第2話 The name is F'lead
『へへ、隊長。今回も楽な仕事でしたね』
「そうだなぁ、がっはっは」
その声からも分かる通り、野盗たちはすこぶる上機嫌だった。
内部通信で無く、わざわざ外部スピーカーを通して会話し相手にそれをわざと聞かせることによって、獲物という立場を分からせ屈服させる。そんな理屈に初めは半信半疑だった彼らだが、一度それが有効であると分かると敢えて止めようとは思わない。
第一、自分たちの声に怯える者を、それも今まで散々に彼らを下卑してきた『まっとうなヤツ』のそんなザマを見るのは非常に気味が良いものだ。
(おおん?おかしいな・・・出て来ねえぞ)
しかし、今回はいつもと状況が違った。普段なら矢も楯も堪らず飛び出してくるしそう仕向ける筈なのだが、目の前のトレーラーや運転台には一向に動きが無い。
「おうい、何やってんだ!ぶち殺されてえか!」
『そうだそうだ、このデカブツが目に入らねえか!』
当然、ぶち殺すなんてのは最後の手段だ。見たところこのトレーラー自体はそれほど価値のある物には見えないが、だからといってふっ飛ばしてしまってはそれこそ1銭にもならない。こうやって脅しつけ、出てきた奴らへ1発、それで全てが俺たちのモノ。少なくとも、これまでは。
『た、隊長。後ろの積荷からいきなり熱源反応が!』
それは、部下からもたらされた急報によって始まった。
「ナニ言ってやがる!よく確認しやがれ」
自分はアラームが喧しいからとセンサーを切っていたという事実を都合よく無視した隊長はしかし、念の為の確認とスイッチを入れた。
その瞬間、それを待っていたかのようにその積荷を覆っていた幌が勢いよくはじけ飛び、積荷はその姿を衆目に晒す。
「なあ?」
それはまるで屈んだ体勢の人間のようだった。されど、その大きさは自分たちが乗っている鋼騎と同じくらいに見える。そして狼狽える自分たちをあざ笑うかのようにそれは、背部から燐光を散らして跳躍するとトレーラーの前に立ち塞がった。
直立不動、守護者のように居立する濃紺で彩られた巨人。スリットの奥で砂嵐のように時折瞬く光は、まるでこちらを威圧する眼光の様だ。
「ぷ、鋼騎だと!?」
『た、隊長!どうしやしょう!?』
思わず我を忘れそうになった彼の頭を冷やしたのは、それ以上にテンパった部下の叫ぶ声。
「落ち着け馬鹿野郎!」
そう、落ち着いて考えれば、同じ鋼騎に乗っている以上自分たちの方が有利の筈だ。なにせ、数が多い。
『よく見ろネギス。ありゃ、俺らんと違って戦闘用にすらなってねえ。ですよね隊長?』
その上、塗装の色が濃いせいで判別は難しいが、その鋼騎の四肢や胴体の大部分はフレームやシリンダーがむき出しの状態で、おまけに両腕には何の武器も持っていない。自分たちのマシンもバリバリの戦闘用とは言えない代物だが、相手のそれはそれ以前の代物。そう見えた。
「マッスの言う通りだネギス。ありゃいいトコ作業用の重機崩れだぜ」
恐らくは、ベーレンへと運ぶ途中だったのだろう。それを襲われたから起動させただけと、彼はそんな風に結論付けた。そう思えば、途端にさっき自分を一瞬でも驚かせたソレに対する怒りがムクムクと沸き上がる。
『た、隊長。ど、どうしやしょう?』
「決まってんだろう・・・死なねえ程度にぶちかますぞ!」
ぶっ壊してしまっては、修理の出来ない彼らには儲けにはならない。だが、目の前で命乞いのように両手をかざす鋼騎を多少なり損壊せしめれば、ドライバーも流石にビビッて出てくるだろう。
「ノーサイドってか?ワリいが、俺はお貴族様じゃねえんでなぁ!」
舌なめずりと共にトリガーを引き、自身の鋼騎が持つ単装砲を発射させる。更に一呼吸遅れた部下たちもそれに倣い、周囲に爆音が響き渡る。土煙と質の悪い火薬による発砲時の白煙で、たちまち標的は煙の中に囚われていく。
「う、おおおおおおおおおおお・・・・・・お?」
〈Reload〉と言う表示とビービー喧しい警告音が彼の意識を取り戻したとき、敵はもうもうとした白煙に包み込まれていた。
「ふうふう、へっへへ、へへ。この至近距離からの一斉射撃だ、まさかくたばっちゃいねえよな・・・」
流石にそれは拙い。しかし、白煙が晴れた瞬間、彼は驚愕でその両眼をそれこそ飛び出さんばかりに引んむいた。
「な、無傷だとぉ!!」
その目に映るのは、先とまったく同じ姿勢で、傷一つなく居立する敵騎の姿。自分がそんな文句を言っている間に一足先に再装填を完了していた部下が射撃を再開する。ドン、ドン、ドンと、めくら射ちすれば見えなくなるという先の教訓を生かしたか、はたまた弾薬が心許ないか、時間を置いて数発ずつ。
が、その射撃は1発も命中することは無い。よく見ると敵騎の周囲を薄い膜のようなものが覆っており、それが砲弾を防いでいるようだ。
『た、隊長!武器が、武器が効きません!』
しかし、そんな部下の悲鳴も今の隊長には那由他の彼方だ。さっき作業用の重機だとか言ったのはどこの誰か、それが自分だとすっかり忘れて吠えたった。
「何が重機だ!何が戦闘用じゃ無いだ!あれは・・・あれは魔導鋼騎(マギエプフェート)だ、ずりいぞ畜生め!!」
魔導鋼騎。それは、異人が生み出した英知の結晶『魔導炉(ヘクセンケッセ)』を搭載した2足歩行兵器の総称である。内燃機関やコンデンサで運用する通常型の鋼騎とは桁違いのエネルギーゲインと生み出される魔導力を用いた特異な兵装はまさにお伽話の如し。
故に、その操縦手である騎者は畏敬と尊崇の念を込めてこう呼ばれる。『魔導騎者(マギエレイター)』と。
『ず、ずりいぞ畜生め!!』
間抜けにも外部発信のままに発言を垂れ流す野盗の戯言が、尚更にユーマの神経を逆撫でる。こんな体たらくの相手の為に、せっかくもう一息だった道中を邪魔されたかと思うとユーマは怒りすら覚えた。
すると耳元のインカムからは、自分をそんな目にあわせた張本人より通信が入る。
『コラ、馬鹿ユーマ!あんな馬鹿正直に受けるなんて!危ないじゃないか、ボクが!』
「だったら、そもそもこんな見え見えの罠に突っ込むんじゃない!」
まったく、と溜息を吐くと「安心しろ、もう危険は無い」と彼にしては珍しくそう言い切った。
無論、大言壮語では無い。相手は、射撃が効かないと分かったはずなのに退きも動きもせず、ただ散発的に射撃を繰り返すしかしない程度の判断力しか無い野盗共。そんな奴らに、
「これ以上苦戦などして堪るか」
そう吐き捨てるとユーマは、陣形や先程までの言動から眼の前の1騎を「アレが指揮官だな」とアタリを付けた。ならば、それから倒すに限る。ことに、そいつは接近戦なら何とかなると考えたようでノタノタと腰の剣を抜こうとしている。
発想としては悪くは無いが有体に言って、彼とエフリードにとってはただの良い的だ。
「悪いが、今の俺は少々機嫌が悪い。手加減は出来んぞ」
ユーマは魔導力で生み出した不可視の壁、所謂バリアフィールドを展開したままにペダルを踏み込む。
「行くぞ!」
瞬間、背部のベクタードノズルから発せられた暴力的な加速が一瞬にして敵騎との距離を詰め、その勢いのまま真正面よりバリアを叩きつける。
並大抵の攻撃なら意にも介さない程強固なバリアフィールドが、猛烈な勢いで叩きつけられるのだ。巨大な砲弾が直撃したに等しいその衝撃を、たかが野盗風情の鋼騎と技量で防ぎきれる道理は無く、当然の結果として敵は無残にも吹き飛ばされる。
『ばっ』
何やら申そうとしたその言葉はしかし、接触し弾き飛ばされた時のガアンという派手な音に掻き消された。吹っ飛び後方にあった岩肌にぶつかったその鋼騎は爆発こそしなかったがメインカメラからは光が失われ、動作が停止したことはまず間違いない。
さらに、その胸部は惨たらしい程歪に歪んでおり、騎者が生き残っているかは怪しいところだ。生きていれば御の字、少なくとも五体満足では無いだろう。
「1騎・・・次は!」
勿論、そんな事は今のユーマには考慮にすら入らない。注視すべきは過ぎ去った敵より現実の脅威だ。
真ん中へ突っ込んだエフリードは当然の帰結として、位置取り的に残り2騎から挟まれている。そして、その内1体は彼へとその冷たい筒先を向けていた。
「挟撃!シールドを・・・いや」
見れば、相方の方は攻撃態勢にない。そして、どうやら射撃体勢の彼はエフリードが邪魔をしてその様子を確認出来ていないようだ。対して一瞬の状況判断、それに則ったユーマは最適解となるよう操縦桿を動かす。
「思い切りはいいが」
敵を撃つ。それは戦場の第一原則だがしかし、それだけを急いても良い結果は生まれない。展開しかけた動作を中断し、タイミングを見計らって後方へと跳ぶ。
ユーマの思惑通り、エフリードの跳躍と同時に発砲された砲弾はしかし、後へと退がったエフリードの眼前を空しく通り過ぎ、そして。
『へあ!?』
『あああああ!』
丁度、ユーマを挟んで向かい合っていた味方へと吸い込まれる。射撃の下手さが奏功して直撃では無かったようだが、脚部にしこたま食らったその鋼騎はバランスを保てず、間抜けな声を上げながら仰向けに倒れた。
『あ、ああっ!?大丈夫ですか?』
そう味方撃ちをしたことを詫びる彼は、野盗の割には善良な人間なのだろうか。しかし、
「間抜けが!」
その隙を見逃してやる道理も義理もユーマには無い。舌鋒鋭くバリアを展開しながら突っ込むユーマの一撃を棒立ちで受け止めたその鋼騎は、当然のように初めの鋼騎と同じ末路を辿った。当然、中の騎者もまた、同じく。
「2騎目。後は・・・」
そう言ってメインカメラを先ほど味方に撃たれた鋼騎へと移す。
「ほう!」
すると、余程思い切りが良いのか、はたまた生き延びたい一心からか。その男はさっさと鋼騎を捨てて逃亡し、道の彼方にその間抜けな背中を晒していた。
「成程、賢い」
流石に抵抗もしない生身の騎者をバリアでひき潰す趣味も、鋼鉄の足で踏みつぶす趣味もユーマには無い。念のためと空っぽになったコックピットをエフリードの踵で踏みつけグシャリと潰す。逃げた騎者の意図がどこにあろうと、少なくともこれで操縦は出来まい。
「ふう・・・・・・さて、後は」
そう独り言ち、ユーマがエフリードをを反転させて視線を向けた先はセリエアのトレーラー、その運転台へであった。
信じられないものを見た。
目の前で、野盗とは言え3騎もの鋼騎がたった1騎に瞬殺されたのだ。それも、赤子の手を捻るよりも簡単に。
「あ・・・え・・・?」
口元に手をあて、意図せぬ左右運動を繰り返す眼球はそれでも、その間違いない現状をしっかりと捉えていた。助けを求めるように視線をドライバーへと移せば、困惑する自分とは違い余裕の表情である。
自分の向けた視線に気づいたのか、こちらに向き直ると「ね。大丈夫だったろう?」と笑みまで向けて来る始末。
「しかし、ユーマの奴、幾ら間抜けな野盗と言っても甘く見過ぎだ。わざわざエフリードのバリアを見せつけるような真似しなくったって、まったく」
「で、でも。凄かったようです。あれには、あのユーマさんが?」
「ああ、そう。あの朴念仁。まあ、あんな隠し玉があるからこそ、まんまと君の思惑に乗ったという所さ」
サラリと、そう事も無げに白状する。
成程、魔導鋼騎とは自分も見たのは初めてだ。確かにあんなモノが手札にあるなら、たかが野盗の罠くらい気にかけることも無いだろう。間抜けにも見えた人の良さには裏があるものだと、ヨウナは心の中で臍を噛む。
(・・・であれば)
そして、それと同時に頭を切り替える。これ以上余計な手出しは無用だし無益。ならば、このまま終わらせるに限る。
「そ、それは・・・いえ、何も。そ、それよりその、取り敢えず村まで向かいませんか?」
そうヨウナは無害な顔をして提案するがしかし、ドライバーは何やら手のひら大の球体をおもむろに取り出すと、
「いやいや、まだだよ。あと1人片づけてからさ」
そう言うが早いか、その球体をいきなりこちらへと放り投げる。咄嗟の事にそれを避けようとするが、体がベルトにて固定されたままだったヨウナにそれは出来ず、思わずそれを両手で受け止めた。
「え?」
瞬間、何と言う事だろう。その球体がバクと開いたかと思うと、そこから飛び出した紐のような物体があれよあれよと両腕にグルグル巻き付いてくるではないか。突然の事態への驚きにヨウナは今日何度目か、目を丸くした。
「どうして驚くんだい?君も、あの賊の手の者だろう。なら、拘束されるのは当然じゃ無いかい?」
「ち、違います!私はただの村娘で、人質が・・・」
何とか弁明を試みようとするが、ドライバーはそんな一切を無視して私の懐をまさぐる。
「ほうら。ただの村娘がこんなモノ、持っているかい?」
嘘は止めたまえ、とばかりに突き付けられたのはヨウナが隠し持っていたダーツを発射する小型の発射機だ。するりと慣れた手つきで装填しておいたダーツの先端を軽く確認すると顔を顰め、こちらの喉元へと突き付ける。『これ以上シラを切るつもりなら』、ドライバーの行動はそんな彼の意図を言葉よりも雄弁に語っていた。
「潮時ね・・・分かったわ。降参、降参よ」
贅沢を言えるなら肩を竦めてやりたいが、拘束された身ではどうしようもない。
「ふうん、それが地の言葉使いかい、君の?」
「ええ。こう見えて私、貴方より年上なのよ。勿論、貴方が常人で、見た目通りの年齢ならね。それで?どうするの?殺す気?」
「まさか。そのまま当局へ引き渡すだけさ。この先に塗ってあったのが毒薬なら、それも考えたけどね」
「それこそまさか、よ。それはただの麻酔薬。殺しちゃって死体が出たら、流石に警邏やらお役人を誤魔化しきれないもの。・・・それで?いつ、どこで気が付いたのかしら?」
今のヨウナには、それが一番気になっていた。明らかなミスをした覚えは無い、なのに、何故。
「そうだね・・・そうだと確信したのは君が車に詳しすぎた所かな。貧乏な村娘を演じていたにしては普通にドアを開けて乗り込むし、ベルトを自分で探してつけたりするし、ね」
それに、そもそも新帝都たるベーレン近郊にある村落が、そこまでド貧乏とも考えづらいとも。
「確かに、ね。少し芝居っ気を利かせ過ぎたかしら」
「ただ、そもそも君が只の村娘じゃ無いんじゃないかって思ったのはね・・・・・・君、僕の名前を訊かなかっただろう、そこからかな」
「名前?」
確かに、そう言われれば訊いていないし今も知らない。
「そう、名前。僕もこうした事に巻き込まれるのは1度や2度じゃあ無いし、ここまで少なくない人たちと交流してきた経験上なんだけどね。普通は名前を訊かれたら、答えようが答えまいが少なくとも相手の、つまり僕の名前についても訊き返すものさ」
「そんな事で?」
「そんな事、こそさ。そういった何気ない振る舞いの一つの方が寧ろ、その人の正体や考え方は思ったより如実に現れるものだよ。つまりはそういう事さ」
「・・・やれやれ、そこまでは私も気が回らなかったわ・・・完敗ね。まさか、人の良さそうな顔をして、そこまで聡明な坊やだとは思わなかったわよ」
そう、完敗。ならばこの期に及んでジタバタするのは性に合わない。せめて、自分を追い詰めたこの聡明なドライバーを称賛することで、少しでも娑婆での有終を飾りたかった。
故に今の言葉に含めるところは何一つ無かった。しかし何故だろうか、憎々し気に表情を歪めると、手に持つ発射機の筒先をこちらの胸元へ・・・
「え?え、何?ちょ、ちょっと待っ―」
それが、ぐらりと視界が暗転する最後に、ヨウナが見た光景であった。
「まっっったくもう、最後まで無礼な奴だな」
プリプリ怒りつつ、ぐったりと座席に身を預けるヨウナの胸元に耳をあてるとしっかりと鼓動の音が聞こえたため、セリエアはホッと安堵の息を吐いた。流石に悪党相手とはいえ、前科者になるのは御免だ。
その後、念のための確認として頬を叩いたり爪を押したりして、本当に意識を失っている事を確認しているところでユーマから通信が入った。
「ああもしもし、こちらセリエア。やっぱり案の定だったね」
『これで何度目か忘れる程に、な。いい加減学習したらどうだ?』
「おやおや。自分もこの僕のお人よしに救われたにもかかわらず、そんな事を言うのかい。第一、そう言う契約だろう?」
『それを言われるとこちらも弱いが・・・』
言ってやったり。セリエアは愉快そうに頬を緩めた。
「なら、済んだことを今更にくどくど言わない!それより、そっちの具合はどうだい、ユーマ?」
『問題無い。1人が鋼騎を捨てて逃走したが、どうする?追うか?』
「その必要は無いよ。こっちは飽く迄降りかかる火の粉を払っただけなんだから。そこから先、この地域の安寧秩序の維持はここらの警備隊や、軍の仕事さ」
『その通り。話を聞かせて貰えるかな』
不意に聞き覚えの無い声が通信に交じる。
「ん?誰だいいきなり。おーいユーマ、何か見えるかい?」
そう無線機に問いかけるが、返答は無い。訝し気に前を見るとエフリードに降参とばかりに両手を挙げさせ、自身はコックピットから身を乗り出すユーマの姿が目に入った。
(何か後ろにいるのかな?)
そして少なくともそれは、ユーマが抗戦を諦めるほどの存在なのだ。そうとあってはセリエアもいても立ってもいられず、慌てて天井のハッチを開ける。そこからひょいと身を乗り出して後方を確認したセリエアの目に映った物は、
「・・・あ」
大きな盾を構え、エフリードへ槍先を向ける複数の鋼騎。その構えた仰々しい盾には帝国と警備隊の所属を示す紋章がはっきりと記載されていた。
「これは・・・是非も無いね」
そう独りごちるセリエアであったが、カメラアイはこちらもしっかりと捉えている。ならばやるべきことは1つと取り敢えず、ユーマに倣って両手を降参の形に掲げた。
「・・・・・・かくかくしかじか、ということです」
「まるまるうまうま・・・と。成程、よーく分かった。それが、本当ならばだが」
「本当です。信じて下さい」
後ろ手に手を頭の後で組まされたまま必死の表情で訴えかけて来る作業服の少年だが、その言い方は何ともわざとらしい。
(何とも胡散臭いな・・・)
畢竟、警邏隊のリーダーであるラルフ・コンツェンドリ中尉も言葉使いはマニュアル通りながらも、その目は疑わし気に両者を舐めまわしていた。
そして、そう思ったのは隣に立たされている黒髪の少年も同じらしく、目を細めて睨みつける。
「・・・おい、止めろ。ワザとらしい振る舞いなんてしなくても、俺たちに負い目など無い。寧ろそっちの方が逆効果だ、馬鹿」
「馬鹿とは何だ馬鹿とは。失敬だぞキミは!それにこういった時は丁寧な言葉づかいで上目遣いと相場が決まっていると、爺様の有り難い教えなんだぞ。それをだな!」
「ああ、そうかい。馬鹿正直はただの馬鹿より始末が悪いんだったな。学んだつもりだったが・・・つい忘れてたよ」
「何をー!」
「何だよ!」
「止めないか!」
自分たち警備隊の前にもかかわらず口喧嘩を始めるとは、一体全体どんな付き合いなのか。柄にも無く、教え子を叱る教師の様な振る舞いをしてしまい、後ろに控えている部下からも堪え笑いが漏れ出している。奴らにはせいぜい、後の訓練で痛い目に遭わせるとしよう
「まあいい。トレーラーで録音していたとかいう音声データを聞けば分かる事だ。そんな事より・・・認識票も無い鋼騎、それも魔導鋼騎とは、そちら方が問題だ。ゲルフ、登録は?」
「あります!」
「そうか、あるのか・・・何い!?」
てっきり無いと思って追及を続けようとしたラルフは、部下からの予想外の報告に思わずその部下の方を振り向くと、「確かか?」と言いつつタブレット端末を奪い取る。
「確かですよ!」
そう言い募るゲルトの言う通り、そこには画像こそ無いものの『登録番号:P-106 登録名:エフリード』の文字。
「どういうことだ、まるで意味が分からんぞ?」
「ああ、待って下さい。それなら簡単に説明がつきます、それは・・・あ!ええと、お見せしたい物があるんですけど」
後ろ手の状態で、作業服の少年がピョコンピョコンと跳ねながらそう申し出る。
「・・・ふむ」
ちらと後ろの部下に目を遣ると、タブレットを奪われ手持無沙汰のゲルフ以外はマニュアル通りに警戒態勢をとっている。ならば何が出てこようと問題無かろうとラルフは判断し、「良かろう」と頷いた。
それを確認した少年が作業服の胸ポケットからいそいそと取り出したのは1通の封書だった。
「ふむ・・・『鋼騎統括委員会』の蝋印か」
ラルフが一瞥した限り紙質も良く、偽造品では無かろう。警戒のランクをワンランク下げた彼は、破かぬよう注意して中から取り出した書状に目を通す。
「どれどれ・・・・・・ふむふむ・・・ほお。つまりこういう事か、あの魔導鋼騎はエンジニアだった君の御爺さんが組み上げていたもので、完成前に野盗に襲われて御爺さんは戦死。完成後に再び襲撃に会い、抵抗する為にあの鋼騎を起動させた、と。ああ、だから登録番号だけはあるのか」
少なくとも正規のルートで開発を依頼された鋼騎なら、その時点か完成した段階で図面を送れば台帳への登録だけは出来る。
「つまり、ベーレンへはこの鋼騎の本登録と騎者の登録に?」
「そうです」
「ん?続きがあるのか・・・・・成程。しかし、直線距離なら7日もかからない距離を、そこかしこで寄り道人助け騙され三昧で時間を無為に使い、本来為すべき手続きが遅れに遅れたと?」
「・・・・・・・・・そうです」
それだけを絞る出すように言うと、流石にバツが悪いのか俯き黙りこくってしまった作業服の少年に代わって、黒服の少年が口を開いた。
「それで中尉さん、えっと、コンツェンドリ中尉でしたっけ?その手続きのためにここまでやって来た訳なんですが・・・免状無しに乗り回してたことについてはやっぱり、何か罰を受けたりするんでしょうか?」
「ん?ああ、いや。確かに手続きの問題はあるが、それが漏れていたからと言って何かの罪にあたる、という事は無い」
「へえ。意外ですね」
キョトンと目を丸くしつつ安堵の息を吐く少年は、良い意味でまったく魔導騎者らしくなかった。その純真さに、思わずラルフからは苦笑いが漏れる。
「まあ、本質的にはそういった処罰なりがあるべきなんだろうがな。何せ先の戦争が終わってまだ数年だ。正直な所、そういった所の制度整備はまったく進んでいない、というのが現状なんだ。かくいう我々警備隊がこの鋼騎とやらを使う事についてすら、まともな制度化にすら至っていない」
至っていないどころか、状況はもっと寒い。なにせ、厳密に法運用をすれば間違い無く帝国の慣習法に反するというのが法学者の正式見解で兵器にもかかわらず軍での制式採用ゼロ、委員会の傭兵集団以外は自分たち警備隊が細々と運用しているくらいなのだから笑えない。見ての通り、悪党どもは大手を振って悪用しているにもかかわらず、だ。
「もっとも、それも公の目が届かない範囲ならば、だ。こうして我々警備隊と出くわしてしまったんだ、これ以上の寄り道は許されないぞ。取り敢えず私たちはその逃げた野盗を追わねばならんから、部下にエスコートは任せるが」
「分かりました」
「あと、この鋼騎とトレーラーは・・・いくら委員会のお墨付きがあると言っても、身元のはっきりしない者、且つ免状の無い者にコレを自由に持ち入らせる訳にはいかんからな」
流石にラルフにもその一線は譲れない。ましてや、新帝都への持ち込みだ。
「なので、移送は我々が行う。既に運搬の手配はしておいたから言っている間に来るだろう。運ぶのはそいつらに任せて、君たちは先にベーレンまで―」
その言葉に、俯いていた少年がガバと顔を上げる。
「そ、その運搬、僕も一緒に乗せてもらう事は出来ますか!?」
と、食い気味で問いかけてきた。その勢いに、こちらも少し鼻白む。
「あ、ああ。そうだな・・・」
「すみません、あの鋼騎はセリエアの祖父が残した大事な遺品なんです。なので、勝手に触わられる事に強い忌避感があるようでして。申し訳ない」
仕方なし、とばかりに黒服の少年が差し出した助け舟の御蔭でラルフも得心がいった。
「まあ、いいだろう。ただ、運搬自体はこちらの手の者が行うぞ」
その言葉にパアと表情を明るくする作業服の少年と「やれやれ」と口では言うが満足そうな表情を覗かせる黒服の少年は先程までとは打って変わって年頃らしい屈託の無さに溢れており、それを見たラルフたちもつい表情を緩ませた。
「まあしかし、いかな魔導騎者と言っても少年2人、楽な道中では無かったろう。君たちのような将来有望な男子ばかりなら帝国も安泰なのだがな」
少しは称賛を与えても問題あるまい。そう思って発した言葉のつもりだったのだが、
「ん、どうした?」
何故だかそれを聞いた2人の様子がおかしい。作業服の少年は見上げていた視線を再び地に伏して肩を震わせ、黒服の少年は辛そうに俯くと両手で腹部を抑えだした。
さしもの事態に、後で銃を構える部下たちも少年たちに駆け寄ろうとする。それを腕で制したラルフは恐る恐る近寄った。
「どうした?まさか負傷でも!?」
耐えきれぬとばかりに黒服の少年が膝から崩れ落ちた事で、いよいよ最悪の事態に思いを馳せた、その瞬間である。
「は―――はっはっは!」
と黒服の少年の割れんばかりの笑い声が響き渡った。余程なのか「ひいひい」と呼吸も危うい程に笑いつつ手を地面にバンバンと叩きつけ、全身でそれを表現する少年の行動に、ラルフも何やら分からぬと部下たちと顔を合わせあう。
すると、顔を伏せていた作業服の少年が「笑うな!」と一喝してガバと顔を上げる。こちらを見据えるその両眼はぐういと袖で拭ったにもかかわらず涙で潤んでおり、両頬は朱を入れたように真っ赤に染まっている。
そして、そんな表情のまま上空に、空をも砕けよとばかりに吠えたった。
「ボクは・・・・・・ボクは!ボクは、女の子だ――――――!」
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