第18話 They say 「Heil dir im Siegerkranz」but I don't

 ズラリ、と多くの人間が整然と立ち並ぶ。

 全員が、待っていた。まだ暑い時分だが、全員が汗も拭わず、キッチリと着込んだ礼装の首元を扇ぐこともせず、一言の愚痴を言うことも無く、ただ、待っていた。

 すると、そんな彼ら彼女らの耳に「ブウウウン」という重低音が左から聞こえてくる。それは普段なら耳を塞ぎたくなるようなものだが、今の皆にしてみれば解放の鐘の音だ。

「来た」

 それは、誰が言ったのだろう。だが、皆同じ考えなのだから誰が言ってもおかしくない。しかし、それでも彼らは隣の人と顔を合わせたりすることなく、直立不動で待ち続ける。

 そして、初めに音が聞こえだして数分後、ようやく彼らの前にお目当ての物体がその姿を現した。それは、白一色に染められた特注の飛行機だった。まるで羊羹を雑に切り吹いたような機体に長方形の翼を生やし、その翼の左右へプッシュプル方式にエンジンを取り付けた4発機が着陸し、そして寸分の狂い無く彼らの前へと止まった。

「総員、傾注!」

 ガタンと飛行機の翼の後ろ辺りが開きタラップになるのと同時に、最前列にいた将官ががなり上げる。すると、そのタラップの前を避けるように人の波が割れて、全員がピシリと敬礼をかける。一糸乱れぬ、まるでロボットのような精密さだ。

 そこまで敬意を示さなければならない相手は、現在の帝国にはただ1人しかいない。

「皇帝陛下、御到着!」

 皇帝陛下。至高の冠を擁く、帝国の最高権力者であり、彼ら軍人が仕える主君である存在が顔を出す。

「やあやあ、忠勇なる臣民諸君」

 その唯一無二たる皇帝は出口よりにじり出ると、眼前に集った軍人たちへ気安げにそう言って手を振った。その行為は重厚と言うよりむしろフレンドリーに近しいが、それが皇帝の行為である以上、それを咎める人なぞ誰もいない。少なくとも、この場には。

「総員、休め!」

 その号令で全員が『休め』の体勢をとると同時に、彼らを挟んで向こう側より大きな花火が何発もパンパンと打ち上げられ、前列に配置されていた学徒たちが一斉に「皇帝陛下万歳!」「今上陛下万歳!」「第14代陛下万歳!」と歓喜の声を上げ、皇帝はそれに笑顔で応える。

「見てください、この熱烈歓迎を!帝国の盾たる軍人になりたいと、陛下を守る御盾となりたいと心に願い日夜猛訓練に汗を流す彼らの前に、今!その忠誠の象徴が今!その御姿をお見せになられたのです!」

 そして、そんな学徒の様子と皇帝の様子を交互に移しつつ、リポーターが熱の籠った実況を行うのだ。いささか演出が鼻につく安っぽいセレモニーだが、それを映像で見る臣民たちには効果絶大なのだろう。

「ああ、陛下が!陛下が今、このキャメラへとその笑顔をお向けになられました。陛下はこのキャメラを通して、臣民の皆さまへと笑顔をお送りになられているのです!」

 ゆっくりと手を振りながらタラップを降りる陛下の先。割れた列の間には、いつの間にか敷かれたレッドカーペットが大地割り、彼の人が進む道を創り出している。

「全員、敬礼!」

 再び敬礼の体勢をとる彼らの間を、手を振りながら通り過ぎる皇帝の姿。安っぽいセレモニーの第一幕は、そろそろ佳境を迎えていた。


「・・・来たか」

「ああ。帝国軍にしちゃ、時間に正確だな」

「皇帝陛下だろ?いくら帝国のノロマどもだろうと、それくらいは守るさ」

「違いねえ。だが、助かったぜ。これ以上こんな所にいさせられりゃあ、退屈で死ぬところだったぜ」

「まあな。おっと、そんなことより双眼鏡をバッグに仕舞えよ、撤収だ。カクトン隊長に報告しに帰るぞ」

「あいよ。にしても・・・待ち遠しいぜ、アイツらを血祭りにあげるのが、よお」


『ここに集う忠勇たち!中でも勇壮なる面魂にて陛下をお迎えする若人たちは、これからの帝国を担う鋼鉄の勇士!先日もヤムカッシュ要塞を占拠した反乱分子を見事!討伐せしめたのは・・・』

「せしめた奴らは、そこにはいないがな」

 レディオから流れる放送を聞きながら、ユーマは皮肉混じりに独り言ちた。

『何を言って・・・あ!ユーマ、キミまたレディオを持ち込んで!』

「良いだろ、別に。それに・・・何も出やしないさ」

 習慣的にモニターを左右させるが、そこにはただの森林地帯が映るばかりだ。昨夜プログラムを組んで寝て、早朝叩き起こされて、そして代わり映えしない風景を眺めて歩くだけの時間がかれこれ4時間だ。レディオを聞くぐらいの贅沢は、許されて然るべきだろう。

『すっかりお気に入りのところ悪いですがね、旦那。一応仕事中でやすぜ』

「・・・分かったよ」

 だが、仕事人間とはとても言えないキョウズイにまでそう言われては、ユーマも「Yes」と頷くしかない。それにどの道、これからしばらくはあの鼻が詰まったような声のリポーターの声しか聞こえないのだろう。そう諦めたユーマはそっとスイッチを切った。

「しかしセリエア、本当に敵なんているのか?」

『いるかいないかを確かめるのが仕事だよ、ユーマ。それに、いない方がいいだろ、敵なんて』

「まあな」

 敵と言っても、このリンハイム周辺は国境からは遠い。いるとすれば夜盗かゲリラか、はたまた武装農民か。いずれにせよ、見つけた場合にお見舞いするのは『戦闘行為』で無く『蹂躙』になるだろう。決して気持ちの良いものでは無い。

「しかし、あれだけ仰々しいセレモニーをするのなら、俺たちを追い出したくなる気持ちも分かるな」

 なにせ、ユーマとキョウズイは勿論のこととして、非戦闘要員であるセリエアも整備車両での同行を命じられているのだ。徹底してあの場から傭兵連中を排したいという、鋼の意思がうかがえる。

『で、やすねえ。皇帝陛下から謁見の栄を受けるのは正規軍だけ、雇われの傭兵はお呼びじゃ無いっと』

『拗ねてるのかい、キョウ君』

『まさか。あっしは堅苦しいのは御免でね』

「それに関しては同感だ。・・・ん?待てセリエア、通信が入った」

 恐らくは位置関係に依るものだろう。エフリードにのみ届いた通信を他2人も聞こえるよう回線を繋いでから応答のボタンを押した。

「こちらドゥンゲイル1、エフリード。よろし」

『ああ、繋がったかい?こちらはコード:グレイリング、リィエラ・イチャーナ。どう・・・ザザ・・・』

「セリエア?」

 回線をわざと乱して小声で問いかけると、ヘッドセットの向こうからはコンコンと軽い音が響く。「問題無し」の符号だ。

「すまない、通信が混線した。それで、どうされた?」

 素知らぬ顔でいけしゃあしゃあと通信を繋ぎ直すが、向こうからは屈託ない返答が返る。どうやら、バレてはいないようだ。

『気にしないでいいさ。ああ、そんなことより依頼だよ。今こっちはこの地点にいるんだが・・・』

 という通信と共に、モニターに映る地図にマーキングが光る。

「・・・この先の街道か」

『ああ。それで、そこで怪しげな運搬車が見えたから制止したところ、そこから1騎の鋼騎が逃げ出したんだ。丁度そちらに逃げた、捕えて貰いたい』

「積み荷は?」

『仲間が見分中だが、どうも穏やかじゃ無さそうでね。無思慮に追って、仲間を危険に晒す訳にはいかない、頼めるかい?』

 ふむ、とユーマは考えを巡らす。地点としてはここから数キロ、エフリードの巡航速度なら数十分で合流できる距離だ。見たところ途中に脇道は無いし、仮に逃がしたとしてもユーマたちの責任じゃない。友軍からの正式な依頼で、リスク無し、とくれば答えは1つだ。

「分かった。直ぐ向かう」

『そうかい!なら、頼んだよ』

 向こうからの通信がそう言って切れたことを確認し、ユーマは再度セリエアへと問いかける。

「セリエア、どうだ?」

『聞こえていたよ。グレイリング隊、鋼騎が1騎にサポートチームの小隊だ。執行能力に関する評価も悪くないし悪評も無いから、データを見る限りペテンじゃ無いだろうね』

「まあ、その辺りは声を聞けば分かるがな。取り敢えず、俺は先に向かう。何はともあれ逃がしちゃ話にならん」

 事実を言えば、ユーマはエフリードを受諾の返事をする前に動かし出していた。それくらいには通信の主の声は明瞭で、信頼が置ける声だったのだ。

『やれやれ、あまり簡単に人を信用するもんじゃありやせんぜ、旦那』

「お前を信用してるんだ。なら、大抵の人は信用出来るさ」

『それを言われちゃ、あっしに立つ瀬はありやせんなあ。・・・ま、あっしは姐御を護衛しつつ向かいやすんで、旦那はさっさとお行きなせえ』

 おう、と相槌を打ちつつ、ユーマはペダルを思い切りよく踏み込むと、エフリードは驀進して行く。彼の意気を示すかのように、背中の円柱から光琳を眩かせて。


 チキショウ、チキショウ、ああチキショウめ。

「チッキショウ!なんであんなトコにいやがんだ!?」

 男の口からはそんな愚痴ばかりが零れ落ちる。

「チキショウ、帝国の狗どもは全員、クソッタレ皇帝のお出迎えって言ってたじゃねえか!」

 それがどうだ。見るからに強そうな鋼騎が、よりにもよって普段はパトロールなんて来ない場所で出くわすなんて。鼻高々に情報通を名乗っていた腐れ眼鏡をぶん殴ってやりたい。

「はあ、ああチキショウ・・・他の奴らは、捕まったか?」

 良い気味だ、と男が吐き捨てたのは断じて仲間への態度では無い。が、彼としては当然の感情だ。

 何せ、同じ輸送を行っていた奴らときたら、自分が一番若いことを言い訳にあらゆる雑用を押し付けてきたのだ。

「オレが隊長だってのに、クソ野郎が」

 しかも、その態度は出発間際に隊が3分割されたことで増々酷くなった。奴らからすれば、彼は能無しと判断された出来損ないに映ったことだろう。

「・・・ま、ざまあみろだ、バカ野郎どもめ」

 煙草を燻らせるだけの威張り屋どもが捕まって、そいつらに雑用を押し付けられて荷台にいた自分だけがなんとか逃げ出せたのを鑑みれば、正に因果応報。神様だっているに違いない。

「ハア、どうやら・・・追っちゃ来ねえようだな」

 後ろから敵の鋼騎が追って来ないか。それだけを目を皿にして注意していた男だったが、そいつは他の連中に手いっぱいなのか追手が来る様子は無い。

「おお神様、あんがとよ。次は寄付でもしてやんよ、ハハ!」

 助かったとの思いに心が解れたか、心にも無い軽口を叩く。彼自身帝国の神様なんて知ったことでは無かったが、こうも良い目を見せてくれるとあれば「宗旨替えも良いかもしれない」くらいは考える。

 が、そんな神様はどうやら残酷なようだ。或いは、彼のような信徒は不要だと思われたのだろうか。

「あ!?前から敵だとお!・・・ケッ神様もあてになんねえな」

 アッサリと前言撤回した彼の振舞いを見るに、どうやら神様の判断は正しかったようだ。

「しかし、どうすっか・・・」

 男が奪取してきたこの鋼騎は、確かに戦闘用だ。

 だが、調子が良くないというのも事実。今でもサブモニターには<Caution>の黄色い表示が躍っている。敵が何者かは分からないが、がっぷり四つ組んで戦うことは避けるべきだろう。そんなことを考えている間に、前から来るその敵がモニターに捉えられた。紺色の人型、間違いなく鋼騎だ。

「チッキショウ!どけ、どきやがれ!!」

 考える前に、男の指は動いていた。射程範囲に入った途端に、機関砲を乱射させる。機械音と共に前方に投射された弾丸は狙いなど碌に定めてないせいもあって文字通り『ばら撒かれ』た。

 深い考えあっての行動では無いが、彼のこの行いは「逃げ遂せる」ことのみを考えた場合結構なベストアクションであった。普通の騎者であれば射撃に対しては防循で防ぐか避けるかで、敵の鋼騎に盾が無い以上は避けるしかない。

 そして、敵がそうした場合は彼の進路上から外れることになる。その鋼騎に手持ちの銃器は無かったので、一度すり抜けてしまえば脱兎の如く逃げ去ればよい。鋼騎を使い潰す心算なら不可能では無かっただろう。

 ただ、生憎とその『敵の騎者』は普通では無かった。

「なあ!?」

 なんと、その鋼騎は避けるどころか、発砲と同時にこちらへと突っ込んで来たのだ。姿勢を低く、まるで地を這うように突っ込んでくるその様子はまるで、ラグビーのタックルのようだ。

「正面からあ!?」

 そして、タックルのようであれば、その次に行われる行為もまた、同じだ。対して、男の考え無しの連射のせいで銃口は跳ね上がり、その鋼騎へ照準を合わせることは出来ない。

 結果、男の鋼騎は真正面から敵の加速度を受け止めされられた。

「ぐふぁ!!」

 衝撃で首が前後に揺さぶられ、グルンとモニターごと視界が回転する。そしてドカンという衝撃音と共に、彼自身もまた座席へと叩き付けられる。安物の素材でできたコックピットはその衝撃を受け止めることも逃がすことも碌に出来ず、その殆ど全てが彼へとお見舞いされた。

「ガフ!」

 打ち据えられた衝撃で何かを噛んだ音と途端に広がる鉄臭い味、敵騎の足で踏みつけられたらしい軽い衝撃が、男の五感が捉えた最期の諸々であった。


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