第3話 Who i am and What i want to do

「成程、それは災難でしたね」

「災難でしたね、じゃ、無いよ!まったくもう」

 言葉では同情の弁を述べるも、微笑を崩さないままの発言に怒りが再燃したようだ。ぷりぷりと口を尖らせて乱暴にその身をソファへと投げ出したセリエアの周囲には、ぷんぷんという擬音がさぞかし盛大に飛び交っていることだろう。

 しかし、その子供の癇癪めいた行動は、あまりにも場にそぐわない。頬杖を食らっては敵わないユーマは非難がましい視線を彼女へと送る。

「大丈夫ですよ。気になりませんから」

 が、しかし。この部屋の主であるこの男に言われてはユーマとしてもそれ以上咎めようが無かった。セリエアに至っては先刻承知とばかりに出されたカップを盛大に啜る始末である。

 まあ、怒られないのであれば、ユーマが彼女の振舞いを一々咎める理由も無いのだから・・・良しとしよう。

「東方からの舶来品で、良い茶葉が入りまして。どうです?」

「ああ、ええ・・・まあ、はい」

 そう言われても、ユーマは珈琲党だったし、第一緊張で味など分からないから曖昧に微笑んで文字通り『お茶を濁し』ておく。セリエアを判断基準に頼ろうにも、味どころか隣で「熱!」と喚いている始末だ。

「ええと、ユーマ・コーナゴと申します。初めまして・・・で宜しかったでしょうか?」

 火傷でもしたのか、フウフウと舌を出すセリエアに任せては置けない。そう判断したユーマが、おずおずと話を切り出した。

「ご丁寧に。私はトーリス、トーリス=ノイシュタインと申します。鋼騎統括委員会主簿(しゅぼ ※記録管理者、委員長)を務めております。軍階級は中佐ですし、他にも役職がありますので、そちらで呼んで頂けると幸いですよ」

 そう言ってスイ、と背中までかかる長髪を掻き流す仕草はそれこそ色気すら感じる。女性と見間違わんばかりの美貌や柔和な言葉使いからも『軍』という響きからは程遠い存在に思えるが、その糸のように細い目から時折覗く視線の鋭さから、少なくともただの優男で無いことだけは断言出来た。

「なら、ノイシュタイン中佐・・・」

「失礼。ノイシュタイン家は貴族ですので、軍階級で呼んで頂けるのでしたらどうか名前の方で。それが帝国の風習ですから」

 後でセリエアに確認したところ、ノイシュタイン家は侯爵家らしい。

「それは失敬を」

「気にしませんよ、私は。それと・・・そうですね。通信機越しで無く、こうして対面するのは初めてですね。初めまして、コーナゴ君」

「・・・失礼を承知で申しますが、良ければ私も、『ユーマ』と名前で呼んで頂いても?」

「おや、君も貴族で?」

 彼に含むところは勿論無いのだろう。しかし、その言葉が心の傷に触れたのでユーマの表情は目に見えて曇った。

「いえ・・・ただ、その・・・」

「ああ、中佐。ユーマはコーナゴという姓が嫌いなんだ」

 何の事も無く簡単にセリエアがそう言うと、トーリスも一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐ「成程」と頷いた。無神経にも思えるセリエアの発言だが、心の傷なんて他の人からすれば詳細の説明以外は簡単に言えるものだ。

 それに、自分では簡単になんて言えない分、無遠慮ほどこの場合はむしろ有り難い。

「では、ユーマ君、と。そうですね、確かにこちらの方が響きが良い」

「ありがとうございます。と、いうかセリエア・・・・・・この中佐とは知り合いだったのか?」

「ああ、爺様の縁で少しね」

 今度は火傷しないようチビチビとカップに口をつけるセリエアは、ユーマと違いすっかり羽を伸ばしているかの様相だった。

「しかし中佐、これで?」

「ええ。手続きについては完了です。今、格納庫で撮っている写真をアップロードして、機体の目立つ所に所属を示すシンボルを描けば、それで終了です」

 そして、と彼がスッと差し出したのは、3枚の免状だ。

「ユーマ君には、委員会公認の騎者であることの証明書が1枚。そして2人には帝国軍外郭団体所属を示す証書を1枚ずつ、となります」

「はあ~あ、これで僕も軍人サマかあ・・・」

「ええ。正確に言えば正規の軍人で無く、飽く迄民間からの協力者、という立ち位置になりますけれど」

 帝国軍の外縁団体に所属する民間上がりの戦闘員。字面だけ追えば何とも鹿爪らしい身分だが、噛み砕いてしまえば何のことは無い。

「つまりは、傭兵・・・と」

「厳密に言えば違うのですけどね。まあ、やって頂くことはここまでの道中、私が君たちに頼んできたようなことと、大きくは変わりませんよ」

 しかし、何故かトーリスはその免状をスッと自分の方へと引き寄せた。

「・・・中佐?」

「しかし、これをお渡しする前に確認しておかなければならないことがあります」

「雇われとして帝国の戦力となれるか、以外にですか?」

「以外にです。特に・・・君ですよ、ユーマ君」

 俺え!?と、予想しない矛先につい地が出る。

「ええ、君です。なにせ君は『渡り人(ビヨンド)』ですからね」


 『渡り人』。

 それはこの世界に他所の世界―異論はあるが、そうとしか言えない―から入り込んで来た人間のことを、そう呼称する。古くは特殊な血族だとか超能力者だとか言われたらしいが、それはユーマを見れば分かる通り事実ではない。

 しかし、そういった色眼鏡があるのも事実。それに、だとしてもこの世界には無い技術を持ち込んだり価値観がそぐわなかったり、大なり小なり異分子であることに変わりは無いのだ。

「だから、聞いておかなければならないんですよ、ユーマ君」

「な、何を?」

 いつの間にか、先ほどまでの和やかな雰囲気は雲散霧消していた。張り詰めた雰囲気につい、唾を飲んだ喉がゴクリと鳴った。

「言ってしまえば、君が戦う理由です。異邦人たる君が、本当に帝国の為に戦ってくれるのか。欲しいのは、その証明なんです」

「・・・証明」

「ええ。それが無ければ、いくら貴重な魔導騎者と言えど、軽々に雇う訳にはいかないものですから。さあ、どうです?」

 いきなり面接のような話が始まったせいで、全身からジトリとした汗が出る。勿論、俺も伊達や酔狂で命を的にしてここまで来たわけでは無い。戦う理由もエフリードに乗る理由も、無い訳では無い。

(にしてもな・・・)

 だが、それを準備も無しに上手く説明しろと言われても、困る。上手くそれを表現できるか、それが上手く伝えられるかなんて、分かりゃしない。

「俺は、元の世界へ帰らなきゃいけないんだ」

 だからユーマは、ただ正直に語ることにした。敬語で取り繕う余裕も無い、ありのままの言葉で。

「ほう・・・帰る」

「ああ。俺は元の世界へ帰る手段を探す為、エフリードに乗って戦っている。だから、帝国がどうとか、忠誠がどうとかは何とも言えない。疑いたければ、いくらでも疑えるしな」

「つまり・・・若し、敵対する側にその手段があれば、帝国を裏切ると?」

「分からん。ただ・・・ただ、そもそも俺がエフリードに乗ったのはコイツ・・・セリエアと生き抜く為だ」

 ほう、と相槌を打つトーリスの目が、キラリと光る。

「俺はコイツを裏切らない。だから、コイツが帝国を裏切らなければ、俺も帝国を裏切らないし、裏切れない。・・・ハッキリと言えるのは、ここまでだ」

 ふう、と大きく息を吐き、座っていたソファに体重を預ける。

(さて・・・どうなるか)

 合格か、不合格か。ユーマは気合いを入れ直して、正面に座っているトーリス中佐に視線を戻す。

「え・・・と、中佐?」

 と、何故だろうか。トーリスは少し俯き、右手で口元を覆っていた。

「いえ、少し紅茶が気管に入っただけですよ」

 咳き込んだ音はしなかったが、そういった経験はユーマにもある。小刻みに肩を震わしている事から見るに、結構酷いのだろう。

「なあ、セリエア・・・って、お前もか!?」

 セリエアもまた、両手で顔を覆って俯いていた。中佐との違いは顔全体を覆っていることと、その顔が耳まで真っ赤なことか。

「いえいえ、何でもありませんよ、ユーマ君。そうですね・・・それなら逆に大丈夫でしょう。ええ、大丈夫ですよ」

「逆に?」

「はい。なまじ、帝国への忠誠を尽くすとか言われる方が、信じられませんよ」

 ならば、正直に語った甲斐があったということだろう。ホッと緊張の糸が切れた体にのしかかってきた疲労に、ドッカとソファに体重を預けた。

「それに、セリエア嬢からの口添えもありましたしね」

「いつの間に・・・」

 そうならそうと言って欲しかったと恨みがましい視線を送ると、セリエアは露骨に目を反らした。

「ええ。君の人となりも前もってセリエア嬢から聞いていましたから、特に私個人としても特段反対は致しませんよ。まあ・・・贔屓の引き倒しは否定できませんが」

「何の事・・・まあいいか、別に。それで、だ。セリエア、お前はどうなんだ?」

「ぼ、ボク!?いや、こんな所でボクがキミの事をどう思ってるかを!?」

 破廉恥!と真っ赤な顔でクッションを投げて来るセリエア。お前は何を言っているんだ。

「いや、誰もそんな話は・・・じゃ無くて、だ。そもそもエフリードはお前の所有物だからな。お前が傭兵は嫌だと言えば、この話はそれでお終い。そうだろう?」

 初めはキョトンとした顔で「ふぇ」とユーマの言葉を受け止めたセリエアであったが、理解が頭に及ぶとわなわなと肩を震わせスックと立ち上がり、

「こ、の・・・馬鹿ユーマ!!」

 思い切り、その掌で俺の頬を引っ叩いた。パアンという乾いた音が、景気よく執務室へと響き渡る。

「ちょ、おま!」

「五月蠅い五月蠅い!第一、ボクが中佐に持ちかけた話なのに、ボクが嫌な訳無いだろう!」

「そんなに・・・エフリードが大事か。なら、やっぱり―」

「違う!」

 パアンと、再び乾いた音が響く。そうして唖然とするユーマを他所に、セリエアは「ふうふう」と肩で息を吐くと、腕を組んでドスンとソファに腰を下ろした。

「そちらの方でもお話がまとまったようで、何よりです。」

「まとまったと思うのか、あれで?」

 2回も打たれたせいでヒリヒリする頬を、ヒンヤリする掌で冷やす。明日、腫れてこないと良いのだが。

「さて、私もこの歳で馬に蹴られたくは・・・いえ、止めておきましょう」

 何か言いかけたらしいトーリスだったが、セリエアの「・・・中佐」といやに冷たい声音に口を噤んだ。しかし、それでも表向き平静を保てるのが年の功というものか。

「それでは、お2人はこれより帝国軍外郭団体『マンティクス』の実働部隊となります。福利厚生や給金など、詳しい話は後程係の者より致しますが、まず初めの仕事としてお願いしたいものがあります」

 気を取り直してそう言うと彼はパンと柏手を打ち、スイとほんの少しその糸の様な目を開け告げた。

「幽霊退治、興味はありますか?」

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