第4話
どうやら実行者が転移してきているのは握手会当日だと判明した。だがまだどの人物かまでははっきりしない。
彼らは二ヶ月間、架凛のモニターをすることになる。彼女の行動は蒼維の行動を変えるものになり得るからだ。
セツロは架凛に直接接触こそしなかったが、ある程度の安全確保のために辺りをうろつきもした。だが記憶されては厄介なので、その後は認識されないようにした。
これは転生者に人気のオプションの応用だ。「添乗員」のことを認識しなくなる、つまり、自分は契約をして転生したのではなく主人公として選ばれたのだと思える仕組みである。
「ちょっとリーダー、そろそろまずいでしょ、架凛ちゃん」
何度目のループになるのか、セツロもわからなくなってきた頃だ。リェリェが声を出した。
「無関係の人間に手を出しはじめた。あ、この子握手会のスタッフバイトの子だね。蒼維の代わりに下敷きにしようって魂胆かな」
「あー、確かにそろそろまずい。こっちもだいぶ絞れてるんだが、彼女の行動で位置が毎度ズレちまうからな……」
遡行装置が稼働を続けているのはどうやら架凛のおかげだが、事象がずれていくのもどうやら架凛のおかげだ。彼らはうなり、そろって両腕を組んだ。
「あとねー、言いたくないけどそろそろタイムパトロールの気配もする」
「それもまずいな」
ナルダンは頭痛をこらえるようにした。
「遡行も数回程度なら誤差範囲って扱いだが、今回はずいぶん使ってるからなあ。強制終了もあり得るか」
「ここまできて、納得できますか」
セツロが憤然とする。
「でも架凛さんの行動もどんどん無茶苦茶になってきてるし、実際、もう決めないと本当に」
蒼維の死が確定してしまう。このままじゃ架凛だって、命はあってもまともな暮らしには戻れないかもしれない。
「班長。出鱈目なことしていいですか」
「何だ。言ってみろ」
「架凛さんに全部話します。で、彼女の立ち位置を最初と同じにする」
「成程、出鱈目だ」
ナルダンは口の端を上げた。
「最初の発生源が架凛嬢のごく近くだったのはわかっている。しかし記録は不明瞭だし、彼女の記憶ももう曖昧だろう。再現できるか?」
「最初に蒼維の死を見た記憶です。インパクトは強いはずだ。――僕もそうなので」
「……そうか」
班長の頭には、何度も蒼維の死を目前にしているセツロを労る言葉や、蒼維の許可なく彼の「出自」を他人に話すことの問題、架凛が協力するとも限らないこと、だいたい「ごく近く」というだけではっきりとした特定はできていないことなど、さまざまな考えが浮かんだことだろう。
だが彼は、うなずいた。
「よし、それでいこう。タイムパトロールの仕事は雑なんだ。あいつらに後始末をさせるわけにはいかない」
架凛は、彼女の感覚では突拍子もないであろう話をあっさり信じた。もういろいろと感性が麻痺しているのかもしれない。セツロはそれに同情もしたが、そうした感情は後回しだ。何とか完遂しなくてはならない。
「あの日は、一時間前に会場に着くようにしたから、電車はこれ」
「この服を着てたんだけど、印象の近い服装の人のすぐ後ろに並んじゃったから、ちょっと失敗したなと思ってるのを覚えてる」
「変わった匂いのする人がいた。香水って言うんじゃなくて、焦げ臭いみたいな感じ。その後も何度か嗅いだけど、最初がいちばん強烈だった」
セツロの考えた通り、架凛の「初回」の記憶は明瞭だった。セツロも覚えている通りの行動を取り、覚えている通りの人物のあとに並んだ。ほかの人間が全く同じ行動を取っているとは限らず、多少の誤差はあるかもしれないが、かなり近い配置にはなっているはずだ。
『ソーイさんが出てきた』
『架凛ちゃんの周囲に、確かに変なゆらぎがある。これって……』
「セツロさん! この人!」
叫んだのは、架凛だった。彼女は近くにいた女の腕をぎゅっとつかんでいる。周囲はざわつき、警備員がおかしな行動を取っている架凛を取り押さえようと足早にやってくる。
「焦げ臭いの、この人だよ!」
「チッ」
その女は架凛の手を強引に振り払い、列から飛び出した。
『特定!』
『架凛ちゃんお手柄!』
「捕まえます!」
「せ、雪朗さん!?」
現場は瞬時、混乱した。キャーとかワーとか、声にならない叫びがこだまする。
だが少なくとも、あの日の悲鳴とは違った。照明は落下していない。蒼維は驚いているだけで、無事だ。
「ソー……アオイくん! あいつを捕まえるよう、言ってくれ!」
「え、あ、はい!」
事情を知らないながらもセツロを信用している彼だ。すぐさま警備員に、セツロと架凛ではなく逃げた女を捕まえるよう、よく通る声で指示した。彼にこうした命令をする権限はなかったが、持ち前のカリスマ性と命令に慣れたような声音に、警備員は思わずぱっと従った。
「逃がすか」
もちろん、セツロもそれを追う。架凛のことは蒼維を信じて任せた。
『魔法は封じた、物理で捕らえて大丈夫!』
「頼もしい」
リェリェの言葉にセツロはにやりとし、顔を赤くして警備員に取り押さえられている女に向かい合った。
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