二ヶ月間のお片付け~異世界転生、承ります~

一枝 唯

第1話

 転生屋、と呼び習わされる業種がある。


 異世界転生斡旋業、かつサービス業。要は、異世界転生を望む顧客に適切な異世界を紹介、転生または転移を実行し、異世界での生活が波に乗るまで陰に日向にフォローをする、そうした仕事内容だ。


 フォロー期間は契約次第。数年を超すこともあるが、だいたい数ヶ月から一年弱だ。


 これは、ある転生者の物語。

 その人物は、ある事情から新天地を欲した。

 異世界転生屋〈旅空企画〉は適切な世界を選定して彼の望むような暮らしが送れる環境を用意し、彼を連れた。


 彼の名は――。


「アオイー!」

「きゃー! ソーイー! かっこいいー!」


 蒼維アオイ

 ファンにはソーイとも呼ばれる、人気急上昇中の男性アーティスト。

 美しいと言われる外見もさることながら、圧倒的な歌唱力とパフォーマンス力で主には年若い女性たちからの強い支持を受け、デビュー曲からおよそ一年で世間に知られるようになった彼は、実は異世界転生者である。


「すごいですね、ソーイさん。いつの間にか大人気で」

「ああ、雪朗セツロさん。きてくれたんですか」

 楽屋に戻った蒼維は、室内にいた人物を認めると嬉しそうに言った。

「おかげさまで、うまいこと行ってます。『異世界で吟遊詩人のように歌って暮らしたい』という望みがこうなるとは思いませんでしたけれど」

「元の世界を思い出さないような生活がしたいとのご希望で、こうしただいぶ違う世界に」

「大満足ですよ」

 苦情を言っているわけじゃない、と蒼維はファンたちが気絶しそうな魅力的な笑みを見せた。

故郷くにでは役目として歌も踊りもやっていましたが、こうして楽しめることはなかった。好きなことができるというのは本当に素晴らしい」

「何よりです」

 セツロはソーイの転生請負人だ。通称「添乗員」。ソーイのためにここを選んだのは彼だが、成功したのはソーイの実力である。

「僕らのフォローももう要らないですね」

「えっ、今日でおしまいですか?」

「いやいや、契約は残ってますのでまだ滞在は続けますし、転移に関する不具合があれば飛んできます。ただ、おそらくあとは最後にご挨拶するくらいになるかと」

「そうですか……寂しいですけれど、そういうお約束でしたね」

 息を吐いて蒼維は目を伏せた。女性ファンたちなら「色気がある」なんて言ってはしゃぐところだが、セツロも寂しそうにうなずくだけだ。

「契約はソーイさんの世界の暦で数えたものですから、ここの一年より少し長い。こちらでは」

 セツロは指折り数えた。

「11月15日が最終日に当たりますね」

「15日……握手会の日だ」

 蒼維ははっとすると壁のカレンダーを見、顔をしかめた。

「何とか時間を作りたいですが、難しいかな」

「あ、チケット当選しましたんで、当日伺います」

 セツロは片手を挙げてにこっとした。

「僕が一枠使っちゃうのもファンのみなさんに申し訳ないですけど、最初で最後だからお許しいただきましょう」


 そんな呑気な会話をしていたのは、一ヶ月ほど前のことだった。

 まだセツロは知らなかったのだ。彼らが巻き込まれる騒動のことを。


 それは突然の事故だった。

 握手会の列に並ぶファンたちの前に蒼維がやってきた。開始時刻にはまだあったが、ファンサービスの一環だろう。

 彼はセツロの姿を見つけて近寄ってきた。セツロはファンたちの間でも何となく存在を知られており、「デビュー前から蒼維を支えてきた古参ファン」であると思われている。正確には「そう思われるようにしてある」。それなら蒼維がこうした行動を取るのも不審ではないし、過剰に親しげでさえなければ本物のファンたちの反感も買わない。

 だからセツロは「古くからのファン」として蒼維に手を振り、特殊な道具を使って、ふたりだけに聞こえるよう話をした。

「本当にありがとう、雪朗さん。帰られてしまうのはすごく寂しい。もし別のお仕事でくることがあったら、是非ぼくを訪ねてください」

「ええ、そのときは必ず」

 セツロは社交辞令ではなく心からそう言って、それから笑った。

「せっかく並んでるんですから、あとでまた話しましょう。お別れはそのときに」

「はは、そうですね。ここでさよならしたら握手のときに」

 話すことがなくなってしまいますね、というようなことを蒼維は言おうとしたのだろう。

 だがその言葉が発されることはなかった。


 ガコン、と大きな異音が聞こえたかと思うと、セツロの目の前に何かが落ちてきた。風と衝撃がきた。それから、血の。

「何!?」

「天井の照明が――」

「アオイ! アオイー!」

「う、嘘でしょ、ソーイくんが!!」

「駄目です! 近寄らないで! ロープから出ないでください!」

「医者を……救急車を!!」


 天井から数十キロはあろうかという重量物が落下して、蒼維を押し潰した。

 その怖ろしい出来事をセツロは一瞬で理解した。

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