第3話
と言っても、セツロは二ヶ月をほとんど同じように過ごさなくてはならなかった。
まず、蒼維に事情を話すことはできない。
大きな理由としては、彼に心理的負担を与えるからだ。
故郷世界からの追っ手というだけでも強いストレスだろうに、死ぬかもしれないという怖れ、別の時間軸に相当するとは言え、「自分が死んだ」という事実は彼を不安定にしかねない。
そしてその葛藤は、蒼維の行動を予測不能にしてしまう。彼らが蒼維を守ろうと動いても、蒼維が想定外の動きをすればまたしても同じ結果を招き得る。
時間遡行装置が再び稼働するか、現時点ではわからない。いや、あの装置は古くて、うまくいってもせいぜい三回が限界だ。
そもそも、繰り返すループは蒼維どころか世界を不安定にする。彼らはそうしたことは避けなければならない。
理想は、蒼維に気取られぬまま解決。
第二案として、蒼維に全て話して情報をもらう。背後にいる人物の材料をもらえれば相手を突き止める手がかりになるかもしれない。
最後の手段は、握手会のときだけでも蒼維を守って、そのまま別れる。これは簡単なようだが、暗殺者が契約解消後に再びやってくれば彼らにはなすすべがない。つまり「契約後のことは関係がない」と割り切る判断だ。あまり選びたくはない。
しかし手がかりがなさすぎた。二ヶ月は、何の気配も見つけられないまま過ぎていった。転移の兆候も見つけられない。
相手の最初のアクションはあの事故だ。となればセツロたちにできるのはやっぱり、最後に蒼維を守ることだけだった。
「ソーイさんは僕のところで足を止める。魔法の類で照明を落とされていると推測できる現状、位置をずらすことに意味はないかと思いますが、観測しやすい位置に僕が立つことで特定できるかもしれません」
『乱暴だが、事故の瞬間ソーイさんを強引に転移させよう。契約違反で協定違反、しかし背に腹はかえられん』
かくして、件の事故は再び起きた。
誤算だったのは、強制転移が稼働しなかったことだ。
つまり、蒼維は再び死んだ。
「何があったんです!」
社に戻ったセツロはナルダンに噛みついた。
「こうして僕が戻ってるんだから転移手段に問題があったわけじゃないでしょう」
「事故の瞬間、奇妙なひずみが起きてる。それが転移を邪魔したんだ。だが、朗報……とも言いづらいんだが」
「また時間が戻ってる」
ナルダンが促し、リェリェがまたカレンダーを画面に映した。
9月。装置は稼働したようだ。少しほっとする。
「でも、何度もできると思わないで。今回が最後だって思った方がいい」
「わかってる」
同じ二ヶ月間を何度も繰り返すのは、生身の人間には困難だ。不可能と言ってもいい。単に、精神もついていかない。
よってセツロは、ピンポイントに蒼維の世界へ立ち寄ることになった。要所要所で蒼維と言葉を交わし、世界を同じに保つ。
二度目で徹底的にデータを取った結果、蒼維を狙う存在の気配はやはり握手会のときまで表れていないと判明したため、丸々二ヶ月を繰り返すことは彼らには無意味なのだ。
だが――。
「おかしい」
リェリェがセツロを呼んだ。
「前回と違うデータがちょくちょく出てる」
「ゆらぎレベルの誤差じゃないのか? 大筋で同じ行動をしても一ミリも違わないわけじゃないし、同じ話をしても一言一句同じわけでもない」
「そういうんじゃない、もっとはっきり異なってる。見つけた、これだ」
パパッと端末を操作すると、リェリェは別画面を呼び出す。そこにはひとりの女性が映っていた。
「誰だ? ソーイさんの故郷世界の人間?」
「いや、この世界の人間。『蒼維』の大ファンっぽい」
「うん?」
「ちょっと確認する……やっぱりこの子、ループしてるよ」
「そりゃしてるだろう」
「そうじゃなくて。ループしてる記憶を持ってる。握手会にもいたんだよ。それで、『蒼維』を救おうと立ち回ってる。だからズレが生じてるんだ」
「え、何でそんな人間が!?」
セツロが驚愕して叫べば、リェリェは両腕を組んだ。ナルダンも渋い顔をする。
「最初の発動のとき、発生源がごく近かったんだよ。最初の詳細データがあれば、もしかしたら実行者特定の大ヒントになったかもしれないけど、」
「で、この子は、何をしてるんだ?」
「蒼維くんを突き飛ばして助けようとでもしてるのかな?」
「無茶だ! 細く見えても成人男性だし、もし仮に成せたら代わりにこの子が下敷きになっちまうじゃないか」
「それでもいいと思ってるんじゃないの。惚れた一念ってとこ?」
「代わりに誰かが死んでも大問題だろ。こっちも守らないと」
女性の名は
「装置、まだ動くの?」
困惑したようにリェリェ。
「ループを繰り返すのはその世界によくない。だから遡行装置は同じ条件では何度も稼働しないはずなのに」
「あの子だな」
ナルダンが指摘した。
「怪我の功名。あの子の蒼維への想いが装置を動かしてる」
「それって本当に功名です?」
リェリェは疑わしげだ。
「駄目でしょ。普通に。それに記憶を持ち続けたらあの子のメンタルもそんな保たないよ」
「フォローはする。だが実際、こっちにもチャンスだ。実行者の出鼻を何度でも挫ける」
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