第4話 Please give me necessary information

「いやあ、凄い。凄すぎる」

 十万石饅頭か。そんな他愛無い言葉がユーマの頭を過る。

「落ち着けセリエア。こんな狭い空間を、何べん撫で回す心算だ?」

 阿保を見るような呆れ果てた口調でそう諭すが、効く様子も聞く様子も無い。輸送機内に設けられた6畳間ほどのスペースなんて、2周もすれば見尽くせるだろうに、この落ち着きの無さ。余程この『飛行機』という存在に興奮しているに違いない。

「だって。だってだって、凄すぎじゃないか!」

 座ったままのユーマに対し、目を爛々と輝かせて座席の肘置きをバンバンと叩きそう主張するセリエアは、まるでショーケースの前の子供のようだ。

「だとしても、だ。一応これもマンティクスが用意した軍用機で、遊覧飛行機じゃあ無いんだぞ」

 と言うより、どうして座席と大小の棚と机しかない空間で、こうも目を輝かせられるのだろうか。

「わ、分かってはいるさ。でも、さ・・・君にとっては珍しくも無いんだろうけど、僕らにとってこんな飛行機なんてのは、お伽話の世界の産物なんだからね」

「俺からすれば、エフリードなんかの方がよっぽどお伽話だがな」

「あの子は飛ばない!」

「はいはい」

 適当にあしらうと、再びチョロチョロと部屋の中を見て回るセリエア。この調子だと、目的地に着くまでに打ってある鋲の数まで数えかねない。

『・・・お客さん方、貨物の積み込みが終わった。離陸の準備に入るから、あと少し待ってくれ』

「聞こえたなセリエア。座れ」

 天井のスピーカーから聞こえた声は、文字通り天の助けだ。不平に口を尖らせながらも、大人しくセリエアはチョコンとユーマの対面に座りベルトを締める。

 そして、少しすると窓の外ではセナルに設置されているレシプロエンジンがバルバルと大きな音を立てて始動し、振動で機体がガクガクと揺さぶられた。タンデム式だから振動も2倍だ、嬉しくない。

「・・・凄いね、これ。飛行機ってみんなこんなかい?」

「知らん」

 彼がイメージする飛行機と言えばジャンボジェットだし、そもそもユーマ自身飛行機に乗ったことは1度も無いのだ、分かる筈が無い。

『・・・それじゃあ離陸する。くれぐれも大人しくしてろよ』

 転んでも知らないからな、という注意の後、ゆっくりと飛行機はユーマたちを乗せて進みだす。

「おお、動き出したよユーマ!・・・あ!凄い凄い、地面が」

「だから落ち着けって・・・まあ良いか」

 ベッタリと窓にその形の良い鼻筋を押し付けて流れ行く景色と滑走路を見るセリエアを眺めながら、ユーマは先日の会話を思い出していた。


「「幽霊退治?」」

 そう鸚鵡返しになった2人を見て、我が意を得たりとばかりに満足そうなトーリス中佐はコクリと頷いた。

「ええ、幽霊退治です。勿論、本物の幽霊ではありません、そう呼ばれている鋼騎・・・恐らくは魔導鋼騎でしょう、の一団、依頼はその駆逐となります」

「おいおい、昨日今日に雇われた人間に依頼する内容か、それ」

 さっきの面接モドキから敬語が外れたままの物言いでユーマが問いかけるが、トーリス中佐もそれは気にした風も無く、しかし衝撃の内容をさらりと述べた。

「少し訳がありまして。この依頼は帝国からのものでは無く、外縁王国の1つからになります」

「ほう?」

 耳馴染みの無い情報に怪訝な顔になったのだろう。トーリス中佐は依頼内容が書かれた束から地図を取り出す。

「ええ。依頼の詳細は現地スタッフから聞いてもらいたいのですが・・・『渡り人』たるユーマ君には説明が必要でしょう。少し長くなりますがお付き合い下さい」

 ガサガサと机に地図を広げ、始められたのはこの世界の歴史のお勉強だ。勉強は学生の本分だから、ユーマに否は無い。むしろ、セリエアの方が「げえ」と舌を出す。

「まず・・・かつて、戦争がありました。それはご存じですね?」

「ああ、一応はな」

 ユーマの回答に満足したか、トーリス中佐は「では」と続けた。

 十数年前、今は異人と称される異種族が常人世界に攻め込んできた、それが世に云う『大祖国戦争』だ。開戦当初は遥か上を行く技術力を持つ異人サイドが圧倒的に優勢で、帝国外縁地域は瞬く間に蹂躙された。

「成程。まあ、攻めてきたということは、勝ち目があると見込んだからだろうからな」

「話が早くて助かります」

 蹂躙された地の多くは異人に占領されたが、その地域の住民の多くは彼らの膝下に下ることを良しとしなかった。焼け出された住民の多くは帝国中心部へと逃れてきたが、それら避難民の中には帝国臣民以外の民も混ざっていたのだ。

「それが外縁王国?」

「ええ。もっとも、当時は違う言い方でしたが」

 彼らの国は、帝国と臣下の盟を結んで亜種へと抵抗していた諸王国であった。そして、帝国と同じように蹂躙され、占領され、そして逃げてきた。常人という種が迫害されている現状に、悲しいかな、国が違えどとれる行動に違いは無い。

「戦争・・・難民・・・どこも同じか」

「ええ。しかし、帝国とて彼らをただ養うことは出来ませんでした」

 それはそうだろう。戦争、それもただでさえ負けている戦争だ。限りあるリソースの大半は『勝つこと』に割かれ自国民の生存権すら蔑ろにされる状況で、他国民に無償の愛を捧げる余裕がある筈が無い。

 しかし、出来ないから対処をしなくていい、とはならない。

「そのため、当時の指導者は、それら難民と化した者たちへの処置として1つの策を立てました」

 それが、それら避難民たちを帝国の爪牙として異人へと対抗させるという策だ。矢面に立つ、そしてその見返りに戦乱終結後、帝国と対等の立場での自立独立を容認するとしたのだ。

「昨日まで格下だった連中に、随分と大盤振る舞いだな」

「それだけ追い詰められていた、ということでしょう。しかし・・・もう少し後の事まで考えて欲しかったですけれどね」

 幸か不幸か、それら避難民の軍勢は戦局へ大きく寄与することも、全滅することも無かった。帝国の誇る英知が鋼騎をはじめとした対抗手段を編み出したからだ。勿論、それらの一部は彼らにも供与され、士気の高さから戦果をあげることも無かった訳では無い。

 しかし、大勢としては戦線の大部分を帝国軍が維持したまま、戦況は膠着状態になった。

「そして今から数年前、めでたいことに帝国と異人連合(ユニオン)の間で終戦協定と相成った訳です」

 そして、現在では帝国と連合は協調関係にある。いまだ民間レベルでの交流は果たせてはいないが、ゆくゆくは双方が各々の技術を取り入れ増々発展していく。

「・・・そのはず、でした」

 しかし、腹の虫が収まらないのは外縁王国だ。帝国が襲われたのは領土の一部だが、彼らの場合は国土の殆どが焼け野原となり、親兄弟が殺されたのだ。殺しても殺し足りない異人との条約、ましてや協調なんてまっぴら御免というのが大方の感情だ。

「それに加え、実利の面もあります。先ほど言った通り、彼らの領土は異人に占領された訳です」

「かと言って・・・連合としても、負けてもいないのにそれら全てを返せは・・・」

「通りません、ね」

 勿論、帝国とて忘恩の徒では無い。連合との交渉の中で領土の回復にはある程度成功しているし、叶わなかった王国には帝国領を一部割譲して独立を認めさせた。結果としては多くの外縁王国は国権を取り戻し、その一部は戦前と同じ国土面積を回復したと言っていい。

 帝国側としては自国領を譲り渡しまでしたのだ、補償としてはこれで十分と考えても無理は無い。

「しかし・・・いえ、だからでしょうか。殆どの外縁王国は、現在の国境線に満足していません」

「だろうな。本来の自国領と思う土地でないと意味が無いし、それを異人から取り返してくれないのは帝国の怠慢、と」

「・・・そういうことです」

 首肯したトーリス中佐の表情は、いつになく暗い。

「勿論、帝国としてはこれ以上の交戦は無意味と判断したからこその協定ですし、国内も治まっていないのに再度の開戦は望んではいません。しかし彼らは違います。異人を滅ぼしてでも、何万人の犠牲が出ようと旧領を奪還したい。その為なら再度の開戦すら厭わないでしょう」

 現に、それらの王国では帝国を『弱腰』『惰弱』と非難する国王や政府が強い支持を得ているとか。

「そして、そんな連中からの救援要請、と」

 随分とまあ、都合の良い話だ。

「しかし・・・なら、尚更分からないな。帝国としては、そんな過激派連中なんて滅ぼされてしまえばいいんじゃないのか?」

 それなのに何故わざわざ助勢を?それへの答えは、意外なところからやってきた。

「簡単な話さユーマ。帝国としてはむやみやたらな火種は困るが、かといって有用な戦力として存在していては欲しい。そんな所じゃ無いのかい、中佐?」

 それまで話に加わろうとしなかったセリエアから出た理知的な回答に、ユーマは勿論のこと、トーリス中佐も意外そうに眼を開いた。

「・・・・・・どうしたんだい?」

「い、いえ。そうですね、その通りです。彼らに私たちが求めるのは帝国の防壁としての役割ですので、それが果たせなくなってもらっては困る訳です。・・・しかしそういう事に理解があるのは意外でしたね」

「なあに、爺様の教えさ。『技術者たるもの、それが用いられる情勢も加味した上で腕を振るえ』、とね」

 そう、何事も無いような風を装おうとしたらしいが、こちらの視線に気づくと途端に満面の得意顔をわざとらしくこちらへと向けてくる。ユーマとしては、そんな風に頭が回るのなら、あの厄介事の山は何だったのかと逆に問いかけたくなるのだが。

「まあまあ、そんな事で。君たちを選んだのは、先方からの頼みであまり帝国の色に染まって無い方が好ましいとありましたからです。詳しい状況については、現地のエージェントからということで」

 どこか強引に話を畳む感じだが、事実として時間が無いのだろう。ユーマとしてもその駆け足を咎める気は起らなかった。

「また、その現地までの移動についてなんですが、今回はそれなりに急を要しますのでこちらで用意させて頂きます」

 やはりか。そう納得したユーマの隣で、セリエアがガバと勢いよく立ち上がる。

「ええ!?なら・・・急がなくっちゃ、エフリードを勝手に動かされちゃかなわない」

 そう言ってパタパタと出て行った彼女に、ユーマは諦めのこもった溜息を吐く。

「・・・大変ですね、君も」

「まあ、その・・・おっと、では失礼」

 遅れてはならじと、ユーマも取って付けたような挨拶を中佐へすると扉へと急ぐ。そしてその重い扉を開けて廊下へと出たその時、背後から「ユーマ君」と声が投げられた。

「何か?」

「・・・後悔しませんね」

 そう言って向ける、それまでと変わらない笑顔に混じる1滴の苦々しさはこの世界の人間でない自分を巻き込んだやるせなさか、それともそんな『渡り人』に頼らざるを得ない自分への不甲斐なさか。

「契約だからな、仕方ないさ」

 だから俺も、肩を竦めて苦笑して見せる。『アンタの気に病むことじゃ無い』と言外に言いながら。


「・・・マ、・・・-マ、ユーマ?」

「・・・ん?」

「どうしたんだい?呆としちゃってさ」

 心配そうなセリエアの顔に、何でも無いと手を振って見せる。考え込むと他に気が回らなくなるのがユーマの悪い癖だ。

「体調不良・・・じゃ、無いよね?顔色が悪いよ」

 そう言われて初めて、ユーマは気分が優れないことに気が付く。ふわりふわりと地に足のつかない感覚が、何とも落ち着かない心地で・・・。

「馬鹿か」

「何だって!」

 つい口に出してしまった独り言に激高するセリエアを宥めつつ、ユーマは自分の馬鹿さ加減に溜息が出る。飛行機に乗ったのは初めてで、それで気分が優れない、とくれば答えは1つ、飛行機酔いだ。

「それより、お前は大丈夫なのか?」

「うん。それより、病気だったら人を・・・」

「大丈夫だ」

 酔いと言っても少々気分が悪いだけで、吐き気や眩暈は無い。恐らく、体が初めての感覚に驚いたのに加え、つい考え込んでいたことが原因だろう。

「そんなことより・・・お!何だあれ」

「え!?なになに?」

 頓狂声で窓の外を見ながらそう言うと、今までの心配顔はどこへやら。離陸の時へ巻き戻ったかのように、窓ガラスへと顔を押し付けるセリエアの姿に、思わず笑みが零れる。

(まあ、良いか)

 そうとも、現地のエージェントから聞けと言われたことを、今考えても仕方が無い。窓にへばりつくセリエアではないが、あれくらい無邪気でも罰は当たらないはずだ。

 そんな風に思い直し、ユーマも窓からの景色に目を馳せる。窓の半分を占拠する赤銅色の頭と、その奥で流れる街並みを見ていると心が弾み、悪い気分もどこかに飛んで行くようで。

「・・・フッ」

 何のことは無い。気分は兎も角ユーマも又、初めての飛行機を楽しんでいるのだ。


「それがですねえ・・・何も分からんのですよ」

「「はあ?」」

 それが、現地のスタッフの男性から最初に告げられた事実であった。

「いやいや、ちょっと待ってくれないかな!」

 そうセリエアが食ってかかるのも無理は無い。詳しくは現地でと聞かされ、現地の帝国軍基地の格納庫にエフリードを納め、依頼主の仲介をする外務局まで歩いて数十分。その結果、現地スタッフから何も分からないと言われれば誰だってそうなろう。

 と言うより、セリエアがしなければユーマがそうしていた。彼女に圧された彼はカタカタと何度もずれる眼鏡を掻き上げるが、生憎と可哀想とは1ミリも思わない。

「ひ!?し、しかしですね」

 されど、この人を威圧しても意味は無い。セリエアが先に激昂してくれた御蔭で冷静になれたユーマはそう判断出来た。

「取り敢えず、依頼の内容から順に語ってもらえますか。どこがどう分からないかは、その都度言ってくれればいいので」

 ユーマの丁寧な言い様にホッとしたらしい彼が語り出した内容は次の通り。

 今月初めよりこの外務局支部がある外縁王国―ノルフィ王国と言うらしい―は旧領奪還を目的として、その他幾つかの外縁王国と共謀して連合領への侵攻を企てたのだという。いや、企てただけでは無い。動員をかけ、国境付近に兵を駐屯させることまで実施済みで、あとは号令一下で攻め込むのみの状態にまでもっていったらしい。

 ただ、全面戦争の再来となれば、外縁王国が2.3集まったところで連合に勝利出来ようはずも無し。常識的に考えて、まず行うべきは帝国への助勢ないし同盟の依頼であるはずだが、

「委員会や外務局には勿論、帝国軍にすら何の相談も無かったらしいです」

 そう吐き捨てた男性の目には、当時の苛立ちが蘇ったのか剣呑な光が見えた。

 当然と言おうか、帝国はその侵攻に対していち早く「我関せず」を表明した。誰が好き好んで、自国に得の無い戦争に参加しようものか。

「まあ、こっちはこっちで酷く叱られましたがね。何で気が付かなかったんだ!って」

 アテが外れたノルフィ王国は今更ながら帝国へと外交使節を派遣し、交渉がまとまるまで動員部隊は国境線付近で堡塁を拵えて侵攻に備えている。

 そういう状態が、半月ほど続いていたらしい。

「こういう時、支部なんてのは立場が弱いもので。今まで継子扱いだったのが途端に『本国の説得に関与せよ』ですよ。勝手にコトを起こした癖に勝手なもんです」

「いちいち、愚痴を挟まないとしゃべれないのかい?」

 彼の気持ちは分かるが、ユーマたちに必要なのは感想で無く、現在の状況だ。

「ああ、いえ。失礼しました。それでですね・・・」

 当然、そんな手前勝手が通る道理も無く、帝国からは「さっさと軍を退け」の一点張り。となれば、あとは王国側が諦めて撤退するか、破れかぶれに仕掛けるかの2択だ。流石に後者は選びようが無いし、そもそも、それが出来るなら初めからやっている。

「だから、直にこの緊迫した状態もお終い・・・・・・と、みんな思ってたんですけどね」

 状況が変わってきたのは十数日前、堡塁に布陣していた王国軍部隊が何者かからの襲撃を受け壊滅する、そんな事態が数日おきに発生したのだとか。

「何でも生存者からの報告で、その襲撃者は鋼騎・・・恐らくは魔導鋼騎だったらしくですね。それも、王国の運用する鋼騎とは全く違って見えたと」

 当然の帰結として帝国が疑われ、その出先機関である外務局支部の立場は王国内で著しく悪化した。言う事を聞こうとしない王国に対して帝国が実力行使に出た、それは何とも分かり易いストーリーだ。

「勿論、そんな話は我々としても初耳なんですけれどねえ」

 しかし、明快な陰謀論は時に不確かな事実すら駆逐する。今では、ノルフィ王国の国民どころか国王すらそう考えていることを隠そうともしないという。そうなると帝国としても何らかのアクションが必要になる。自身の潔白を証明するアクションが。

「・・・即ちそれが、帝国の手でその襲撃者を撃滅すること、と」

「そういう事です。それに加えて支部の嘱託職員の中にも王国民はそれなりに在籍しておりまして。帝国への悪感情から帝国軍やその色の強い傭兵でさえも、王国内には入れることすら難しくてですね・・・それ故に、こうして、君たちに御足労頂いた次第なのです」

 確かにユーマですら周囲からの射かけられるような悪意の視線はひしひしと感じられる。これが愛国心溢れる帝国臣民だとしたら耐えられるかは怪しいところだろう。最悪、殴りかかりかねない。

「しかし・・・だからこそ、敵の情報は必要なのですが」

「すみません。一応、王国から受け取った生存者からの聞き取り内容は、全てまとめてあります」

「あと、襲撃を受けた堡塁やらの位置は?」

「それもまとめてありますので、後でお渡しします。・・・王国からの協力はこれくらいですよ」

 恥ずかしそうに苦笑する男性職員であったが、ポカンと眺めるユーマたちの視線に気が付いたのか。おずおずと、最早癖になったのだろう、ずれてもいない眼鏡を直しながら問いかける。

「・・・あの、どうかしました?」

「いや、あのさあ・・・分からないって言った割には、色々貰えているじゃないか」

「まあそう言えばそうですが・・・しかし私も読んでは見ましたが、そんな大層な情報では」

「それは早計だよ。取り敢えずユーマ、格納庫に戻ろう。あそこならエフリードやマンティクスのデータバンクも使えるしね」

「そういう事です。そちらは出来る限りの仕事をしてくれたことは分かりましたから・・・後は、俺たちの仕事ですよ」

 そう言ってユーマたちは立ち上がるとポンポンと軽く男性職員の肩を叩いて歩き去っていき、後に残された彼は茫然と呟いた。

「あの男の子たち・・・新人なんですよね?」

 どうやら、またもセリエアは勘違いされたままらしい。


「さて・・・これを読み解くには時間がかかるぞ~」

 外務局支部の門を出て直ぐ、ずっしりとユーマが抱える書類の詰まった背嚢を見て、セリエアはそう嘯いた。その発言とは裏腹に、その声音にはどこか楽しそうな響きが混じっている。

「じゃ、ユーマ。エフリードは少し、僕が借りるからね」

「ああ」

「僕に盗られたからって、拗ねちゃ駄目だよ」

「ああ」

 そのそっけない返答に、たちまち「むう」と頬を膨らませたセリエアは、

「コラ!」

 と、ユーマの耳を思いっきり引っ張った。その痛みで危うく背嚢を落としそうになったユーマは、非難する様な目をセリエアへと向ける。

「何だよ?」

「何だよ、じゃないよ。人の話は聞かなきゃダメだろ!」

「・・・考え事、してたんだよ」

 考え事?と小首を傾げるセリエアに、ユーマは「ああ」と背嚢を揺さぶらぬよう小さく頷く。

「さっきのが『現地のスタッフ』、で良いんだよな?」

「うん、そうだろうね」

「なら・・・『エージェント』ってのは、何だ?」

 ユーマたちがトーリス中佐の元から出るときに、彼は間違い無くそう言っていた。言い間違いの可能性もあるが、そんな不用意なことをあのタイプの行政官がするとは思えない。

「言い間違い・・・は、あの人はしないね、絶対」

 それについてはどうやらセリエアも同感なようで、顎に手を当て思案のポーズ。

「ま、取り敢えずこの書類の精査からだ。案外、この書類のことかもしれないよ?」

 しかし、クドクド考えるのはセリエアの性分に合わない。あっさりと、考えることを止めたようだ。

「エージェントからの情報ってことか?・・・今一つ言い回しがな」

 対照的に、尚も納得がいかない様子で歩を進めるユーマの行く道を遮るように、側道から1人の男が飛び出す。危うくぶつかりそうになったユーマはその男を睨みつけた。

「ハロー、ハロー!お兄さんたち、暇ですかい?」

 しかし、男はまるで意に介さずに『100%まで』だの『最後まで』だのいかがわしすぎる言葉が羅列された看板ををユーマたちへと見せびらかす。ベラベラよく回る口の上に鎮座する、星型のサングラスを光らせながら。

「何だお前?」

「あっしなんて、名乗る者じゃあ御座いやせん。ケチなポン引きでやさあ。ささ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、てね。良い子いやすよ~」

 つまり、今風に言えばキャッチセールスのようなモノか。あからさまに怪しい風体にセリエアもぐいぐいと袖を引っ張るので、ユーマも少し困った顔を作ると「すみませんね」と足早に立ち去ろうとした。

「あらら、お気に召さない?ならせめて、コレ、如何でやす?」

 しかし、尚もしつこく言い募るポン引きが懐から取り出したのは、1枚の光磁気ディスクだ。サイズ的にはMOディスクが近いだろうか、帝国の共通規格である。

「君もしつこいね。興味無いって言ってるだろう!」

「いやいや、お兄さんお姉さん、王国の人じゃ無いんでやしょう?なら、見ないと後悔しやすよ。ことに・・・あそっから出てきたようなお人はね」

 その一瞬、サングラスの奥でポン引きの目が鋭く光った気がした。

「だから!」

「いや、待て。・・・一応聞いておくが、そのディスク、中身は何だ?」

「何って?こんな所で聞いちゃいやすか、そうでやすか。モ・チ・ロ・ン!可愛い女の子のあれやこれやが一杯でやすよお」

「・・・へえ。可愛い女の子、ねえ。出身は?」

「ここの近く、厚着をして湖に出たり入ったりのクールビューティ。最近は暴力的でやすが、それもまたチャーミングで。なんと・・・」

 キョロキョロと辺りを伺い、男がガサリと取り出したのは1枚の漉きの悪い紙。

「今ならな~んと、その女の子とあっしの雇い主がキャッハウフフしている場所の地図まであげちゃいやす。どうです?欲しいでやしょう?」

「そうだな」

 ユーマ?とギョッとした顔でこちらを見るセリエアは一旦捨て置き、ユーマもまるで隠し事をするようにキョロキョロと辺りに目を回す。

「いいだろう、貰っておく。幾らだ?」

「毎度あり。ああ、お代は無料(タダ)で。ですけどその代わり、店に来た折にゃあ、大盤振る舞いをお願いしやすよお~。あっしも仕事でやんすから」

 はいはい、と空返事をするユーマのポケットへ、男はその2つを強引にねじ込んだ。

「では旦那様、どうぞご贔屓に」

 そう言って男は、用は済んだとばかりにスッと、飛び出して来た時と同じように路地の奥へと消えて行った。

(取り敢えず・・・格納庫に端末があったな)

 急ぎ内容を確認すべく、ユーマは歩を急いだ。同時に、後から恨めしい視線をぶつけてくるセリエアへの説明をどうするか考えながら。

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