第59回「2000文字以内でお題に挑戦!」企画(1273文字)
神の声
ミュイはこの国一の、否、大陸一のハープ奏者だった。
ハープコンクールがあればいつも優勝している。美しい容姿もあって彼女は人気があった。
次の「神の声を伝える者」はミュイに違いないと噂されていた。
「神の声を伝える者」とは、その名の通り神の声をメロディーとして演奏することができる神様に選ばれた人のことである。選ばれた人の両手の甲には、選ばれた印である幾何学模様が現れる。その人は神殿で一年間、神の声のメロディーを奏でることになるとても名誉ある奏者だ。
ピアノ、バイオリン、ハープ、フルート、太鼓、いろいろな楽器の奏者が選ばれてきた。この数年のうちにミュイが選ばれるだろうと言われている。数多い楽器奏者の中でもミュイは一番有名で人気があった。もちろん実力も。
数年後、ハープ奏者の手の甲に選ばれた印が浮き上がった。しかしその奏者はミュイではなかった。ヒャルというこの国では珍しい男性のハープ奏者だった。
ミュイには信じられなかった。自分以外のハープ奏者が選ばれるなんて……。
彼女もヒャルの名前は知っていた。彼はコンクールがあるといつも予選を通過し、本線に出場していたからだ。でも優勝するのはたいていミュイだったし、彼女のライバルは隣国のハープ奏者だ。
ヒャルは一回だけ準優勝となったのくらいの奏者だ。そんな人が選ばれるなんて。
神殿で彼の演奏を聞く。メロディーは素晴らしいがそれに技術が追いついていない。そんな箇所がいくつもあった。ミュイは悔しくてたまらなかった。自分だったら完璧に神の声をメロディーとしてみんなに伝えることができるのに。
ある日ヒャルが階段の下で倒れているのが見つかった。階段から落ちたらしい。数日後意識を取り戻した彼が誰かに突き飛ばされたと訴えたが、誰に突き飛ばされたかは分からないままだった。
意識は戻っても手のケガがひどく演奏などできない状態だった。
選ばれた奏者が演奏できなるなると選ばれた印の左右どちらかが消えてしまい、代わりの奏者の手の甲に移ると言われている。以前も奏者が病気になり演奏できなくなった時、片方の印が消えて別の奏者に印が現れたことがあった。
だが今回は、ヒャルの右手の印が消えたが誰の手の甲にも印は現れなかった。
神の声が聴けなくなると人々は不安を持つようになった。何か悪いことが起こるのかもしれないと口々に言いあった。
神殿の関係者は印は出てないがミュイにハープを演奏してもらう依頼をした。印がなくてもミュイならもしかしたら、という期待からだ。神の声ではなくても彼女が演奏すれば人々は気持ちを落ち着けることが出来るとの考えもあった。
神殿でミュイがハープを弾こうと手を伸ばした瞬間、ハープの弦がすべて切れる。切れた弦がミュイの右手の甲に傷をつけ、神殿に集まった聴衆から悲鳴が上がる。人々には恐れと不安だけが残った。
ヒャルのケガはなかなか治らない。
神の声を聞けぬまま時間は流れていく。
ヒャルの左手の甲からも印が消えた。一年が終わったのだ。だが次の印は誰の手にも現れなかった。
もう二度と神は人々に声を聞かせない。もう聞こえないメロディ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます