第11話 Operation Yamkash fortress attack

 解放戦線首謀者アンドューコフ・テルゾドール中佐は、遠くで聞こえるキュエーキュエーという朝を告げる鳥の耳障りな鳴き声で目を覚ました。簡易ベッドから身を起こして立ち上がり、その縁に腰かけると「ふう」と溜息が口から出る。

「また、朝を迎えることが出来たか・・・」

 まだ生きているという実感と、また緊迫した一日が始まるというやるせなさに沈み総そうになる思考。ひしひしと浮かび上がってくる徒労感を追い出すべく、アンドゥーコフはゴンゴンと自分の頭を叩いた。

「中佐殿、何か?」

 その音を異変だと思ったか、夜間当番の兵が幕の外から声を掛けて来た。しかし、弱気の虫を見せる訳にはいかない、「何でもない」と返事をして顔を作る。一呼吸おいて『頼れるリーダー』の顔となった彼は、荒々しく幕をめくり上げて同志たちの元へ姿を現した。

「テルゾドール中佐殿、おはようごぜえます」

 番をしていた初老の兵士が不審からだろうか、少し窺うように挨拶をする。そんな彼に見せつけるかのように、アンドゥーコフはにこやかに笑みを返した。

「おはよう、伍長。変わりは?」

「いえいえ、何も」

 ヘコヘコと卑屈そうに揉み手で答える様は、軍人と言うよりむしろ下男のようだ。恐らくは、自分たちのような大願成就の為に蜂起した同志たちとは異なり、ただ自身の食い扶持の為に加わったような男だろう。

(今は、このような男でも必要なのだ、今は)

 そう思うことで、アンドゥーコフは吐き出しかけた侮蔑の言葉をグッと飲み込んだ。

「あ!おはようございます、中佐!」

 元気にそう挨拶をしてくるのは、メンバーの中でも最年少のアサヒチルナ・イソルダ少尉だ。王国の中でも珍しい女性士官だった彼女のクルクルと回る目と尻尾のように結った髪は、まるで小動物のようだ。パタパタとこちらへとやってくる少尉へ手で挨拶を返すと、アンドューコフは近場に居た当直士官へ声をかける。

「おはよう、大尉。昨日の夜も何もなく、か?」

「おはようございます中佐殿。ええ、昨夜も静かなものです」

 その回答に、アンドューコフは内心でホッと安堵した。昼日中での接近はこちらの射撃の好餌食と教え込んだのだから、次の攻撃は夜襲になるだろう。そう彼は予想しているのだ。

「そうか、それはなによりだ」

「そんなことより中佐、次の出撃はいつになるんです?前はアレクネイが間に合わなかったから私は留守番でしたけど、次こそは!と思っているのです」

「少尉!貴様、『殿』を付けんか!それと、余計な差し出口を挟むな!」

「まあまあ、大尉。元気があるのはいいことだ」

 しかし、と尚も口ごもる大尉にアンドューコフは「そこまでに」と制止すると、彼にのみ聞こえる声で釘を刺す。

「・・・今や脱走者の相次ぐ我々の中で、彼女の純粋さは貴重なのだ。アレにつられて、皆の士気もなんとか維持できているのだぞ」

 その言葉に大尉はハッと気づいたように顔を上げると、そのままフルフルと肩を震わせた。

「・・・確かに、あの失敗で多くの同志が離散しました。逃げた者はまだいい、中には・・・中には帝国に通じた者も・・・畜生!」

 苛立ち紛れに足元の小石を蹴り飛ばす大尉の肩へ、ポンと手をかける。

「抑えろ大尉。それに、逆に考えれば今残っているのは上辺だけでは無い、真の同志だ。そうだろう?」

 半分は自分へ言い聞かせるように、アンドューコフはそう説得する。無論、先ほどの当番兵のような男は員数外だ。

「ええ、はい。・・・すみません、取り乱して」

 納得したように頷いた大尉へ休息をとるよう告げ、ひょこひょこついて来そうな少尉へは朝飯を採るよう命ずるとアンドューコフは要塞の中心部に設けた中央指揮所へと顔を出した。

「待たせたな同志諸君、各位の状況を教えてくれ」

 号令一下、ザッと揃ってこちらを向く同志たちの顔にはまだ、疲れの色は無い。もとも、自分のように上手く隠しているだけかもしれないが。

「輜重担当より報告。都市に潜伏しているはずの同志に物資を乞いに行った3名は、戻ってきておりません。連絡も取れず、全ては不明」

「物資担当より申し上げます。兵糧については、このままのペースですとあと十日ほどの分しかありません。節約を始める時期かと存じます。弾薬はまだタンマリと」

「兵器担当より報告します。整備状況については戦闘駆動をしておりませんから、問題はありません。砲身の摩耗についても、まだ補充物資は足ります。しかし冷却水などの消耗品の減りが激しく、そちらの方が心配です」

「統制担当より報告だ。さっきの3名以外、昨夜の脱走者はゼロ」

(クソッタレが!)

 暗澹たる報告に、アンドューコフは胸中で罵倒の言葉を吐いた。脱走者がゼロ、というのは一見好材料にも思えるが、兵糧のアテの無い現状では必ずしも『良いこと』とは言い切れない。口を賄うのも有限なのだ。

「ふうむ・・・では、ここに籠っているだけではいかんともせんな」

 そうですな、と統制担当兼実質ナンバーツーのゲーゲン少佐は鷹揚に頷いた。

「そうですな、では無いぞ少佐。先の侵攻で我が方は城壁を抜けなかったのだ」

「そのためのアレでしょう?完成までの進捗を教えろ、中尉」

「は。試作の1騎は夜間に駆動試験を完了しております。魔導騎者であるイソルダ少尉の習熟も問題無いレベルです。現在我らが保有する物資でなら・・・ええと、あと3騎は作成可能です」

「だとよ、中佐」

「ふむ・・・で、それはいつ頃に叶う?」

「1騎は今すぐにでも。残りは予備パーツからの組み上げになりますから7日は・・・」

「3日で何とかしろ」

「そ、そんな無体な!?」

「そこまでかかっていては兵糧が持たん。徹夜させても良い、何とかせよ」

 ゲーゲンはその岩の様な強面で、兵器担当の中尉からの悲鳴の様な抗議をピシャリと跳ねのける。

「アレを設計したエンジニアである私も、その気持ちは良く分かる。だが・・・習熟に3日、ネオツィラノまで2日と見れば余裕が無いのだ。少佐の無体も分かってくれ、中尉」

「しょ、承知しました。では、急ぎかかりますので・・・では」

 そう言うが早いか、中尉は足早に格納庫へと走って行った。それを横目で確かめたアンドューコフは力強くバンと机を叩いた。

「諸君、聞こえたな!」

 先の叩く音と、今の大音声に作業中の者は手を止め、指揮所に詰めていた者たちは一様に頷いた。

「かかる新兵器の開発と同時に、我々は再度、ネオツィラノへと進軍する。先の戦いは、城壁の攻略を内通と言う搦め手に依拠した為に失敗した。それは認めよう!」

 グッと、掌を固く握りしめる。

(言え!言うのだアンドゥーコフ!)

 力を込めすぎて細かく振戦するように動く右手を、アンドゥーコフは高らかに掲げる。

「だが、今!我々の手に、それを攻略する強力な武器がもたらされた!それを以て奴らの拠り所たる強固な防壁を打ち崩し、裏切り者と帝国の狗を討ち果たし、我々の美しき真なるツィラノを!我ら正統解放戦線が取り戻すのだ!!」

 応、とどこからともなく挙がった鬨の声は2度3度と木霊し、やがて要塞を震わす程に膨れ上がった。食堂の辺りでは感極まったか、机に飛び乗ったイソルダ少尉が何やら喚いている。

 しかし、そんな熱狂に冷や水を差すかのように、ピーピーという警戒音が指揮所に響く。

「どうした?」

 演説の最中だったアンドューコフに代わって、ゲーゲンが通信のスイッチを入れてマイクにそう怒鳴った。

『こちらT(タワー)1、こちらT1。指揮所に中佐はおられますか?』

 それは、塔の上で鋼騎を駆る部下からのものだった。指名されたアンドューコフは不承不承という顔のゲーゲン少佐からマイクを受け取る。

「こちらアンドューコフ中佐だ。何があった?」

『ああ、中佐!こちらT1、接近する鋼騎が見えます。数は1、反応から恐らく魔導鋼騎かと』

 明らかに自分と比べて声音の変わったT1に、少佐は露骨に表情を顰め胡乱気な視線を彼へと向けてくる。

「ケッ、1騎とは舐められたモンだ。で・・・どうするよテルゾドール中佐?そもそも、次の敵襲は夜襲で来るんじゃあ無かったのか?」

「常識で考えれば、その筈だったが・・・T1、どちらの方角からだ?」

『北西です』

「なら・・・Tチーム各機、北西の方角から敵騎来襲だが1騎駆けというのは解せん、他に何か見え無いか?」

 しかし、彼以外の塔上の騎者からは揃って「はい、いいえ中佐殿」との回答だ。唯一、T1の隣の塔を受け持つT2から「何か、うすらデカいよう見えます」と追加情報があったが、何かの助けになるような情報とは思えない。

『尤も、気温と陽炎のせいでカメラも熱系センサーも確実とは言えませんが。それよりT1から指揮所へ、間もなく射程圏内です。やらせて下さい』

 ふむ、とアンドューコフは顎に手をあて訝しんだ。帝国の狗と言ってもそこまで学習能力の無い者では無い筈だ。

 しかし、だからといって放置して死角に潜り込まれる訳にはいかない。

「どういう心算かは分からんが・・・仕方あるまい。許可する」

 若しかすると、帝国の狙いは砲弾を撃たせる事自体にあるのかもしれないと思い至る。帝国の上層部にとって、現場の兵なぞ所詮は使い捨ての駒に過ぎんのだ。

「但し、一発必中の心づもりでやれ。無駄弾を撃つなよ!」

 なので、許可の後にそう付け加えた。物資担当はタンマリあると言ってはいたが、補給の目途が無い以上、攻勢に回す弾が無いでは話にならない。

『了解!・・・・・・来ました、発砲開始』

 その通信と共に、頭上からドンと鈍い音が響き、衝撃が体を軽く揺らした。しかし、

『敵騎健在!?そんな、命中した筈なのに?』

「どうした?」

『こちらT1、敵に射撃が通じません!』

『こちらT2、こちらから見たところ、敵は何やら壁のようなモノを張ったようです。それに弾が弾かれたように見えました』

「成程、魔導鋼騎か。それに魔導兵装持ちとは、とんだ隠し玉だな・・・帝国も本気と見える。どうしようか、中佐?」

 さっきまでの岩の様な相好はどこへやらだ。口調だけは相変わらず横柄だが、色を失って問うてくるゲーゲン少佐に、

(普段あれ程の態度を取るのだから、少しは役に立つアドバイスでもすれば良いものを!)

 と、罵声を発しそうになるのを寸で押し留めた。こんな時に、仲間内で揉めている場合では無い。

「Tチーム各機はT1と情報を共有、各々の射程範囲に入ったところで各自の判断で砲撃を行え」

「い、良いのか!?」

「良いも悪いも無い。このまま取り付かれては節約しても意味は無いだろう!各騎、聞こえたな!」

 その返事は、通信でなく発砲でだった。T2以下も射撃を開始したのだろう、ドンドンと連続する砲撃音が耳朶を打つ。

「どうか?」

『T1、撃破ならずと見ゆ。されど、足は止まりましたので、このまま―ザザッ―』

「どうした?おい!?」

 途端に、今まで雑音交じりだったとは言えまともに交信できていた通信機がプッツリと沈黙した。パンパンと叩いてみてもザアザアという雑音ばかり。

「中佐殿、他の回線は?」

 悲鳴のような指摘に従ってコチコチとダイヤルを回してみるが、どのチャンネルに合わせても聞こえてくるのは耳障りな雑音のみだ。

「糞、おい!ちゃんと整備したのか!?」

 整備担当は青い顔でコクコクと頷くが、事実、通信は繋がらない。

「今日は厄日か?」

 通じないのなら自分の目で見るに限る。そう思ったアンドューコフが指揮所を離れ、城壁へ寄ろうとした、次の瞬間である。

 ドガアン!と頭上で今まで聞いた事の無い音が響いた。両手で耳を塞ぎつつ、慌てて頭上を確認した私は、そこに信じられないモノを見た。

「は?」

 それは、鋼騎らしきもの。正確には鋼騎の上半身の残骸だった。それが今自分の頭上にあって、それは即ち落ちてきていると―。

「中佐!!」

 その言葉と共に、棒立ちだった私を、誰かが後ろから思い切り突き飛ばした。


『こちらディマール。旦那、2騎目撃破。前進どうぞ』

「エフリード了解」

 そう返したユーマは、エフリードに屈伸状態を解除させた。そして操縦桿を丁寧に操作し、ゆっくりと右腕を前に出したまま機体を前進させる。

 すると、十秒も歩かない内にカン!と甲高い音がコックピットに響き渡る。

「バリアへの着弾を確認。着弾時の衝撃力と突入角を砲撃データとして再演算、ディマールへと送信・・・完了」

 そして、再びエフリードの膝を曲げて屈ませる。すると、エフリードの頭の上へニョッキリと砲身が影を差し、寸の間も無く1発の砲弾が発射された。それから数秒後、音響センサーの拾うドガンという鈍い音に「ほう」と感心と安堵が混ざり合った息を吐く。

『3騎目、撃破』

「なら、残り半分か。それにしても上手いもんだ」

 そう、ユーマたちがとった作戦はこうだ。まず、バリアを前面に展開したエフリードの真後ろにディマールがピッタリと付いて行軍する。そしてバリアへ着弾した際のデータから諸元を解析してディマールへ渡し、それを元にディマールが砲撃を行うのだ。本来なら試射や狭射を得て導く情報を敵に送って貰うのだから、このような百発百中も夢では無い。

 2騎が離れていないのはデータの受け渡しに接触回線を使用することで出来るだけ通信不良の発生を少なくする為のと、敵方の射程がユーマたちの想定を超えていた場合でも防げるようにだ。

『褒めて貰えるたあ、世辞でも嬉しいもんでやんすねえ。それより旦那、ちょっとそこで屈んでもらえやす?』

「何だ?」

 と問いつつも、戦闘中に意味の無いことは言わないだろうと思ったユーマはその言葉通りにクンと中腰にさせる。すると、エフリードへ攻撃が来ていないにもかかわらずドンドンとディマールからの砲撃が飛んで行き、

『ビンゴ』

 とキョウズイが述べると同時にドガンという音が2つ、微かに聞こえた。

「当てたのか。凄いなキョウズイ、どうやったんだ?」

『なあに、あれだけ砲撃用のデータを貰いやしたからね。特段個別の情報でなくとも、敵の場所さえ分かりゃあ目星くらいはつきまさあね』

『位置も変わって無いようだったしね。しっかし・・・機動兵器なら動けばいいのに』

「イの一番に無線通信用のアンテナを破壊できたからな、指揮命令が上手くいって無いんだろう」

『それについちゃ、旦那の予想通りでやしたね』

 キョウズイからの称賛に、ついユーマは苦笑いを浮かべた。

「・・・あんな目立つ場所にあるとは思わなかったがな」

 この世界の住民意識とリテラシーから予想するに、通信手段を守ることに神経を使わないだろうし、予備の通信手段なんて用意していないだろうというユーマの予測が的中した形である。

(・・・それにしても、要塞外の小屋とは思わなかったが)

 ユーマたちは知らないことではあるが、反乱軍、特に少壮の軍人の中にはそういった電子機器は『ちょっとの衝撃で爆発するもの』という忌避感が強く、いくら技術者が否定しても納まらなかったので要塞の外にまとめた、という経緯があった。

 加えて、アンテナのみならず通信関係のホスト機器をひとまとめにしていたので、その小屋への攻撃で無線通信の一切合切が使用不能に陥ったという訳だ。後で知った彼らはそれを聞いて開いた口が塞がらなかったらしいが、それも当然だろう。

『だけど、鋼騎同士の通信は別だからね。くれぐれも慢心しないように!』

『分かってやすよ・・・と、旦那、右手上方に注意!』

 はあ?と言うまでも無い。城壁の上から敵の鋼騎が要塞の破片と共に落下してきた。恐らくは、この地点から最も遠い塔に陣取っていた鋼騎だろう。仲間が次々とやられていくのに激高したか狂乱したか、城壁を伝ってこちらへと廻って来たらしい。

 セリエアに言わせれば、それこそが機動兵器の本分なのだろうが生憎と城壁は鉄の塊が歩く所では無い。

「おいおい、突き刺さったぞ」

 案の定と言おうか。支えられるほどに頑丈で無い部分があったらしく、床を踏み抜きバランスを崩し、真っ逆さまに落ちてきたらしい。

 頭から地面へ落着し、そのままの体勢で動かないそれが戦闘不能なのはどう見ても明らかだったが、念のためとばかりに撃ち込まれたキョウズイの一撃で胴体に大穴を穿たれたその鋼騎はそのまま爆散した。

「お見事。しかし、これで終わりか?」

『塔の数的には・・・旦那、前方に反応!』

「分かってる、よお!」

 前方に向けてバリアを張り、直撃を防ぐ。

「さっきまでとは威力がダンチ!それに、前からの攻撃だと?」

『ん?こりゃあ・・・旦那、魔導鋼騎でやすぜ!』

「敵の本命か!」

 キョウズイからの報告に一方的なカモ撃ちは終了と気合いを入れ直したユーマだったが、その魔導鋼騎を見た途端に驚愕で目を丸くした。

「な、なんじゃありゃあ!」


 遠くから、呼ぶ声が聞こえる。

「・・・さ!・・・ぅさ!テルゾドール中佐殿!!」

「・・・う・・・く?」

「おお、お気付きになられましただ!中佐殿、御無事で?」

 がなる声にだんだんと意識が戻っていくと共に、額の辺りがヒリヒリと痛むことに気が付く。そっと右手で触れてみると、雷光のように走る痛み。

「っく!」

「ち、中佐殿!?」

「ああ、いや・・・大丈夫だ。布を貰えるか?」

 触った右手を見れば、ぬるぬるとした赤い液体で染まっている。今度はそっとなぞってみるが、どうやら何かが刺さっているということは無さそうでホッと息を吐いた。

「ち、中佐殿・・・本当に大丈夫で?」

 そこで漸く、心配と恐れが綯い交ぜになった顔でこちらを覗き込んでくるのが、朝の当番兵だと気づく。

「ああ。それより伍長、君は無事だったんだな」

「へへえ。飯を食ってたもんで、それで・・・」

 クドクドと続ける伍長の言葉を聞き流しながら手渡された布で右手を拭きつつ、辺りを見回すとそこは散々たる有様だった。何より、今朝まで指揮所のあった辺りには上から降ってきたと思しき残骸がブスブスと煙を吐きながら鎮座しているのだ。

 その周りでは泣き叫ぶ声に走り回る医官の姿と、今朝までの本陣は絶望的な最前線と化している。

(最後に・・・俺を突き飛ばしたのは?)

 深く考えるまでも無い。あの時、アンドューコフの背後に居たのはただ1人、ゲーゲン少佐だったはず。

「生き死にの懸かった時こそ人の本性が出ると言うが・・・あ奴め、ならば日頃から、そうしてくれていれば良かったものを・・・」

 しかし、今はそんな繰り言を受け止めてくれる男もいないのだ。右往左往する騒音の中で、無聊の風が通り過ぎる。

「ち、中佐殿、何か言われましただ?」

「いや、何でも無い。ただの繰り言だ。それより・・・・・おお、大尉!無事だったか!」

 明らかに伍長へのものとは違うオクターブで、作戦会議の前に別れた大尉を呼び寄せる。

「おお、中佐殿!そちらもご無事で」

「何とかな。それより、現状を報告してくれ」

 しかし、嘆くことはいつでも出来る。教え込まれた軍人としての在り方が、亡き戦友への追悼よりも対応を優先させた。

「は。まず・・・指揮所はあの通り、生存者は中佐殿ただお1人です」

「・・・そうか」

 予備の指揮所も無く、自分以外の指揮官連中も全滅した以上は指揮系統も壊滅状態だろう。

「私も中佐殿に休息をとるよう命じられていなければ、同じ運命を辿ったことでしょう。その他被害状況については、現在通信機器が使えませんので、確認に向かわせています」

「そうか、しかしTチームの鋼騎があのザマでは・・・楽観は出来んな・・・・・・ん、待てよ?おい大尉、アレクネイだ」

「は?」

「試作していた魔導鋼騎だ。たしか、鋼騎の通信機器は他のモノとは別のはず。格納庫のアレクネイからTチームに連絡を・・・」

「中佐殿、それは出来ません」

 良いアイデアだと思ったのだが、何故か大尉は沈痛な面持ちで首を横に振った。

「何故なら・・・何故ならアサヒチルナが、イソルダ少尉が今しがた、それに乗って出撃したからです!」

「え?」

「中佐殿ごと指揮所が壊滅と聞くと格納庫に飛び込んで、それから何かコチャコチャ弄っていたと思ったらアレクネイが格納庫から―」

「分かった、大尉。もういい」

 途端に早口になって説明してくる大尉を手で制する。

「出てしまったものは仕方ない。それに」

 要塞内をぐるりと見渡すと、指揮所跡を筆頭に助けを求める声があちらこちらで交差する阿鼻叫喚の地獄絵図。最早、ネオツィラノへと進軍するどころか、軍勢としての体裁を保つことすら出来はすまい。

「これでは、もう駄目だな」

「そんな!?まだです、まだ我々は!」

「勿論、やれる。少尉が出たなら寧ろ好都合だ。おい、中尉!」

 手短に傷の手当てを行いつつ、格納庫の辺りを右往左往していた兵器担当の中尉を大声で呼ぶ。どうやら彼も、ゲーゲンに追い出された御蔭で無事だったクチだ。

「は、はい。中佐殿、何でしょう?」

「さっきゲーゲンに言われたな、予備パーツから至急アレクネイをもう1騎組み上げろと。あれは出来ているか?」

「ええと・・・はい、完了しています。元々、機能試験用に部位単位では組み上がっていましたから。ですから、あとは魔導炉の立ち上げを残すばかりです。しかし・・・」

「そうだ、出し惜しみはしていられん。出撃する」

 その言葉に中尉は青い顔を更に青くした。

「む、無理です。慣らし運転もせずに・・・それに、騎者だって」

「騎者か?それは私だ」

 言った途端、後にいた大尉が肩を掴んでくるが、アンドューコフはそれを優しく、しかし力を込めて振り払う。既に城壁の向こうではアレクネイのモノと思しき砲撃音が断続的に続いている、最早一刻の猶予も無いはずだ。

「・・・し、しかし!中佐殿の魔導騎者としての実力は未知数で―」

「だとしても、最早そうするしかあるまい。それに、アレを熟知し操縦できるのは、試乗騎者の彼女を除けば設計者たる私だけだろうしな」

 きっぱりと言い切ったその言い様に中尉も説得を諦めたか、沈痛な表情で「分かりました」と頷いた。

「・・・では中佐殿、魔導炉の立ち上げと中佐殿へのシステムマッチングを行います。お急ぎください」

「分かった、急ごう。・・・ああ、それと大尉」

「は」

「私が出撃した後は、君が最高位者だ。万が一の場合は、君に任せる」

「は!・・・・・・は!?」

「つまり、若し私に何かあった場合は、君がこの軍の差配をするんだ。いいな?」

「・・・・・・過分な命令ですが、お受けいたします」

「そうか、ありがとう。・・・では中尉、行こうか」

 そう言い残し、サッササッサと格納庫へと向かうアンドューコフを見送りつつ、あとに残された大尉はポツリと呟いた。

「中佐殿・・・死に急がないで下さいよ。貴官の代わりなんて、他の誰にも務まりゃしないんですから」


「・・・・・・大尉殿」

「うわ、何だ貴様!?」

 万感たっぷりにアンドゥーコフ・テルゾドール中佐を見送った大尉に、おずおずと1人の兵士が声をかけてきた。

「ああ。こりゃこりゃあ、驚かせてしまいまして申し訳ありません」

「何だと?・・・ああ、貴様は中佐殿を介抱していた奴か」

 そう言えば、さっきからずっと脇にいたなと大尉は思い至った。

「構わん。それより、貴様は無事なのか」

「へへえ。お陰様で」

「おべんちゃらは止めろ、非常時だ」

 兵卒相手、それに加えてその卑屈な態度に、大尉の言葉も横柄なものになる。

「それより、貴様は戦える・・・ようには見えんな。貴様はこの辺りの負傷者を介抱していろ、中佐殿のようにな」

 それだけ告げると、まるで汚いものから目を背けるかのように大尉は歩き去って行った。

「へ、へへえ。了解です」

 そして、それを伍長はだらりと腰を曲げた姿勢で見送っていたが、

「・・・・・・了解ですよ、と」

 大尉が雑踏の奥に見えなくなった途端、その目に光が戻り背筋はしゃんと伸びる。針金細工の如き肢体は変わらないものの、矍鑠としたその姿はまるで10歳は若返ったかのように見えた。

「さて、では儂は儂の仕事をするか」

 そう言って伍長は、指揮所跡の残骸を掻き分け始める。但し、そこから出てくる死骸や重傷者には目もくれない。ただ、行為自体はまっとうに見える為、それに対して口を挟む者はおらず、またその余裕も無い。

「・・・・・・おっとと、あったな」

 そうして5分ほど経ったか。伍長が拾い上げたのは1つの情報端末だった。半壊状態のそれを彼は器用に分解すると、記録パーツのみをそっとポケットに滑り込ませる。

「これで良し・・・では、無いな」

 そう独り言ちてまた、伍長は同じ作業を続ける。

「たった1つでは、トーリスの坊(ぼん)に鼎の軽重を問われかねんからな」

 

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