第6話 Seiren the freaks of lakes

 モニターからの映像が格納庫から黒に変わって直ぐ、ユーマは体が真っ逆さまになったのを自覚した。今ユーマが感知できるのは、外部センサーが拾うひょうひょうという風切り音のみだ。

 闇夜の湖沼へと降下する都合上暗視装置も役に立たず、モニターには一面の闇しか映らない。

「・・・く!?」

 苦悶の声を漏らすユーマだったが、それも致し方ない。なにせ高高度からの奇襲はいいが、結局のところエフリードは陸戦兵器でしかない。

 当然、高度計なんて洒落たものは搭載されておらず、今回の降下にあたって高度の算出は、落下速度と発進高度から事前に計算して時間で判別する他ない。

(あの段階で、別の方法を考えるべきだったか・・・)

 従って、斜めに落下しては計算が無駄にややこしくなる。ので、エフリードは目標地点まで垂直に、即ち頭から降下することになったという訳だ。

 それはまあ、問題かとは思うが納得は出来る、が。

(あと・・・3分以上もか)

 しかし、垂直に降下ということは当然、操縦席もまた機体ごとひっくり返る。そしてそれに座るユーマたちもまた、頭に血を登らせる体勢での降下を強要されているのだ。いまだレッドアウトする程ではないが気のせいか、頭が呆としてくるようだ。

「クッ」

 ギリリ、と奥歯を噛み締める。今の彼にできるのはモニターに映る、刻々と減らしていく数字を眺めながら耐えることだけだ。

(あとは・・・計算が間違っていないか。それだけ・・・か)

 無論、ユーマとて間抜けではない。セリエアの試算についての計算間違いが無いことは、確認済みだ。しかし、出だしの数値が間違っていたのなら、途中の計算がいくら合っていようが関係ない。

 若しかすれば、次の瞬間にはエフリードが水面に激突し、全員お陀仏となる可能性だってあるのだ。そんな妄想に、右腕で操縦桿を引き上げたくなる欲求に駆られる。

(・・・黙れ、この馬鹿腕!)

 しかし、ユーマは全身全霊を以て、その弱音を押し留める。今、苦心して作業をしているのは彼では無く、背後のセリエアなのだから。

 ユーマは座って我慢しているだけでいいが、彼女は彼が約体も無い考えをしている今も、スラスター推力と落下速度の帳尻合わせを必死で行っている。血が上った頭で、1秒も目を反らすことなく、だ。

 それを思えば、ユーマがやるべきることは、邪魔をせぬよう黙っていること、その他は無い。

「・・・ゆ、ユーマ。あと60・・・」

 どことなく、セリエアの言葉にも苦悶が混じる。

「応!」

 だから、ユーマはそれを振り払うべく大音声でその声に応えた。

「20・・・・・・10・・・5・4・3・2・今!」

「せえやあ!」

 グイとトリガーをを引き、バリアフィールドを全力展開。相変わらず前は真っ暗で見えなかったが、バシバシと外部カメラを打つ水しぶきが彼らの計算通りを証明する。そして同時にドボンと大きな音、つまりは外付けのスラスターをパージした音をセンサーが拾った。彼が組んだプログラムだ、間違いは無い。

「ユーマ!!」

「ええい!」

 ボヤボヤしては居られない。そのままではエフリードもコンマ数秒のラグなく着水、もっと言えば墜落してしまう。がっしと足を踏み込むと同時に操縦桿を引き上げて、体勢を180度転回しエフリードに今度は真横を向かせる。

 そうした上で背部のスラスターを全力で吹かし、更に脚部の補助スラスターも活用してそのまま真横に向かって飛ぶ。その恰好はまるでスーパーマンだが、彼の超人とは異なり飛行能力を得ている訳では無いから『飛行』とはとても言えまい。

「お、おおおおおおお!」

 それはただ、莫大な推力で押し出されて、ロケットの如く遮二無二猛進しているだけだ。

「おおおおおおおおおおおお!」

 雄叫びと共に、モニターにようやく写った眼前の陸地へと飛び込む。

「ユーマ!?」

「ぐう・・・!」

 着地のために、体勢をあらためる余裕は無い。そのままの体勢で、両手と片膝にて強引に着地する。と、急な制動によってガアンと大きな壁にぶつかるような衝撃に襲われ、目の前が真っ赤に染まった。衝撃を堪えるためにぐっと噛み締めた奥歯は砕けんばかりだ。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・ふう」

 しばらくして、回復した目でサブモニターを注視する。そこに映って「いる三面図には様々な部位に〈Alert〉の文字が踊っている。その中でも背部のメインスラスターは完全に焼き付き、脚部スラスターにも〈Overwok〉の文字。しかし幸運にも四肢には特段の警報は無く、メインカメラからの映像も多少のちらつきはあるが生きてはいるようだ。

「っふう。・・・おい、セリエア。生きてるか?」

「ああ、なんとかね。逝ったかと思ったよ」

 そして、セリエアも問題無し。縁起でもない軽口が言えるなら、体に別状は無いのだろう。

「なら良・・・!」

「ユーマ!」

 その悲鳴のようなセリエアの注進より早く、ユーマは操縦桿を傾けていた。辛うじて着地体勢から立て直し跳び退退れたエフリードの鼻先の地面には、土埃を上げて弾丸が突き刺さる。

「敵!?」

「流石に全滅とは虫が良すぎたか。しかし、スラスターがオシャカでは」

 突撃という、エフリード最大の武器が奪われた格好になる。

「こっちで強制冷却をかけてみる。なんとか1回くらいは」

「まあ、駄目でも1騎くらいなら・・・」

 それに、モニターに映る鋼騎にはそれなりに損傷が見える。それなら近接戦闘でも、とべダルを踏みかけたユーマに、セリエアが待ったをかけた。

「待って、奥に!」

 その言葉に従いモニターに目を向けると、ユーマは「うっ」と小さく呻き声を上げた。補正を働かせたエフリードのカメラには、先に銃撃してきたものの他に揚陸を図る鋼騎が2騎、映し出されている。

「全部で3騎か・・・少し多いな」


「賢しらに避けんじゃねえよ、糞が」

 ディーブは苛立っていた。間一髪こちらの銃撃を避けた紺色の鋼騎に・・・だけでは無い。

「このヤマが、このヤマが最後だったんだぞ、糞が。この襲撃さえ終えりゃ、大金ガッポで・・・ド畜生があ!」

 ゲイハ親分は、田舎で店を開く予定だった。

 ドーティは、帝国に密入国する手筈だった。

 エルーサは、身売りされた幼馴染みを買い取ってやる予定だった。

 そして、ディーブ自身は年老いた両親に家を建ててやる予定だった。

「俺たちに、何の恨みがありやがるってんだ!!」

 しかしそんな未来も儚く消えた。いったい誰がどれだけ生き残れたかは分からない。しかし、潜航中に襲われたということは、自分たちの行動が読まれていたということで、即ち、いつものような奇襲は不可能ということ。それくらい、今のディーブにも分かる。

 だから、眼前の鋼騎が何者なのかは最早関係無かった。若しかしたら、あの敵襲とは無関係かもしれない。だが、そんな事は知った事では無かった。

「糞が、糞が、糞が!」

 とどのつまり、泣声交じりの咆哮と共に為される攻撃は、ただの八つ当たりだ。そしてその射撃は敵が張るバリアのようなものに阻まれて、それが尚更にディーブの怒りを増幅させる。

「何故だ!どうして俺に気持ちよく仇を討たせねえ!?俺の気を晴らさせねえ!?」

 狙いも何もかも甘く、やたらめったらにトリガーを引く。それはまるで、ただ己の感情を吐き出すかのような雑で、それでいて鬼気迫る攻撃であった。

『落ち着けディーブ、その撃ち方では当たるものも当たらん』

「その声は・・・エルーサ!生きてたか!?」

『ああ、辛うじてだがな。それに、カイネンの奴も無事らしい』

 エルーサのセイレーンが指す方には、確かにもう1騎のセイレーンの姿。

「ん?しかし・・・ああ」

 その時やっと、ディーブはカメラ以外のセンサーが働いていない事に気が付いた。〈Coution〉のサインにすら気付かぬ程に血が上っていたらしい。

「どうやら、俺のセンサー類はお釈迦なようだ、他に反応は?」

『無い。沈んだか戻ったかは分からんが・・・』

「・・・そうか。しかしお前らが無事なのは僥倖だ、フォーメーション3で奴を仕留めるぞ!」

『待て!そんな事より離脱を』

「離脱う?何処に逃げるってんだ!?」

 自騎は助かったとはいえボロボロで潜航なぞ望めない。外から見る限りではエルーサも難しいだろう。かと言って、このセイレーンがノソノソ陸路で逃げ出せば、たちまち敵の警戒網に引っかかってしまう。

 第一、コイツにそれが出来るのなら、そもそも潜航しての奇襲なぞ必要ない。

「死ぬにしてもよお!せめて、こいつを道連れにしてやらにゃ、腹が収まらねえ!そうだろうが!!」

 最早、仄暗い怒りで目を濁らせる彼の頭に、それ以外の選択肢は無い。

『エルーサさん、この鋼騎はマーキングを見るに帝国の傭兵です。騎者を生け捕りにすれば、人質に出来ますよ』

「たまには良い事言うじゃねえかカイネン!テメエも腹あ決めろ、エルーサ!」

 大きな溜息を返答として、されど腹を括ったらしいエルーサが右に移動したのを確認し、ディーブは高らかに「撃てえ!」と叫んだ。小癪な敵に、3方向からの一斉射撃をお見舞いする。ゲイハ親分直伝の、必殺のフォーメーションだ。

「ああ!?」

 しかし敵も傭兵だ、一筋縄ではいかない。3騎の射点を一瞬で看破したのか、位置取りを瞬時に調整して器用にバリアで防いでくる。セイレーンが装備している機銃は堡塁攻撃用であるから、それを幾ら重ねてもバリアを貫くほどの貫徹力は無い。

『糞!おいディーブ、これじゃ埒が明かんぞ』

「分かってらあ。糞が、そんな反則技がいつまでも持つもんじゃねえだろうが。さっさと死にさらせよお!」

 しかし、敵は無様に腰を引きながらもその障壁は消えることなく銃弾を弾き続ける。

「しゃあねえ。テメエら、擲弾は残ってっか!?」

『撃ってはないが・・・やる気か!?』

「たりめえだ!やれえ!!」

 そう命じ、ディーブも操縦桿のボタンを押し込む。するとセイレーンの鎖骨部分がメキョリと開いて、そこからポン、ポンと樽状の物体が飛び出した。

「動くんじゃねえぞ、外れるからなあ!」

 なにせ『擲弾』の名の通り、これは単純に空気圧で撃ち出すだけの武装だ。誘導も出来ず弾速も遅いそれが外れぬよう、機銃を撃ち続けることで敵騎の脚を止める。

「タマヤア!」

 そして、擲弾がバリアへと触れた次の瞬間、大きな爆発が敵騎を襲う。バリアは破れなかったようだが、ダメージは大きいと見える。敵はガクンと膝をつき、機銃を防ぐバリアもどことなく、薄れているようにディーブには見えた。

「見たか!さあ、テメエらもやりやがれ!」

『チッ、しょうがねえ』

『分かりました!』

 エルーサたちが射撃体勢をとったのを確認したディーブは、ベロりと唇を舐める。

「へへ、トドメは俺がやってやんよお」

 僚騎から擲弾が発射されたのと同時に、ディーブは脚部の追加装甲を毟り取るようにパージした。そして一気に接近すべくペダルを踏み込むと、甲高い排気音と共に出力を増した魔導炉が、軽くなったセイレーンを倍の速さで走らせる。

 左腕から大鉈を展開し猛進するディーブの眼前で、先ほどの繰り返しのように爆発音が上がり、生じた熱風と衝撃がカメラの映像を乱す。

『馬鹿野郎、近づきすぎだ!』

「うるせえ!皆の仇、取らせてもらうぜえ!」

 どの道、敵は動いておらず、爆発による白煙と土地煙がもうもうとしているのだ。カメラが見えてもどうしようもないし、見えずともどうってことはない。

「死ねえ!死に晒せえ!!」

 その勢いのまま、ディーブは袈裟切りにしてやるべく左腕を大きく振り被って―。

「なあ!?」

 ―あと数歩で届く。そのタイミングで白煙のヴェールを突き破るように敵騎が近づいて来た。モニターへ歪に大写しになる敵の姿に思わずペダルを弱めてしまい、減速するディーブ騎の鼻先を掠めるように敵騎の右腕が空を切る。

「馬鹿め、外しやがった!」

 しかし、その手首の辺りがキラと光った、次の瞬間。

「へ!?」


「行くぞ!」

 擲弾がバリアの表面で爆発した瞬間、ユーマは動き出していた。

 バリアを解除し、セーブしていた脚部スラスターを再始動。膝立ちのような不格好な姿勢のまま、立ち昇る煙を押し退けてエフリードは猛進を開始する。

 そして、すぐ目の前には大鉈を振り被るセイレーンの姿が、モニター上に大写しで現れる。

「予想より近いか!セリエア、メインスラスターは!?」

「ま、まだだよ。もうちょっと!」

「なら・・・アームズセレクトをバリアからシールドに変更!」

 だが、ディーブとは違いユーマは驚かない、たじろがない、戸惑わない。頭を掴む要領で、右腕を突き出させた。しかし、その腕はディーブが芋を引いたおかげで空しく空を切る。

「外した!?」

「外して、無い!」

 矜持が込められた咆哮と共にトリガーを引くと同時にエフリードの手甲部分が展開し、そこを起点に板状の盾が顕現する。中空に発生させたエネルギーシールド、伸ばされたその鋭利な側面はそのまま、軌跡上にあった敵騎の頭を切り飛ばした。

「・・・あっ、スラスター再起動完了、良いよユーマ!」

「よっしゃあ!」

 制御系ごと切り飛ばされ、ガクンと力なく立つ首なし鋼騎の襟首を掴むと、そのまま押し出すように突撃する。ようやく機能を回復したスラスターは時折せき込むような吹き出しだが、それでも推力に不十分は無かった。

 次の目標は、湖水の間際で立ち竦む鋼騎!

「な!?」

 勿論、エルーサの発したその驚愕の声は外部出力となって無い以上、ユーマには知る由は無い。しかし、2騎もの重量をものともせずに突撃してくる魔導鋼騎に怯えるなと言う方が無茶だ。

 オマケに、彼からの方からはディーブが楯となって射撃が出来ない。もう1騎のカイネンが機銃を乱射するも、その射撃は皆、発振しっぱなしのシールドによって阻まれる。全ての位置取りを計算に入れた、完璧な攻撃だ。

「と、止まれえ!」

 そう言う前に、腕を動かせ。仮に聞こえていたならばユーマはそう一喝したことだろう。結論から言えば、湖水の間際から動かなかったことがエルーサの命運を決めた。

「そらよ!」

 激突する寸前に、今度は回し蹴りの要領で蹴り飛ばされたディーブの鋼騎は、その勢いを増してエルーサへとぶち当たる。蹴りの反動で飛び退ったエフリードとは異なり、その衝撃をモロに受け止めされられたエルーサのセイレーン。だが、そうは言ってもオートバランサーが働く普通の陸地なら、少し後ずさるくらいのものだ。

「ああああああああ!?」

「この、馬ッ鹿野郎!」

 が、彼がいたのは膝まで浸かる湖水の中。当然、水に取られた足は満足にバランスを保つことは出来ずにエルーサはそのまま後ろに倒れ、頭から突っ込んだ。そして、その彼に圧し掛かるかのように、ディーブもまた水の中へドボン。

「お?おおおおおおおおおおお!?」

 ご存じの通り、湖では海とは異なって遠浅なんて夢物語。岸辺からは直ぐ、岸壁のように湖底に達する。沈みゆく半壊状態のセイレーンは、直ぐに圧壊深度に達した。

「「な、何故だあああ!?」」

 偶然にも同じ叫びを上げつつ、押し寄せてくるコックピットの構成材に押しつぶされた彼らに遅れること数十秒。2騎のセイレーンは、こちらも仲良く一塊の鉄屑と成り果てた。

 刻一刻と沈んで行く情景を眺めながらのエルーサと、音も映像も無い真っ暗闇の中沈んでいったディーブ。そのどちらがより残酷だったのかは、識者の判断に委ねよう。

「あとは!・・・・・・ん?」

 そんな敵には目もくれず、ユーマは当然に襲われるだろう射撃に備えてシールドを構えるが、不思議なことに跳弾の音どころか発砲の光すら見えない。

「ユーマ、敵が逃げるよ」

 そのセリエアの言葉に、カメラを望遠に変えてさっきまで敵がいた地点の奥を見遣れば確かに、脱兎のごとく逃げ出す敵騎の背中が見えた。

「逃げてくれて、幸い・・・・・・・じゃ、駄目なんだよな、今回は」

「その通り。追え、ユーマ!」

 是非も無い。シールドの発振を解除してユーマは、エフリードを敵が去って行った方向へと走らせた。


「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

 息せき切らして、カイネンは鋼騎を走らせる。無論、実際にエネルギーを消費するのは彼自身では無いのだから、カイネンに身体的な疲労は無い。しかし追われる者としての焦燥、それも自分の常識外、得体のしれない敵に背を向けることに依る恐怖が彼の肺腑に空気を「もっとだ」「もっと寄越せ」と要求する。

(何故?何故?何故?・・・・・・何故!?)

 簡単な仕事の筈だった。今日で終わりの筈だった。それなのに「何故!」と自問自答するが、当然答えは返ってこない。

 既に夜は明け始め、空は白み始めている。完全に明けてしまえば奇襲以外に能が無いこの鋼騎では、追手や配備されている予定の王国軍に太刀打ちできる筈が無い。

 しかし逆に、夜が明けきる前ならば逃げ切れる。

「はあ・・・はあ・・・このポンコツは元々捨てて逃げる予定だ、惜しくは無い」

 今夜の襲撃が失敗に終わった後に、彼の身1つ逃げ出せるよう高速艇が用意されている予定だから、そこへ辿り着ければ万々歳。敵の鋼騎も王国軍も所詮は陸戦部隊、高速で逃げる船を追っては来られまい。

 その筈だったが。

「・・・あ、あれ?どういう事だ?・・・・・・船は?」

 カイネンはモニターに映る外の映像と表示されている地図を何度も見返し、確認し、念のため手持ちのチャートも確認するが地点は間違いない。しかしモニターに映る湖沼には、船舶など影も形も無い。

「まさか・・・見捨てられたのか?」

 自分も初めから捨て駒、その考えがカイネンの頭を過った。絶望に、サアと血の気が失せる。

「そんな・・・・・・いや、待て。落ち着け・・・落ち着くんだ」

 兎も角、間違い無く敵は追ってくるのだ。船が無いにしても、こんな目立つモノに乗ってはいられない。矢も楯もたまらずベルトの留め具に手をかけた、その時だ。

「!!?」

 ガアン!という金属音と共に衝撃がカイネンを襲い、モニターには〈Left arm : break〉の文字が踊る。

「よもや、もう追いついたか!?」

 と、視線を後方へと回すがそこにはまだ追手の影は無い。

『やはり、あんたでやしたか』

 それに、そう通信機越しに告げてきた声はカイネンにとっては既知の声で、

「キョ・・・キョウズイ!?馬鹿な、そんな・・・お前は確かに」

 そして、まったく予想外の声であった。

『死んだ筈、とでも?残念でしたねえ』

 そう言って木々を掻き分けて姿を現したのは、確かに見慣れたセイレーンだ。しかし、その状態は惨々たる有様だ。殆どの追加装甲は外れ落ち、至る所からは歩行にあわせて水が噴き出している。コックピットも浸水しているに違いない。

「いや・・・それは、上陸したときにいなかったから・・・てっきり。それより、こんな話している場合じゃ!」

『船は逃げやしたよ』

「え!?」

『ここに泊めてあった船、ありゃもうありやせん。あっしが弾撃ち込んだらサッサと逃げ出しやした。そして、そこにアンタが現れたってこたあ・・・あんたなんでやしょう、裏切り者は』

「な、何を・・・」

『いやいや、おとぼけは無しにしやしょう。低反応潜航中にゃ御法度のセンサー起動なんてして、誤魔化せる訳ないでしょうよ』

「そ、それは・・・」

 それにね、とキョウズイの鋼騎が自らの右肩を機銃でガンガンと叩く。セイレーンの追加装甲が外れた地の装甲板には、翼を広げた鳥のエンブレム。

『なにせ・・・あっしも似たような身分でやすからね』

「き、貴様!帝国の!・・・成程、朴訥な割に頭は回るようだと思っていましたが、まさか帝国の狗だとは」

『あっしが帝国の狗なら、そっちゃカルサの鼠ですかね?』

 クックッと喉の奥で転がすような笑いとは対照的に、その響きは単調で、ただただ冷たい。

『それにねえ・・・潜り込んでたのがあんただって分かったのも、結局はさっきんなってですから。言うほど褒められたもんじゃありやせんや』

「まあ、なんだっていいですよ、どうでも。それより・・・こんな問答している場合じゃありません。貴方も捕まっては宜しく無い身分とお見受けする、早く逃げましょう」

『悪いが、そうはいきやせん。アンタ殺してカルサ王国へメッセージにするとこまでが、あっしの仕事なんでね』

 そう言って銃口を向けて来るキョウズイに、クッとカイネンは臍を噛んだ。現実としてモニターに映るキョウズイの鋼騎の損傷は激しいようだが、攻撃に支障の無いことは先ほど自分に与えられた一撃からも明らかだ。この淡々とした言い様に「仲間だったろう」と同情に縋ることも無理だろう。

 しかし、それでも尚カイネンには心理的な余裕が残されていた。

(私のセイレーンの損傷は・・・先の左腕のみ、か)

 ならば、とカイネンの口角がキュッと吊り上がる。このセイレーン、1発くらいなら装甲を犠牲にすればしのげるのだ。

「成程、お仕事は大事です・・・なら、続きは地獄でやるがいい!」

 そうこちらが告げるが早いか、閃光の後に再び衝撃が走る。しかしそれはカイネンにとっては計算通り。鋼騎本体への損傷は無く、アラートを見れば右足の装甲が吹き飛んだだけのこと。

「効かんわ!あの世へ逝け!」

 あとは次弾発射までに大鉈を振りかぶって飛び掛かり、偉そうな口を利くキョウズイごとコックピットを切り裂くのみ。

 だがこの世界、甘い想定が通る道理は無い。それが外道のものなら尚更だ。

「な!?」

 不意に警告音が響く。何事かとモニターを見れば、先ほどまでは何もなかった右脚部が真っ赤に染まり、そこには〈Stop moving〉の警告が点滅していた。

『残念ですが、鋼騎の操縦についちゃあ、あっしもそれなりのモンでやしてね。外した装甲、それを関節に挟ましてもらいやした』

「そ、そんな!?そんなことはいくら私でも?」

 その自身への買いかぶりは兎も角、現実は非情である。

「うわ!?」

 続けてダン、ダンと子気味良い発砲音と共に三面図の左腕と頭部が真っ赤に染まり、カメラがサブカメラからのザラザラしたものに切り替わる。

「そ、そんな・・・馬鹿なあ」

 関節部とカメラアイをピンポイントで狙撃するなど、そんな出鱈目な技量をあのキョウズイが持っている筈が無い。辛うじて保っていた心がポキンと折れ、「ハハハハ」と乾いた笑いがカイネンの喉を震わせる。

 そんな現実逃避を試みるカイネンを他所に、状況は進行する。近づいて来るキョウズイのセイレーンは亀のようにゆっくりした歩みだが、両腕を封じられ、足を封じられた彼に出来ることなど何もない。

「く、く、来るなあ!」

 往生際悪く、両腕をモニターの前に構えるが、そんな行動が何かのエフェクトをもたらす訳も無い。次の瞬間には大写しになるセイレーンがその左腕の機銃をこちらのコックピットの装甲、その隙間にねじ込まれ、大きな衝撃音と共に目の前のモニターは沈黙し、割れ砕けた破片がカイネンへと降り注ぐ。

 それは奇しくも、ゲイハを襲った事態と同じだった。

「ま、待て!降参だ、降伏だ!貴様が帝国のい・・・人間なら、カルサ軍人の私を条約に従って、た、助ける義務がああああああ―」

 しかし、カイネンはその言葉を最後まで告ぐことは出来なかった。差し込まれた銃口から放たれた弾丸がカイネンごと、コックピット付近を破壊しつくしたのだから。


「・・・残念ですが、あっしは地獄にゃ行けねえんで。せいぜいゲイハ親分たちと仲良くして下せえ」

 そう独り言ちたキョウズイは、一切の感傷を払う事無く操縦席の辺りをカイネンの遺体ごと踏み潰す。

「これで、良し。あとは・・・」

 そして、何故か顔を顰めると機銃を右肩に押し当てて発砲し、エンブレムを削り落とした。これでカイエンがカルサ王国の手先であることも、キョウズイが帝国のエージェントであることも、余計な者に悟られることは無いだろう。

「・・・っと、丁度来やしたか」

 時折ノイズの走るモニターには、こちらへと近づいて来る紺色の魔導鋼騎。あれが恐らくはカイネンが言っていた追手であり、あの時キョウズイがデータを渡した傭兵なのだろう。

「あの坊ちゃん嬢ちゃんたちなら・・・まあ、問答無用で殺しゃあしない、でやしょ」

 そう言ってキョウズイはゆっくりと両腕を天に掲げさせた、降参の意を込めて。

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