第10話 The night of decisive battle

 一面の乳白色。

 そこは乾燥地帯の中でも特に不毛の土地。大地には木などの日を遮るものは一切無く、天からは容赦なく1日を通して灼熱が降り注ぐ。結果、増々大地はカラカラと乾燥し、水分が失われた土地はさながら1枚の岩盤のようだ。

 そんな小動物ですら日中は姿を現さぬ生無き世界に、もぞりと何かが動いた。まるで大地の一部が動いたかのように見えたそれは、よく見れば大地と同じ色をした布きれを身に纏った常人だった。背格好から判断するに、どうやら男性のようだ。

「・・・ふう」

 この炎天下で長時間の肌をさらけ出しての活動は、特に体毛の薄い常人では死を招く。そのため、その男はマントのように纏った布きれの他にも手なり顔なりの皮膚が表に出る部分の悉く、同じ色の布にて覆っていた。しかしその代償に、口鼻を覆ったせいで呼気も途切れ途切れであり、従って歩くペースも著しく遅い。

 ゆっくり、されど着実に歩を進めたその男は一枚岩の様な大地の端っこ、崖のようになったところで止まった。崖と言っても断崖という訳でなく、緩やかな斜面のようであるから進むことは可能に見える。

「ふう」

 しかし、男はちらと前方を見遣った後、溜息一つ吐くとその男は落ちぬようそろそろと蹲る。そして、塵よけ眼鏡を外して大事そうにしまうと懐より取り出したのは、何とも仰々しい両目で見るタイプの望遠鏡だ。こちゃこちゃと何やら操作している所を見ると、どうやら電気作動式らしい。

 ブゥンと駆動音がしたことに安堵の息を吐いた男がそれを露わとなった目にあて、レンズに反射せぬよう左手で庇としつつ覗いた先には蜃気楼の如き大きな建物が見えた。

「あれが・・・例の」

 その男はそのままの姿勢でその建物を舐め回すよう見回していたが、ふと周囲の大地へ視線をやったところで望遠鏡の動きがピタと止まる。余程に想定外だったのか、ごくりと生唾を飲み込む音が続く。

 その後、その建物に再び視線を移し、カチリカチリと数回ボタンのようなモノを押すとその男は大業に大きな溜息を吐くと再度地面へ視線を戻してカチリ。そうして自分を納得させるように頷くと「よっせ」と立ち上がり、遠眼鏡をさも大事そうに懐の鞄へとしまい込んだ。

 そうして長居は無用とさっさと踵を返し、眼鏡をかけ直すと元の道をまたゆっくりと戻っていくのだが、途中にちらと後ろを振り返り忌々し気に吐き捨てた。

「・・・トーリス、あの詐欺師め。話が違うじゃないか」

 その男、ユーマが見つけたヤムカッシュ要塞の周りに散らばるモノ。それはどう見ても破壊された鋼騎、その残骸であった。


「戻ったぞ・・・クソ!」

「ああ、おかえり・・・・・・どうしたんだい?」

 初めは大判のタブレット端末から顔を上げずに言葉だけを返したセリエアだったが、彼らしくない罵声に思わずキョトンとした顔を向けた。

 ユーマたちは現在、セリエアのトレーラーを小改造した整備車両に幌を張りつくった簡易なテント状の空間を仮のアジトとしている。ヘクサルフェンには各々の個室や会議室などの前線基地的な機能もあるのだが、あんなデカブツで意気揚々と要塞に近づける訳も無い。

「ふう・・・水を貰うぞ」

 幸いなことに、乾燥地帯と言っても砂漠で無し。周りを幕で覆い直射日光をカットして、それでも漏れ出る暑さを我慢すれば地べたに机と椅子を置いてもそこまでの不快感は無かった。

 ただやはり喉は乾く。机の上に置いてあった水差しから注いだ水はただの蒸留水だろうが、呷ったユーマの臓腑には石清水のごとく染み渡った。

「ぷはぁ。件の要塞だがな、周りに鋼騎の残骸が散乱していた。あれは攻略の手を向けた証だろうに・・・聞いて無かったぞ、そんなことは」

 なおも怒りが収まらないのか、もう1杯と水を呷るとユーマにしては珍しく、椅子にどっかと勢いよく腰を下ろした。

「珍しいね、君がそこまで」

「お前の尻拭いなら諦めもするがな。仕事とあれば話は別で、命が懸かっているとあれば尚更だ。まったく」

「ところが、そうでもありやせんぜ、旦那」

 するりと幕をめくってテントに入って来たキョウズイは、さっきのユーマと同じく布で身を包んでいた。そのためいつものニヤケ笑いは覗え無いが、その声の調子から怒るユーマとは対照的にいつもの調子だと分かる。

「どういう事だ、キョウズイ?」

「旦那が斥候に出たちょい後に、トーリスの大将から追加情報が送られて来やしてね」

 どういうことだ、と怒りの矛先をセリエアに向け直す。ジロと睨みつけてきたユーマに対し、普段なら反射的に噛みついてくるセリエアなのだが。

「お、怒るなよう。今、言おうとしたんじゃないか・・・」

 いつになく、セリエアの調子が弱い。その態度に、ユーマは逆に悪いことをしたような気になってしまい、「そ、そうか」と言うに留まった。

「まあまあ、せっかくでやすから旦那の持って帰ってくれた情報と合せて確認しやしょうや、ねえ」

 奇妙な雰囲気になりかけた空気を察したか、堪らずキョウズイが助け舟を出す。

「そ、そうだな。ええと・・・なあセリエア、この望遠鏡に撮影したデータを見るには、どうしたらいいんだっけか?」

「・・・・・・」

「なあ、セリエア?」

「うぇ?・・・・・・あ、ああ!そうだね、そう・・・取り敢えず貸してくれるかい!」

 そう言ってセリエアはいそいそとユーマから望遠鏡を奪い取るように掴み取ると、さっきまで自分が見ていた端末に手際よく接続した。すると、一瞬画面が乱れたかと思うと撮影した画像の一覧がまるでパソコンの画像フォルダのように表示された。

(社会制度やら人々の暮らしは近世に片足突っ込んだくらいなのに、電子機器だけは日本以上だな、この世界)

 ユーマがそんな益体も無いことをふと考えたが、「で、ユーマ」というセリエアの言葉に、意識を仕事の事に戻した。

「キミが見た残骸についてだけどね。中佐によると君の言った通り、僕たちの前に攻めかかったマンティクス所属の傭兵、その成れの果てだそうだよ」

「そうか・・・連中はどうして?」

「慌てない、慌てない。まずは君が見たものを教えて、残骸以外のね」

「む、そうだな・・・残骸はまあ、見ての通りだから・・・そうだ、この要塞だがな」

「要塞?」

「ああ。つくりとしては、円筒状の塔と塔とを城壁で繋ぎ合わせるようにして出来ているだろう?」

「そうだね、図面でもそうなってた、確か」

 コクリと頷くセリエアに、ユーマも頷き返す。うん、いつもの調子に戻ってきた。

「そう、それでだな、その塔の上なんだが・・・見えるか?」

 そう言ってユーマが選択した画像はその塔の上部を写したもので、確かにそこには何か鎮座する物が写ってはいた。

「うーん・・・拡大して・・・修正をかけてみようか・・・・・・・おお」

 スス、とセリエアがその細い指で操作すると、その物体の姿が鮮明になった。

「これは・・・鋼騎でやすかねぇ?」

 こうした機器の操作はさっぱりな為、ただただ眺めているしかなかったキョウズイだったが、実務的な話に戻ったため、ようやっと口を挟む。

「ああ、俺もそう思った。セリエアはどう思う?」

 しかし、セリエアはきゅっと唇を一文字に結び、むっつりと黙りこくったままだ。

「セリエア?」

「え?ああ、そうだね、その意見には僕も賛成だ。ただ・・・」

「ただ?」

「鋼騎にしても、何でこんな所にあるのか、と思ってね。仮に魔導鋼騎だったとしても、生半可の鋼騎じゃあ空は飛べない」

 流石に、望遠鏡で撮った映像だからか機体の装備や詳細までは映像からは分からない。だがその口ぶりから察するに、前回ユーマたちがやったような無茶はおいそれと出来るようなコトでは、やはり無いのだろう。

「反乱軍と言っても元はその王国の将兵なんだ、保有している装備の詳細くらいは分からないのか?」

「勿論、分かるよ。ただデータを見る限りじゃあ一般的に警邏隊へ配備されているようなのと同じなようだね。特長の無い鋼騎に手持ち式の機関砲と中口径砲、特段の外連味は無いよ。ただ、その反乱を主導したナントカって軍人が独自に設計した魔導鋼騎があるそうだけど・・・それなのかなあ?」

「大将から貰ったデータにはありやせんか?」

「そうだった、見てみよう」

 ポンと「そうだ」というジェスチャーで手を叩き、再びセリエアが端末を操作すると表示されたのは今度は動画だった。どうも撃退された先陣の鋼騎の撮ったものらしく、お世辞にも画質が良いとは言えない映像だ。

「これは・・・行進中か?」

「みたいだね・・・・・・お!?」

 しばらくは只管歩き続けている映像だった。外部カメラのモノなのか騎者の通信などは入っておらず、ガシャンガシャンと喧しいだけだ。しかし、1つの風切り音を引き金にして一気に映像の中の状況が動き出す。

 まずドカンという衝撃音と共に前を歩いていた1騎が仰向けに倒れる。撮影していた鋼騎が激しく機動したからか映像は更に乱れるが、その中に同じように行進していたと思しき鋼騎が次々撃破されていく光景が映っていた。

 そして、ついに踵を返して逃げ出したと思われる撮影騎にも攻撃が当たったと見えて、ガンという音と共に大きく姿勢が崩れる。が、幸いバイタルパートには当たりはしなかったのだろう、逃走に支障は無いようだ。遠くから微かにドンという音が聞こえ、そして映像はそこで終わった。

「ふうむ・・・これでは何とも」

「・・・だな。セリエア、他には無いのか?」

「他にはっと・・・ああ、この鋼騎の騎者は生還したらしい、報告書があるみたいだ。ええと、なになに・・・『敵要塞まで進軍していたところ、要塞から砲撃が襲ってきた。それが次々に仲間に命中する、外れた弾は殆ど無いのに驚いた』だってさ」

「だってさ、じゃ無いぞ」

 ユーマは呆れた顔で肩をすくめた。

「てこたあ・・・つまり、敵さんはこの塔上に鋼騎を置いて、砲撃とその管制をさせてんでやんすかね?」

「成程、だから塔の上」

 端末の画像をさっきの自分が撮った映像に戻したユーマは、その残骸の位置と要塞の見取り図を見比べ、

「つまり・・・この辺りまで近づくと、撃たれる。そういうことか」

 と、地図に赤で線を引いた。

「んー・・・、まあ、そうなるのかな?」

「ちなみに、旦那がこの画像を撮ったのはどこからで?」

 その質問に、ユーマは「ここだな」と一点を指さす。そこは微かにではあるが、さっき彼が引いた赤線の内側に位置していた。

「言いたかあありやせんが、よく見つかりやせんでしたね」

「あんな灼熱の昼日中に、人が徒歩で斥候に来るなんて端から想定してないんだろ」

 それに、あんな陽炎沸き立つ大地に同じ色の布を纏って立つ常人1人を発見するなんて、目視は勿論どんなセンサーを使ってもまず無理だろう。

「尤も、あれ以上近づいたなら分からんがな」

「逆に、旦那がそこまで行けたとありゃあ・・・少なくとも、そのレッドラインまでの監視についちゃ、その塔上の鋼騎以外には無さそうでさあね」

「そうだね、キョウ君。それに合理的に考えるなら、砲撃もこの鋼騎でやっているのんだろうね」

 確かに、敵影を捉えた鋼騎がそのままその見えた敵を撃つ方が、バラバラにやるより効率がいい。しかし、そう言うセリエアは不満そうだ。

「・・・何か、気にかかることでもあるのか?」

 この際、訊けることは聞いておきたい。そう思ったユーマが水を向けるとセリエアはバンと机を叩いて言い切った。

「この鋼騎の使い方が気に入らない!」

「・・・・・・なんて?」

「だってさ、鋼騎だよ?ただの大砲やカメラじゃ無いんだ、機動兵器なんだよ!・・・なのにこれじゃあ、大砲にカメラ乗っければいいだけじゃないか!」

 その剣幕に、ユーマとキョウズイは「分かるか?」とお互い顔を見合わせた。そして、寸分の狂いも無く2人は肩をすくめ、首を振る。

 即ち「さあ?」だ。


「・・・まあ、姐御のご意見はあとでたっぷり拝聴するとしてですねえ。攻め込むとしちゃ、どうしやしょう?」

「そうだな、これからの話をしよう。セリエア、この砲撃についてだが、エフリードで防げるか?」

「そうだねえ・・・これが普通の中口径砲なら問題は無いかな。それ以外の可能性だと・・・断言は出来ないけど、この映像から判断するに敵の砲撃が大地に大穴を穿ったりはしていないから・・・うん、大丈夫だと思うよ」

 確かに、ユーマが残骸を発見した所にもそんなクレーターのようなものは無かった。

「それにあんだけバンバン撃つんなら、地面に罠や設置式のセンサーなんかは無いでやしょうねえ」

「そうだな」

 いくら何でも、自分たちの砲撃で自分たちの装備を壊すような真似はしないだろう。仮にそうなら馬鹿すぎる。

「しかし、逆に言えば敵には砲撃への遠慮が無いということにもなるな。セリエア、あの調子で撃たれ続ければ、どうだ?」

「無理。バリアは大丈夫でもそれを支える腕が壊れるよ。それにディマールは多分1発も無理、耐えられない」

 あっさりと、セリエアはそう言って大きく首を振る。

「だな。なら・・・いっそ攻め手の方向を変えるか?」

 正面突破が困難、ならば搦め手から。しかし、そんな素人考えが通用するほど戦場は甘くない、現実は非情である。

「いや、それは無理でやしょう」

 そう言ってキョウズイが脇の箱から取り出したのは、トーリス中佐が用意してくれた要塞の地図だ。地図なら端末にもデータが入っているのだが、キョウズイにとってはこちらの方が使い易いらしい。

「地図を見りゃ分かりやすが、正面から見て左手はゴツゴツした岩場、右手に至っては切り崩したような渓谷みたいになってやす。姐御じゃありやせんが、とても満足に機動出来るような環境じゃあありやせんぜ」

「まともに戦闘機動が出来るのは正面口だけ、と。流石は要塞、難攻不落と言ったところか・・・なら、キョウズイ」

「へい?」

「確か、ディマールの装備は中口径の魔導砲だったよな。なら・・・」

「カウンタースナイプ、撃ち返せ、と?」

 難しいでやしょうなあ、とキョウズイが大袈裟に被りを振るう。

「射程に着いちゃあこっちの方が上かもしれやせんが、あっちは上からこっちは下から、でやすからねえ」

「それにユーマ。キミは見に行ったんだから分かると思うケド、これかなり遠いよ。仮にこの線から撃つのなら、それは射撃と言うより寧ろ砲撃のそれだよ」

 確かに、とユーマは軽く頷く。さっき自分が引いた線を見れば、ただ単純に塔を目標に撃てばいいという距離では無い。そもそも、砲撃というのは単純にレティクルに入れて撃てばいいというものでは無い。火薬の代わりに魔力で弾を打ち出す魔導砲とて、そんな冷徹な物理法則からは逃れられないだろう。それをそこに根を張る敵よりも上手くやれ、というのは確かに無茶な話だ。

「そうか。仮に、仮にだキョウズイ。やるなら何が必要だ?」

「諦めやせんねえ。そんなら・・・・・・まあ、距離は分かりやすから、こっちの弾の威力と撃ち上げる角度でやすかねえ」

「成程、大砲で言うなら炸薬量と射角か」

 しかし、逆を言えば、だ。

「なら、必要な情報は敵に教えて貰おうじゃないか」

 我に策在り。ニヤリとユーマは意味深な笑みを浮かべた。


「セリエアの姐御、ちょっと」

 食事も終わり、ユーマが「エフリードを見てくる」とランタンを持ってテントを出て行き、セリエアがトレーラーの運転台へと上ろうとしたときを見計らい、キョウズイはそっと声を掛けた。

 作戦会議が終わり、仕掛けるのは自分たちにとって順光となる明日の明方と決まった。男衆は地面にごろ寝でいいが、そこにセリエアも一緒にはちょっと、とユーマが言い出したため、セリエアのみ運転台の中で寝ることになったのだ。

「男女同衾せずとは、旦那も中々純情でやんすねえ」

 などと要らぬ茶々を入れたキョウズイは、頬に大きな手形紋様を何故かセリエアから賜ることになったのだが、それはそれ。

「なんだい?まさか一緒に寝たいとは言うまいね。それとも・・・」

「何か旦那とありやしたね」

 ビシャリと発言を遮ってキョウズイがそう言うと、忽ちセリエアの顔が強張った。

「ありやしたね?」

「・・・・・・分かるかい?」

「分からいでか。あれが分からないとすりゃ、目と耳の無い奴くらいでやしょうよ」

「なら、ユーマも?」

「勿論。あの御仁も存外に敏いお人でしょうしねえ。ただ、にもかかわらず触れないってこたあ、トドのつまり、姐御と旦那で何かあって、だから旦那も敢えて触れない。そういうことでやしょうよ、ねえ?」

「・・・・・・・・・君には関係ないよ」

 やっと絞り出したようなその声は、普段とは違い年相応にか細く、儚い。

「それで、手抜かりがあっちゃあ困るんでやすよ。何しろ、現場で命を懸けんのはあっしらなもんで」

「わ、分かってるよ!」

「姐御」

 いつになく真剣な表情を作り、いつになく真剣な声音でキョウズイは述べる。

「何があったか、なんて野暮は訊きやせん。しかし、今はある命が、明日まだあるとは言い切れやせん。その『少しの気の迷い』であっしや旦那が死んだとしたら・・・姐御は自分が許せやすか?」

「分かってる、分かってるさ・・・でも、一朝一夕で解決するならこんなに悩まないんだよ」

 がっくり肩を落とし、蚊のなくような声でセリエアはそう絞り出すように呟く。その様子に「流石に言い過ぎたか」と思ったキョウズイが近寄ろうとした。

「待って。駄目だ、来ちゃいけない」

 しかし、顔を上げたセリエアはそう彼へ言い放った。その顔には、少なくともさっきまでの気弱さは微塵も無い。

「労わるつもりか、頬でも打つつもりかは知らないけど。どっちにしても、そんな必要は無いよ」

「ほ~う?」

「その小馬鹿にしたような言い方は少し腹が立つね。じゃない、キミの指摘は正しいものだ、だから、それを受け止めるのはボクの責務だ」

 相変わらず強張った顔で、しかし、力のこもった声でセリエアは告げる。

「言った通り、問題を今は解決できない。けれど、それを仕事には挟まないよう努める。それで良いかい?」

「ま、50点ってところでやすかね」

 不遜に笑いつつそう嘯くキョウズイに「厳しいなあ」とぎこちなく笑ったセリエアだったが、

「それより、キミは良いのかい?迷いのせいでしくじるかもしれない女と、一緒に仕事なんてさ?」

 そう自ら問うてこられたのは、まあ評価してもいいだろう。

「宜しいも、宜しく無いも無いもんでやしょうよ。それに、さっきの作戦でやるならあっしがいなくてどうすんです?」

「言うねえ。ま、キミが良いならボクだってそれで構わないさ。さあて、なら明日に引き摺らないよう、サッサと寝るとしよう。おやすみ」

 そう言ってセリエアは慣れた動きで運転台へと昇ると一瞬こちらへ顔を向け、「ありがとう」とだけ言ってドアをバタンと閉めた。

 それからしばらく、運転台のドアを呆と眺めていたキョウズイだったが、近づいて来る足音を聞き咎めると踵を返した。

「さて・・・これで義務は果たしやした・・・か?」

 そこまで言って、ハッと気が付く。そもそも義務なんて無いことに。

「まあ、仕事に差し障りが無いかどうか確認しただけ、しただけ。あとは旦那がどうなろうが姐御が悲しもうが知ったこっちゃ無い」

 言い訳がましくそう独り言ちたキョウズイの表情は彼自身、気づいてはいないが。

「・・・そう。知らない、知らない」   

 さっきのセリエアのものより、ずっとずっと強張っていた。

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