第2話

「――班長! ナルダン班長! 緊急事態です!」

『モニターしてた。無事か?』

 すぐに通信が返ってくる。

「ソーイさんが死亡しました」

『お前に怪我は?』

 ナルダン班長、セツロの所属するグループのリーダーは繰り返し問うた。

「僕は大丈夫です」

『事故か? 何者かの作為は?』

「わかりません。でも、天井から照明を落として狙うのは難しいでしょう」

『その世界の人間なら、な』

「どういうことです? ほかにも転生者が? いや、だからってソーイさんを狙う理由があるんですか?」

『そこは調査するところだ。とにかくこっちに引き上げてこい。話をしよう』


 転生屋〈旅空企画〉の社屋に転移エレベーターを使って帰社したセツロは酷い顔色だっで、ナルダン班長は彼に食事と休息を指示した。その間にいくつか調べておくから、と。

 セツロは指示通りにしたが、眠る気持ちにはなれず、意を決してモニタールームへ足を運んだ。


「戻ったか」

 班長ナルダンはセツロの姿を認めると、その顔色を確認するかのようにじっと見て、ひとつうなずいた。

「どうやらソーイさんが狙われたのは間違いない。少し前に、かすかだが奇妙な波動が映っている」

 ここだ、と班長はグラフの一部を示した。

「だが問題はこれからだ。映像を見てくれ」

「……え」

 ぱっと移り変わった映像に、セツロは目をしばたたいた。

「ソーイさん! 無事だったんですか!?」

「そうだったとも言えるし、わからないとも言える」

 オペレーターのリェリェが肩をすくめる。

「ここを見て」

「ん? カレンダーが、9月?」

「二ヶ月めくり忘れてるわけじゃなくてね」

 モニターが別の場所を写した。

「ん……?」

 何か違和感がある。一瞬首をひねってから、彼ははっとした。

「歩いている人がみんな薄着だ。夏の出で立ちだな、まるでまだ暑い時期みたいな……」

「当たり」

 リェリェは淡々と言った。

「この地域って、9月ってまだ暑いんでしょ」

「いや、11月だよ。握手会の日は11月15日」

「知ってる。でもいま見えてるのは9月15日」

「じゃ……時間が戻ってる? 何で?」

 「世界」というものは数え切れないほど存在する。なかには特殊能力者が誕生して時間移動をこなすような世界もあるが、セツロがソーイに選んだ世界にはそんな仕組みはなかったはずだ。

「覚えてる? 古くさい、時間遡行装置」

「え」

「あれが稼働した。ごく限られた条件でしか許されないはずの遡行が発生したってこと」


 時間遡行装置。それは〈旅空企画〉の社屋に古くからある特殊な機械だ。文字通り時間を戻すことを可能にするが、簡単には使えない。これは「扱いが難しい」とか「許可が下りない」という意味ではなく、稼働する条件がはっきりしないのだ。

 彼らは冗談半分でこれを「神の手」などと言う。

 神が許したときだけ稼働する、というわけだ。


「じゃあ、救えるのか? ソーイさんを」

「やりようはある」

 班長がうなずいた。

「セツロ、お前、ソーイさんの身上調査ってやったか?」

「え、そりゃやりましたよ、犯罪者が逃亡するのを手伝うわけにいきませんし」

 顧客は一通りの調査をされる。主には異世界への逃亡を防ぐためだ。これは転生屋の協定にも入っている。

「ソーイ・ソリュタス。二十二歳。主要国の首都郊外に暮らしていた、神職の二男。幼い頃から神への奉納としての舞や歌を叩き込まれており才を発揮したが、神ではなく人々を喜ばせたいとして転移を希望。未婚。もちろん犯罪歴はなし」

 記憶している依頼人の大まかな経歴をセツロが語れば、ナルダンは両腕を組んだ。

「トラブルの種はなかったと」

「そう見えましたが……」

 セツロは不安になってきた。ナルダン班長は何を?

「だが転移先でソーイさんを狙ったのは、元の世界から彼を追ってきた人物だ」

「馬鹿な!」

 思わずセツロは叫んだ。

「あの世界では転生斡旋業なんて知られてない。ソーイさんと出会ったのはたまたまです。そもそも転移先のデータはうちにしかないでしょう。もちろんうちからはソーイさん以外、あちらへの転移者はいない」

「データは秘匿されてるが、トレースしようと思えばやりようはある。協定には反するが、近頃は無資格の転生屋もいるしな」

「じゃあどういう理由であれ、わざわざソーイさんを追いかけてまで殺そうとした人物が……? 何が起きてるんです、いったい」

「跡目争い」

「は?」

 セツロはぽかんとし、ナルダンは苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「彼のご実家は神職の最高権威でね。順当に行けば彼の兄である長子が継ぐんだが、そっちにはあまり能力や人望がないわけだ。ソーイさんは自分が担ぎ出されるのを避けるために転移を望んだんだな」

 別の世界で歌いたい、という希望の裏にはそんな話があったのか、とセツロは驚いた。


 話を簡単にすれば、ソーイの人望――わずか一年でこれだけ人々を魅力できる――を怖れた兄、或いはその支持者が彼を亡き者にせんと企んでいる、ということのようだ。

 ソーイ自身はそうした争いから身を引いたつもりだが、兄やその支持者はそうは思わない。姿を隠して仲間を集めているとでも疑ったのか。

 どうあれ、世界を追いかけてまでおこなった不意打ちの暗殺はうまくいった。


「どうやってソーイさんが転移していることを知ったんだろう。魔法のある世界だし、僕らが監視カメラのようなもので見られていたんだろうか」

「おそらくな」

 もし元の世界でセツロとソーイのやりとりを全て聞いていた人物でもいたなら、セツロは転移について詳しく説明したし、信じるかどうかはともかく理解はできるはずだ。ソーイは信じ、転移を望んだ。そしてソーイが世界のどこにもいなくなったことで、追っ手側も信じたということか。

「しかし、もぐりの転生屋を使って追いかけてくるなんて、尋常じゃない。ああした連中は要求する報酬も無茶苦茶でしょうに」

「何と引き換えにしたにせよ、とにかく追っ手が転移してきたタイミングを精査しよう。転移者が特定できれば対策のしようはある」

「班長、それじゃ」

「ああ、事情はどうあれ、二ヶ月間のやり直しだ。ソーイさんを狙う人物を突き止めて、同じ悲劇の起こらないようにする」

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