第8話 Unxpected passing each other

「ええ・・・」

 滑走路に出たユーマは、思わず感嘆と戸惑いが綯い交ぜとなった息を漏らした。

「おや、やっとお越しですかい?」

 相変わらずニヤニヤ笑いのキョウズイは、果たして驚いているのやら判別はつかない。

 そして、その傍で「遅いよ!」と頬を膨らますセリエアは、それでもいつもと変わらぬように見えた。

 しかし、そんな事より何よりユーマの目を捕らえて離さないのは、ただ今着陸したばかりの飛行機だ。いや、滑走路にいるから暫定的に『飛行機』と呼称したが、その物体はユーマの知る飛行機とは大きく違う。・・・そもそも翼すら無いのだから、確実に飛行機では無い。あれが飛行機なら、ライト兄弟への冒涜だ。

 アイス最中みたいな六角柱に菱餅みたいな脚が2対生え、前方中央に機首と操縦席らしき物があるお陰で辛うじて乗り物と判断できる物体を、何と呼ぶべきなのか。

(アニメ好きの坂崎なら分かるんだろうか)

 加えて、その未確認物体がその奇天烈めいた体形からは予想できぬ程にスイスイと地上走行を行う様子は、ユーマの頭にある常識を司る部分を粉砕した。まあ、異世界のアレコレを日本の常識で測る方が間違っているのかもしれないが。

「で、セリエア?これが?」

「そう。僕たちの新たな移動手段にして、新たな住処!・・・の、はずだったんだけど」

「はず、て」

 思わず、テレビのバラエティみたいなツッコミが漏れる。いや、ユーマも関西人ではあるが。

「いや・・・僕もまさか、こんなのとは思って無くて・・・本当かなあ?」

「はい。本当ですよ」

 いきなり背後から聞こえた声に、ユーマたちは一斉に振り向く。そして、そこにいた人物は、自分たちの雇用主にして、ユーマにしてみれば現状の元凶たる人物だった。

「「「トーリス中佐!!」」」

 ユーマたちの驚きとは対照的に、トーリスは「はい」と変わらぬ柔和な表情で頷く。これにはさしものキョウズイからもニヤニヤ笑いは吹き飛び、驚きで目を丸くしていた。

「この機体『ヘクサルフェン』が君たちチームに貸し与えられた、君たちが便利に使われるための移動手段です。詳しくは中で話しましょうか」


「・・・で?」

「・・・で、とは?」

「どうしてアンタがこんな所にいるんだ?」

 ユーマとセリエアは、トーリスに案内されて操縦室にいた。そこの一角には大きなモニターと4人がけのテーブルが備え付けられており、大小のコンソールからも操縦室と言うよりはコントロールルームと呼ぶ方がすっきりする。

 そして、そこでユーマとセリエアはトーリス中佐と向かい合っているという訳だ。彼としてはこういった折衝は年長のキョウズイに代わって貰いたいのだが、当人が「新参のするこっちゃありやせんや」と語って引っ込んでしまったため、不承不承、役割を継続して担う事になったのだ。

 セリエアに?それを彼女に押し付けるくらいなら、自分がやる方が気が楽だ。

「こんな所、というのはこの地に?それともこの機体に?」

「両方だ」

「成程・・・まず、私がこの地にいるのは君たちの仕事の後始末、言い換えればその後の処理の為です。流石に他国が絡む処理を他人任せには出来ませんから」

 それを任すために外務局なる部署があると思ったのだが、どうやら違ったようだ。

「偉い人というのも大変だね。ああそうだ、キョウ君は本当に僕たちが?」

「キョウ君?」

「キョウズイ君の事さ。『キョウズイ』なんて僕たちには仰々しすぎるから、キョウ君。可愛いだろう?」

 可愛いかどうかは知らないが、キョウズイ本人が納得しているならそれでいいだろう。こう見えてセリエアは人の本当に嫌がることはしない。

 そんな事より問題なのは、このトーリスだ。しれっと「来た」と言うが、これまでの霖雨で飛行機が飛ばせないというのが本当なら、この男は陸路で来たことになる。ならば少なくとも、自分たちが成功の報告をするまでに出立する必要がある訳で。

(食えない男だ)

 キョウズイに関するあれや是やもあって、ユーマは心中で舌を出した。どうもこう、掌の上で転がされているような気がしてならない。

「なら、何故こうして俺たちに会いに?暇なのか?」

「ユーマ・・・その言い方は流石に」

「いえ、構いませんよ。成果を出した者には相応の態度が許されます。それで、私がここにいる理由は単純ですよ、君たちを驚かせたかった、それが大きい」

「おい」

「冗談ですよ。君たちには次の仕事を依頼したい。なので私がここに来ているのだからと説明を頼まれた、それだけです」

 マンティクスも人手不足なんですよ、と変わらぬ笑顔で述べる様は嘘か真か、人生経験の浅いユーマでは表情からは判別できなかった。

「次の仕事、ねえ。まあ、お蔭様でしっかり整備はさせてもらったし、キョウ君のディマールも造り直せたし、僕としては問題は無いかな。ユーマ、君は?」

「体調という意味なら問題は無い。・・・・・・ディマール?」

 聞き覚えの無い単語に、思わず首を傾げる。

「ああ、君は聞いて無かったっけ?キョウ君の魔導鋼騎の名前さ」

「『セイレーン』じゃ無いのか?」

「それは装備の名前だってさ。このヘクサルフェンも、『走る六角形』なんて無粋な名前じゃなくて、もっと格好いい名前をつけたいね」

 そこで『可愛い』と言わなかったことは、褒めてやるべきだろうか。

「なら中佐。仕事の話なら、キョウ君もいる方が良いのかな?」

「そうですね。次の作戦には彼も加わってもらいますから、その方が良いでしょう。お願いしても?」

 分かった、と言い残すとセリエアはたっと椅子を立ち外へ出て行く。一応自分もと腰を浮かしかけたユーマだったが、

「ああ、いえ。君は残って下さい」

 というトーリスの言葉にせき止められる。遠ざかる足音とプシッというドアが閉まる音を背後に確認すると、ユーマは表情を改めて問う。

「俺だけに?」

「察しが良くて助かります。・・・・・・『渡り人』について、分かる範囲でお伝えしたいと思いまして」


「お待たせ、お待たせ・・・どうしたんだい?」

「・・・どうもこうも無い」

 セリエアが席を立ちキョウズイを連れてくるまで、5分もかからなかっただろう。が、そこに渦巻いていた重苦しい雰囲気は、戻って来たセリエアが思わず後ずさるほどだ。

「旦那・・・それがどうも無い人の醸し出す空気じゃあ、ありやせんぜ」

「大丈夫だ、問題は無い。それより中佐、揃った事だし仕事の話を」

 空気の元凶たるトーリスもユーマの意を察したか、何も言わずに説明の為に壁際の大型モニターへと向かった。

「では。皆さんに向かってもらいたいのはここから南東、大陸中央乾燥地帯です」

「そりゃまたあ・・・それでこんな大業な」

「そういうことですよ、キョウズイ君」

 なんでもこのヘクサルフェン、名前とは裏腹に大地どころか水上や、短時間なら空も飛べるときたものだ。機能としてはホバークラフトが近いか。

「そして依頼内容としては、反乱を起こして立てこもった部隊の鎮圧、その援助になります」

 説明によれば、その地域は元々ツィラノクースクという都市を中心として繁栄していた国家だったらしい。それが件の戦争で早々に亜種の侵攻を受けた挙句、休戦協定ではその都市を含めた3分の2もの領土を割譲される憂き目に遭ったそうだ。

「帝国としては元々自国領で無かった地域なら惜しくもなんとも無いから差し出した、そういう風に見えるけど・・・流石に拙く無いかい、それ?」

「セリエア嬢のおっしゃる通り、拙いですね。勿論、帝国領から同程度の代替地は分け与えましたが」

「それで納得するような連中ばかりなら、ノルフィみたいな事件も起こらない、と。なら中佐、その反乱軍とやらも?」

「ええ。セリエア嬢の考えている通りです。彼ら『正道解放戦線』と名乗る反乱軍へは新しくネオツィラノと名付けられた首都に配属されていた守備隊、つまりはその国家の生き残り部隊の大部分が参加しています」

「正しき道の解放、ねえ。反乱のどこが正しいのやら」

「そいつらにとっちゃあ、異人を殺し尽くすのが正しい道なんでしょうや、旦那」

 その露悪的な言い方から、どうやらキョウズイも彼らの行いを『好し』とは考えていないようだ。

「幸いなことに、帝国寄りの行政官らと一部部隊の尽力により、都市の占領という最悪の事態は避けられました。撤退した反乱軍は近辺にあるヤムカッシュ要塞に籠城中とのことなのですが・・・」

「・・・追撃したくとも、そもそもネオツィラノ、及び周辺都市の世論としては反乱軍に同情的で、守備隊は動かせない。そういうこってすね」

 討伐に出向いた隙に、よりにもよって市民が、閉ざした門扉を反乱軍に開きかねない。だから、生き残り部隊はその抑えとして残らざるを得ない、と。そういう話らしい。

「しかしな、中佐。散々追い散らされた敗残兵だろう?四の五の言っている暇があるなら、とっとと追討を・・・」

「可能性が過小でも、リスクは冒せねえと現地役人は判断したんでやしょ。仮に都市を占領されて再独立でも宣言された日にゃ、帝国の威光を背景に偉そぶってた連中は良くて国外追放でやすからねえ」

 ククと喉で笑いつつ「世知辛いねえ、まったく」とキョウズイは零すが、役人なんて良くも悪くもそんなものだろう。

「旦那は大人でやすねえ。それで、傭兵の出番、と?」

「ええ。それと、もう一つ。今回の反乱鎮圧を、帝国軍務局は鋼騎部隊を編制して運用する、そのデモンストレーションに利用する腹心算です。既に、各地の守備隊所属の鋼騎が数十騎以上集められています」

「豪儀な話だ。・・・ん?待て待て、ならどうして俺たちが?」

「簡単な話さユーマ。デモンストレーションである以上、その鋼騎部隊による攻撃は完勝でなくてはならない」

「それは分かるが・・・」

「旦那、恐らくでやすが、その反乱軍とやらに圧勝できるほどは、戦力を集められていないんでやしょう。加えて、集めた兵の技量もそう高く無いと見えやすねえ。どうでやす?」

 その言葉に、トーリスは肯定も否定もせず、ただ曖昧にほほ笑んだ。

「つまるところ、あっしらは先触。そして可能な限り敵戦力を削ぐこと。求められる仕事としちゃあ、そんなトコロでやしょうや、トーリスの大将」

「そうですね、その認識で宜しいかと。ですので最低限、敵戦力を漸減して頂ければ任務達成となります。勿論、報酬に関しては倒した数に依りますが」

 つまり、基礎報酬は無く全てがインセンティブとでも思えばいいのか。

「逆に言えば、敵を全滅させても構わない、と?」

「はい。ただし、最終的に要塞を攻め落とすのは先に言いました正規軍部隊です。それはお忘れないように」

「安心してくれ、たった2騎で攻城戦をやろうとは思わん。仮に、敵が勝手に降伏してきた時はどうすればいい?」

「突っぱねて下さい。まあ、そもそも雇兵である君たちにそんな権限はありませんから、特段気にしなくて結構です。また、その部隊に君たちの事は知らせてはありません。ピンチだと思っても援軍は期待しないように」

 そこまで言ったトーリス中佐は画面の隅に表示されている時計を見遣り、ワザとらしく驚声をあげる。

「おや!もうこんな時間ですか。では、これにて私は失礼させて頂きます。それでは・・・キョウズイ君、君とは少し話したいことがあるので、どうか出口までご一緒に」

「うへえ」

 げんなりとした顔をするキョウズイであったが、トーリスはそんな事はお構いなしとばかりに彼の腕を取って連れて行った。その途中。一瞬、ほんの一瞬であったが、ユーマへと意味ありげな視線を向けつつ。

「あ」

 しかし、それに気づいたユーマが声をかける間もなく、遮るかの如くにドアが機械音と共に閉まった。

「やれやれ。キョウ君も可哀想だけどまあ、仕方ないね。さあ僕たちも準備をしようかユーマ!・・・ユーマ?」

「・・・セリエア、さっきの話だが」

「な、何だい?急にそんな真剣な声で。さっきの話?」

「さっき部屋で、俺に『元の世界に戻りたいか』と、そう言ったな」

「あ、ああ。そんな事も言ったかな?」

 聞こえていたのか、と漏らすセリエアの表情は、少し気まずげだ。

「まあ、そんな大それた質問じゃ無いよ。ただ・・・ただ、前に中佐と話した時に君は言ったね、『帰らなきゃならない』って」

「・・・よく、人の事まで覚えている奴だ」

 苛立たしいのか、それとも心苦しいのか。ユーマも意識せず顔を顰める。

「ま、まあまあ。で、それがどうしたんだい?」

「答えがまだだったからな」

「答えって・・・そんなの、ニュアンスの問題だけだろう?戻りたいからこそ、あんな契約を結んでまで戦って、その方法を探そうとしているんじゃないか」

 そうだ。トーリスに元の世界への戻り方や渡り人についての情報を探ってもらっていたことは、セリエアも知る事実だ。しかし、

「それがな・・・正直な所、戻りたいのかと言われるとだな・・・分からないんだ、俺には」


「・・・で?」

 通路を歩きながらキョウズイは、そうおもむろに切り出した。

「実際のところは、どうなんでやす?」

「正直なところ、予想外です」

 へえ?と小馬鹿にしたような相槌に、トーリスは同じように顔を前に向け、歩きながら話を続ける。

「今回のミッションで、異人や連合に反抗的な将兵の大半は始末出来た・・・はずでした」

「異人への攻勢。そのお題目さえ掲げさせれば、それに同調する外縁王国は意を同じくする将兵を差し出さざるを得ない。あっしの仕事は、その連中を見繕いリストアップすること。そうでやしたね?」

「ええ。今回はカルサ王国が更に策謀を働かせた為、貴方の仕事内容も変わってしまいましたが・・・それはいいでしょう」

 しかし、と口走るトーリスの顔に、初めて苦み走ったような感情が現れる。

「まさか、反乱とは。どうやら彼の王国内でも何かとある様子で」 

「何にせよ、帝国の隙を付いての反乱劇。奴さんらも中々・・・と言うより、どこかの誰かさんが間抜け、そんな話で?」

「ええ。情けないことですが、少々私も油断が過ぎたようです」

 拙い策謀の結果、『起こってしまっては仕方が無い』では済まされない事態となったのは事実だ。だが、トーリスはそれで済ますよう解決するのが仕事なのだ。

「しかし・・・大将?」

「何です?」

「まだ何か、隠してやすね」

 カツンと、立ち止まったキョウズイは初めてトーリスを見据える。自然と、トーリスも立ち止まり彼を見返すかたちになった。

「ええ。しかし、その内容はのちほどお渡しする心算でした。とりたてて非難される筋合いはありませんよ」

「・・・また、ユーマの旦那からの評価が下がりやすねえ」

 そう、キョウズイとしては何の気なしに発した台詞だったが、

「おや?珍しいですね」

 何故か、トーリスは少し目を見開いてそう述べた。

「はい?」

「いえ・・・貴方ともそれなりに付き合いはありましたが、そんな風に人の事を言うのは初めて聞きましたよ」

「・・・別に、エフリードがこのチームの要でやすからね。あん人がアンタを嫌んなって逃げ出されちゃあ敵わない。その心配でやすよ」

「成程。では、そういうことにしておきましょう」

 お返しとばかりに、意味ありげにほほ笑んだ彼は、再び何事も無かったかのように歩き出す。

「ああ、それと」

 そう言って振り向いた顔は、いつも通りの笑顔に戻っていた。

「私への不信感なんて、彼には何の問題もありませんよ」

「そりゃあ、また・・・どういう意味で?」

「その通りの意味です。彼が戦う理由は、ひとえにセリエア嬢にしかありません。私やマンティクスはただ、その言い訳に使われているだけですよ」

 何の事かと慌てて駆け寄ろうとするキョウズイを、トーリスは身振りで押し留める。

「ですから・・・ええ、大丈夫です。彼と彼女の間に問題が無いのなら、少なくとも仕事について心配することはありません。それは絶対です」

 それだけ言うとトーリスは自分でハッチを開けて出て行った。立ち尽くすキョウズイ1人を残して。


 言った。言ってしまった。

(トーリスの目が説明しておけ、と言っていたような気がしたから!)

 その前に、まず自分の考えを、と思ったからなのだが、

(裏めった)

 それを聞いたセリエアは動揺でなのか、瞳を左右に揺らしている。最早、説明どころの話では無い。何よりまず、俺の言葉の意味を言わねば。

 ああ止めてくれ、そんな表情をしないでくれ。悲しませたい訳じゃ無いんだ。

「勿論、俺には大事な友人がいる。ソイツらにもう一度会いたいというのは間違いじゃない・・・じゃないんだが・・・」

 しかし、ガリガリと頭を掻きつつ口から発せられる言葉はまるで要領を得ない。元より自分の中ですら上手く纏められていない話を、他人へ説明出来得る道理なんて無かった。

「そうかい」

「そうだ。・・・え?」

 なのに何故か、セリエアは淡々とそう呟く。その言葉に、むしろ俺の方が面喰ってしまった。

「なら・・・なら、さ。君はどうして戦うんだい?」

「何故って・・・そういう契約だろうが」

 だからだろうか。ついいつもの殺し文句を口に出す。それを言えば、話は終わり。

 そう、いつもはそうだった。

「そうかい!」

 しかし、それを聞いたセリエアは面罵するように言い放つと、プイとユーマに背を向けてヘクサルフェンの操縦席に荒々しく腰かけた。

「せ、セリエア?」

「そんなことより!・・・それより仕事の準備!格納庫のエフリードの積み込み!急いで!」

 語気強く、ビシビシと矢継ぎ早に告げられる言葉に「お、おう・・・」と辛うじて返事が出来た俺は足早に扉へと向かう。

「じゅ、準備が出来たら通信を入れるから、お前はここで待っていてくれ!」

 背中なら感じる剣呑な気配に、ユーマは早口にそう言い切るとまだ開ききらぬ扉を強引に潜り抜けて、廊下へと逃げるように飛び出した。

 ・・・ソッポを向く際にチラと見えた、目尻から零れる液体と、強い語気に混じる震えからも。

「あ・・・」

 背後から聞こえた、後ろめたさと罪悪感がない交ぜになった言葉は、無機質な扉の動きに遮られた。

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