咲かない夜を君へ

凪村師文 

咲かない夜を君へ

 八月三十一日。よく晴れた夜だった。街中の山の上にある小さな神社。ヒカリの花を見るには、静かで絶好の地であった。

 鳥居の横にあるベンチに、どこからともなく現れた彼女は座った。制服を着ているだけの手ぶら。一人でただひたすらに何もない黒い海を見上げていた。

 しばらくそうしていると、殺風景な夜空に大きな音をたて、一輪の大きな花が咲いた。続けてもう一輪、絶えることなく咲くそれを彼女は静かに見ていた。

『どーん。どかーん』

 騒がしい街中からそれらは上がり、広く黒い海で咲き、粉々に散る。彼女には、寂しげな黒い海にヒカリを灯すそれらは綺麗で、美しかった気がした。

 白、緑、赤、黄、橙、青、紫……

「何色に見える?」

 いつからか、隣に座っている人ではない何かに彼女は聞く。その何かは彼女の言葉が聞こえないのか、まったく反応を見せない。

アオーンとそれは吠えた。そこで彼女は隣に座るその何かが狼であるということを知ったのだった。

 上がるヒカリの花を眺めつつ、狼の毛並みを静かに撫でる。それは温かくて、やわらかくて、優しくて。彼女が「温もり」を感じた初めての瞬間だった。

 やがて最後の花が咲いた。

『どかーん』

 大きな音が鳴る。大きな花が咲き、散る。

 散った時には、もう、彼女はそこにいなかった。

 最初の花が咲くずっと前から目を閉じていた彼女はもうそこにはいなかった。

たった一匹の狼が座っているだけのベンチは塵ひとつ無く綺麗で、どこか寂しげだった。

 アオーン、とまた狼が鳴く。白い毛並みをした一匹狼が鳴いた。

 静かになった街中にそれは静かに、けれども力強く響いた。






☆あとがき☆


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咲かない夜を君へ 凪村師文  @Naotaro_1024

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