第16話 Get scolded severely

 狭っ苦しいコックピットの中で、騎者は上機嫌に鼻歌を歌いつつ操縦桿を動かしていた。年のころは16~17歳くらい、変わった質感をした紺色の上下を纏った少年騎者だ。

 帝国軍外郭団体マンティクス。その実働部隊の新入りにして、参入してから既に2度もの死線を潜り抜けたユーマは、久々に命に危険の無い仕事に生き生きとしていた。

「♪~~~~♪~~~~~」

 内容は、この前良く言って中破して改修したエフリードの機能試験である。

 当然だが、敵と戦わないことは、即ちイコール安全ではない。パーツにトラブルがあったり設計にミスがあったりすればたちまち大破、運が無ければ爆散の憂き目に遭う可能性は十分にある。しかし、ユーマからすればマンティクスでの任務、そしてそこに至るまでの道中を思えば、その程度の危険性は鼻で笑えるレベルに低い。

「不可能を可能にしてこい、って言われるよりゃマシさ」

 もっとも、試験前に相棒たるエンジニアへそう嘯いてに乗り込んだ彼は数分後、どえらい大目玉を食らうことになるのだが。幸運にもそんなことは露知らず、今のユーマは順調に試験項目をこなしていった。

「・・・ふう」

 そうして、サブモニターに映る試験項目にチェックが入り切ったことを確認し、操縦桿から手を離したユーマは軽く息を吐いた。少なくとも、相棒の設計や保守に間違いが無いことは信託している。ならば必然的に、何かミスやトラブルが起こればそれは騎者たるユーマの責任となる。ああ嘯いたはいいものの、どうやら一丁前に緊張はしていたらしい。

「こちらドゥンゲイル1、エフリード。試験項目1番から7番まで遂行完了。問題無いか?」

 そう問いかけると、ヘッドセットの向こうからはその相棒、セリエアから返答が入る。

 ちなみに、ドゥンゲイルと言うのはユーマたちのチーム名で認識コードである。意味するところは良く分からないが、セリエアが提案しキョウズイが頷いたものに、ユーマが反対出来る道理は無いし、する気も無かった。

『こちらのモニター上では、異常は無いよ。そっちはどうだい?』

「・・・こっちにあったら、初めからそう言ってる」

 思わず出た、拗ねているような言い方にイヤホンからは柔らかな笑い声が届く。

『ふふ、そうだね。感想はどうだい』

「後で言う」

 何だよう、と通信機越しにボヤキが聞こえた。恐らく、セリエアはその端麗な顔の口元を不満が分かり易く窄めているに違いない。

(まったく、分かり易い奴だ)

 そんな予想を楽しんでいたユーマへ、彼女から新たな試験項目が送られてきた。

「試験項目リストの受領を確認。ん?・・・おいセリエア、これは明日にするはずじゃ・・・」

『良いだろ、やることも無いんだし。じゃ、8番試験と9番試験。シールドとバリアの試験だ、良いね?』

 嫌がらせとも取れる彼女の言い回しだが、思い付きでそんな子供じみた嫌がらせをしないことはユーマが一番よく知っている。もっとも、そこにホンの少し険が混ざったことから不機嫌なのは隠しようが無いが。

「分かった。まずはシールドからだな」

 そう言って、武装コマンドからエネルギーシールドを選択する。ショートカットキーを使わなくても良いというのも後方故の贅沢だろう。

 今まで通り、クンと軽い駆動音に載せてエフリードは右腕の手甲で防御の姿勢をとり、パシッ開いたそこから不可視の盾が展開する。エフリードの加工されたモニター画像に表示されているのと同じように、試験場の監視室でモニターしているセリエアたちのそれにも見えているはずだ。

『エナジー強度、クリア。展開領域、問題無し。よし・・・いくよ、ユーマ』

 その言葉と共に、ガンとけたたましい音を響かせて銃座が姿を現す。

「っつ!・・・おっと」

 それを見て思わず回避の動きを取りそうになった腕を、ユーマは辛うじて制止する。歴戦の騎者として鍛えられた反射神経の賜物ではあるが、今ここでそれを披露しては、試験の意味が無い。

『3・2・1、発射』

 銃口からフラッシュと共に発射された砲弾は、想定通りの性能を発揮したシールドにガンガンと空しい音を立てて弾かれた。無論、シールドを破れない威力であることも、想定の内だ。

 だが、分かっていたとしても攻撃を漫然と受けることに、ユーマの感覚器官は凄まじい拒否感を発した。思わず強張る首筋を、揉むようにして解きほぐす。

「・・・ふう。どうだ、セリエア」

『強度減衰・・・コンマ数%か。ん、問題無しっと』

 その言葉に「ほう」と安堵の息を吐くと共に、次の試験項目を思い出したユーマは「はあ」と諦観の息を漏らす。

「じゃあ、次いくぞ、次。確か、バリアフィールドだなっと・・・・・・ん?」

 今日の試験を始めて以来、ユーマは初めて疑問の声を上げた。何故なら、これまでなら腕を前方へ掲げて展開していたのに、何故か手が引っ込み腰の辺りに据えられたからだ。まるで、それは気合を入れる空手家のようである。

「お、おいセリエア、これは・・・」

 何だ?と言う前に、再び銃座が光を放つ。

「うお!?」

 しかし、その砲弾は先程と同じく、丸くエフリードを取り囲む光の壁によって阻まれた。だが、一瞬感じた死の恐怖に息は止まり、脇からは冷たいものが滴り落ちる。

『うん、バリアフィールドも問題無いね。良い調子だよユーマ』

「良い調子、は良いんだけどな、セリエア」

『何だい?』

「展開の方法を変えたんなら、初めに言え!」

 吃驚しただろうが、とは流石に口にはしない。それを言うにはあまりに公衆の面前過ぎる。

『展開の方法、と言うよりは展開の場所・・・かな。まあ、詳しくは帰って来てから説明するよ』

「・・・・・・今、言えよ」

 さっきのお返しさ、と返した来たセリエアは、きっと恥ずかしいくらいのドヤ顔だろう。後から思い出してトラウマにならなければ良いのだが。他人事ながら、ユーマの頭にはふと、そんな心配が過った。

「はあ・・・まあいい。で?」

『うん?ああ、それじゃあ最後の試験項目、お待ちかねの新兵装の時間だよ!』

「待ってない」

 郁子無くそう切り捨てるユーマだったが、言葉よりも顔は正直なものだ。嬉しさと期待で吊り上がる口角は隠しようが無い。

「新兵装・・・新兵装ねえ・・・ん、これか?」

 指先も軽やかにサブモニターから武装コマンドを眺めていたユーマに、見覚えの無いコマンドが映る。

「ス・・・タル・・・何だ、これ?」

『ああ、そうそう。それだよユーマ』

 ちょっと待ってね、とセリエアが待ったをかけたのと、「これか」と反射的にクリックしたのは殆ど同時だった。

『あ、馬鹿!』

 それが聞こえた時には、既に行動は終了していた。

 ユーマが知覚したのはバアンと激しい音が響いたことと、何かが高速でモニターの前を通り過ぎたことくらい。セリエアの罵倒にハッと気が付いてみれば、試験場にはサイレンが響き渡り、インカムの奥ではザワザワとしたざわめきが。

「・・・・・・やっちまった、か」

 自然な手つきでインカムを外して、そう独り言ちる。瞬く間にモニターを埋め尽くす<Test discontinued>の赤いメッセージログに、これから起こる事態を予想したユーマはドッカと席に体重を委ねた。

「やれやれ」

 恐らく、あと1時間は座れないだろうから。


「ふう・・・酷い目に遭った」

 試験中止から2時間後、ユーマはフラフラとした足取りで試験場を後にした。と言うよりかは、追い出されたと称する方が適当か。

 あれからエフリードを格納庫まで運ぶのに20分、そこから呼び出された指令室に向かうまで5分とかかっておらず、つまり彼が説教を受けていたのは1時間30分となる。流石に生徒で無いマンティクスの戦闘員を殴るようなことは無かったが、その代わりが入れ替わり立ち替わり、長時間の訓戒と説教では果たしてどちらが楽だったのやら。

「それに、あそこまでやるかね」

 勿論、危険だったのは良く分かる。運よく当たりどころが良かったから訓戒で済んだが、若し万が一人死にが出ていればどうなったことか。追放、拘留、軍事裁判、etc・・・と元の世界で聞き及んでいた事例を実体験するところだったのだから、これも贅沢な愚痴と言えるだろう。

「それにしても・・・」

 と、ユーマは今出てきたばかりの建物を仰ぎ見る。それは色気もへったくれも無い四角四面とした建物で、白一色なのも相まってまるで漫画やアニメで見る学校の校舎にしか見えない。むしろ、今の小学校なんかの方がスタイリッシュなのではないだろうか。

 そして、そんな建物からジャージ上下で現れたユーマは、さしずめ部活に赴く運動部員と言ったところか。

「異世界に来てまで、学校に来るとはなあ・・・」

 しかし、彼らがこの地にいるのは勿論勉学に勤しみに来た訳では無い。当然、仕事である。

 ヤムカッシュ要塞での任務ののち、そこにいた戦闘員は治安維持要員を除きマンティクス、正規軍問わずにそこから数キロ先にあるこの地、リンハイム駐屯基地へと移送された。何でも、鋼騎が帝国軍の正規部隊として編制されるのを祝したページェントが行われるらしく、ユーマたちが連れてこられた官舎には他から招集されたらしいマンティクスの騎者もチラホラと見受けられた。未だ接触は無いが、恐らくはあのトーリス=ノイシュタイン中佐もどこかにいることだろう。

 云わば、ゆっくりする間もなく次の仕事にスタンバらせられた形のユーマたちであるが、彼らにとってはむしろ幸いな話だ。何故ならしっかりした整備工廠がありエフリードの修理改修の問題無し、ついでにその間、本来ならば暇を持て余す時間に試作騎の試用騎者や併設されている訓練学校のアグレッサー任用で小銭を稼げるといった寸法だ。トーリス中佐の抜け目の無さがありありと目に浮かぶ。

「・・・・・・ふふ」

 そんな場所で、よりにもよってその学生以上に叱られたであろう身の上に、思わず苦笑が漏れた。彼の経験上、あそこまで怒られた経験は無い。学校での彼は不愛想と辛辣を除けば優等生だったから教師や先輩から怒られるようなことは無かったし、父親はそもそもそんな無駄な時間を使う人では無かった。

 若し、小さいころに母親からはあったかもしれないが・・・。

「随分と楽しそうだね、ユーマ」

「げ」

 そんな彼の前に、立ち塞がる1つの影。ダボダボの作業服の上に飾られた赤銅色の切髪に包まれた顔は乱れ無き笑顔を形作っていた。

「何かい?」

「あ・・・いや・・・」

 別にユーマとしては楽しかった訳じゃ無い。ただ、苦笑と言うには思い出に浸りすぎていた感もあるから、傍から見ればそう見えたのかもしれない。

 そして、目の前のセリエアも同じように?ニッコリ笑顔。2人を単純に見れば仲良く楽しそうな友達連れだろう。が、よくよく見ればセリエアの笑顔の奥で目は笑っておらず、対するユーマも苦笑顔のままだが口の端が微妙に引き攣っている。

「ま、いいや、そんなことはどうでも」

 絶対にそんなことは無い口舌でそう嘯くと、クルリとセリエアは後ろへ回れ右。

「取り合えず・・・聞かせて貰うよ」

「何をだ?」

「いろいろ、さ。そう・・・いろいろと、ね」

 いろいろとは何なのか。そんなことを訊けるような雰囲気では無かった。

「じゃあ行こうか、ユーマ」

 トドメとばかりにセリエアは振り返り、怖いくらいの笑顔でニッコリ笑顔を再び見せる。

(・・・ああ、畜生)

 良い意味でも悪い意味でも、その笑顔にユーマが逆らえる道理は無い。

「・・・はい」

 言い訳を考える頭よりも早く、勝ち目が無いと判断したユーマの口はあっさりと白旗を掲げた。

「ん、良し」

 残像として目に焼き付いた彼女の笑顔に見とれている間に、彼女は振り返ってスタスタと早足で歩いて行く。慌てて彼女のあとを追って格納庫にあるセリエアたちの家、ヘクサルフェンまで小走りで向かいながら、ユーマは呆とした頭で漫然と考えていた。

 どうか、今度はせめて座らせてもらえますように、と。


「・・・で?」

 予想通りと言おうか。格納庫内にあったコンテナに腰かけるや否や、セリエアからは笑顔は掻き消えてペタリと不満顔が貼り付いた。

「言い訳があるなら聞くけど、ある?」

「そうだな、あんなに直ぐ発射するなら前もって言っておいて欲しかったかな」

「・・・そこは『無い』って言うべきじゃないかな」

 ぷう、と頬を膨らせ口を尖らせ、顔全体で不満を表現する。かわいい顔が台無しだ。

「だがな。仮にそう言ったとして、信用するか?」

「う・・・そ、それは」

「だろ。それに・・・あれから決めたんだ、俺は。お前には隠し事はしないって」

 そう、一直線に彼女を見据えつつ、迷いなくそう断言する。あんな悔いが残りそうな真似をするくらいなら、知っているままを伝える方がよっぽど良い。

 そんな想いでそう言って、そのまま彼女に倣ってコンテナへと座るユーマに対し、セリエアはその細い指をビッと突き付ける。気のせいか、頬がほんのりと赤い。

「朴念仁!」

「はあ?」

 どういう意味だ、と問いただそうとしたユーマの機先を制し、セリエアが口を開く。

「もういいよ。それよりも、仕事の話をしよう」

 そう言われれば、ユーマもこれ以上追及の手を出すことは出来ない。どうやら『仕事』が『契約』に代わる新たな殺し文句になりそうだ。

「先ずはキミからだよユーマ。エフリードの調子、どうだい?」

 何のことか分からず首を傾げるユーマだったが、「何のことだ?」なんて口に出せる筈も無し。思考をフル回転させ、試験場で感想を聞かれた時にはぐらかしたことを思い出した。

「調子・・・ああ、調子ね。確かに問題は無いが・・・」

「無いが?」

「この言い方が正しいのか分からんが・・・少々動きが固いな」

 ユーマとしても頭の悪い言い方は業腹だが、直感的にそう感じたのだから仕方がない。だが、そんな彼の葛藤を他所に、セリエアは「ああ」と簡単に首肯した。

「アクチュエータの関節部品なんかを、専用品から軍の共通部品に置き換えたからね。そのせいじゃないかな」

「へえ・・・って、良いのか、それ?」

「まあ、完調で考えれば、魔導鋼騎としては後退かもしれないね。でも、あの子を起動してからフルスペックで運用出来てたことなんて無いし、騙し騙しの整備も限界だったし、しょうがないね」

 仕方ない、とばかりにセリエアは被りを振って肩を竦めた。

「まあ、それならいいが」

 高価な受注生産品を壊れる寸前まで使い倒すよりは、いくらでも替えの利く部品を小まめに交換する方が、実際の運用スペックとしては安定する。そう言われれば、確かにその通りだと納得できた。

「一応、限界だと思って設計プラン自体は旅の途中から編んではいたんだ。本来なら、新帝都に着いた段階で今の様式に改修したかったんだけどね」

「確かに。そんな暇は無かったな」

 しかし、エフリードの状態はどうやら思った以上にギリギリだったらしい。バラシ整備をして初めて分かったことだが関節部は惨々たる有様で、一部の部品にはクラックすら発生していたらしい。あの蜘蛛みたいな魔導鋼騎との戦いで分解しなかったことが奇跡に等しい。

「ま、性能的に問題無いなら、あとは俺が慣れるだけだな。で・・・」

「うん。次はボクの番だね」

 そう言って、セリエアはおもむろにクリップボードを差し出した。

「データは守秘義務があるらしくて。手書きの紙媒体だけど、それで分かるだろう?」

「分かるか」

 三面図と、そこにあれやこれやの注釈やら何やらが書かれていることは、辛うじてユーマにも分かった。

 だが、その字が壊滅的に汚いのだ。いや、アルファベットの筆記体と考えれば、逆に流暢なのかもしれない。が、どちらにせよ読めないという点では変わらない。

「何だよう、読めるんじゃないのかよう・・・」

 一目見るなり突っ返されたセリエアはそうぶつくさと文句を言うが、ユーマは一介の高校生で言語学者でも考古学者でも無い。読めることと解読出来ることは別問題なのだ。

「分かるように説明しろ」

「はいはい。ま、簡単に言うとね、バリアとシールドの発生位置を変えたんだ」

 つまるところ、こういうことらしい。いままではバリアフィールドの展開とシールドの発振を同じ部位、二の腕部分に設置した機器から行っていた。それを、シールドは手甲、バリアは体の中心胸部へと分配したと。

 勿論、創造物としての完成度を語るなら機能は集約する方が望ましいから、それと引き換えのリスクヘッジという訳だ。

「ふうん。見た目に大きな変化は無かったけどなあ・・・」

「そりゃそうだよ、胸部と言っても装甲の下だもの」

 曰く、外から見ればバリアの展開時に胸部装甲が持ち上がるから、変化が良く分かるらしい。

「それに、そもそもバリアもシールドも魔導エネルギーに依る障壁をどう発振させるかの違いで、その大元の機関は魔導炉付近にあるんだ。まあだから、そんなに手間だった訳じゃないよ」

 しかし、『分配した』と軽々に言うが、それをしつつ外観をほぼ変えないというのがどれほど難しいかは、少し齧った身としては良く分かる。

「・・・凄いな」

 だから、思わずそんな感嘆を呟いた。

「え?なになに?」

「凄いな、と言った。だがな・・・」

 その凄さを認めることとは別に、ユーマの頭に新たな疑問が芽生える。

「だがセリエア、良いのか?」


 打って変わって真剣なユーマの眼差しに、セリエアも茶々を入れるようなことはせず、次の言葉を待つ。

「前にお前は言ったな。あれは・・・エフリードは祖父の形見同然だと。だから、出来るだけ姿形を変えたくないと。それを・・・」

「ああ、良いんだ、別に」

 しかし、肝心要のセリエアはあっけらかんと、まるで何でも無いように言い放つ。勿論セリエアとしてもユーマの考えてくれていることは分かるし、その気遣いはハッキリ言ってとても嬉しい。

「だが、しかしな」

「だから、良いんだって」

 ただ、今の彼女にはそれ以上に大切だと思うことが出来た、それだけなのだ。

「ほら」

 置いてあった籠から飲料水の缶を2つ取り出すとプルタブを空け、1つをユーマへと押し付ける。そして、そのまま元の場所では無く反対側、つまりユーマの隣へと腰掛けた。

「ボクはね、ユーマ。エンジニアのせいで人が害を被るのは嫌なんだ。それこそ、初めからそう言ってたろう?」

 ああ、とユーマが頷いたことを確認し、セリエアは一息に呷り喉を潤す。喋り過ぎていたからか常温の水にもかかわらずそれは抜群に美味しくて、小さな缶だったこともあり忽ち半分ほどが彼女の臓腑へと消えた。

「だからさ、ユーマ。ボクがエフリードの現状維持に拘って、それでこの前みたいにキミが生きるか死ぬかみたいな目に遭って・・・そっちの方が、エフリードの中身が変わる事よりずっと嫌なんだ、ボクは」

「・・・・・・・・・」

「それにね、変えたって言っても配置を組み替えただけさ。エネルギーバイパスなんか見て思ったけど、元からそうするつもりだったかもしれないくらいさ。・・・だから、気にしなくて良いんだ、本当に」

「・・・・・・・・・そうか」

 何と言うべきか迷ったのだろう。長い沈黙の挙句にユーマの口から出たのは、そんなありきたりの返答で。

「そうだよ」

 そして、セリエアが返したのもそんな木霊のような返事で。

「・・・ふふ」

「・・・はっ」

 そして、お互い真正面、係留されているエフリードの方を向いて笑いあう。そしてそれを、彼女の愛し子にて彼の悍馬はただ、じっと見降ろしていた。


 いや、詩的に言えば『見守っていた』となるだろうか。


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