第21話 Want to go back home as soon as possible

 夜会。

 それはつまり、夜の立食パーティである。老若男女が着飾り、笑みを浮かべ談笑し、グラスを傾けあう。

「・・・・・・・・・」

 少なくとも、ユーマはそう解釈していた。そして、それは確かに間違いではなかった。なかったのだが・・・。

「どうも、ローレンス卿。お久しゅう」

「これはこれは、ライレル閣下ではありませんか。こちらこそ、どうも」

「あら!リリールラ子爵婦人、その首飾り、お素敵ですこと!」

「いえいえ、とんでもございませんことよ。それよりも、サリゼリラお嬢様こそ・・・」

 繰り広げられる光景とソレを為すお歴々に、彼はただ、唖然とするしか出来なかった。

「・・・・・・・・・なんだ、これ」

 そもそもユーマ自身、大人びているとは言え一端の高校生、まだ少年と呼称する方が相応しい年齢だ。

 だから、当然にこんなパーティめいた場に呼ばれたことは1度も無い。若し彼の父が権勢に脂ぎった男だったのなら、政治家のそういった場に同行させられることもあったかもしれないが、生憎とあの男は子息への愛情以外にそういった欲も無かったらしい。

 ただ、幼き頃に見たアニメーションや映画でそういったシーンを見たことはあった。だから、「まあ、豪勢な場くらいだろう」と高を括っていたのだ。

 だが、違った。現実は彼の想像を超越していた。

 天井に鎮座するシャンデリアは目が霞むくらいに眩く、敷きつけられる絨毯は足跡が残りそうなくらいで、そして残らないくらいフカフカで。挨拶を交わす大人たちは皆、男性でさえ豪奢に着飾られた装束を身に着け、更に見る限りではリラックスした雰囲気だ。

 だから、そう・・・一言で表すなら「聞くのと見るのは大違い」と言ったところ。或いは、欽定国家の皇帝権力と、それに付随する絢爛さを見誤ったユーマの不覚とでも言おうか。

「・・・・・・凄えな」

 単純な話、彼は度肝を抜かれたという訳だ。

「どうぞ」

「え?・・・ああ、どうも」

 オマケに会場を縦横に行き交うボーイ?ウェイター?さえも動きはキビキビと言うよりむしろスムーズ、動きの1つ1つがスラリスラリと柔らかく、品がある。手持無沙汰と見えたユーマに自然な形でグラスを勧める技量は、少なくとも盆に乗ったそれを取り落としそうになった彼が10年修行したとしても身に付きそうもない。

「・・・・・・場違い、だな」

「そう思うなら、もうちょっとマシな格好をしちゃあ如何です、旦那?」

 そうか?とユーマはキョロキョロと装束を確かめる。

「ちゃんと仕舞ってあったから、汚れ無し、皺も無し、ボタンも全部揃ってる。大丈夫だろ?」

「そう言う意味で無くてでやすねえ・・・」

 ハア、と頭を抱えるジェスチャーをしたのが、背中越しにも分かる。

「普通、こういう場での正装ってなあ、貴族とか軍人以外は燕尾服でやんすよ」

 尚、貴族は貴族礼装で軍人は第2種礼装が普通らしい。閑話休題。

「なら、問題無いだろう。学生は学生らしくってヤツだ」

 何せ、学ランという奴は学生であれば冠婚葬祭何れにも着て行ける、夢の装束だ。

「まったく・・・姐御といい旦那といい、変なところで強情なんでやすから。少しは場に馴染む努力を・・・」

「お前みたいに―」

 これも、場に飲まれた故の油断だろう。ユーマはつい、何時ものように振り返り、

「―ブフォウ」

 盛大に噴き出した。

「何も、笑うこたあねえでしょう。笑うこたあ」

「だってなあ・・・お前・・・」

 そう、先程トーリスの使いを自称する男が連れて行った衣装室でも、キョウズイが正装をしたのを見るなり腹筋が崩壊したのだ。それを忘れ、無防備な心で再見してしまうほどには、ユーマも緊張しているのだろう。

 いや、似合っていない訳では無い。長身でスマートなキョウズイなのだ、以前にユーマが着せられた時のような、子供のお遊戯会か七五三のような滑稽さは微塵も無い。と言うよりむしろ・・・似合いすぎるのがいけない。

 パリッとした燕尾服を着て、普段は1つ結びにしている長髪をオールバックに撫でつけ、色眼鏡は駄目だと眼鏡も変えさせられた。

 まるでアニメーションで見る執事、否。

「ホスト、みたいだ」

 だから、ユーマがフルフルと肩を震わせ、口角と腹筋を引き攣らせているのは『ツボに入った』から。ただ、それだけ。

「宿主(ホスト)?何です、そりゃあ」

「ライトな男娼」

「聞くんじゃなかった。・・・・・・おや?」

 ザワザワと、急に会場にどよめきが溢れる。かと言って、それはスペシャルゲストが現れた時に生じるような、歓喜に近しいものでは無く。そう、例えるなら「珍しいものを見た」ような反応と呼称するのが相応しいだろうか。

「何だ?」

「何でやしょう?」

 漸く腹筋が治まったユーマが姿勢を戻した、その先。

「・・・え」

 その視線の先にあるものを見て、思わずユーマは声を失った。


(・・・・・・うう)

 一歩、一歩と歩くたびに周囲から奇異の視線がセリエアへと突き刺さる。そのくせ、関わりたくないと言わんばかりに彼女が進むにつれて、人波は割れるように離れていく。腫物扱いには慣れていた筈だったのだが、こういった場でのそれは経験の埒外だったようだ。

(それとも・・・弱くなったのかな、ボクが?)

 考えてみればこの数ヵ月、いつも隣には彼がいた。着ているものから行動から、目を惹かれるのは彼が最初。偶に自分が矢面に立たされかけた時も庇ってくれた、彼。

 そんな環境で過ごしていれば、心も弱くなるというものか。そうセリエアは一人合点してほくそ笑む。

「・・・とと」

 そんなことを考えていたからだろう。誤って、ドレスの端を踏んづけて転びそうになる。

(落ち着かないなあ・・・)

 何せ、普段とは全く違って足先から何からキュッと締め付けられるように窮屈で。そのくせ肩から先は剥き出しで、スースーと直に空気を感じるのも気色が悪い。周りの、自分より年若い女の子たちはよくもまあ、あんな何でも無い顔でいられるものだ。

「さて・・・と」

 どうせ、彼らは端っこで立ち呆けているはず・・・とドンピシャリ、見つけた。何故かユーマはお腹を押さえて俯いているが、そんなことは関係ない。

 そして、見つければ後はしめたもの。その方へ向かって一直線に、セリエアは歩を強めた。今度は踏まないよう、ドレスの裾を軽く掴んでたくし上げながら。


「や、やあ・・・その、お待たせ」

 くらり、と視界が歪む。眼球がまるで硝子球に変貌したかのように、網膜に映像を投写することを拒む。

「ど、どうかな・・・これ」

 鼓膜を震わすその声も、きっと近くにいる筈だろうに、酷く遠く感じられる。そう、それは距離で無し、自分と彼女との間にある隔絶した格差がそれを感じさせ・・・。

「なーんか、御大層なモノローグをしている気がしやすがね。旦那、真面目にやって下せえや」

「ん?・・・あ、ああ。すまん」

「すまんじゃないよ、まったく」

 ギュッとセリエアに手を握られることで、ようやくユーマの頭にも現実感が降りてくる。

「で、何だって?」

「だ、だから!・・・その・・・どう、かな?」

 そう言って、セリエアはクルリとその場で一回転した。その動きに従って、裾の長いドレスのスカート部がふわりと広がった。

「どうって・・・そう、だな・・・綺麗だ」

 イブニングドレス、と言うのだったか。セリエアの髪色に合わせた赤系統のそれはいつもの整備服とは対照的にフェミニン味をこれでもかと強調しており、隠された脚線と等価交換したようにさらけ出されている両腕の白肌は染み1つ無い滑らかさだ。後頭部に纏められた赤銅色の髪は大きなバレッタで止められていて、無理くりに纏められた感じを感じさせないよう工夫されている。

「そ、そう、かい」

 加えて、せめていつも通りにリアクションしてくれれば良いものを。雰囲気に飲まれているのはお互い様なのか、赤らめた頬を隠すように俯くものだからそっと伏せられた睫毛の長さと艶めかさが嫌でもユーマの視線を捉えて離さない。

「い、嫌だな・・・照れるなあ」

「照れるな、照れるな」

「ちゃ、茶化すなよう・・・もう・・・」

 決して、断じて、ユーマは茶化している訳では無い。頬を赤らめ俯くその姿、上品なドレスを着てきゅっと縮こまるその姿、薄く化粧をしてただでさえ魅力的な相貌が10割増で魅力的に脳を刺激する、その姿に。

「いえいえ、魅力的ですよ」

「俺の煩悩が・・・ん?ああ、大佐か」

 そんな緊迫した情勢をひっくり返したのは、いつもと変わらぬ薄笑いでそう言ってきたトーリス=ノイシュタイン大佐だった。声だけで主を判断したセリエアも胡乱気な目線を大佐へと向ける。・・・とんでもないことを言いかけた気がしたが、きっと気のせいだろう、うん。

「何だろうね・・・トーリス大佐にそう言われると、嘘みたいに聞こえるんだけど」

「それは気のせいですよ、レディ」

 流石は御貴族様。誤魔化し100%の台詞にもかかわらず、眼の泳いだり声の上擦ったりするところが一切無い。

「さて、諸君。楽しく歓談したいところではありますが・・・今は仕事の時間です」

「仕事ねえ。一介の傭兵でしかねえあっしらが、こんな所で何を出来るってんです?」

 キョウズイの言う通り。ユーマは心の中で頷いた。

「ありますよ、キョウズイ君。少なくともこの場で1名は」

 そう、意味ありげに微笑んだトーリス大佐は、ポンポンとセリエアの肩を叩いた。

「では、行きましょうか」

「ああ、うん。・・・・・・え?」

「え?ではありませんよ、レディ。こういった場で挨拶をして回るには、異性の方が傍にいた方が何かと都合が良いのです。生憎と、私の関係者の中で候補者は貴女だけでしたから」

 そう言われれば、この会場内で話を交わしている連中を見ると確かに、夫婦だろうか許嫁だろうか親子だろうか、男女の2人連れ同士が殆どだ。

「おや?これはこれは、ノイシュタイン家のトーリス殿ではありませんか!」

「ええ、ご無沙汰しておりますローレンス卿。こちらは・・・」

「知っておりますとも。しかしまあ、お美しくなられまして」

 セリエアが「分かった」と応諾より早く、トーリスを見つけた来客の1人が声をかけてくる。そして、1人に見つかれば次々と湧いて出てくるのが世の常だ。

「と、いう訳でユーマ君。暫くお借りします」

「無事に返して下さいよ、いないと困るんですから」

「ええ。承知しました」

 手を振る代わりにウィンクを飛ばすと、トーリスは大勢に囲まれて半ば自失状態のセリエアの肩を抱き、ホールの中央へと歩き去って行った。

「で、良いんですかい?」

「良いも悪いも無いだろう。それとも何か、あそこから引き離せるとでも?」

 正直なところ、確かに好い気はしない。だが、夜会での伴侶代わりをさせるための依頼と言われれば、ユーマにそれを拒否する権利は無い。それに、趣味の悪さと人使いの荒さを除けばトーリスは信用できる人間だ。

「ま、よもや連れ去ったままと云う訳はあるまいて」

「口調がおかしいでやんすが・・・まあ、それはそうでやしょ」

「あら。結構信用されてますのね、彼」

「え?ええ、まあ・・・って、誰だ?」

 自然に会話へ混ざられた、その声の主の方へと振り向いたユーマが見たものは。

「どうも、初めましてですわね」

 見目麗しい、1人の女性だった。


「初めまして、殿方」

 すうと、上品に礼をするその女性に何度目だろうか、ユーマは言葉を失った。

 顔の造形から、年の頃は20歳前半くらいだろう。銀色の長髪を縦にカールさせた髪型はボリューミイで、それに包まれた卵型の顔は元の世界のアイドルや女優が裸足で逃げ去る程に麗美だ。白色のドレスもさっきのセリエアの物とは異なりオーダーメイドなのだろう、余計によった皺や隙間は一切ない。

 セリエアのアレが『着飾った結果見違えた同級生』ならば、目の前の女性のソレは『絵本から抜け出てきたお姫様』そのものだった。

「・・・ペルミダー二世みたいだ」

「何ですって?」

「い、いえ・・・何も」

 だからと言って、唯一理解できる縦ロールに反応して、地底戦車に例えてどうする。確かに、銀色で前に突き出した2本の紡錘状の縦ロールはドリルに見えなくも無いけれど。

「それよりも、誰です貴女?」

「あら?名乗るのなら自分からでなくて?」

「おや?てっきりご存じだと思ったのですが」

 違いましたか、と問いかければ、女性は「あらあら」と人差し指で自身の首筋をなぞる。

「例えそうだとしても、それが儀礼ではありませんこと?ねえ・・・『渡り人』様」

「無駄は省くものです。もっとも・・・それを言い出せば、この場自体が大いなる無駄となるでしょうが」

 なあ?と振り向いて、同意を求める。

「いない?」

 が、そこにさっきまでいた筈のキョウズイは、影も形も無い。

「そちらにおられた殿方でしたら、どこかへ行かれましてよ」

「糞、逃げたか・・・。で、お名前は?」

 戦術的撤退を果たした同僚には、後でたっぷりとお見舞いしてやるとして。逃げ場の無くなったユーマは再びそう問いかけた。すると、女性は今度は意外そうに小首を傾げる。

「本当にご存じ無いのね。では・・・そうですわね、サルシャーナとでも名乗っておきましょう」

「では、ええと・・・レディ。トーリス大佐とはお知り合いで?」

 何と呼んで良いものか。取り敢えずトーリス大佐に倣ってそう呼んでみたが、何とも気障な感じがして頬が引き攣る。やっぱり、こんな場は2度と御免だ。

「あらあら!そうね、そうですわ。フェイルとは、それはもう!」

 何故か一層テンションの高くなったサルシャーナに若干引きつつも、「フェイルとは?」と疑問が口を吐いて出た。

「フェイルはフェイルですけれど?ああ、そうですわね、失敬致しました。分かり易く言えば・・・」

「そこまでに。何をしているんです、エクタシア?」

「あらフェイル。戻りましたの?」

「貴女の姿が見えましたので、急いで」

 確かに、心なしかトーリスは息を弾ませているように見えた。

「へえ・・・それほどに私に会いたいと?」

「ええ。変なことを彼に伝えられては困りますから」

「ええと・・・その、大佐?この女性は・・・」

 会話を交わす両名の間に入り込むように、ユーマは声を挟む。本当なら他に聞きたいことはあるのだが、サルシャーナとトーリスを見る周りの目線が明らかに遠巻きに眺める類のものだったので、先ずはそれを尋ねたのだ。

「言っていないのですか?」

「ええ。フェイルの知り合いなら知っているものかと」

 やれやれ、と頭を抱えて被りを振るトーリスなんて、そうそう見られないものだろう。

「仕方ありませんね。良いですかユーマ君、この方は行(こう ※ 代理)碌尚書事兼摂政(皇帝の代行権者)にして第2皇女、エクタシア・サルシャーナ=ヴィルトゥスフェスです」

「加えて言えば、私とフェイルは幼馴染ですわ」

 ひゅう、と思わず口を窄めてしまったユーマを、誰が責められよう。偉いさんとは思ったが、まさかそこまでとは思いもよらなかった。

「成程。それでその口調と」

「いいえ。これは私の趣味ですわ」

 本当か?と胡乱気な視線をもう一人へと送れば無言で頷いたため、どうやらそうらしい。

「なら、尚の事凄い。ところで大佐、『フェイル』とは?」

「おや?彼女についてはそれだけで?」

 ええ、とユーマは簡単に頷く。あれほどの身の上なら、さっきみたいな関わられ方は当然するだろう。解消された疑問に、抱く未練は無い。

「へえ、変わってますわね」

「でしょう。私も気に入っています」

「それはそれは・・・お気の毒ですこと」

 それをどう判断したのか、二人の間に不穏な会話が交わされたが・・・深く追求すると、また新たな火の粉を浴びかねない。

 ので、ユーマは黙っておくことにした。

「ま、それは良いとして・・・貴方の疑問ですが、簡単ですわ。フェイル、正確にはフェイルドートとは諱(いみな)、本名です」

 つまり、大佐の本名はトーリス・フェイルドート=ノイシュタインとなると。長い。

「諱と言えば中国の・・・なら、トーリスが仮名(けみょう)と?」

「ええ。チューゴク、と言うのは良く分かりませんが・・・私ならエクタシアが仮名でサルシャーナが諱です」

「・・・・・・よく、そんなのを見ず知らずの俺に名乗りましたね」

 恐らく、彼女からすればユーマが彼女の存在を知らないからこそ名乗れた、ただの悪ふざけなのだろう。しかし、こんな場でも無ければ不敬罪で打ち首が良いところだ。ぞわり、と今更ながらに背筋に怖気が走る。

「気にしないで下さいまし。親しい間柄でしたら、普通に呼び交わす程度のものですから。もっとも・・・この男は違いますけれど。昔みたいにサッちゃんと呼んでも良いのですわよ?」

 それは流石に命が危うかろう。本人が気にしていないことでも『伝統』『不敬』を金科玉条として声高に責め立てる者はいるものだ。

 トーリスも、気持ち苦い顔をして肩を竦める。

「ああ、忘れていた。大佐、セリエアは?」

「忘れていたことは、黙っておいてあげましょう。彼女は今、お手洗いです」

「・・・・・・逃げたな」

 ええ、とトーリスも頷く。流石のこの男も、女性用化粧室の前で網を張ることは出来なかったようだ。

「それで戻って来たら、キョウズイ君がエクタシアに変わっていましたからね。驚きましたよ。それで、何の用です、エクタシア?」

「貴方と同じですわ、フェイル。挨拶回りには相方が必要ですもの、それで・・・」

 サッと差し出された手をやんわりと、それでいて素早く払うトーリス。初めから注視していなければ、見逃すほどに素早い攻防だった。

「・・・と、思いましたわ。では、貴方」

「え?」

 その払われた手が、その勢いのままユーマの手を取る。殿上人同士の浮世離れした会話を呆と眺めていたユーマはそれへの対応が出来ず、結果として傍目には彼がエクタシア皇女と手を取り合っているようにしか見えない構図に置かれた。

「おや、皇女殿下?その方は」

「あら、ヴォルト卿。この方は、遠い異郷からの旅人ですわ」

 ニッコリと微笑む彼女に肘で小突かれたユーマはギクシャクした笑みを浮かべ、「どうも、ユーマ・コーナゴと申します」と挨拶を述べた。

「ほう、ほう。成程、成程・・・お友達ですかな?」

 その、値踏みをするような視線が痛いほどに分かる。

「いいえ、友人の知り合いです」

「それは宜しい。友人は大切にしませんと。勿論、誰を友人にするのかも、ですが」

 それだけ言うと、ヴォルト卿とやらは形だけは丁重に礼をすると足早に立ち去って行く。

「俺が言うのも何ですが・・・良かったんですか、アレ?」

「ええ。私としても、あの方は友人としたい方ではありませんから」

 つまり、ユーマはそういった連中からすれば関係を深めたいと思える人物では無いので、話も早く終わると。

「つまりは、体のいい人避けと」

「少なくとも、フェイルには出来ない役回りですわ。では、行きましょうか」

 はい、とユーマが言う前に、エクタシア皇女は彼の手を引いて人ごみの中へ歩き出す。

「え?」

 嫌な予感に、顔から頭からサアと血の気が降りる。

「安心なさい。さっきの調子ですと1人2分、仮に50人いても2時間足らずですわ」

 まったく安心できない言葉に、助けを求める視線を後ろの御貴族様に向ければ、

「ではユーマ君、いってらっしゃい」

 何とも晴れ晴れとにこやかに、手を振るじゃないか。

「・・・覚えていろよ」

 視線を恨めしいものに変えて呟いた言葉は、幸か不幸か皇女を取り巻く人々の歓声に掻き消された。

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