわ、運が無いわね」

 そして!と銃床でダン騎の肩を小突きつつ、接近する敵騎へと射撃をお見舞いする。

「動きなさい!死にたくは無いでしょう」

 訓練の時の私みたいに、とは流石のアサラも言わなかったが。

『ワリイ!しっかし・・・30秒男なら、30秒は保ちやがれよな、畜生』

 いつものような憎まれ口だが、その響きに混ざるやるせなさは隠しようがない。

『だがな、アサラ』

 同じように弾丸をばら撒きつつ、クレイグが申し出る。

『このままじゃ、ジリ貧・・・いや、死ぬだけだぜ。やはり撤退を・・・』

「駄目よ」

 無論、一刀両断したとて彼女の想いも同じではある。しかし、それでもその提案を一蹴したのは命令だから・・・だけでは無く。

「まだ、あのトーチカには友軍猟兵がいるのよ。命令なら兎も角、おいそれと見捨てては帰れないでしょう?」

 そう、彼女たちが拠点としているトーチカには、対装甲猟兵が大勢いるのだ。その大半は負傷兵だが、だからと言って置いて帰る訳にはいくまい。それは軍人として、それもこんな鋼鉄に守られた悍馬にのる騎者として、認められない振舞いだ。

『でもなあ、このままじゃ結局・・・』

 勿論、アサラとて現状は痛いほど分かっている。ヒヨッコ3騎で、この場を維持し続けることが可能かどうかも。

「・・・そう、ね。ダン、後方線の確認をお願い」

『良いのか?』

「仕方ないでしょう。援軍を待つにせよここから離脱するにせよ、後方が閉じられていてはどうにもならないわ」

 最悪の場合、トーチカを包囲する敵軍に攻め入って、アサラたちが血路を切り開く必要が出てくる。が、それが出来ると自惚れられるほど楽天家ではないアサラにとって、その維持を確かめておくことは例え前線が手薄になろうと必要なことだった。

『わ、分かったぜ・・・ッ、アサラ前!』

「え?」

 それは燃え盛る残骸の中、先ほど撃ち倒したはずの鋼騎だった。その鋼騎が構える機関砲が今、アサラ騎の方へと向けられていた。

「そんな!?」

 しつこいほどに全ての教官が「トドメを刺せ」と、口を酸っぱくして言っていた理由が、今、分かった。

『死んだふりだと!?このペテン師が―、おわ!』

 そして、偶然とは恐ろしいもの。近くに着弾した砲撃に煽られてダンはバランスを崩し、アサラの鋼騎もセンサー関連が一時的にダウンしてしまう。

「ええい!」

 しかし、それでも咄嗟に引き金が引けただけ、アサラは上等の部類だ。しかし、そんな彼女の敢闘を嘲笑うかのように砲身は「タン」と1発乾いた音を響かせただけで、沈黙した。

「弾切れ?嘘でしょう!?」

 そして、ダンもクレイグも自騎へと攻め寄せて来た新手への対処に手一杯で、彼女をカヴァーする余力はとてもではないが、無い。

『拙い、アサラ動け!逃げろ!』

『アサラ!』

「・・・あ」

 しかし、肝心のアサラの腕は硬直したまま動かない、動かせない。突き付けられる『死』の予言と恐怖に脳髄が、知性が動くことを拒否させる。

『させるか!』

 そんな予言を、どこかから飛んできた瓦礫が打ち砕く。一握の鉄塊にグシャリと押しつぶされた砲身内で、腔発が起こる。そして、それにより弾倉内の弾薬に引火した機関砲の爆発が、構えていた鋼騎をそのまま飛来したものと同じ瓦礫へと変貌させた。

『動けと教えてやったろう、アサラ訓練生!』

「ろ、ロック教官!?」

 応、と言わんばかりに背後から走って来た鋼騎はアサラ騎の肩をガンと叩くと、そのまま彼女の鋼騎の前に躍り出る。そしてそのまま、地面に落ちていた瓦礫を拾うとそれを更に接近してきていた敵へと投げつけたのだ。

 流石の鋼騎も、純然たる質量は耐えられる許容の範囲外。脳天に命中した瓦礫が頭部を接続部よりもぎ飛ばす。撃墜2騎、武器も持たない鋼騎の戦果としては破格のものだ。

「教官、それは!?」

『俺のことはどうでもいい、態勢を立て直せ!それまでは・・・俺がこうしてカヴァーする!」

「無茶です!」

 事実、アサラの眼に映ったガラムが駆るそれはどこから調達してきたのか、どう贔屓目に見ても骨董品の作業用崩れにしか見えない。

 案の定、奇襲から立ち直った敵による一斉射撃が見舞われ、その鋼騎は衝撃で回避もままならず、その場に縫い付けられる。

『なめるな、賊徒ども!』

 しかし、四方から撃ち込まれる砲弾に装甲を削り取られながらも彼は、彼女の前から退くことはしなかった。

「教官、退避を!」

『駄目だ!俺の目の前で、俺の教え子を殺されて堪るか!」

 だが、そんな矜持とは裏腹に、負荷に耐えられず鋼騎は力尽き、各所から火花を上げて膝をつく。そして、その前には機関砲を構えて前進して来る敵騎の群れ。

「教官!」

 ようやっと弾倉交換を終えたアサラが砲を構えるが、仮に1騎倒せたとしても他の鋼騎による斉射で、彼の命は終わってしまうだろう。

(・・・あ)

 そうだ。そうなんだ。あの時の、ガラムの言葉。

(動かなかったせいで、仲間が死ぬ・・・)

 そう、今の状況は、アサラが動けなかったことがもたらした結果だ。彼女が動けていれば、ガラムが彼女を庇うべく前に出ることは無かった。

 そして今もまた・・・。

「あ、ああああああ!」

 そんなのは嫌だ!アサラはフルオートで弾丸を撒き散らす。狙いも何も無い雑な攻撃だったが、その攻撃に怯んだ敵騎の内、2騎が後ろずさる。

「ああああ!」

 更に、後退しなかった別の鋼騎へ射撃を集中、大破せしめる。彼女の行動が、一気に3騎もの鋼騎を退けたのだ。それは確かにアサラが軍人として、そして騎者として進んだ成長の1歩であった。

「あ・・・」

 だが悲しいことに、それが限界でもあった。残ったもう1騎の鋼騎モドキが狙い定めるその筒先には、満身創痍のガラム騎が蹲っている。対して、再びアサラ騎の持つ機関砲の弾倉は空っぽ。加えて、彼女の鋼騎が持つ予備の弾倉は先ほど限りで店仕舞い。

 つまり、この場に、ガラムを救える手立ては、無い。

「ロック教官、逃げて下さい!」

 反射的に、アサラはその役立たずを敵へと投げつける。だが、当然そんな攻撃とも呼べない攻撃がいくらモドキとは言え、鋼騎に通用するはずもない。

 それどころか、その癇癪のような行動を見た敵騎は、ガラムからアサラへと目標を変えた。もう死にかけのガラム騎より、今だ損壊無しで武器を投げ捨てた形のアサラ騎を狙うというのは憎らしいほどに合理的だ。

『止めろ!クソ、動け!このポンコツが!』

 果たして、それは奇跡か。それとも高負荷状態から逃れられたお陰か。ガラムの咆哮に応えるように、鋼騎は再び立ち上がる。

「教官!?」

 そして、そのままガラム騎はアサラ騎と敵騎の間に割り込みをかける。据え付けられた2門の砲口が、約束された『死』を与えんとギラリと光る。

『殺らせんと言った!そして・・・アサラ!ダン!クレイグ!俺は後悔しちゃいないぞ。教官として、お前たちを守って死ぬことにはな!』


「はあ、ここまでか」

 格好よく啖呵を切ったガラムは通信を切ったのち、そう独り言ちた。

 どうしてこんなことになっているのか、それは今になっても分からない。敵襲と聞いて、教え子の分隊が孤立していると聞いた次の瞬間には、ガラムの体は動き出していた。

「始末書モンだな、これは」

 公会堂にて作業用として使われていた、かつての愛騎と同じタイプの鋼騎を無理やりに、それこそ強奪同然に持ち出して。FCSも通電用コネクタも無い、正しく徒手空拳の旧式の鋼騎で砲火が煌めく戦場に躍り出て。

 そして、死ぬ。

「良く生きた方か、これでも」

 彼の戦友と呼べる同胞は皆、ハディスガルデへと旅立った。彼の両親と愛息は皆、とっくに墓の下だ。愛妻は・・・別れてからもう、何年会っていないだろう。

 チラつくモニターの向こうでは、肩口に据えた機関砲をこちらへ向ける鋼騎の姿がどアップで映し出されている。彼が戦時中に駆っていた鋼騎より急造品に見えるが、今の自騎を仕留めるのに不十分はあるまい。きっと、なんの苦痛を感じる間もなく、彼の鋼騎を彼ごとスクラップにせしめるだろう。

「そうは・・・いくかよ」

 ガラムはニヤリと鮫のように笑うと、コンソールから隠しコマンドを入力して『ある機能』を呼び起こす。モニターに表示されるその文字を確認し、大きく深呼吸。

 これが、ガラムが最期に吸う息となるだろう。

「悪いな、外道ども。俺の身命に代えてでも、アイツらは殺らせん!」

 ポンコツと言えど、コイツは鋼騎だ。それも戦争後期から戦後にかけての鋼騎に採用されたヌージーゼル動力で無く、発火し易い旧タイプ。さぞかし盛大な大爆発をお見舞いしてやれることだろう。

「これで・・・」

 これで、ガラムが今生で為すべきことは、全て終わる。走馬灯と言う奴か、やたらとスローモーションのように流れる時間と、自分と共に死ぬだろう敵騎モドキを残された気力を以て睨みつけ、そして―。

『悪いでやすがね、軍曹。それは心意気だけにしておいて下せえ』

 ―モニターの奥で、その鋼騎モドキを1筋の光芒が貫いた。


 

 

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