第12話  The cureature of only reasonableness Arachne

「あれは・・・魔導鋼騎、で良いんだよな?」

『・・・そうだと思いやすが・・・いや、どうなんでやしょう?』

 目の前に現れた鋼騎の余りの異形さに、さしものキョウズイも困惑の色を隠せない。

『―――――――――!――――――――――――――――!?』

 セリエアに至っては、あまりにもあんまりなその風体に声にならない悲鳴を上げていた。

 事実、見た限りで言えば人型と辛うじて言えるのはその胴体と頭部のみ。下半身はどうやら作業用重機の転用だろうか、8本の脚を生やした箱状の物体で、そこに人の胴体が乗っかっているのだ。非常にグロテスクで、設計した人間の美的感覚を疑わざるを得ない。とどめにその胴体に腕は無く、肩口に大型の大砲をそのまま据え付けている始末だ。

 つまり、良く言えば多脚型の大型戦車と言えよう。飽く迄、良く言えば、だが。

「いやはや。機能美、という言葉も善し悪しだな。いくら俺でも、アレが美しいとはとても思えん」

 オマケに、頭部が曲線構造を多用したツインアイと無駄にヒロイックなのがまた、目に悪い。試作感溢れるその他部位と帳尻を合わせた心算かもしれないが、むしろ全体のアンバランスさを強調させていた。

『その意見にゃ、あっしも同感で。熱源!』

 その言葉に、ユーマは反射的にバリアを展開させる。が、構え姿勢をとらせる瞬間に、ゾワリと首筋に悪寒が走った。

「・・・チィ!」

 咄嗟に、操縦桿を左に倒す。理論も何も無い只の勘働きだが、それが彼に幸いする。直撃を逸れた格好になったはずだが、その掠っていった弾頭に引き摺られるかのように、バリアが引き延ばされ千切れていく。

「何だ!?」

『バリアが!』

 それは、後ろから見ていたキョウズイの方が良く見えていたことだろう。今までオーバーヒートによる発振不良こそあれ真正面から打ち破られたことは無い不可視のカーテンが、直撃でも無いのに破られたのである。驚くな、と言う方が無茶だ。

「くっ!?」

 しかし、現実は非情である。更に1発、2発と続けざまに見舞われた砲撃を、辛うじてユーマは躱した。

「なんて発射頻度だ!」

 高火力に速射力、鏡の如き黄海だ。直接胴体に据えられているせいで射角が制限されていなければ、ひょっとするとやられていたかもしれない。

『旦那、これじゃあ』

 言われるまでもない。バリアで防げないのに一緒に固まっていても意味が無く、機動性が落ちる分良い的だ。

「分かっている、散開しろ!」

 ただ、やられっぱなしというのも業腹だ。後ろに跳び退るのと同タイミングでキョウズイは魔導砲を撃ち放つ。曲射とは言え相手の移動を考慮に入れた3連射だ、有効打とはならずとも、損傷ぐらいは与えられるはずだった。しかし、

『躱した!?』

 なんと、その鋼騎はピョンピョンと8本の足を器用に使って跳躍を繰り返し、その全てを躱しきったのだ。

 それだけでは無い。砲弾を小器用にひらりと躱した敵は、そのままの姿勢で魔導砲を撃ち込んできた。まさかの事態と予期せぬタイミングでの攻撃に、さしものキョウズイも回避がワンテンポ遅れた。

「させるか!」

 だが間一髪、射線上に割り込んだユーマが、今度は腕部のシールドを展開させる。流石に強度はバリア以上のシールドだけあって無事なようだが、その衝撃に肘関節が悲鳴を上げたようだ。衝撃と共に警告音が鳴り響き、モニター上では左肘が真っ赤に染まっている。

『旦那、ご無事で?』

「何とかな。腕も捥げとらんようだ」

 だが、音を聞き軽口を叩けるということは、少なくとも死んではいないということ。それを支えに腹に力を入れ直す。

「しかし、高火力に高機動、併せて速射性も抜群とは。どんなズルをすれば・・・」

『違うよ、ユーマ』

「セリエア?」

 地獄に仏以上に聞きたかった声に、思わずユーマの声も弾む。

『敵の大砲、連射力が高い訳じゃ無いよ。両肩の砲を交互に撃って、そう見せかけているだけだ。モニターから分かる排熱量から判断するに、正味の発射レートはキョウ君のソレとどっこいどっこいのはずさ』

『なあるほど、あの機動性と小刀細工でそう見せかけていたって訳でやすか。伊達に足が多い訳で無しっと』

『多脚というのは2足歩行の人型よりも重心を保ち易いからね。大火力と高機動の両立、即ち回避してから攻撃に移るスパンを短縮できるってことかな。設計的には合理的だ・・・・・・不服だけど』

 冷静さを保ちつつも、漏れ出る我意は隠しようが無い。もっとも、それがセリエアらしさと言えばそれまでだが。

『あと、あの大砲についても分かったよ。魔導砲の一種で、砲身を包むように魔導力を展開して撃つ方式みたいだね』

 反乱軍メンバーの1人が開発していたと、記録にあったらしい。

『実戦配備には至らなかった、って記録には書いてあるけど』

「実際には至っていたか、この土壇場で至ったかのどちらかだな」

 尚、この会話は敵からの間断なき攻撃を凌ぎながら、である。回避に専念すれば難しいことでは無かったと後にユーマは語るが、有体に言って正気の沙汰では無い。

『しかし姐御、それでどうやってあんな威力を』

『ええと・・・理屈の上では、発射された弾に砲身に纏わせた魔導力から斥力をかけさせる。つまりは、絞り出すみたいに圧をかけ続けて高威力を実現する計画・・・ってあるね』

 つまりはレールガン、いやさ。

「ムカデ砲か」

『何だい、ソレ?』

「何でも無い。それより、他には?」

『そうだね・・・見た感じだけど、砲身長が短いからそこまでの射程は無さそうだ。斥力制御の問題からだろうね』

「成程な、道理で今まで出て来なかったと。だが、近くで交戦するならそれも関係無いな、まったく」

 もう何発目か、砲撃を最低限のステップで躱す。

「気のせいかもしれんが、狙いが雑になった気がするな」

『熱反応のデータを見る限り、砲の温まりが酷い。排熱が追いついていないようだから、そのせいだろうね。まだ試作の段階なのかな?』

 しかし、砲身が熱を持ち過ぎても火薬式ではないから暴発はしないだろう。精々が発熱に依る照準器の精度不良程度なら敵がそれに拘る可能性は低く、実際そうだ。

 現在、ユーマが敵の攻撃を躱し続けていられるのは彼自身の腕も勿論だが、何よりキョウズイからの援護射撃の賜物だ。当たりはしなくとも、回避している内は少なくとも射撃は出来ないから。

『1つ、2つっと・・・ええい、小癪な』

 だが、攻撃が楽々と躱されて続けているというのは気持ちの良いものではない。敵もそうだろうが、流石のキョウズイにも焦りが見える。

『3つ・・・駄目か!旦那、どうしやしょう!?』

「1つ、確認したいことがある。もう少し続けてくれ」

 あいよ、という言葉を遠くに聞きつつ、ユーマは敵機の動きを注視していた。ドン、ドンと撃ち込まれ、それを変わらずピョンピョンと跳ねて躱す敵騎。

「何とも小憎たらしい動き・・・いや、待てよ・・・・・・キョウズイ、もう1発だ」

 再度の砲撃を敵騎は同じように大げさな動きで避ける。その動きを見て、ユーマは確信した。そして、通信機の向こうからは『ああ、成程』と、合点がいったようなキョウズイの呟き。

(あの魔導騎者・・・操縦には慣れているようだが、戦闘自体は初めてか?)

 少なくとも、その無駄の多い動きからベテランで無いのは見てとれる。

「キョウズイ、どう見る」

『腕は兎も角、ご想像の通りかと』

 急ごしらえのユーマのみならず歴戦の騎者たるキョウズイも同じ感想とあれば、まず間違いはあるまい。

 確かに、避けられるなら完全に避けてしまう方が良い。しかし、全ての回避でそのように動くのは隙を作るばかりで、且つ自身の攻撃のチャンスを減らすことにも繋がる。相手をするユーマから見れば、間違い無く悪手だと感じる動き方だ。

 ならば、攻め方は1つ。

「キョウズイ、敵の前に砲弾を落とせ!」

『承知!』

 彼がキョウズイの腕というものを本格的に信任したのは、この砲撃からだ。複数発の砲弾はユーマが思った通り、敵の目の前の地面へ少しずつ近づくように撃ち込まれる。これを、敵は今まで通り大業に跳び退り躱す。

 だがその動き方はユーマの想定内のそれ。

「その、安直な動き方が命取りだ」

 加えて、着弾の際の砂埃は敵からユーマの動きを隠す隠れ蓑となる。それは彼にとっても同じことだが、戦闘に不慣れな騎者の動きなぞ初動を見れば察しがつく。

 1発目の着弾とほぼ同時に、ユーマはエフリードを跳躍させペダルを踏み込み、敵が跳躍したであろう先を目がけて猛進させる。土埃のベールを突破した先には思った通り、跳躍から姿勢を立て直そうとする魔導鋼騎が立ち尽くしていた。

「甘い!」

 咄嗟にトリガーを引いたのだろうが、整わない体勢のままに放たれた砲弾は十分な威力を乗せることは叶わず、展開していたバリアに弾き飛ばされる。

「う、おぉぉぉぉぉぉ!」

 咆哮と共にスラスターを更に増速、狙うは丁度胴体と腰の継ぎ目の辺り。多脚構造の弱点、それは多くの足で支える事が前提の為、脚1本の耐荷強度はそれほど強く無いことだ。

 正面斜め上から見舞われたエフリードの一撃。それを敵騎は一瞬受け止めたかのように見えたが、著しい衝撃を受けた後ろ2本の脚はあっさりと白旗を掲げた。6本に減じた脚では崩れたバランスを立て直せないのか、そのまま仰向けに倒れる。

「ふん!」

 そしてショートカットからシールドを選択し、トリガー。追い打ちのように展開されたそれが胸部を抉るように切り裂いた。角度が浅いため泣き別れとはいかなかったが、少なくとも大ダメージは間違いない。

「はあ・・・はあ・・・ふう」

『・・・ユーマ、キミのシールドの使い方について、後でゆっくり話そうか。目的外に使い過ぎだよ、まったく』

『まあまあ姐御・・・旦那、右前方に新手が!』

 その言葉に緊張を新たにしたユーマが指示された方向にカメラを向けると、

「同じ奴がもう1騎!?」

 おかわりとはしんどいなあ、と新たな敵に警戒を強めたユーマの意識の内からは、先ほど倒した魔導鋼騎などは既にどこかへ行っていた。


「あ・・・・・・あぁ・・・」

 一瞬の衝撃の後、アサヒチルナの目に映る光景は様変わりしていた。明るい室内灯でピカピカに輝いていたコックピットは、今や非常用の赤色灯で彩られている。そこいらの機器からは黄色く光る火花が舞い、大方のモニターは真っ白に沈黙していた。

 そして、

「げふっ!・・・こは・・・こは・・・はあ」

 口から勢いよく飛び出したのは、非常灯と同じ色の、鉄臭い液体。ちらと眼球を動かして下を見れば腰から下は潰れた機械しか見えず、胸の辺りまで自分が吐いたのと同じ液体に染まっていた。

 それなのに不思議と、痛みは感じなかった。

『イソルダ少尉、動くんじゃない。そのまま待ってろ、今行く!』

 ガンガン響く耳鳴りの奥で、一番聞きたい人の声が何故だか大きく聞こえた。唯一生き残っていたモニターを見ると、こちらに興味を無くしたらしき紺色の敵騎の奥に自分のアレクネイと同じ魔導鋼騎が見える。

「あれに・・・アンドゥーコフさんが?」

 間違いない。アレクネイを操縦できるのは自分と中佐だけだ。しかし、

「駄目・・・だ!」

 中佐が自分より操縦が上手いとは寡聞に聞かない。自分を倒した相手と戦わせる訳には、死なせる訳にはいかない。その一念が、アサヒチルナの目に再び光を宿させた。

「こ・・・んのお!」

 仰向けのまま、無事だった前脚を敵の腕部に絡みつかせる。襲う衝撃が相手の驚きのように感じられた。慌てて振り払おうとする敵騎に、彼女は残ったガッツを残らず火にくべて、操縦桿を操作する。

「離す・・・もんか・・・」

 更にもう2本の脚を器用に動かし、がっちりと敵と自分を固定する。2重3重にブレる視界に捕えた敵を睨めつけ、魔導砲のトリガーを引くが反応が無い。どうやらシステムダウンの影響らしいが、それを斟酌する余裕は死にかけのアサヒチルナには存在しない。

 あるのは只1つ、敬愛するアンドゥーコフを救うこと。

「なら、なら・・・中佐、隠れて!!」

 体に残った生命力を総動員して通信機に怒鳴る。『な!?』という声に、即ち通じたことに、血と共に安堵の息を吐く。

(後は・・・これを・・・)

 最早声を出す気力も無い中、アサヒチルナは操縦桿から手を放し、その脇にある取っ手を握りしめる。試作機であるからこそ備え付けられた、機密保持の為の機構。

 それをアサヒチルナは、残された力で引き切った。


(無駄な抵抗をする。)

 それを見たキョウズイは初め、ただそう思った。

「旦那、大丈夫ですかい?」

『ダメージは無い。無いが・・・ええい、この!』

「落ち着いて下せえ。それより、もう1騎の方へ備えを」

 湧いて出てきた新手の魔導鋼騎は、見た感じでは先の鋼騎と同じタイプに見える。ならば、その砲撃力も同じ程度と見るべきだろう。

(なら・・・敵さんも余程上手いことしなけりゃ、あの組み付いてんのを巻き込むだろうな)

 もっとも、それはキョウズイも同じこと。寧ろ、エフリードと敵騎が同じ射線上に並んでしまったこちらの方がやりにくい。

「どちらにせよ、打つ手がありやせん。どうしやしょうか・・・おや?」

『?キョウ君、どうしたんだい?』

「いえ姐御、新手の方が奥に引っ込んで・・・な!拙い旦那、早く離脱を!」

『分かっている!が!』

 何だい、と問いかけてくるセリエアの姐御にはこちらの熱センサーのデータを送り回答とする。通信機の奥で息を呑む音が聞こえた。

 急激に増大した熱量と組み付いたまま離れない魔導鋼騎、論ずるまでも無い。

『コイツ、自爆する気か!?』

『そんな!ユーマ!?』

 モニターの先ではエフリードが何とか引きはがそうと試みているが、4本もの脚で組み付かれているモノを片腕でどうにかしようというのは、有体に言って無理だ。

(・・・イチバチか、やるか?)

 そう思い筒先を組み付いている敵騎へと向けるが、寸のところで思いとどまる。自爆の準備に入った魔導鋼騎なんて、撃ち抜けばそれこそどうなるか分からない。

「旦那、脱出を!」

『駄目だ!ああ、クソ!退がれキョウズイ、爆発する!』

『ユーマ!!』

 姐御の叫びも空しく、一瞬敵の魔導鋼騎が発光したかと思うと、大きな衝撃と爆発音が離れていた自分たちをも襲う。

 そして、一帯は乳白色の土煙に包まれた。


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