第14話 I want your-smile and I need you own

『お聞き下さい、この迫力ある音を!今、不遜にも皇帝陛下に背いた叛徒どもの巣窟へ、偉大なる帝国軍が誇る鋼の・・・』

 ユーマは、限界とばかりにレディオのスイッチを切った。

「おや?お止めになるんで」

「・・・見れば分かるだろ」

 面倒臭げに顔を上げれば、放送と寸分違わぬ光景が繰り広げられているのだ。それが面白おかしい名解説ならまだしも、ただ単に光景を鼻に詰まったような声でそのまま述べるだけのキャスターなら、わざわざ聴く必要も薄い。

「そりゃそうで」

 ククッと喉で笑いつつ、キョウズイもまたユーマと同じように腰かける。前と同じように布切れを纏った2人が揃って腰かける様は、さながら遊牧民の如くだ。

「いやしかし、今回は大変でやしたねえ」

「それを言うなら『今回も』だがな。その分、アイツらには楽をしてもらいたいもんだが」

「左様で」

 盾を構えて要塞へと近づく鋼騎に機銃だろうか、銃眼や城壁の隙間からやたらめったらと射撃が見舞われている。何も知らない者から見ればさぞや迫力たっぷり、迫真の戦場なのだろうが、生憎と『敵に火砲無し』と分かっている両者からすれば只の三文芝居に過ぎない。

「まあ、それはそれとして・・・お前には助かった、有り難うな」

 その言葉に、珍しいものを見たとばかりに目を見開いてこっちを見て来るキョウズイだったが、認めたく無かろうが事実は事実だ。

「これはこれは、珍しいものを・・・」

「言うんじゃない。お前が俺の意を汲んで、俺がつくる機会を待ってくれたことあっての成功だ。通信、聞こえてなかったんだってな」

 それに対し、キョウズイはどこか揶揄うように喉で笑う。

「へへへ。・・・まあ、何かの意図でも無きゃ、崖に向かって逃げたりはしねえでやしょう?特段、礼を言われるようなもんじゃあありやせん。それよりも・・・」

 そう言ってキョウズイはわざとらしく辺りを見回すと、

「姐御はどこでやしょう?」

 と、これまた揶揄うような声音で尋ねてきた。

「・・・・・・・エフリードの整備中だ」

「おや?手伝わなくても?」

「・・・邪魔だから手を出すな。そう言われた」

 しかし、今日は昨日に戦闘が終わってセリエアがヘクサルフェンを取りに戻って尚、1両日を数える。にもかかわらず、会って話をしない理由としてそれは聊か弱いが過ぎる。

「本当に?」

「本当だ」

 当然、それを痛いほどに分かっているユーマは断言しつつもプイと顔を逸らした。

「でも・・・まさかそれを鵜呑みにしてらっしゃる訳じゃあ無いでしょうねえ?」

「・・・・・・」

 そっぽを向いたままの沈黙に、キョウズイはやれやれとジェスチャーで返すと「エヘン」と咳ばらいをした。

「旦那・・・こりゃあ飽く迄、一般論でやすよ、飽く迄ね。男が女に泣かされるのは仕方がない、だって男は馬鹿で単純でやすから。賢い女からすりゃ、騙し放題」

「だろうな」

「そして、男が女を泣かせること。これもまあ、仕方が無いたあ言えやせんが問題は無い。手前の酷え都合を押し付けたってえ自覚がありゃあ、泣かれたってどうということはありやせん」

「・・・・・・」

「ですが、ですがね。女に泣かれること、これだきゃあ男は耐えられやせん。コトに、自分がその女のことを想っての結果がそれじゃあ、まったくもって、ねえ?」

「それは経験則か?」

「ハハッ・・・さあて、どうでやしょうねえ?」

 はぐらかすように笑うキョウズイだが、その声音は間違い無く真剣な響きに違いないものだった。

「・・・・・・はあ・・・仕方ない」

 大きな溜息の後、そう独り言ちたユーマは「よっこいせ」と大業そうに立ち上がるとキョウズイに背を向け歩き出す。

「・・・どうしたんで?」

 分かって言っているのだろう。さっきとは違い揶揄うような調子に戻ったキョウズイがそう問うてくる。黙って行こうかとも思ったが、それも何だかバツが悪い気がしたので、

「泣かせてくる」

 と、顔も見ずに答えた。

 1歩歩き出してチラと後ろを見ると、そう仕向けたクセに「おたっしゃで」とばかりにヒラヒラと手を振るキョウズイの仕草。掌の上で転がされているような、その癖面白がっているような、その態度がなんとなくユーマは気に障った。

 だから「えいや」とばかりに、後ろ足にその背中を蹴り落とす。キョウズイの情けない悲鳴を背に受け、今度こそユーマは脇目も振らずに再び歩き出した。

 エフリードの、否、セリエアの元へ。


「はあ・・・」

 エフリードの整備。そうユーマには言ったものの、実際には出来る事は殆ど無かった。切り飛ばした右腕については論外としても、それ以外の修理についてもヘクサルフェンの格納庫で何とかなるものでは無い。結論から言えば、この場でやれることはそれら破損個所のチェックとリストアップくらいのものだ。

 とどのつまり、彼女が整備だなんだと言って格納庫に籠っているのは、顔を合わせたくないことへの体の良い言い訳に過ぎない。

「はあ・・・」

 なので、独りセリエアは何をするでもなく、呆と椅子に座りエフリードを眺めていた。ただ、幾度となく口を吐く溜息が彼女の煩悶、苦悩を主張している。

(だって・・・なんて言えば良いんだよう)

 「生きて帰って来てくれて嬉しい」と、自分が言っても良いのだろうか。「エフリードをこんなにして」と、自分に言う権利があるのだろうか。静かな時間がグルグル、グルグルとそんな考えを脳裏に駆け巡らさせる。

「よう」

「ひゃい!?」

 だからセリエアはまさかいきなり、それも当のユーマから声をかけられるなんて思ってもおらず、心臓が飛び出す程に驚いた。

「な、なななんだユーマじゃないか、どうしたんだよう?」

 バクバクと早鐘のように唸る心臓は痛みすら感じるほどで、つい早口になる言葉は明らかに上擦っていた。ナルホド、奇襲とは真に効果的な戦法だというのが良く分かる。

「どうしたって・・・様子を見にきた」

 ごあいさつだな、と平坦な口調で述べる彼は、自分とは異なりいつも通りの様子に思え、それもセリエアの心をそばだたせる。

「で、エフリードは?」

「え、エフリード?・・・あ、ああ、そうだね。一言で言えば・・・そう、満身創痍だ。・・・・・・・・・まあ、知ってたろうケド」

「そうだな」

 それだけ言うとユーマは隅に畳んであった椅子を広げ、セリエアの隣に置いたそれにどっかと腰かける。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 長い沈黙と居心地の悪さに、お尻の辺りがムズムズする。

 せめて、さしあたりの無い話でも。そう思ったセリエアが口を開き「あ・・・」と発しかけた瞬間に、機先を制するかのように、ユーマが口を開く。

「あの話だがな」

「あの?・・・・・・どの、だい?」

「この仕事を受ける前、元の世界にどうこう、あの話だ」

「ああ・・・・・・・・・あっ!いけない、アレが―」

 そうわざとらしく大声を出し、逃げ出そうと立ち上がったセリエアであったが、

「座れ」

 左腕をがっしりと掴まれ、そう凄まれてはどうにもならない。すごすごと元のように座り直すと「すまなかった」と言ってくる辺りはいつものユーマなのだが、その言葉にはいつに無い真剣味が見えた。

「・・・実は、あの話はな。その前にトーリス中佐から聞いた『渡り人』に関する事を説明する、前振りのつもりだった」

「前振り?」

「ああ。取り敢えず、まずはそれから話そう。言いたいこともあるだろうが、最後まで聞いて欲しい。いいか?」

 セリエアが不満げながらも首肯したことを確認したユーマは、頭をガリガリ掻くという困ったときのいつもの癖を出しつつ、ポツリポツリと語り出した。


「・・・・・・・・・つまりは、かくかくしかじか。そういうこと、らしい」

「まるまるうまうま・・・っと。ふうん、まあ有り得ない事じゃ、無いかな」

 そう言って、セリエアは宙に人差し指でくるりと輪を描いた。

「そうなのか?」

「そう。そもそも、『渡り人』なんて存在はその時々しか語られない。そして、ある事件を境にプッツリ居なくなったように情報が無くなる。お伽話みたいに、ね」

「お伽話、ね。なら・・・さしずめ俺は世界を救う勇者様、か?」

 お姫様を救う、と言わないのはあまりにあからさまが過ぎるからだ。

「止めてよ。そんなロマンティックは柄じゃ無いだろ、キミ」

「・・・違いない」

 ククッと喉で笑い、この場に来て初めてユーマは相貌を崩す。それに釣られて、セリエアも多少ぎこちなくだが笑みを零した。

「でも、ボクにとっては・・・・・・なんてのは、この際どうでも良いとして。で?」

「で?」

「で、だよユーマ。そのことと、君が元の世界に帰りたいかどうかなんて話が、一体全体どう関係するのさ?」

「ああ、俺の中ではな。・・・あの時俺は言ったな、『分からない』と」

 覚えているか、との問いかけにセリエアは無言でコクリと頷いた。

「分からない、と言うのはだ・・・・・・勿論、俺だってこの世界で、お前たちといるのが楽しくない訳じゃ無い。自分の力で、自分の好きなことで、誰かの為になれる。そうだろう?」

 そう言ってすいと彼が指さした先には、ハンガーに吊るされている傷だらけの巨人。

「・・・それが、戦うこと、人の命を奪うことでもかい?」

「だとしても、だ。エフリードに乗ることは、乗って戦うことは、俺の意思だった。だから、そのことについてお前が気に病むことは無いさ」

 その言葉に、セリエアが「はあ・・・」と安堵の息を漏らして肩を落としたところを見るに、やはりそのことを気にはしていたのだろう。

 これで、2人の間のギクシャクは解決。今までならこれで話を終わらせていただろう。

 しかし、今回はそれで終わらせてはいけない。

「・・・でもな、やっぱり俺はこの世界では異分子なんだ」

 その言葉に、再びセリエアの表情が強張る。だが『全て伝える』と決めた以上は、心を鬼にして次の言葉を紡ぐ。

「止めてよ、ユーマ。そんなことは・・・」

「いや、お前が『違う』と思ってくれているのは嬉しい。だが・・・だがなセリエア。俺が何かを成さなければならないとすれば、やっぱりそれは元の世界で、なんだ」

 確かに、この世界にいれば楽しく刺激に満ちた異世界ライフを送れるだろう。ただし、『戦死』というバッドエンドを除けば、だが。

「だがな、それは・・・それは、『あの男』からの逃避でしかないんだ」

 だから、ユーマは戻らなければならない。戻って、父に自分の意志をぶつけて、その上で自分の道を進む。抗うと言うのなら、そうでなくてはならない。

「逃避、か。・・・・・・難しい話だね」

 どこか虚空を見つめて、セリエアがそう呟いた。

「でも・・・でも、さ。何事も無く戻れるというのなら、まして向こうでやるべきことがあるのなら、その話は寧ろ良い話なんじゃないのかい?」

「そうか?」

「そうさ。こんな危険な仕事をして、頑張って情報を集めなくても帰れるってことじゃないか。まあ、キミをこの世界に呼んだ人の目的が何かは知らないけどね」

 しかし、ユーマは「それじゃあ、駄目だ」と大きく首を横に振る。

「逆に訊くぞ、セリエア。お前はそれで良いと思うか?」

「え?」

「俺は嫌だ。俺の意思は無視して、用が済んだらサヨウナラ。この世界で為すべきことがあると俺が思っていたとしても、そんなことはお構いなし。そんな馬鹿な話、事実だとしても俺は御免だ」

 勿論、そうだとすればそこにユーマの意思が介在する余地は無いのかもしれない。しかし、それをただ唯々諾々と受け入れるだけならば、この世界で生きる『意味』は何だ。周りの求めるままに、親に恥じぬようにと言われるままに暮らしていた、これまでとの違いは。

「それに・・・ただ世界の都合に流されるままの俺では、どのみち『あの男』に抗うことなぞ出来ん。・・・だから、俺は決めた」

「な、何を?」

「俺はな、セリエア。若しも、元の世界へと戻るのなら自分の意思で戻りたい。飽く迄も、自分の意思が介在した状態で。だから」

「だから?」

 ゴクン、と唾を大きな音を立てて唾を飲み込んだのは、果たしてどちらだろうか。見つめるセリエアの揺れる瞳に、詰まりそうになる言葉と逃げそうになる心。ユーマはその両方を叱咤して、思いの丈を伝える。

「その望みを叶える為、その手段を探す為には、これからもマンティクスで戦い続けなければならない。だから・・・だからセリエア、俺に『力』を貸して欲しい。俺には、エフリードとお前が必要だ」


 ぶわ、と両目に熱いものが押し寄せる。そしてそれは容易く決壊し、滂沱の如く頬をつたい流れ出す。

 悲しくなんて無い筈なのに。もっと辛いことも経験した筈なのに。何故だかその液体はどんな悲しい時よりも熱く、止まることなく湧き出る。

「つまり・・・つまり、キミが戦うのは・・・・・・ボクの我儘のせいじゃあ、無いんだよね?」

「ああ」

「ユーマが・・・キミが自分の為に戦う。寧ろ助けて欲しい、そう言うんだね?」

「ああ」

「でもさ・・・キミが死んじゃったらさ、ボクはどうすればいいんだい?」

 そうとも。それは、今回の仕事で嫌というほど思い知らされた。

「俺は死なない。お前が力を貸してくれたなら、絶対にお前の元に帰って来る。約束だ」

 しかし、そのユーマは1ミリの迷いも衒いも無く、そう彼女へと申し出る。

「約束・・・契約、じゃ無いんだね?」

「ああ。これは、俺がお前に一方的に誓うだけだからな」

 ああ、これは夢かもしれない。あのユーマが、あの素直じゃないユーマがこんな風に、真正面から向き合ってくれて、ボクの望む言葉をくれるなんて。

 でも・・・でも、それならば。

(別にいいじゃないか、夢なら夢で)

 それならば、良い夢ならばこんな顔ではいられない。そう思ったセリエアは服の袖で顔をガシガシと拭き、涙がこれ以上零れぬよう天を仰ぐようにして立ち上がる。そして、「へえ」とユーマへいつものような笑顔を向けた。

「なら・・・なら、しょうがないなあ、ユーマは。ボクの助けが必要だ、なんて言うんだもの。なら、ボクもそれに応えない訳にはいかないじゃないか。まったく・・・しょうがない男だ」

「ふん、言ってろ」

 そう返すユーマも、いつもと同じ仏頂面だ。

「いいよ!それにボクも、キミがいなけりゃ楽しくないんだ。そ・ん・な・こ・と・よ・り!」

 そう言って、セリエアは自分を見上げるユーマの腕をがっしりと掴んだ。

「色々あったケド、仕事は無事に終わったんだ。パーッとやろうよ、キョウ君も一緒にさ!」

「・・・こんなところで呆けていたのは、どこの誰だよ」

「細かいことは気にしない、気にしない。さあ、行こう!」

 掴んだ腕をそのまま強引に引っ張って、セリエアは格納庫の外へ向かって駆け出す。当然、腕を持たれたままのユーマもまた、何度か転びそうになりながらも手を引かれて、同じように走り出した。

 これで良かったのかはセリエアには分からない。いや、いつだってどんな行動が正解かなんて分かりっこない。ただ、こうして手を引く自分も引かれるユーマも、同じように笑顔だった。

(だったら!)

 そう。だったら、少なくとも今はこれで良いんだ。


(まったく、分からないもんだ)

 あそこまで言う気は無かった、そんな言い訳を、ユーマは何度すればいいのだろう。その結果、1度目は泣かれかけ、2度目は泣かした。

(でも・・・まあ、見たかったものに戻ったから、まあいいか)

 それは、自分の前を走る少女の笑顔。そして、それに釣られてユーマも顔をほころばす。その笑顔の前には自分の決断が本当に正しいのか、間違っているのか。そんなことはもうどうでもよかった。

 本当に、帰る手段があるのかさえ分からない。

 若しかしたら、伝承のように自分の意思が介在する余地など本当に無いのかもしれない。

 だから明日、いや今夜にも消えてしまうかもしれない。

 消えなくても、それよりも不幸な別れになるかもしれない。それでも、

(それでも。いや、だからこそ。俺は果たしてみせる)

 こうして自分を掴む手がここにある。自分を必要とする手がここにある。ならばその手が、その持ち主が自分を放さない限り、俺もまた。

 そう誓うユーマの前にある、さんさんと晴れ渡る青空よりも眩しい笑顔。それが今のユーマにとっては何よりも大切なのだから。

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