第22話 They are star gazer
リンハイムの宮殿で夜会が開催されている、それと同時刻。
そことは違う場所でもまた、大きな集会が開かれていた。否、それは寧ろ、決起集会と言うべきか。
「諸君、勇猛なる同士諸君」
その、宮殿とはまるで真反対の洞穴を掘り広げたような、辛うじて4列縦隊を作れるほどのスペース。その空間には様々な格好をした男たちが立ち並んでいた。軍服も様々な勢力のものが入り混じっており、中には襤褸布を纏うだけの乞食と見紛うような姿の者までいる。
しかしその見目の雑多さとは裏腹に、彼らはピッタリと一糸乱れず直立し、演台の男の演説に耳を傾けていた。
「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んだ同志たちよ。そして、先立ってヤムカッシュ要塞にて我らの決意を示した生還者たちよ。見よ、背後に光る軽薄な光景を!」
ザ、と居並ぶ同志と呼ばれた男たちが振り向いた先には、この部屋へと至る細い通路しか見えない。
だが、彼らには見えていた。煌々とその存在を暗夜にアピールするリンハイム公会堂が。そして、その中で豪奢を貪る収奪者たちの姿が。
「見えるだろう、見えていることだろう。あれが!我らの獲物且つ、我らを誘う誘蛾灯!されど、我らは蝶蛾に非ず!灯りを奪い、踏み躙り、蹂躙する為に集った英傑である!」
ゴクン、と唾を飲む音が狭い空間に響く。彼らは期待しているのだ、その次に紡がれるであろう、同志の言葉を。
そして、それは直ぐに現実のものとして彼らの耳朶を貫いた。
「同志たちよ、時は来た!諸君ら勇猛なる騎者たちが先陣となり、彼の無知蒙昧が繁茂する庭園を剪定する、つまりは!」
ダン、と演台を打ち抜かんばかりの勢いで叩く。
「打ち倒すのだ!我らとの約を違い、亜種どもに媚を売る大悪党、14代皇帝エフメラードを!」
おお!というどよめきと共に、大地が割れんばかりの轟きが響く。意気軒昂なる戦士たちには、こんな空間は狭すぎると言わんばかりのエネルギーの放出だった。
「当然、彼の皇帝には侍る者も多い、近衛の兵も多かろう。従って・・・諸君らは予期された死地に赴くことになる!だが、しかし!勇壮なる諸君らは、それを果たして恐るるか!」
「「「否!否!否!」」」
声を張り上げ、居並ぶ戦士たちはそれを否定する。それを受けて、演台の男は感慨深く目頭を押さえた。
「ありがとう、忠勇なる同志諸君。諸君の健闘は、長く市井に語られることだろう、勇猛なる戦士たちの戦いの物語として!」
ワア、と一等大きな歓声が、広間を包み込む。
「良し!総員、戦闘準備にかかれ!」
「「「はっ!!!!」」」
号令一下、鋼騎へと走る者、兵器とは言い難いようなモノへと走る者、そしてそれらに声をかけ励ます者。歓声渦巻く演説場を、手を振りながら後にするカクトン・ケーリッヒ。そして、最後に号令をかけたソウシ・ヨウシがパタパタと追い縋る。
「お見事です、同志」
「これぐらいはして見せんとな。しかし・・・まさか、俺にこんな才があったとは、な」
そう、自嘲気味にカクトンは吐き出した。
「ご不満ですか?」
「嬉しいと思うか?」
彼は、自分は実直な兵士の心算だった。だが、今示した才覚はそれより寧ろ、アジテーターとしての才覚だ。
「まあ、役に立つなら、俺たちの本懐を達するためなら何でも良いがな。それで・・・」
仄かな灯りの中でも分かる意味ありげな視線に、ソウシも声の調子を落とす。
「あの者たちは」
「シッ!」
勿論、あの歓声渦巻く場所から彼らの会話が聞こえる危険性は無いだろう。しかし、念には念を入れておいて、悪いことは無い。カクトンは自然な仕草でソウシの肩を抱くと、そのまま洞窟の奥へと連れ込む。
「分かっている。それより、情報は確かなのだろうな」
「はい。彼の宮殿に残るノイシュタイン家の御曹司、及び行碌尚書事に反目する一派からの情報ですから。予定通りに、皇帝一行は宮殿を離れたそうです」
つまり、とソウシは声を更に囁くように小さしめる。
「リンハイム公会堂に残る戦力は留守守備隊と、数合わせに駆り出された訓練生のみとなります」
そうか、とカクトンは静かに頷いた。
「どうかされました?」
「いや・・・こうも我々に好都合が続くと、な。疑りたくなるものだ、忘れろ。キュウィルは?」
「既に出立済みです」
ハキハキと返される報告に、カクトンの心がチクりと痛む。兵士としてしか働けなかった自分とキュウィルとは異なり、ソウシは彼らより1年若輩にもかかわらず吏寮としての才に溢れていた。本来ならばこんなところで無く再興した母国や、帝国の出世コースにすら乗れる人材なのに。
「すまんな」
その、綺羅星のような才覚を無為に使わせてしまっていることへの罪悪感だろうか。思わず、そんな言葉が口を吐いて出る。
「いえ。何でもありませんよ」
その謝罪に込められた感情は、当然伝わる訳も無く。されど、直接言葉にして伝えるには、あまりにも女々しすぎる。
「なら、行くぞ」
「ええ」
だから、カクトンはただ前を向く。同志の、何より友人の献身に応えられるよう、前を。
「・・・酷い目に遭った」
ふらつく足取りのユーマは、独りそう呟いた。未成年だからと饗される酒の類は全て断ったはずなのだが、その見た目は悪酔いした酒飲みにしか見えない。
皇女殿下に拉致されて、挨拶を交わす顔も知らない老若男女に只管「ユーマ・コーナゴです」と繰り返して数時間。何人と話したのかは5人目からは憶えていない。途中で皇女殿下が「用がありますので」と会場を後にしなかったなら、今もあの責め苦のような惨状は続いていたことだろう。
そして人というのは無情なもので、皇女殿下が去った後は誰一人としてユーマへ声をかけてこなくなった。あまりにも対応があからさま過ぎて、変な笑いが漏れるところだ。
おまけに、愚痴でもぶつけようと逃げた男2人を探すものの、上手く隠れたのだろうか影も形も見えない。
「お、っとと」
ただでさえ気分が悪いのに、人ごみへと目を凝らしたせいだろう。回転性眩暈のような症状がユーマを襲う。
「あの、お客様。大丈夫ですか?」
「え?ああ・・・大丈夫です、はい」
心配して声をかけてきたウェイターに何とか作った笑顔で応えるが、それもどこまで信じて貰えただろうか。立ち去る彼の顔には「本当に?」という疑問が貼り付いていた。
「兎に角・・・休まんと」
出来れば座りたいが、生憎とこの会場は立食がメーンらしく椅子の類は壁際に幾許かしか設置されておらず、その大半を体力的に疲れたと思しき高齢者が占拠している。
「・・・パス」
諦めた。流石にあの中に交じれはしないし、爺婆は話好きと相場が決まっている。そんな中に孫ほどの年齢の自分が行けば、休まるものも休まらない。
「せめて・・・お!」
目を皿にして探すユーマの眼に、大小のバルコニーが目に入った。その内、小さい方のバルコニーは人が2、3人入れるほどのスペースになっている。
「・・・良し」
決めた、あそこで星空でも眺めて休もう。
「お?」
そして、禍福は糾える縄の如し。そのバルコニーにいた先客を見て、ユーマの顔に自然と笑みが戻る。
そこには、着慣れぬドレスに身を包んだ、赤銅色の頭髪が陣取っていたのだ。
「よう」
声をかけた途端、セリエアは小動物のようにビクりと肩を震わせた。
「ふぇ!?・・・って、何だキミか」
「何だ、は無いだろう。何だ、は」
だが、ユーマにも気持ちは分かる。何しろ、彼もそう思ってこの場を見つけ出したのだから。
「すまんが、邪魔するぞ」
「まあ、良いケド・・・って、ふうん。キミもどうやら、厄介ごとに巻き込まれたようだね」
「分かるか?」
「分かるさ。キミもこういうの、得意そうじゃないからね」
まあな、と肩を竦めるユーマに、そっとセリエアはグラスを差し出した。
「これは?」
「さっき貰ったんだ。ウェイターさんが「待ち合わせですか?」って言うからつい、「うん」って言っちゃって」
持て余してたんだ、と困ったような笑顔のセリエアから受け取ったそれを、ユーマは一口喉へと流し込む。汗ばむには少し早い季節だが、それでも温度が常温に近いことから察するに、彼女はよっぽど早くからこの場に陣取っていたらしい。
「でも、じゃああれかい?さっきから後ろでザワザワしてたのは、キミだったのかい?」
「正確に言えば、俺を拉致した麗しの皇女殿下が、だがな」
お前と違って、逃げられなかった。そう恨み節をぶつけると、セリエアは「お気の毒さま」と朗らかに笑いながら彼女の分のグラスを差し出す。
「・・・口をつけたやつじゃ無いだろうな?」
「あー、折角労おうとしてるのにそんなことを言う!そんなヤツには、こうだ!」
言うが早いか、セリエアはヒョイとユーマのグラスを奪い取ると、制止する間もなくそれを呷る。半分ほど残っていた液体は見る間に彼女の喉へと消えて行った。
「どうだい!」
「何が?」
どうやら、彼女としてはしてやったりの心地らしい。その屈託の無さに、邪な考えを過らせたユーマの方がおかしいような気がして笑いが零れる。
「フフッ」
「本当にどうしたんだい?いきなり笑いだすなんて、気持ち悪い」
「煩い」
どこか気恥ずかしい気持ちから、ユーマはセリエアの視線から逃れるようにバルコニーへともたれかかる。そして、見渡すようにして外の風景へと目をやれば、シュンと1条の星が流れた。
「お!流れ星か」
何か願い事でもすれば良かったか。そんなセンチメンタリズムを想起させていたユーマの隣に、セリエアが彼に倣うように彼と同じ方を眺める。さっきの後遺症か、ドクンと心臓が跳ねた。
「綺麗だね、空」
「ああ、そうだな」
ユーマのいた世界と異なり、電気文明がそこまで市井に浸透していないこの世界だ。星の輝きを曇らせるほどに眩い都会の灯りなんてものは無いから、その星空の瞬きは落ちてくるかと錯覚するほど圧倒的で、広い。
「ねえ、ユーマ。あの空の向こう、星の先にも空間はあるんだろう?」
「宇宙のことか?」
「うん。あの星々は天幕に描かれた絵画じゃなくて、遠くに光る瞬き。そうなんだよね」
何を言っているのか。初めはそう思ったユーマだったが、直ぐに考えを改めた。まだこの世界にはソユーズも、アポロシリーズも存在しないのだ。
「そうだな。きっと、あの星々からは、俺たちだってそう見えているさ」
「詩的だね。似合わないけど」
「・・・煩い、気の迷いだ」
もっと言えば、ユーマたちのいるこの星は恒星では無いのだから、あの星から見るのは大分難しい。なのに、そんなことを口ずさんでしまったのは・・・さっきまでの後遺症か、でなければ雰囲気に飲まれているからだろう。
「しかし、どこでそれを?」
「え?ああ、その『宇宙』の話かい。爺様からさ」
セリエアの爺様と言えばエフリードの開発者。成程、科学的な人間のはずだ。
「爺様はね、よく言ってたんだ。星を見ながら『あの先に、この星の未来がある』って」
「詩的だな」
「そう、だね。だけど、実際に爺様はそれを目指していたんだ。あのエフリードも、元々はその為の研究さ。何だったかな・・・ええと『始まりは未来を導く』だったっけ?それもよく言ってくれてた」
「その詩歌の意味は良く分からんが、宇宙開発にエフリードを?・・・ああ、そうか、成程」
エフリードの武器であるバリアフィールドと加速力は、確かに大気圏離脱に使えるかもしれない。そして、人型故の器用さと自立した通信能力は、宇宙空間での作業にもってこいだろう、SFアニメみたいに。
「もっとも、バリアは兎も角として、メインブースターはロケットみたいに使用するには・・・エフリードのそれは、まだまだ力不足だろうがな」
そうセリエアに言うと、彼女はどこか遠い眼差しで空を見つつ、悲し気に呟いた。
「キミはそう言ってくれるけど、他の人はそうじゃなくてね。散々変わり者の奇人扱いで・・・結局、私財を粗方研究と開発に投じた挙句、独り勝手に紛争に巻き込まれて死んじゃった。最期まで、大変な人だった」
「そうか」
「慰めてくれないんだ?」
「そんなタマじゃ無いだろう、お前は」
ただ、グシャグシャと荒々しく頭を撫でた。百の言葉で伝えるよりも彼女向きだし、言った通り、セリエアはお涙頂戴に甘んじる女性ではない。
「それに、その人がいたからこそ、俺はここにいるしお前はここにいる。それで良いだろ」
「そう・・・そう、だね。ぶっきらぼうで、気が利かない。それでいて気は使ってくれるキミが」
半歩、そう言ってセリエアがユーマの傍へと近づく。ふわり、と広がったスカートがズボンへと触れる。
「ああ。無鉄砲で自分勝手な。それでいて、なにかと気にしいのお前が、な」
そうして、二人そろって星空を眺める。
ここで無暗にキスしたり抱き寄せたりしないのが、彼の悪いところであり良いところなのだ。
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