第9話 Each of the four has own way

「・・・はあ」

 ヘクサルフェンの操縦席、そのコンソールの前でセリエアは何度目か分からない溜息を吐いた。

「やってしまった・・・」

 コンソールで出発の作業をしていなければ、きっとその両手は赤銅色の頭髪を抱えていたことだろう。メンタルと指先を切り離し、ダブルタスクとして行使できるのは彼女の特技であり、相方との共通点だ。

 しかし、だからだろうか。作業を続けつつも、頭の中を右往左往するのは『あの事』だけだ。

(戻りたいでも、戻りたくないでも無く、分からないって・・・どういう意味なんだろう?)

 いや違う、意味なら分かる。意味だけは。

 昔のことを夢に見てうなされていた、ということはつまり、元の世界に悪い思い出があるということ。それでいて『戻りたくない』と言い切れないのは、そればかりでは無いということだろう。そのくらいは、セリエアとて察することは出来る。

 問題は、察したあとどうするか。どう対処すべきか。

「僕としても・・・良かった・・・のかなあ?」

 気持ちとしては、嬉しい。

 少なくとも天秤にかけるくらいはこちらの世界を、僕たちといることを良く思ってくれているということだろうから。しかし、

(じゃあ・・・・・・どうしてユーマは戦っているんだ)

 問うまでも無い。セリエアがエフリードを手放したく無いから、彼はこうして傭兵として戦っている。あのへそ曲がりは、絶対に自分からは言わないだろうけれど。

 それを『契約』という言葉で誤魔化しているのは、どちらかと言えば。

「ボク・・・かな?」

 しかし、それでも心のどこかで、戦うのはユーマが自分の世界に戻る為でもあると思っていた。否、思おうとしていた。

 でも、彼にその必要が無いとしたら。

(ボクの我儘に、ユーマの命を懸けさせている・・・・・・そうなるのかな)

 ユーマは賢い。エフリードの起動に成功できたのもユーマのお蔭だし、システム面の調整は専ら彼の仕事と化している。ハード面の整備についても基本的なことは自分で出来るくらいの知識はあるから、中佐が言っていたように鋼騎がこれからも帝国に存在していくのなら、仕事先としては引く手数多だろう。

 少なくとも、彼が『元の世界に戻る』なんて夢物語を叶える必要が無いのなら、今みたいに戦場に立つ必要は無い。そういった危険の少ない仕事で、日々の暮らしを支えていけばいい。

「それをボクは。ボクは・・・何て言って欲しかったんだろう?」

 自分の為だと、セリエアの為だと言って欲しかったのだろうか?この世界で、自分と生きていく為だとでも言って欲しかったのだろうか?

 そんな自分勝手で、手前勝手で、我儘な・・・。

「えーい、止め止め!」

 袋小路に陥りそうな思考を、頬を思い切りパンと叩くことで端に追いやる。

(どう考えているかなんて、訊かなきゃ分かりっこないじゃないか)

 兎にも角にも、エフリードに乗って戦うというのがユーマの選択なら、その選択に、自分の我儘につき合わせているという後ろめたさがあるのなら。

「・・・取り敢えず、彼の邪魔になるようなことはしないでいよう」

 つまりはいつも通り。軽口を言い合いながら、ユーマのサポート。

「そう・・・いつも通り、いつも通り」

 そう呟きながらも、指先は乱れなくヘクサルフェンの格納庫ハッチを開放すべく、コンソールを操作している。すると、丁度タイミングを合わせたかのようにユーマから通信が入った。

『こちらエフリード。セリエア、ヘクサルフェンに移動させる。エスコートを頼めるか?』

 ひと思いに訊いてしまえば分かることなのに、仕事が優先。後回し、後回し。

(若し訊いて、戦うのが嫌だと言われたら・・・仕事に支障がでるじゃないか、もう戻れないのに)

 だから、いつもの声で。なんてことの無い風な表情で。

 言い訳、言い訳。セリエアはほんの少し、そんな自分が嫌いになった。


「はあ・・・」

 エフリードのコックピットの中で、ユーマは何度目か分からない溜息を吐いた。

 セリエアの反応と共にリフレインするのは、その前に中佐から聞いた『渡り人』について。

(・・・常人の世界において、つまりは帝国外も含めてですが『渡り人』と呼ばれている者、即ち他の世界から来たと自覚している者についてはそれほど多くの事例がある訳ではありません。また、それほど大規模な儀式を行えるのは異人の内でも魔導に長けた一握りでしょう。よって、君のような『渡り人』がそもそもどういう道理でこの世界に存在するのか、現状ではそれすら分からないということです・・・)

 そこで、終わってくれれば良かった。

(・・・もう一つ。所謂『渡り人』について、少ないながらも記録には確かに存在します。しかし、それらはある日、どこかの段階でプツリとその消息が消えているケースばかりなのです。勿論、死んだ事例もありますから全部、とは言いかねますが・・・若しかしたら、その儀式を行った者の目的が果たされた時点で、元いた世界へと戻される、そういう仕組みになっているのかもしれませんね・・・)

 まったく、余計なことを言ってくれたものだ。いや、彼はただ伝えただけ、悪いわけでは無い。悪いのは・・・。

「悪いのは・・・・・・俺、か」

 そう、与えられた情報が誤りで無く伝え方も適切であったのなら、それによってダメージを受ける方が悪い。

(あの男も・・・そう言っていたか)

 あの時は、口舌で相手を切る弁護士らしい物言いだと反撥したものだが。

「いや、あの男のことは関係ない・・・関係ない」

 しかしそれでも、ユーマを構成する理論要素が父親に依るものという認識は、彼自身が元の世界のモノでありこの世界での異物であることを強く想起させた。

 正直なところ、ユーマの望みはこの状況が永遠に続くことかもしれない。元の世界に戻るという確固たる目的の為に、気の合う仲間と一緒に活動する。親のしがらみも、周りからのプレッシャーも無い世界で。

 それは確かに逃げだろう。だからだろうか、あんな風に切り出したのは。

「俺は・・・俺は、何と言って欲しかったんだ?」

 契約だから、セリエアの希望が叶うまでずっと離さない、一緒に戦ってくれるとでも答えて欲しかったとでもいうのか。戦うのが彼女の為でもあるというのが自分勝手な希望では無く、彼女の希望に沿った考えだという、外形的な裏打ちが欲しかったとでもいうのだろうか。

(何とも情けない男だな、俺は。答えなくていいことを答えて、言わなくてもいいことを言って)

 そんな自己嫌悪に陥りそうな思考を弾き出すべく、ユーマはパンと自分の頬を叩き気合いを入れた。

 先のことは兎も角、俺の成す事は今、課されたモノをなす事だ。だから、引き摺っていてはいけない。セリエアともいつも通りのやり取りを行う、それだけだ。

「こちらエフリード。セリエア、ヘクサルフェンに移動させる。エスコートを頼めるか?」

 だから、いつもの声で。なんてことの無い風な表情で。

 自分の通信に応えるセリエアの声が、どことなく無理をしているような気がしたことには、気づかないフリをして。


「ほう・・・」

 ディマールのコックピットの中で、キョウズイは何度目か分からない感嘆の息を漏らした。その視線の先では、モニターに表示した自騎の詳細が踊っている。

「なんともはや・・・こうも違いやすか」

 そこに表示されているディマールの重量やら魔導炉の出力やらから演算した基本性能は、キョウズイが記憶していたそれを凌駕していた。

 エンジニアたるセリエアから聞かされた改修内容としては、外部装甲を含むセイレーンとしての装備を取り外すことと、破損した装甲の修復のみだったはずだ。手を加えると聞いた時に「基礎フレーム構造には手をつけない」という約束もした。

 だから、キョウズイとしてはあの一党に潜り込む前の姿へ戻るのだろうとしか、考えていなかった。

 しかし、ところがどっこい。さっき乗り込む際に見た機体の外観はエフリードに合わせて紺色にリペイントされたことを除いても、以前のディマールとはまるで異なって見えたのだ。

 若しや、格納庫を間違ったかとコックピットを覗いてみれば、そこは変わらず慣れ親しんだディマールのそれ。堪らずエフリードに乗るべくその場に現れたユーマに訊いてみたところ、元の装甲板を可能な限り残しつつ、外部装甲を流用して新しい外装を設計し直したらしい。

「エンジニアってのは凄いんですねえ」

 と呟けば、ユーマはどこか乾いた表情で「あいつが凄いのさ」と肩を竦めた。「操縦系に手を加えないから、俺の出番は無かったしな」とも。事実、搬出のため最後の確認作業を行っていた技術官に改修内容とその期間を伝えたところ、「ええ・・・」と青い顔をして立ち去って行った。

「姐御の腕が凄い。そういうことですかい・・・」

 当然、実際のところは動かしてみないと分からない。しかし、少なくとも数字上はセイレーンを装備する前のディマールと比べて尚向上しているのだから、その優れたるは認めざるを得ないだろう。鋼騎への造詣も含め生半可な知識では、とても出来まい。

 呆とそんなことを考えているキョウズイを急かすように、ピコピコと通信応受を知らせるアイコンが灯る。

「おっとと・・・へい、こちらディマール」

『こちら、ヘクサルフェンのセリエア。通信、これで合ってるかい?』

 丁度、彼が考えていた当人からの通信だ。

「ええ、姐御。合ってやすぜ」

『姐御は止めてよ・・・・まあいいや。調子はどうかな、キョウ君?』

「見た感じは取り敢えず。あとは動かしてからでやすね」

 良かった、と通信機の奥から漏れ聞こえた独り言に、キョウズイも「何の?」と訊かなくて良かった、と胸を撫で下した。自業自得とは言え、どうもあの年頃の女性とは食い合わせが悪い。

「ではディマール、自力移送を開始しやす」

 ハンガーアウトと唱えると、ディマールはそれまで固定されていたハンガーから解放される。するとオートバランサーが問題無く作動し、自動的に彼の魔導鋼騎はズンと1歩踏み出した。その歩行感覚にも、特に違和感は無い。

『ああ、それとキョウ君。機能確認を兼ねてのお願いなんだけど、格納庫にとっておいたパーツとかの積み込みを手伝ってくれないかい?』

「どれでやすか?」

『その格納庫の隅に、2つ3つコンテナが置いてあるだろう。見えるかな?』

 カメラを手動で左右に動かすと、それらしき物体が見えた。早合点ではいけないので、念の為にその映像をヘクサルフェンに回してみる。

「これでやすか」

『そう、それ!今から運搬用の作業車がそっちに向かうから、それに積んで欲しいんだ』

 どうやら、こういった機能も問題無く作動するようだ。

「それは良いでやんすが、そっからの積み込みは?」

『ヘクサルフェンへの積み込みはユー・・・エフリードがするから大丈夫。だから、キョウ君は乗せ終わったらそのままこっちの格納庫にディマールを移動させてよ』

 了解、と返事をしつつ、キョウズイはセリエアが一瞬ユーマの名を言い淀んだことが気にかかった。

「セリエアの姐御、何かありやした?」

『・・・い、いや。ユーマとは、別に何も。じゃ、じゃあ頼んだよ!』

 一瞬の口ごもりの後、早口でそう述べて通信を打ち切ったセリエアにキョウズイは「旦那と何かありやしたね」と独り言ちた。

 第一、こちらは『ユーマ』とはっきり言っていないのにわざわざ『ユーマと』と断りを入れたことからもその事実は明白である。云わば、『語るに落ちた』というやつだ。

(・・・まあ、腕がたつと言ってもまだまだ子供だからなあ。そこいらを上手く回してやるのが大人の仕事か)

 さて、ではどうしようか・・・。と、そこまで考えて初めてキョウズイは気が付いた。

(待ちない。・・・・・・どうして自分がそこまでやらねば?)

 キョウズイにとって、仲間とは云わば単なるビジネスパートナーだ。それらの仲が上手くいこうがいくまいが、それが原因で誰がどうなろうが知ったことでは無い筈だった。勿論、任務をこなす上で仲が良いにこしたことは無いのだから、気を回すことも不思議では無い。

 無いのだが、今のキョウズイの頭の中ではあの時、トーリス中佐からの指摘があったせいかそのことが無性に気に障る。

「まさか・・・あん人たちを、それ以上に思っている?あっしが!?」

 つい、口に出してしまった思いを否定するかのようにブンブンと首を大きく振る。

(違う・・・違う・・・そう、そうだ。折角得られたキチンとした身分を失いたくないから・・・だから、つい・・・そう、そうに違いない。いや、そう決まった!)

 強引に、自分を納得させるキョウズイ。しかし、そうでは無いとの考えはコンテナを積み、ディマールをヘクサルフェンへと動かしている間中ずっと、彼の頭から離れなかった。


「成程」

 用意された個室でトーリスは独り呟くと、やれやれと肩を竦めた。

 その手元には鳥の子用紙のような、少し赤茶けた色味の紙が握られていた。机の上にも同じ紙が何枚も広げられていることから、何かの通信文だと分かる。

 そして、それがいみじくも軍高官であり貴族である中佐に正規ルートで届けられる書類としては、いささか相応しく無いことも。

「どうにも動きが腑に落ちないと思いましたが・・・・・・納得しました」

 そう、そこに記されているのはネオツィラノからの極秘通信文。噛み砕いて言えばスパイからの報告書だ。

 そもそも、ユーマが指摘した通り彼がこんなところまでくんだり来たのは事後処理の為でも、ユーマたちへの説明の為でも、ましてや暇だからでも無い。ひとえに、コレを受け取る為だ。

「彼も、そういった嗅覚を持ち合わせてはいるようで。嬉しい限りです」

 彼の頭の中で、ユーマへの評価がワンランクアップする。

 しかしそれとは対照的に、その書類に記されていたのはトーリスにとって嬉しくない事実についてだ。

 なんでも、どうやら此度のノルフィ王国への兵力供与を親帝国派が自派の影響力拡大の為に利用したらしい。彼らからすれば、帝国がこのような軽挙妄動に乗る訳が無いから大規模戦闘に発展する危険際はゼロ。対外的には友邦のピンチに駆け付けた友誼の士を気取れると、派兵団に加わることは百利あって一害無し。そのはずだった。

 しかし、蓋を開けてみればそんな思惑とは裏腹に親帝国派将校は壊滅し、軍主流を反異人派の将校へ明け渡す羽目に。

「軍事行動を派閥抗争の感覚で捉えるからそうなるんです」

 ついでに、数少ない親帝国派はルートがある分、帝国外務局から散々叱られるというオマケ付きだ。

「・・・もっとも、今回のクーデター鎮圧に尽力したおかげで首の皮一枚は繋がったようですが」

 だから、今回の反乱は一部部隊の蜂起と言うより、むしろ軍全体によるクーデターと呼称すべき事象なのかもしれない。彼ら反徒たちが国家の大事を担える人材かは兎も角、国民感情も彼らの主張を支持するならば、それは国家の自主とさえ言えよう。

「・・・それを鎮圧した、我々の方が道義的には悪役ですね」

 勿論、トーリスが優先するのは帝国の利益であり道義的正義では無い。帝国1国の為ならば、他の全ての存在を害するだろうとその方法を選択することが求められる。

「それでも・・・・・・いいえ、繰り言は止めましょう」

 ふと、窓に目をやると基地から発進するヘクサルフェンの姿が見えた。

「ユーマ君、君が戦うその『理由』をどこまで貫けるか・・・・・・期待しますよ」

 そう、彼には初めに選んだその理由を貫き通して欲しい。指し示された道を選べず、差し伸べられた手を掴めなかった自分とは違って。

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