魔導鋼騎 エフリード

駒井 ウヤマ

第1節

第1話 Encounter with Erregular 

 契約について聞きたい?どうした藪から棒に。

 まあ・・・そうだな。あれは今から・・・何ヶ月経つんだか。

「契約?」

 俺にとって思い出されるのはいつも、俺が発したその言葉からだ。

「ああ、契約さ。君と僕の」

 記憶の中での俺はクタクタに疲れた精神で、そう言ってきたアイツも疲れていた筈なのに、何故だか元気そうで。

「君みたいな風来坊に、僕の大切な家族を預けるんだ。間違っているかい?」

「・・・いや」

 フルフルと首を振る俺は、どんな顔をしていたのだろう。

「それで、どんな?」

 繰り返して言うが、あの時の俺は疲れ果てていた。初めて命を賭けた戦闘をこなして、身も心も鉛のように重かった。一刻も早くベッドに倒れ込みたかった。

 そんな状態と俺を見越してあんな話をしたのだとすれば、アイツはいい詐欺師になれるだろうよ。

「何、簡単さ。君は、元の世界に帰りたいんだろう?」

 答える為に口を開く気力も無く、俺はただ呻き声と共に頷いた。「あぁ」だったか「うぅ」だったか、まあどうでも良いか。

「ならいい、じゃあ契約しよう。僕はこの子、エフリードを見知らぬ誰かに渡すことはしたくない。だから、君がエフリードに乗って。それで君はこの世界で生きていけるし、帰る術を探すことも出来る」

 今考えればロクな契約じゃ無い・・・と言うより、契約の体を成してないな、コレ。もっとも、あの時の俺にそんなことを指摘する元気は無かったがな。

「そんなところかな。一緒にいる君が乗ってくれれば、僕も安心だからね。・・・僕が騎者(レイター)として乗れればこんなこと言わなくて済むんだけど」

 どうかな?とこちらを覗きこむその眼は、何故かフルフルと揺れ、しっとりと濡れていたような気がする。

「ああ、分かった」

 だから、俺も難しいことは考えずにそう言った筈だ。そんな気力も無いしな。

「本当かい!?」

「ああ。結んでやろう、その契約とやらを」

 そこから先は、本当に詳しく覚えていないんだ。ただ・・・アイツが飛び上がって喜んで、俺の手をとってブンブン振って・・・ああ、駄目だ。ハッキリしているのはそこまでだ。

 ・・・そうか、ならいい。どうした、急に立ち上がって?・・・胸やけがするって?どういうことだ。おい、どこへ!まったく。


 一言で言えば牧歌的な風景。

 雲一つ無い澄んだ青空の下、遠くには雪を被った山々が悠然とそびえ並ぶ。都市へと続く大道の両脇には黄金色の穂が首を垂れる程に実り、それを風がさらさらと撫でる。

 そんな中、その風景に入れるには果てし無く似つかわしく無い物体が、轟々と地響きをたてて通り過ぎて行く。

 それは、大きな荷台を牽引するトレーラーだった。重機などを運搬するのに使うような平たい荷台を牽引し、そこに何やら幌をこんもりと膨らませた荷物を積み轟音を立てて走行するそれは、この新帝都付近の幹道においては左程珍しいものでは無い。

 しかし、その大きさと異音は嫌が応にも人目を惹く。ある者はその迫力にただただ唖然とし、ある者は憧れのモノを見るような眼で注視し、又ある者はその騒音と揺れに憚ることなく憤慨した。

「やれやれ、ようやくのご到着ですか」

 そして、それをある一室の窓から眺めていたある者は、張り付けたような笑みと共にそう独り言ちた。


「この調子だと、あと半日もすれば新帝都ベーレンに到着だ。待ちどおしかったかい、ユーマ?」

 轟々と音を立て走るトレーラーの運転台にて、ドライバーがハンドルやらクラッチやらを器用に操作しながら助手席の少年へと語りかける。

「フン・・・・・・・・・・・・」

 が、ユーマと呼ばれたその少年は日除け代わりの帽子を顔から外すでもなく、助手席のダッシュボードに足を投げ出したまま鼻を鳴らしたきり返答もせず、ただむっつりと黙り込んでいた。

「む?何だい、その態度は?」

 その態度に、ムムとドライバーは眦をつり上げる。と言っても本気で怒っている風では無く、どちらかと言えば不満げといった具合だが。

「研究所から3週間もかけて、ようやく辿り着こうとしているんだ。道中も色々あったし、ボクに感謝くらいしてもいいくらいじゃないかい!?それなのに、黙り込んで返事もしないなんて、何様だい?」

「・・・・・・セリエア」

 語気荒くなるセリエア―というのがこのドライバーの名前だ―に、少年は気怠そうに口を開く。

「何だよ?何か言い分でもあるのかい?」

「あそこからその新帝都とやらまで、普通に真っ直ぐに行けば、果たしてどれくらいだ?」

 その問い掛けにセリエアはたっぷり数十秒黙りこくり、散々「うんうん」と悩んだのち、ポツリと、

「・・・1週間もかからないかな」

 そう、若干上擦った声で答えた。一刀の元に切り捨てるから『殺し文句』とはよく言ったものだ。

「そういう事だ」

 対して、少年の声は平坦な調子を努めているが、それでも『それで、果たして感謝の弁が出ると思うのか』という意が存分に込められた言葉には、無味乾燥ながらも僅かに険が混じっていた。

 確かに止むに止まれぬ事情もあったし、セリエアが原因でない事案も無かった訳では無い。しかし大方はセリエアの興味本位が発端だったのだから、それをまるで無かったかのような言い方をされれば少しはカチンときても仕方は無い。

「いや、まあ、それは確かにそうなんだけど・・・」

「それを飲み込めるほど、俺は人間が出来ていないし年も喰ってないと・・・言わなきゃ分からんか?」

 そして、それを理解できない程、セリエアも空気が読めない訳では無い。ギギと音が鳴りそうなぎこちない動きで少年の方へと顔を向ける。

「まあまあまあ、それはそれとしてだね・・・・・・まあ、ここまでくれば後は一直線だ。もう問題なんて起こりようが無い、不幸な過去は忘れようじゃないか?」

 ね?と歪に曲がったような笑顔で笑いかけるセリエアに対してユーマは「・・・それはどうかな?」と小馬鹿にした調子で言い放つ。悪意は無いのだろうが、言い回しが一々露悪的な響きになるのは彼の性根か、それともそれほどまでに艱難辛苦を潜らされてきたからだろうか。

「なんだよ、まるで僕が疫病神みたいじゃないか!?」

 案の定、その物言いが気に障ったらしい。セリエアはたちまち不満げな声を露わにする。殊勝な態度はどこへやらと、こちらは何とも分かり易い性格をしている。

「それより前を見ろ。危ない」

「分かってるさ、それくらい!まったく、いつもいつも、君は・・・」

 だが、普段ならそこに続けてまくし立ててくる筈のセリエアの声は来ず、代わりに微かな「げ?」という声が聞こえた。

 嫌な予感に、顔に被せていた帽子を持ち上げて道の先を見れば何かが道路上で腕を大きく振るっているのが見える。それは少なくとも、誰かが助けを求めているようにしか見えないモノだ。

「・・・・・・ホレ見ろ」


 キッと、爪先数歩の距離でトレーラーが停止してくれたので、少女はホッとを撫で下ろした。手を振って助けを求める人間を無視して通り過ぎ無かった段階で、ひとまず条件の第一段階はクリア。そして、次に運転台から身を覗かせたドライバーの姿を確認し、まず間違いは無いだろうと安堵の息を漏らした。

 しかし、それと同時に少女の胸にチクリと少し針を刺したような痛みが走った気がした。

「やあ。こんな所でどうしたんだい?」

 それは、窓から身を乗り出して自分へと問いかけるそのドライバーが、どう見ても自分より年嵩とは思えないからだろうか。肩の上くらいで切り揃えられた赤銅色の髪で包まれた顔は幼く、未だ少年のように甲高い声も相まって、あどけないという表現が似合う年頃にしか見え無い。

 しかし、だからと言ってここで躊躇する訳にはいかない。全てはみんなの為なのだから。

「あ、あの。若しよろしければ乗せて頂けないでしょうか?」

 だから、頑張ってか弱そうな作り声を絞り出す。

「へえ・・・どこまでだい?」

「あの森の向こうの集落まで・・・」

 そう言って少女は道を少し外れた所にある森を指さした。その方へドライバーは目をやり少し考え込んだ様子だったが、

「まあ、いいさ。こうして話していても仕方がない、取り敢えず乗り給え」

 そう言って助手席側を指さすドライバーの表裏の無さそうな表情を見て、少女はその純朴さに少しだけ申し訳ないような気分になった。しかし、今更後戻りは出来ない。『みんなの為』と、その思いを胸に「えいや」と助手席側から運転台に乗り込んだ。


「ん?何だ、乗せるのか」

 助手席より乗り込むと、そこにはドライバーと同じか少し年上くらいの少年が不作法にも足をダッシュボードに投げ出して寝ころんでいた。ボサボサの黒い短髪の下にある眼がジロリと少女を睨めつける。

「ああ、そうさ。それより、女の子が乗ってきたんだよ、さあどいたどいた」

 少年の呆れと諦めがない交ぜになった台詞を聞き咎めたのか、自棄になったようなドライバーの物言いの中にも険が混じる。ひりついた空気に気おされた少女はつい消え入りそうな声で「あ、あの・・・すみません」と、謝罪の弁を述べた。

 しかし、その少年は気にした風も無い様子で「はいはい」と呟いて席を立つと、手慣れた様子で運転席と助手席の間の空間に身を潜り込ませた。そのあまりにも慣れた様子とさっきの台詞から勘案するに、どうやらこういった事態は初めてでは無い様子である。

「どうぞ」

 その推察が正しかったか、言葉と共に身振りで示すアクションも不愛想だが手慣れたものだ。何やら薄紫色の変わった生地の服を身に纏っているが悪い人間では無いようで、これ以上場の雰囲気が荒れなかったことに少女は内心安堵した。

「おや?珍しいじゃないか」

 しかし、止せばいいのにその行動にドライバーがニマニマと愉快げに笑うと、揶揄うように舌を転がす。

「キミにしては、えらく素直だし。若しかして・・・君の好みはこういう女の子なのかな?」

「煩い、黙れ」

 黒髪の少年はウンザリという様子で下世話な軽口をビシャリと無下にすると、これ以上付き合う気は無いという意思表示か帽子を目深に被り直した。

「あ、そのう、ええと」

「ん?ああ、気にしなくていいよ。この程度はいつもの事さ。さ、座って座って。それよりも君、名前は?」

「よ、ヨウナ、といいます」

「ふうん。ヨウナちゃんか」

「あ、ちゃん、は止めて頂けると・・・」

「へえ。じゃあヨウナ、村はあっちの方向というのは聞いたけど、そもそもどうしてあんなところに1人で?」

 そう言われて、ヨウナはその説明が抜けていた事に気付いた。しかし、逆に言えばその情報も無しに車に上げるなんて、このドライバーはどれだけお人よしなのだろう。

「え、と・・・私は今から案内する村から父の馬車に乗ってあの」

 と言って道の後方を指さす。

「方向にある知人の所に行ったんです」

「ほう、馬車。えらく豪勢だね」

 その感心したような物言いに、ヨウナは少し照れくさそうに頬を掻く。

「まあ、馬車と言っても物資を運ぶ荷車のようなものでして。引いているのも馬では無く驢馬ですし・・・ああ、それでですね。荷物をその知人に届けたまでは良かったんですけれど、私がその知人の村で他の頼まれごとをしている間に父が帰ってしまったんです。なんでも、急に用事が出来たとかで」

「なら、その知人の所に泊めてもらうか、村までの足を用意してもらえば良かったんじゃないのか?」

 先からむっつりと黙りこくっていた少年がポツリと、しかしよく通る声で呟いた。

「え、ええ。それはそうなんですけれど・・・その、私。その、人と会う約束がありまして、ですね。どうしても日が暮れるまでに村に戻らなくてはいけなくて、その・・・」

「そこまでして会わないといけない相手なんてザラには居ないぞ。その親父も急いで帰ったようだし・・・ワザと置いてかれたんじゃないか?」

 可能性として有り得なくはないとは言え、そのあんまりにも直截な言い方にヨウナは思わず「ひぃ」と喉を鳴らした。

「こらこらユーマ、女の子に何て物言いだ。相変わらず君がいると話がややこしくなる。荷台で反省していたまえ、この馬鹿ちんが!」

 そうドライバーがバシンと帽子の上からユーマと呼んだ少年の頭を思い切り叩きつつ怒鳴ると、その少年は何やらブツブツ言いながらも素直に後方のハッチを開けて荷台の方へと出て行った。

「まったく、もう!・・・ああ、ごめんごめん、続けて」

 最後に少年がヨウナに寄越した一瞥に不穏な色を感じたが、送る送らないを決めるドライバーがそう急かすので、ヨウナはキョドリながらも言葉を紡ぐ。

「え、あ、はい・・・ええと、それでですね、なので歩いてここまで来たんですけど、流石に足が限界で。勿論、村まで送って下さればお礼はさしあげます。・・・あまり、価値のあるものかは分かりませんが」

「ふうん・・・成程ね。まあいいよ、送ってあげよう」

 その言葉に、先まで申し訳なさげに俯いていたヨウナは一転、パアと表情を明るくして、

「ほ、本当ですか」

 と、太陽の様な笑顔をドライバーへと向けた。

「うん。あ・・・けど、君の村までこのトラックが入れるかな?」

「それは・・・厳しいと思います。あ!でも、村の入り口近くに大きな広場がありますから、そこなら恐らくこの車でも転回出来ると思います」

 ヨウナはクルリと地図を描くように指を空に走らす。

「本当かい?」

「ええ、多分。そこまで送って頂ければ後は歩いて村まで帰れますので」

「成程ね、それはおあつらえ向きだ。じゃあ発進するよ。ベルトを締めてくれるかい、危ないからね」

 送ってくれるとなればヨウナとしては是非も無い。いそいそとベルトを探して、腰の辺りで見つけたそれを丁度ヘソの辺りでカチリと留めた。


 発進してしばらくの間はそれなりに整備された道であったため揺れも少なく快適だった。しかしヨウナが示した脇道に入ると一転して悪路になる。こんな車が通ること自体が想定されていない為か、途端にガタガタと薄いクッションを通じて振動が襲ってくる。

 しかしそんな悪路にもかかわらずこのドライバーは操作を誤ることなく道を進んで行く。彼の胴回りより大きなハンドルを、ダボダボの作業着から覗く細腕で器用に操るその技術には感服するしか無い。

「お、お上手なんですね」

「へ?ああ、そうだね。何せ爺様の形見だからね、気を抜いて壊しちゃ申し訳が立たない」

「え?では、他にご家族は」

「居ないよ。今はあの居候モドキだけさ」

 厳密に言えばね、とドライバーはツイと親指で後ろを指さす。

 聞いてはいけない事を聞いてしまった。そんな思いが顔に表れたのだろう、ドライバーは頭をフルフルと軽く横に振ると、

「まあ、形見でもなければ幾ら僕が腕の立つエンジニアでもこんな車両一式、とても手が届かないよ。寧ろ、生活の手段を残してくれただけでも爺様に感謝モノだね」

「えんじにあ?」

 余り一般的でない単語に、考える前に思わず口が反芻した。

「そう、エンジニア。亜種(デミ)・・・ああ、この言い方はもう駄目だね。ええと・・・」

 コンコンと頭をその指で叩き、運転そっちけになりそうなドライバーへ、慌ててヨウナは助け舟を出す。

「た、確か、異人(ディフェレンツ)かと」

「ああ!そうそう異人、異人。その異人様が創った魔導やら何やら、訳の分からない発明をボクたち常人(ニンゲン)が何とか理解できる代物に設計し直すのが仕事さ、丁度このトレーラーみたいにね」

「じゃあ、すごい人じゃないですか!・・・そう言えば村長が以前に便利な道具を買い付けてきたって自慢していました。私の家みたいな貧乏人にはとても手が出ないと父が愚痴っていましたが・・・」

「まあ、あと数十年もすれば物によっては家庭に1台くらいにはなると思うよ。それに、そんな言うほど凄い存在、という訳でも、ね。確かに先の侵略を跳ね返す原動力であったし、今も常人の技術発展に寄与している、というのは事実だけど・・・」

「だけど?」

「常人皆善人って訳じゃ無いだろ?僕たちエンジニアも同じさ。まあ、よくある話としては横流しかな。金のために帝国の敵対勢力だろうとその辺りの野盗崩れにだろうと構わず銃砲やらこんな車両やら、果ては鋼騎(プフェート)まで・・・」

「ぷふぇーと?」

「そう、鋼騎。一昔前の寓話に出てくる鋼鉄の巨人みたいなのさ。実際、僕の祖父が死んだのもそんな腐れ外道のせいだからね。だから僕自身はそんなエンジニアにはなりたくないし見られたくない。君をこうして助けているのは、つまりはまあ、そんなことさ」

 それを聞き、ちらっと横目で外を見ると先にヨウナが目印に言った森を通り過ぎたところだった。思わずごくりと唾を飲む、もう後戻りは出来ない。

「あ、あの!」

 しかし、何故だろうか。さっきの会話で心に芽生えた何かが、せめてもと口を開かせた。

「ああ、いいよ、もう遅いから」

 しかし、ドライバーは事も無げに、さっきと同じような口調で嘯き、キッとブレーキを踏み込む。それ程の速度は出ていなかった筈だが、それでも急になされた制動にヨウナの身は思い切り前に揺さぶられた。

「え?え?」

「もう、ここから先の道じゃあ転回も出来ないし。かといって大通りまでバックで戻る、というのは現実的じゃ無いしね」

「な、何を?」

「つまりボクたちは、君たちの青写真に従うしか無い、そういう訳さ。ほらあれ、あの連中は君のお知り合いだろう?」

 そう言ってドライバーが指さした先には、地響きをたててこちらに迫る、大人の何倍もの大きさの鋼鉄で出来た巨人の姿があった。


「まさか、あれが君のお父上、とは言うまいね」

 勿論、そんなことはあり得ないことはセリエアとて分かる。明らかな敵意をもってこちらにその物騒な筒先を向けて来る相手が、友好的な存在であるものか。

(やれやれ。またユーマにどやされるな、まったく)

 セリエアの脳内には、最早幾度見たかも分からないユーマの渋面が苦労せずとも浮かぶ。

(・・・ま、どやすだけで、小馬鹿にするような揚げ足取りはしないのが彼の良いところなんだけど)

 一方で、このヨウナと言う少女はその綺麗な指で顔を覆い、セリエアが声を掛けてもフルフルと頭を揺らすばかり。それにつられてサラサラと流れる髪が何ともおあつらえ向きな憐憫を誘う。

『おいそこの。命が惜しけりゃとっとと出てくるんだなぁ』

 思った通り、やはり野盗か山賊だ。外部発信用のスピーカーからがなり出される酒焼けした胴間声には品の一片も感じられない。ただただ弱い獲物へ向ける隠しきれない嗜虐心が感じられるだけだ。

『素直に言う通りやりゃあ、命だきゃあ助けてやるよお』

 その言葉に、ビクリと体を震わしたヨウナが反射的にドアを開けて出ようとする。

「待った。動いちゃいけない」

 しかし、セリエアはそれを静かに制止した。

「え?でも・・・」

「まあ、どうしても、と言うなら無理強いはしないけど。でも、このままの方が安全だと思うよ、ボクは」

「ええ・・・」

 訳が分からない。そんな困惑の目を向けて来るヨウナを無視して、セリエアは準備を進める。『おうい、どうしたぁ!』と怒鳴る野盗も無視してヘッドセットをジャックへ繋ぐと、プツリという音と共に聞きなれた嘆息が耳朶を打つ。

「ああ、お待たせ・・・そう予想通り・・・・・・そう言うなって。それで敵は3騎、見たところ全員が飛び道具持ちだけど、大したモノじゃ無い筈さ。じゃあ、後は頼んだよ」

 それだけ伝えると、セリエアはギッと運転席に身を預けた。後はユーマにお任せだ。


「まったく・・・いい加減にしろよ」

 薄暗い洞の中で、舌打ちと共にユーマは独り毒づいた。しかし、それ以上の悪口雑言が出ないということは『来てしまったものは仕方がない』と簡単に諦められる程には状況に慣れた、そういうことだろうか。それとも・・・。

「ま、そんなことより、と」

 軽く被りを振って、雑念を頭から弾き出す。理由の追求は、自分たちの身から危険が去ってからだ。

「う・・・ん」

 凝り固まった体を解すように軽く伸びをしてシートに座り直し、視界を遮っていた帽子を弊履のように投げ捨てかけ、

「おっと」

 パンパンと軽く叩いてかぶり直すと手元にあるソケットに、懐から取り出した方柱状の物体を差し込む。

 すると、今まで暗闇の世界だった周囲にポツポツと明かりが灯り出す。それと同時に唯一、外界へ通じていた隙間をハッチがシュウと油圧の様な音を立てて閉まっていく。

「各部エナジーバイパス・・・正常、四肢マニュピレータ・・・問題無し、駆動システム・・・オールグリーン」

 流れるようにチェックリストを確認し、正面へ向き直ったユーマの前、完全に閉まったハッチの内側に据え付けられた白板に光が宿り、モニターとなったそれへメッセージが表示される。

〈Call : What is my name? 〉

 音声認識パスワードを求める表示にユーマはベルトで体をシートに固定し、ぐいと両手で操縦桿を握って叫んだ。弱気の虫を追い払い、戦いへ赴く自分を鼓舞するかのように、力強く。

「Wake up!F'lead(エフリード)!」

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