第5話 Standby ready go

「さ、て・・・そろそろ出てきた方がいいぞ」

 ユーマが声を掛け覗きこんだコックピット内には、タブレット端末を睨みつけて一心不乱に情報を読み漁るセリエアの姿があった。

「へ?あ、あれ?・・・もうそんな時間かい?」

 そう素っ頓狂に宣ってチラリと上目でユーマを見るだけのセリエアに、思わず彼の口からは溜息が漏れた。

「・・・かれこれ、4時間は経つぞ」

「それは凄い、目が疲れる筈だよ。そうだね・・・まあ、色々さ」

 それだけ言うと、セリエアは再び画面に目を戻して作業を続けようとする。仕事熱心は美徳だが、流石に4時間も座りっぱなし目を酷使しっぱなしはやり過ぎだ。

「・・・まったく」

 軽くため息を吐いたユーマは、セリエアの抱える端末を奪うように掴み取る。

「ふぇ?あ、ちょっと!?」

 そして、それに思わず手を伸ばすセリエアの腕を強引に掴み、コックピットから引きずり出した。座り戻れないよう、座席に端末を投げ置くのも忘れない。ただ、その拍子に彼女が膝に抱えていた書類の束がばさりと座席に散らばったのはアクシデントだが。

「わ、わわ!何するんだい!?」

 そんな抗議は馬耳東風とばかりにセリエアをタラップまで引っ張り出すと、ぶっきらぼうにカップを差し出した。

「疲れた自覚があるなら、ほどほどにしておけ」

「何だ、気を使ってくれたのか・・・それならそうで、もっとやりようが、甘!」

「砂糖水だからな、当然甘い」

 休んでろ、と背中を割合強めに押すと、困ったようなはにかんだような笑顔を浮かべながらもセリエアは素直にタラップを降りて行った。

「やれやれ」

 再度、大きな溜息を吐いたユーマはコックピットに散らばる書類や先程の端末を拾い集めて、椅子に座って待つセリエアの元へと向かう。チョコンとパイプ椅子に座り両手でカップを抱え込むように持つセリエアの顔には疲労の色がありありと浮かんでおり、彼女も「まったくもう・・・」と口を尖らせてはいるが、それ以上怒る気は無いようだ。

「・・・で、どこまで分かったんだ」

「そうだね。まず、生存者の証言からこんな事が分かったよ」

 そう言って、ドンと机の上にユーマが置いた書類の束から1枚の紙を抜き出して差し出す。

「ええ、と・・・どれどれ」

 曰く、堡塁から街道などは監視出来ていた筈なのに、いつの間にか後方から現れること。

 曰く、敵が出現する直前には甲高い鳴き声のような音がすること。

 曰く、敵に攻撃が命中して装甲板が吹き飛んだはずなのに、平然と動き回ること。

「これだけ読めば、確かに幽霊だな」

 想像するとぞわり、と怖気が走る。流石のエフリードといえど、幽霊退治は専門外だ。

「安心したまえ、幽霊なんかじゃあ無いよ」

 そんなユーマの頭の中を見透かしたように、セリエアが言葉を続ける。

「エフリードのデータバンクに、さっき受け取ったディスクに記録されたものと同じ装備のデータがあったんだ。どうやら、帝国が戦争後期に開発した鋼騎用装備みたいだね」

 と、今度はタブレット端末を差し出した。そこには三面図と、簡単な説明と経過が記されていた。

「特殊隠密作戦用特別低反応潜航用特殊兵装、通称『セイレーン』だってさ」

「随分と鹿爪らしい名前だな」

 それに、やたら特殊特別と喧しい。よくセリエアは噛まずに言えたものだ。

「しかし・・・それを何故、野盗崩れが?」

「北方作戦に投入する予定だったものが亜種の大攻勢で行方知らず、とあるね。大方それが渡ったんだと思うよ。それに、鋼騎本体なら兎も角、それの装備品なら管理もそこまで厳密じゃなかったんだろうし」

「だとしてもな。軍需物資の管理不行き届きなんて、過失なら担当者の首の1つや2つじゃ済まんと思うんだがな」

「過失なら、ね」

 意味深な言い様から判断するに、彼女も疑わしい内容だとは感じているようだ。

 ただ、少なくともデータベースにそう記されているということは、それが帝国の正式見解なのだろう。ユーマもセリエアも、学者や監査官では無いのだからこれ以上そこを追求する気は起きなかった。

「・・・まあ、どうして敵の手にあるのかはこの際、無視しようじゃないか。それより・・・」

 そう言ってばさりと広げられたのはこの地域一帯の地図のようだ。丸やらバツやら朱書きされているが、割合としてはバツの方が多い。

「このバツの印が例の幽霊にヤられた堡塁で、丸がまだ健在の堡塁、というわけ」

「大分ヤられたと言っても・・・こんなに次の候補があるのでは、なあ」

 流石の高推力を持つエフリードでも、この全てを警戒して回るのは難しい。対して相手は襲い放題と、ユーマの顔に渋面が浮かぶ。

「いや。そうでも無いよ。今までの敵の襲撃と堡塁の配置がこう・・・」

 しかし、セリエアはそんな心配は杞憂とばかりに、ついと技術屋にしては細い指で地図をなぞりつつ解説を加える。

「・・・つまり、こう、だ。そして、敵の拠点がここなら・・・こうなる。分かったかい?」

「ああ、何とかな」

「まあ、本当にあの紙にあった根拠地の情報が正しければ、だけどね」

 一応、確認はしたけどね。と、もう1枚、線でぐしゃぐしゃになった地図をセリエアが指し示す。まあ、ディスクに入っていた敵鋼騎の情報と王国から提供された情報が大凡合致しているのだから、地図の方だけを殊更に疑うのはナンセンスだろう。

「・・・ん?じゃあ待てよ、その理屈で言うなら」

「そうだね、時間的な余裕はあんまり無いかな。エフリードの状態は?」

「整備は俺たちが中佐と話している間、ベーレンのマンティクス本部でしっかりとしてもらったからな。それにお前が籠っている間に軽く確認はしておいた。少なくとも駆動系に問題は無い」

 アラートは無かったろ?との問いに、コックピットを占拠していたセリエアは「うん」と頷いた。

「なら最低限、昨日と同じくらいは動くはずだ」

 見上げたエフリードはピカピカに輝いており、その肩には真新しい、羽を広げた黄色い鳥のような団体所属を示すマーキングが光る。格好で戦うものでは無いとは言え、輝くエフリードは今までより一層強く見えた。

「しかし・・・蟷螂(マンティス)斧(アックス)なんて組織名なのに、エンブレムは鳥なんだな」

「まあ、そうだね。でも・・・じゃあユーマは蟷螂のマーキングの方が良かったのかい?」

「それもそうか」

 それに、蟷螂と斧とくれば『蟷螂の斧』という諺が想起される。異世界なのだから偶然の一致なんだろうが、あまり良い言葉で無いものと一致する以上はそれから外れるエンブレムの方が有り難い。

「だろう?そんなことより、急ごうか」

 そう言うが早いか、セリエアはパンと柏手を打つと軽やかに席を立つと格納庫に備え付けの電話機まで走った。

「ええと、外務局支部の番号は・・・」

「メモってある。42の1989だ」

「4と2を押して、1989っと。・・・もしもし?もしもし?・・・ああ、そう・・・敵の正体はだいたい分かった。それと・・・いいや、違うよ。次に襲われる可能性のある場所に目星が・・・ちょっと待って」

 受話器の口を押えてセリエアがチョイチョイと例の地図を指さすので、ユーマはそれを元のように折りたたむと彼女に投げ渡した。

「お待たせ。それで・・・うん、そう。だから、時間的な余裕は無いと思うよ。だから・・・頼みたいことがあるんだけど」


 夜の帳がおりた湖沼地帯は、思いのほか静かなものだ。冷え切った空気の中で動き回れる野生動物は少なく、そもそも動く必要性も無い。

 そんな無音の空間に、ポシャンと水の跳ねる音が2度3度と連続して響く。

 暗闇の中、湖の岸に1つ、蹲るような小さな影が見える。するとその影がひょいと何かを湖に投じ、パシャリと音を立てる。それが無聊の慰みなのか、更に続けようと左手に持つ小石を掴むが、

「キョウズイ、そのへんにしておけ」

 背後に立ったもう1つの人影がそれを制止した。

「へえ、親分。暇なもんでやしてね」

「その割には、昼はどっか行ってたみてえだが?」

「王都でポン引きのバイトでやすよ。金はいくらあっても困りやせんから」

「欲をかくのもいい加減にしておけ、それで捕まっちゃ元も子もない。それより・・・金が要るなら丁度いい。仕事だ」

 野太い声でそう告げられると、蹲っていたキョウズイと呼ばれた男の影はコクリと軽く頷いた。

「分かったな。じゃあ・・・」

「あそこですかい?」

 言葉を遮るように指さされたのは、今彼らのいる湖沼の対岸だ。そこだけは別世界の如くに明々と様々な明かりが灯されており、警戒が甚だしいことを示している。

「声に出すな。行くぞ」

 伝えるだけ伝えると親分と呼ばれた影は踵を返し、岸の奥にある洞穴へと戻って行った。

「へいへい。お仕事、お仕事・・・と」

 そして、蹲っていた影はそう言うと左手に持っていた小石をまとめて水に投げ入れ立ち上がり、軽く衣服をはたくと親分の後を追った。


「不気味な奴だ」

 自分を追い越して奥へひょこひょこと走っていった男について、野盗の首魁であるゲイハはそう独り言ちた。そもそも野盗の身に堕ちた以上は誰も彼も少なからず脛に傷持つ身、それはゲイハ自身もそうだし重々承知だ。

 ゲイハも、元は誇り高い王国軍人だった。それが今、こんな夜盗に身を窶しているのはひとえに亜種どものせいだ、少なくとも、彼はそう考えていた。彼の部下であり仲間でもあるドーティたちも同じはずだ。

(だが・・・あいつは、別だ)

 名前はキョウズイと名乗っているが、それが本当の名前かどうかは疑わしい。確かなのは年若いくせに十二分に腕が立つ魔導騎者で、命令違反や反駁も滅多にしないこと、それぐらいだ。

 元々、セイレーン自体ゲイハたちが独自に持っていた装備ではない。ある時、どこぞの『後見人』とやらの使いが持ってきた装備であり、依頼だ。

(・・・王国軍堡塁を荒し回って金貨1袋は、悪くねえ話だったな)

 勿論、かつての同僚であり、亜種を憎む同胞を撃つのは気が咎めた。が、自分を放り捨てた王国に思うところが無い訳では無いし、第一金が全てだ。そして数度の襲撃をこなしたゲイハたちには、今まで見たことの無いような大金が転がり込んで来た。

 そんな自分たちの元に魔導鋼騎ごと送り込まれて来たのだから、例の『後見人』繋がりなのは間違い無いだろう。

「あいつ自身はどっかの脱走兵か、俺たちみてえな野盗崩れだろうな。・・・まさか伝説の大将軍キョウズイではあるまいがな」

 そんな考えを一笑に付すとゲイハはそんな妄想を頭から追いやった。そんな妄想より、今は仕事の話だ。

「おう、お前ら!」

 洞窟の奥には6体の巨人、セイレーンと恐れられる空色の鋼騎が居立しており、その前にはその魔導騎者たる部下たちが4人、円座をくんで盛り上がっていた。勿論、出撃を前に酒に手をつけるような馬鹿はいない。

「待たせたな。仕事の時間だ!」

 そう告げると部下たちは一様に、待ちわびたかのように立ち上がると口々に思いのたけを発する。

「待ってました!」

「やっとですか」

「これが終わりゃあ、目いっぱい酒が飲めんですねえ」

「ひゃっほう!」

 なんとも意気険要。そんな部下を見るゲイハの顔にも笑みが戻る。

「その意気だお前ら!・・・で、キョウズイの奴はどこだ?」

「あいつなら鋼騎ん中ですよ、親分。あいつがああしてんで俺たちも仕事が近いんだろなあって噂してたトコで」

「・・・そうか。じゃあ手前らも遅れんな!」

 再び沈みかけた気持ちを、カラ元気で持ち上げて命じる。幸い、気づいた様子の無い部下たちは一斉に自騎へと飛び込んでいく。

「気にしすぎか」

 そう言ってゲイハは弱気の虫を追いやろうと、自分の両頬をパンと力強く叩く。頭に響く衝撃と痛みで思考を弾き飛ばすと何時もの様な表情に戻れたゲイハは、自身も遅れじとコックピットへと滑り込んだ。


 何度目か分からぬ、いつの間にか手慣れた手つきで起動に成功すると、部下たちは既に完了していたようで5騎のセイレーン全てが単眼を光らせこちらを見つめていた。ノイズキャンセリングがなされたコックピットでは分からないが、横流し品らしい不揃いの魔導炉が奏でる不協和音が、狭い洞窟内に木霊する。

『遅いじゃあないですか』

「ぬかせ。リーダーはゆるりとするもんよ」

 軽口の応酬に通信機からは大小さまざまな笑みが漏れ聞こえてくる、約一名以外は。

「よおし、じゃあお前ら、目標はもう知ってんだろう、この湖の対岸の堡塁だ」

 そう言ってコンソールを操作し、モニターに浮かぶ地図にマーキングを施す。こうすると、確かめたことは無いが他の部下たちの機体にも同じようにマーキングされた地図が送られるらしい。それを証明するかのように、通信機からは一様にゴクリと唾をのむ音が聞こえる、約一名以外は。

『お、親分・・・ここは?』

「そうだカイネン、ここはここいらで一番大きな堡塁だ。だが、心配は無用だ。いつもの如く、敵の警戒は街道筋に向いてる。だから・・・俺たちはいつもの様にそれを後ろから蹴り飛ばす」

 その言い様は、まるで子供へ使いを頼むような気楽さだ。

「だから、何の心配も無い。いいな?なら、いつもの様に・・・潜航準備だ!」

『ああ、ちょっと待ってくだせえ』

 掛け声を格好良く決めた心算のゲイハに冷や水を浴びせるかのような台詞は、当然件の約一名からだ。

「なんだあ、キョウズイ!?」

『いつもは2カ所3カ所分かれて襲撃してやすよね。でも今回は1カ所だけ。なら全員でまとまって行動しやすか?』

 そういえばそうだ。大抵いつもは複数カ所を同時に襲うから、自然とグループに分かれていた。そしてだいたいはキョウズイが1人になるのだが、今回は確かにそうでは無い。

 しかし、親分として、それも『あのキョウズイに指摘されて気付きました』では沽券にかかわる。そう思ったゲイハはわざと大声を出すと、

「いいや、3手に分かれよう。俺とドーティ、ディーブとエルーサ、そして・・・」

『あっしとカイネン、と』

「そうだ。上陸地点はこことここ。ドーティは俺に着いてこい」

 そう、さも予め考えていたかのように告げるとキョウズイも不満は無い様で『分かりやした』と短い返事が寄せられた。

「っよおし!じゃあお前ら、もう文句は無えな。行くぞ!」

 白けかけた空気を盛り上げるべく、イの一番にとゲイハは洞窟の奥に設けられていた、湖沼へと通じる水路へと鋼騎をザブンと飛び込ませる。モニターに映る外の映像が水中独特のゆらゆらしたものに変わったのを確認し、同時にもう1枚のモニターに表示されているセイレーンの平面図をチェック。

「問題無し、か」

 その平面図に示されていたのは各所にある空気溜、所謂エアポケットである。『後見人』の使いから聞くところによれば、何でも元々の装甲板に被せるように別の装甲板を装着する事によって人為的にエアポケットを機体の各所に発生させ、それによる浮力とスクリュー推力によって水中航行を可能としている、らしい。普通ならそんなものでこの鋼鉄の馬がプカプカ浮かぶはずも無いのだが、その不可能を可能にするのが魔導の力だとか。

 だからエアポケットの状況については流石のゲイハも気を配っており、それが上手くいったことに安堵するのもまた、当然の行いという訳だ。

「お、ととと!?」

 急にガクンと自騎が降下し、ゲイハは水路を抜け湖沼へと至った事を悟った。慌ててスクリューの出力を増加させると水路を出た時と同じ深度を保って前進を開始する。

「危ねえ、危ねえ」

 そう言って額を拭うジェスチャアをするが、それも形だけ。なにせ、もう幾度と無く繰り返した道程だ。

 それを証明するかのように、背後にカメラを移すと部下たち全員、問題無く水中航行に移っている。こうして緩やかな速度で潜航しているかぎり、陸上から自分たちがこうして動く音はほぼ聞こえない他、水中だけあって熱の発生も抑えられる。低反応潜航とはよく言ったものだ。

 すると不意に、ガウンと鋼騎が揺さぶられた。慌ててモニターへ目をやると、自騎の左腕を掴む別のセイレーンの姿が映っている。

『親分、俺です』

「なんだドーティ、接触回線とは言え低反応潜航中の通信は御法度だぞ?」

 無論、それが分からぬドーティでは無いだろうから、必要以上に叱りつけるでも無く次の言葉を待つ。

『今回の組み分けですが・・・その、危険では?』

「キョウズイの奴が、か?」

『そうです。今まではあんな差し出口は挟まなかったのに、今回に限って』

「だからカイネンと組ませたんだ。若し万が一、おかしな真似をしようもんならカイネンの奴が泡食って注進してくるだろうさ」

 少なくとも、それは間違い無い。カイネンの奴とも他の面子ほど長い付き合では無いが、その気の小ささと馬鹿程の真面目さはこれまでの経験上疑いようが無い。

『そうですか・・・』

 しかし、ドーティはそれでも何処か不安があるようで、言葉を濁す。そんな心配風を豪快に笑い飛ばす事で払拭してやろう。ゲイハがそう思ったその時、

「ん?ちょっと待て、緊急連絡だと?」

 操縦席の正面モニターに、話題の渦中にあったカイネンより通信が入ったことを示すアイコンが踊る。掴まれている腕を揺らして接触回線を切ると、ゲイハは急いで応受のスイッチを入れた。

「どうしたカイネン?何があった?」

 若しやと身構えたゲイハであったが、カイネンより寄せられた報せはそれを上回っていた。

『じょ、上空に高熱源反応あり!ひ、ひどく大きい何かが!』

「どうした!?報告は正確にしろ!」

 だが問うまでも無く、その鬼気迫った言い様に念のためとセンサーを作動させれば自機でもその反応は確認できた。そして更に、返って来た返答はその絶望を上塗りするものだった。

『熱源反応、上空よりこの湖沼へ接近・・・いや、こりゃ落下です。こっちを狙っています!』

「て、手前ら、低反応潜航即刻中止!全速で陸まで揚がれ!!」

 しかし、それは遅すぎた。『来ます!』という悲鳴にも似た報告は、果たして全員が聞き取る事は出来たのだろうか。そう思わざるを得ない程の、湖ごと押しつぶさんとするかのような衝撃がゲイハたちを襲う。

「がああ!糞、損害状況報せ!」

 そんな中でも必死に、軍人上がりとして指揮官として為すべきことを為そうとする彼の耳に届くのはしかし、通信機から流れるザアザアという耳障りな雑音ばかり。

「じょ、状態は」

 キョロキョロと目を動かすも目に映る全てのモニターは沈黙し、無機質な白板はまるで墓標のようだ。

「ディーブ!ドーティ!エルーサ!誰か、誰か聞こえないのか!誰か!」

 縋るように通信機へと怒鳴りかけるゲイハの耳に、無情にもピシリピシリという聞き馴染みの無い音が自己主張をする。恐る恐るその音の方を見れば、白板に切れ込みの様なヒビが四方八方へと走り、その隙間からはチョロチョロと水が染み出しているではないか。

「じょ、冗談じゃ・・・」

 勿論、冗談では無い。水圧に耐えかねて砕ける白板とそこから溢れだす濁った水、それがゲイハの目が最期に捉えた光景の全てであった。


 時は少し遡る。


「さて」

 受話器をガチャリとおろしたセリエアはそう言ってこちらへと向き直る。何とも魅力的な笑顔だと、無関係の第三者が傍から見れば感じられるのかもしれない。

 が、宜なるかな。今までの経験則上、ユーマは彼女がその笑顔を見せるのは『彼女の中では』良い考え、『自分にとっては』厄介な考えを思いついた時だと痛い程に理解している。

「はあ・・・で?今度は禄でも無い思い付きだ?」

 だから、嘆息と共にそういった発言が飛び出すのも仕方が無い。しかし、セリエアはそれが不服とばかりに頬を膨らます。

「何だい!?僕がいつそんな話をしたさ?」

「お前以外にとっては、な。さっきの電話でも結構揉めていたみたいじゃないか。理論上可能はいいが、それを実行する奴の事も考えろ」

「しかしそれが一番効率がいいんだ、仕方ないだろう。それにだね・・・」

 そう言って先に説明し、マーキングした地図へと目を移そうとするセリエアをユーマは手で制する。

「くだくだしく喋ってる時間は無いんだろ。で、問題は?」

「そう。問題はその襲撃をどうやって阻止する、か、だろう?安心したまえ、考えてあるよ」

 そう言ってセリエアは卓上のタブレット端末を立ち上げ、その画面を見せつけるように差し出す。

「ほら。ここに書いてあるけど、文字通りに敵は水中を航行できるが、それは飽く迄移動の為だ。魚のように自由に泳ぎ回れる訳じゃあ無い」

「さっきも思ったが・・・よくこんな詳細な情報、あったもんだな」

「爺様に感謝感謝、だね。で・・・出発地点と上陸地点が分かるんだ。直線移動しか出来ないなら、どこを通るかは掌の上さ」

「・・・ふむ」

 確かにその理屈には一理ある。しかし、

「だが、それを言うならエフリードは航行すら出来ないぞ」

 何せ、エフリードに出来るのは『バリアを張る』『シールド展開』『メインスラスターで突撃』だけだ。不器用にも程がある。

「そんな無茶をするより、敵の拠点が分かっているならそれを王国軍に教えてやれば良いだけじゃないのか?」

「それじゃ依頼は果たせない、そうだろう?第一・・・どうやってそれを説明するんだい?」

「・・・それもそうか」

 仮に「敵の拠点を知っています」と伝えたとすれば、まず間違い無く「どうやって調べた」という話になる。馬鹿正直に説明すれば、それこそ帝国と野盗が手を結んでいたと邪推されるだけだ。

「それに・・・安心したまえ、僕があの子に出来ない事を理解していないとでも思ったかい?策はあるよ」

 そう、ニヤリと口角を歪めつつ、舌なめずりが似合いそうな表情で述べるセリエアに、ユーマは思わず背筋にぞわりとしたものが走った。

「ところでユーマ。効率的な漁業のやり方、知ってるかい?」


「だと言っても、ここまでするか?」

 エフリードの操縦席で零したユーマの愚痴に対して、

「しかし、これが一番効率が良いと思うよ?」

 というセリエアの回答は、いつもと異なり耳に着けたインカム越しにでは無く、直接ユーマの後方から耳朶を打った。

「もっとも、君が操縦しながら減速用スラスターの制御やらをこなせる、と言うなら僕は降りても良いんだけどね」

 どう思うね、と言ってくるセリエアの表情は、きっと忌々しいまでのドヤ顔だろう。

「分かった分かった、降参だ。しかし効率?」

「そう、効率。今回の作戦は水中を潜行している敵に対して、水面から衝撃を与える事によってそれらを一網打尽に損壊させようってものだ」

 要は、ダイナマイト漁の要領だ。

「なら、大事なのは如何にして敵に気付かれず彼らの直上まで近寄るか、だからね」

「だからこうして、飛行機まで借りて湖の上空に居る、と。しかし容姿に拘るタチでは無いと自分では思っていたんだが・・・何とも不格好だな」

 そうユーマが愚痴るのも無理は無い。現在エフリードはここまで彼らを運んだのと同じ飛行機のランプ付近に寝そべった形で固定され、更にその機体には胸から肩口にかけて大型のスラスターが外付けされている。

 岸からの攻撃では効果は薄いし、損壊させても揚陸を許しては意味が無い。ならば空中から一気に、というのは理屈としては理解できるものの、その状態はどう世辞を述べさせたとしても不格好としか言いようがない。

 加えて、これらの準備にどれほど現地スタッフの彼に手を尽くさせたのかは考えるだに恐ろしい。

「仕方ないだろう。エフリードは潜航は勿論、潜水すら出来ないんだ。だから一撃加えた後は飛んで陸地まで戻らなきゃいけない」

「聞いたよ、それは。だから機体本体のスラスターはその為に温存しなきゃいけないが、かと言って自然落下に任せると、水面でバリアを発生させたときの斥力との反発が大きすぎて耐えられない」

「そう、だからこその外付けスラスターだ。落下速度を調整出来て、更に不要になれば騎者がワンボタンでパージ出来る優れものだよ。凄いだろう」

「はいはい、凄い凄い。見た目も良けりゃ、もっと凄いんだがな」

 無い物強請りなのは重々承知だが、やはり見た目の不格好さは何とも言い難い。それに、ソフトウェアはユーマ製だ。

「良いじゃないか、僕が問題無いと思ってるんだから。僕のエフリードだよ?」

「騎者である俺の、でもあるがな。そういう契約だったろ?」

「君ねえ・・・そう言えば何でも通ると思って無いかい?」

 お前もだろうと口を開きかけたその時、ピーピーと通信を報せる音が響いた。

「おっと!・・・はい・・・・・・分かりました、では。さてユーマ、時間だ」

「出たか」

「うん。湖沼付近にて僅かな熱源反応だって。直ぐに消えたらしいけど予想通りのタイミング・・・間違いないよ」

 ならば、最早是非は無い。既にエフリードの魔導炉に火は入っているのだ、見た目への文句は後回し。魔導騎者の顔になったユーマは通信機へと告げる。

「エフリード、発進します!」

 数秒後、許可の出たことを確認し操縦桿に取り付けられたスイッチを押し込むと、ガラガラという音を立ててエフリードごとユーマは飛行機から闇夜に排出された。

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