その理由は

寿甘

屋上にて

「ヤスシ、話があるんだ」


 いつも僕を馬鹿にして笑いものにしているタケルが、神妙な顔をして僕を屋上に呼び出した。


 タケルはいわゆるスクールカースト上位の男子で、いつもクラスの端っこで本を読んでいる僕をからかってくる。


 そんな彼が二人だけで話したいというのだ。いったい何の話だろうか。


 よくある話だと、実は自分もオタク趣味だけど言い出せなかったとか。そうだとしても僕を馬鹿にしたことは許さないけど。


 僕が女子だったら実は僕のことが好きで……なんて話もありがちだろう。いや、男同士でもあり得るか? いやいや、そんな気持ち悪い想像をしている場合じゃない。漫画じゃあるまいし。


 でも、もしそんなことになってタケルが(性的な意味で)襲いかかってきたら……とてもじゃないけどスポーツマンで背も高い彼に小柄で力も弱い貧弱メガネのボブなんかじゃ敵わない。


 ど、どうしよう。急に怖くなってきた。まさかそんなことはないと思うけど、でも、万が一そんなことがあったら僕の貞操が危ない!


 同じクラスだし、無視して帰るわけにもいかないし、もしかしてこれは絶体絶命のピンチなのでは?


 いや、落ち着けヤスシ。そんなわけない。仮にタケルが男を好きだったとしても、僕を好きになんてなるわけがないじゃないか。馬鹿なことを考えてないで普通に屋上へ行こう。


……一応、身を守るための武器でも持っていこうかな。刃物とか尖ったものは危ないし、素人がテクニカルな戦い方をできるわけもない。体格差を考えて、僕でもなんとか使えるものといえば、これだ!


 僕は掃除ロッカーに入っていた長ホウキを持って屋上に向かった。


「やっと来たか。なんだそのホウキ?」


 屋上にはタケルがいて、他には誰もいなかった。秘密の話をするのだから当たり前だけど。


「ええと、何の話?」


 まずは話を聞こう。武器を使うのは最終手段だ。するとタケルはもじもじし始めた。思わずホウキを握る手に力が入る。


「実はな……俺、バンドマンになりたいんだ」


「は?」


 なにそれ、すっごくどうでもいい。しかも僕と何の関係もない。いかにもな夢だし、恥ずかしがること?


「あっ、今こいつには無理だと思っただろ! これでも毎日家でギターの練習してるんだぜ」


「はあ、そうなんだ」


 だからなに? それを僕に打ち明ける意味がまるで分からないんだけど。勝手にギター弾いて歌ってれば良くない?


「馬鹿みたいな夢を見てって笑われるんじゃないかと思ってさ、なかなか打ち明けられずにいたんだ」


 いや僕には関係ないし。好きなだけ馬鹿な夢見てなよ。


「別に馬鹿にしたりなんかしないけど、なんでそれを僕に打ち明けたの?」


 本当になんで? 意味が分からない。するとタケルは不思議そうな顔をして言った。


「え? だって俺達双子の兄弟じゃん。身内がフラフラしてたら不安になるだろ」


 は?


「え、ええーー!? 双子って、僕達が? なんで? どうして!?」


「あれ、言わなかったっけ。ウチの村の風習で双子は片方だけ親戚の家に預けられるんだ。弟の俺が今の家に預けられて、名字も」


「そっちが弟!?」


 どうでもいい夢なんかより物凄く重大な秘密を知って、しばらくパニック状態になる僕だった。


 なおバンドの夢は次の年になって「やっぱやめる」と言ってきた。なんなんだよこいつ……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その理由は 寿甘 @aderans

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ