第5話 一応の和解
後日。
生徒指導の先生は個別にN寺を呼び出した。
一時間ほどして、戻って来たN寺は青菜に塩を振られたかのように、しょんぼりとしていた。
「どうしたんだろう?」
「今日はやらないのかな?」
男子生徒はそう言ってわざと煽る。
「えっと、あの……」
「何でしょうか……?」
私は本を読みながら、視線を向けずに答える。
「あ……あの、すみませんでした……。ごめんなさい……」
「それはどういった意味で?」
私はわざという。
「ストレス発散って、殴って、蹴ってごめんなさい……」
「本気で反省していますか?」
「だから謝っているんだろう!」
N寺は怒って言う。
本心では、きっとこっぴどく叱られた腹いせがしたくて仕方なかったのだろう
しかし、その日はずっと教師が教室にいる。
当然、暴力沙汰など起こせるはずがない。
秋になるころには、すっかり腕の痣もきれいに治った。
「なんでそんないじめが遭ったってすぐ言わないの!」
結局、母には学校の先生経由で知られることとなった。
「痣まであったなら、病院で診察してもらって、学校に乗り込んだよ!」
父も憤慨して言う。
「過ぎたことだからねぇ……」
私は能天気に犬と寝転がりながら言う。
どれだけ辛くとも、心を支えてくれていたもの。
それは、たった一匹の愛犬だった。
辛いな、と寝ころんでいたら、すぐに隣に来てくれて、一緒に寝てくれたのである。
「ただ、どれだけ何をされても我慢しきったのは、言いつけ守ったからだけどね」
中学時代は、丸っと反抗期だったのだが、真っ当に育ててくれたのには違いないな。
改めて思い返すと、そう思うのである。
ちなみに、N寺がなぜ暴力を振るったか。
その理由は、後日生徒指導の先生から聞いた。
「東大受験を念頭に入れて、県内一番の高校に最高の成績で入らなければならないプレッシャーとストレスの発散だったそうだ」と。
もちろん、こちらからしてみればとばっちり以外の何物でもない。
とんだ災難だった、と同時にあきれてものが言えないものである。
中学校卒業から十数年経った今、N寺は何をしているかは分からない。
というより、興味がない。
ただ、自分の子がいるのなら、まず思う。
「自分はいじめをしてしまった。人を傷つけた。だから、いじめをしてはいけない」
そう厳しく躾けられるような大人になっていて欲しいものだが、恐らく無理だろう。
いじめとは、不思議なことに……。
された側は一生覚えているものだが、した側はあっさりと忘れる物である、と言われているのだから。
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